ガチガチになるほど握りしめていたグリップから指を放し、デュランダルを地面に突き立てそれに体を預けると、思い出したかのように新鮮な酸素を求めて浅く速い呼吸が始まった。
心臓も今まで体験したことが無いような速さで打ち鳴らされ、まるで別の生物でも入っているかのように大暴れをしている。
落ち着きを取り戻すため意識して大きく深呼吸を繰り返す。
やれたな。
いや、これはもう望外の成果といっていいだろう。
これだけの人数を葬ったというのに、心の中に浮かぶのは困難な目標を達成した満足感と報酬に対する期待。それから死なずに済んだことへの安堵だけだ。
現代日本の倫理観を有しているのにまったく罪悪感がわかない。
ただ死体が気持ち悪いと感じるだけだ。
ミチオがこの世界がゲームじゃないと気付いた時には多少の動揺があった。
一方、俺はというと最初から人だと認識した上でやれてしまった。
サイコパスやソシオパスの類ではないかと少しばかり不安になるが、改めて自分の中を確認したところで積極的に人を害したいという衝動もなければ、人が傷つくところを見たいという欲求もない。
たぶんそういうものなのだ。
戦争に従軍し相手を殺傷した兵士は全員が全員PTSDを発症するわけではない。逆にそっちの方が少ないくらいだったはずだ。
まあ、直接的か間接的か、近距離でやったか遠距離からやったか、命令されたのか自発的にやったのかで違いは出るのかもしれない。
ただ、動機や大義名分さえあればやれてしまう人間はいるものなのだろう。
俺にはロクサーヌを手に入れるという明確な目的があった。
そのため、盗賊を狩って資金を集めるという動機が発生している。しかも、この世界では襲ってくる盗賊を殺すのは称賛される行為なのだ。
それだけの理由があればこんなことをやれてしまい、PTSDを発症することも無い。
まあ、俺も多数派の兵士と同じそちら側の人間だったというだけだ。
理論武装完了。
つらつらととりとめのない思索に耽っていたところ、村長が目の前に現れ理解できない言葉で話しかけてきた。
「あの、私はブラヒム語しか……」
思わず敬語で応対しそうになってしまう。
高卒で社会人となり二十七年。その間に叩き込まれていた言葉遣いが出た。
他人と話すときは基本敬語。社会人になってから自分のことを俺なんて言っていたのは、家族の前かネットの書き込みをしている時だけだ。
しかし、この世界で生きていくのなら舐められたら終わりだ。誰にでも敬語で話すと気弱な人間が下手に出ているとみなされる。つけこめると思われたら狙われてしまうはず。
明確に格上だとわかる相手じゃない限り敬語はやめておくべきだろう。
「ブラヒム語話者の方でしたか。単独で盗賊全員を倒すその強さに堪能なブラヒム語。名のある冒険者の方でしょうか?」
「いや、この辺りには初めて来た。遠くから旅をしてきたので俺のことを知っている者はいないだろう」
適当に話を合わせておく。
「この度は助力いただき誠にありがとうございます。怪我人こそ出ましたが住人に死者はおりませんでした」
マジか! あの男は生きながらえたのか!
「それは何よりだ。余計な世話かとも思ったが俺も助太刀した甲斐があったというものだ」
ここぞとばかりに恩着せがましく言っておく。死者が出なかったんだ。お礼は期待してますぜ村長さん。
……しかし、大量殺人をやらかした後にこの利己的な言動。我がことながらいくらなんでもクズすぎん?
「余計な世話などとんでもない。まさか自爆玉を備えた盗賊が襲ってくるなど想像もしておりませんでした。貴方様がいなければこの村は全滅していたでしょう」
ああ。等量交換を見られていたんならそう思うわな。
「なに、身代わりのミサンガは切れてしまったが人の命には代えられない」
これは売った恩が更に高値をつけたのではないか?
倍率ドン! さらに倍ってなもんだ。
村長はん、ホンマたのんまっせ!
「できる限りのお礼をさせていただきますので、どうかわたくしどもの家でおくつろぎください」
「すまない、世話になろう。だがその前に助太刀するため荷物を放り出してしまってな。先にそれを回収させてくれ」
先程の場所まで戻るとリュックがなくなっているということもなく、無事に回収することができた。
「それではわたくしどもの家までご案内いたします。申し遅れました。この村の村長、ソマーラと申します」
「自由民のアユム・タガワだ」
ここはブラフをかましておこう。自由民には自力救済の権利が認められている。俺に下手なことをするとその権利を行使されると想像し妙な考えは抱かないはずだ。
……インテリジェンスカードは確認していないけどいいんだよね? 自由民でいいんだよね?
「なんと自由民の方でしたか。道理で」
村長は納得したかのように呟くとこちらへ向けて一つ頷き歩き出した。
なにが『道理で』なのかがよくわからんのだが……。弱い自由民だっているはずだろうに……。
まあ、そう思われている方が都合がよさそうだしその流れに乗っておくんだけどな。
先導に続き歩いていると男がこちらへ駆け寄ってきた。
近くまで来て一度俺に向かって軽く会釈を行い、そして村長と話し始める。
何を話してるんだろうなぁ。
わたしは言葉がわからないー 迷子になったらなんとしょう
村長がしたり顔で男に何事か告げると仰天したような声を上げ俺の方を見てくる。
なんだ? 俺に関することか?
「どうした、何に驚いているのだ?」
村長に尋ねたところ何故か得意げに答えた。
「たった一人で盗賊を全て倒してしまったことに興奮しておりましたのでアユム様はブラヒム語が堪能な名のある冒険者で、さらに自由民でもあるため当然の結果だと伝えておりました」
ちょいちょいちょーい!
自由民だとは言ったけどブラヒム語が堪能とも高名な冒険者とも言ってないじゃん! 否定してないだけじゃん!
それになんでお前がちょっとドヤ顔やねん!
これはまずいか?
ハッタリを利かせすぎたせいで盗賊とつながりがある男が二の足を踏み、この後盗賊のバンダナを盗まないかもしれない!
くそっ! どうする?
今からでも触れ回らないように言い含めるか?
原作では盗みを働いた男を奴隷に落としたからこそ村長からの手紙を携えベイルの商館へ売りに行くことできたのだ。
それに加え同行した商人がアランに功績を吹聴することで興味を持たれ、奴隷購入を持ち掛けられたのだろう。
そして、それらのおかげである程度信用を得られたからこそ、お金が足りなかったのにもかかわらずロクサーヌを売約済みにして、資金が用意できるのを待ってもらえたという流れなはず。
飛び込みで入っても同じような厚遇は期待できない。
それにロクサーヌは込み入った事情のある奴隷だ。信用のおけないものに顔見世をするはずがない。
功績を誇ることも必要だが盗みもしてもらいたい。どうするべきだ?
……いや、もう目の前の男に話は伝わっている。人の口に戸は立てられない。
ましてや俺は言葉が理解できないのだ。目の前で吹聴されたところで止めようもない。
今更どうしようもないのなら流れに任せるのみ。
それに普通なら防具鑑定がないとすり替えたところで気づくはずがないし、ほぼ一人で盗賊を全滅させたミチオからだって盗んでいたのだ。
そんな後先考えないようなやつならどうせこの状況でもやらかす。
コソ泥くん。期待しているぞ!
「そうか、少々おもはゆいな」
「なにをおっしゃいます。アユム様のなされたことを考えれば当然の事かと存じます」
男は俺に向かって一礼すると大慌てで駆けていった。
「何やら急いでいたな」
「この村には娯楽が少のうございます。住民たちに新たな立志伝を伝えに行ったのでしょう」
「そ、そうか」
立志伝って……。やべーよ。俺成り上がると思われてんじゃん。
これこのまま流れに身を任せても問題ないの? 本当に大丈夫?
……でもまあ、そうか。ロクサーヌだってミチオと行動を共にしてすぐにご主人様は立派な仕事を成し遂げると言っていたんだ。
キャラクター再設定はそれだけのポテンシャルを秘めている。それはちゃんと自覚しておこう。
「我が家までもうすぐです。まいりましょう」
歩き出した村長に続く。
しばらく歩くと畑があり、そこには木に赤いニンジンが生えているという何とも不思議な光景があった。
「キュピコか」
「はい、あれは村の者が育てているものでゆくゆくはこの村の特産品にしていきたいのです」
「ほう、それは楽しみだな。俺もキュピコは好きだ」
いや、食ったことはないけどね。
こう言っておけば採らせてもらえないだろうか。収穫という農作業をこなすことで農夫のジョブを獲得できるんだが。
「それは是非ともお召し上がりいただきたく存じます。村の商人が育てているのでこの後用意させましょう」
「いや、それは悪い。会った時にこちらからお願いするのが筋というものだろう」
自分で採らないとジョブをゲットできないですし。おすし。
「こちらになります」
二階建ての家で立ち止まるとドアを開け、中にいた奥さんであろうおばさんに声をかけて俺の方へ向き中に入るように促した。
扉を潜って廊下を歩き小部屋へ案内される。
「ただいまお湯を用意させております。準備ができ次第お持ちいたしますのでしばらくお待ちください」
「助かる。それまで腰を下ろさせてもらおう」
一礼すると村長は部屋を出ていく。
「ふぅ」
思わず大きく息を吐いてしまった。
ようやく一人になれたか。
よし。それじゃあ今のうちにキャラクター再設定を行おう。
武器六とアクセサリー二と足装備四。それから詠唱省略と等量交換。そして敏捷に振っていた分を解除してポイントに戻す。
さらにサードジョブをセカンドジョブに変更した。
ジョブ設定にチェックを入れ、英雄のジョブを確認しようとしたところで頭の中に情報が浮かびあがる。
英雄Lv1
効果 HP中上昇 MP中上昇 腕力中上昇 体力中上昇
知力中上昇 精神中上昇 器用中上昇 敏捷中上昇
スキル オーバーホエルミング
これはすごいな。
効果とスキルにうっとりしてしまう。
結局、詳しい条件はわからなかったが最初に頭目のウーゴを殺った段階で取得していた。
この強力な効果とオーバーホエルミングがなければどうなっていただろう。
ここまでスムーズに事が運んだだろうか?
ボーナス装備があったにせよ死ぬ可能性は低くなかった。
数えきれないくらい何度も読み返し、飽きもせずずっと妄想し続けていた甲斐があったというものだ。
そして魔法使い。
等量交換は間違いなく発動した。確実に条件は満たしたはずだ。村人のレベルが5に達するのを楽しみに待つとしよう。
落ち着いたら血で汚れたジャンパーの感触が気になってきた。
そのまま脱いで土間に置きポロシャツとジーパン、そして靴下を確認するとこれらにも血が染み込んでいる。
……もういいや。お湯が来るまでそのままでいよう。
キャラクター再設定の続きだ。
この後はレベル上げのために森へ繰り出し狩りを行う。
集団戦かつ高レベル者のいた盗賊戦とは違い、レベル1のスローラビットと一対一となる。デュランダルでは明らかにオーバーキルだ。
そうなるとボーナスポイントを63も使うのはもったいない。
フラガラッハでも二回か三回の攻撃で倒せるだろう。
MP回復の手段がない以上、緊急時を除きオーバーホエルミングを使うわけにはいかないが、幸いスローラビットはノンアクティブ。安全に後ろに回ることができ、さらに確定で先制が取れる。
しかし、こういったゲーム的なシステムはあれどここは現実だ。
そして、現実はターン制バトルではない。相手が反撃してくる前に畳みかければ数回追撃を加える暇くらいあるのではないだろうか。
さっさと村人のレベルを上げるためにもここは経験値特化で臨みたい。
こうなると悩ましいのが必要経験値二十分の一と獲得経験値十倍の組み合わせ。
もしくは必要経験値十分の一と獲得経験値二十倍。
どちらの方が効率がいいのだろう?
日本にいたころから何度も考えたが答えが出ない。
倒した魔物から獲得できる経験値もわからなければ経験値テーブルも不明。
レベルアップ時の仕様についても余った経験値は繰越すのか否かもまったく分からない。
それに相手とのレベル差によって獲得経験値が異なる可能性すら考えられる。
実際に倒してみて検証するという手もあるのだろうが途方もない労力が必要だろう。
知的探求心や使命感でもなければやってられない。根気がないうえに数字にも弱い俺なら飽きて放り出すのは目に見えている。
下手の考え休むに似たりというものだ。
グダグダ考えるよりスパッと決めて一匹でも多く魔物を狩ればいいさ。
……無難に行こう。
獲得経験値上昇はパーティーメンバー全員に恩恵をもたらす。
一方必要経験値減少の効果は自分にしか及ばない。
今後パーティーを組むにあたって重要度が桁違いだ。
なら今のうちから獲得経験値の方を優先していいだろう。
まあ、とはいっても魔法使いを得るまではフラガラッハを出さなければいけない以上、今回は獲得経験値十倍と必要経験値十分の一での運用になるんだけどな。
「アユム様、お湯と着替えの用意ができました。今お召になっているものはこちらで洗濯させていただきますのでどうぞお召し替えください」
キャラクター再設定を続けようとしたところ村長と先程のおばさんが部屋に入ってくる。
「すまないな。助かる」
二人は土間に敷かれている板の上にお湯の入ったたらいと手ぬぐい、それから服を置くと退室していった。
そんじゃ、体を拭いて着替えんべ。
ポロシャツとジーパンを脱ぎ体とパンツを確認するとこちらの方はそこまで汚れている様子はなかった。
お湯が汚れないように手ぬぐいを浸けて手にこびりついた血を拭っていく。
ある程度手の汚れを落とすとリュックからタオルを一枚取り出しこちらもお湯に浸けた。
汚れと一緒に激しい運動をしたせいで噴き出ていた汗を拭っておく。
体を拭き終わると最後にたらいへ頭を突っ込んで髪を洗う。
幸せだ。
もう二度と会えないと思っていた君と触れ合えるなんて。
今度は大切にするから末永く付き合っていこうじゃないか。
洗い終わりリュックからタオルをさらに一枚取り出した。
せっかく再会できたんだ、今後はゴシゴシ擦るような真似はせず相棒に負担をかけないように優しく拭き上げていこう。
これからは気を付けて生活していかないと。
あの頃はコンプレックスだったクリクリの天然パーマも一度なくしてしまうとそのありがたみがわかるというものだ。
よし。ある程度汚れは落ちただろう。
これ以上を求めるなら風呂に入るしかないが貴族ぐらいしか湯に浸からないこの世界でそんな贅沢を求めるわけにはいかない。
置かれている服を手に取り確認してみる。
おー。ミチオが着ていた服と同じデザインだ。いや、それそのものなのか?
これはちょっとテンション上がるな。
着替え終わったところで手鏡を取り出し自分の姿を確認してみる。
なんというか完全にコスプレだこれ。
地味な陰キャ顔の上に老け顔なせいで全然似合ってねー。
しかし高校のころからおっさんみたいな顔で周りからも老けていると言われてきたが、こうしてみるとやはり若い。
どんな存在がどのような意図を持ちこの状況を作り出しているのかわからないが、もう感謝しかないな。
それじゃあ、キャラクター再設定の続きと行くか。
「失礼いたします。アユム様、お召しになりましたか?」
設定作業に戻ろうとしたところ村長が部屋に入ってくる。
田川 歩 男 18歳
村人Lv1 英雄Lv1
BP振分 残BP:95
キャラクター再設定:1
鑑定:1
セカンドジョブ:1
ジョブ設定:1
所持金:0ナール
春の1日目