アランと十人の美人奴隷たちと共にぞろぞろと廊下を歩き、謁見の間へ移動する。
どうでもいいけど、アランと十人の美人奴隷たちって、なんか物語のタイトルみたいだぞ。
シェヘラザードが語った中の一つに混じってそうな感じだよね。
ある日、奴隷商人のアランの下へ、何度か取引をしたことのある客が訪れる。
その男に導かれるままに足を運んだ先は、攻め落とされた貴族の居城。
当主である伯爵が処刑される前に、アランは彼の所有していた十人の美女を引き受けることになるのであった。
実にそれっぽい物語だ。
……ルティナは奴隷に落ち、この後父親を亡くすことになる。
そして、そんな彼女を父親であるセルマー伯から託されたというのに、俺はいったい何を考えているんだろう……。
こんなことを考えていると知られたら、本気で彼女を幸せにする気があるのかと詰問されるに違いない。
俺的にはめちゃくちゃ真剣なんだが、どうにも思考が脇道に逸れてしまう癖が出てしまう。
顔だけでも取り繕っておくか。
表情筋にグッと力を入れながら、歩みを進める。
謁見の間へ到着すると、こちらに気付いたゴスラーがアランの連れている美人奴隷たちに目を遣った。
しかし、女性の数を確認していくにつれ、彼の表情が困惑の色で染められていく。
まさかこんなに多いとは思わなかったんだろうなぁ。
普通の奴隷ではなく、性奴隷が十人だもん。驚くのも無理はない。
まあ、お前はどうなんだと言われれば、返す言葉もないわけだが。
ゴスラーはため息を一つ漏らすと、困り顔でこちらへ近づいてきた。
「次期セルマー伯爵家に相続させるのではなく、売却することになったのですね」
「ええ。既に所有権の変更と支払いは終えております」
彼の言葉に答えると、一つ頷き続きを口にする。
「相続した者が売りに行くより、その方がよいでしょう」
そうだな。この後は早急に家中をまとめ、領内を確認し、迷宮に挑まなければならない。
コンラート本人も言っていたが、あちこちの奴隷商を訪ねて売り歩く余裕はないだろう。
「ゴスラー殿、私たちの役目はすべて終了いたしました。これで失礼いたします」
暇を告げると、彼は表情を引き締める。
「報告では大怪我を負った者はいたそうですが、既に滋養剤と滋養錠で回復しており、我々にも伯爵家側にも死者は出ておりません」
死者が出なくて済んだのか……。本当によかった……。
ゴスラーの言葉を聞き、ルティナは安堵の表情を浮かべている。
彼女にとってセルマー伯爵家の人々は、ずっと一緒に暮らしてきた人たちなのだ。
もちろん身分の差はあるだろうが、きっと親しみを感じていたり、思い入れだってあるだろう。
家中の者が無事で、ほっとしたに違いない。
ルティナだけではなく、ロクサーヌたちも柔らかな笑みを浮かべていた。
「それは何よりです。作戦に協力した甲斐がございました」
「これも偏にアユム殿が協力してくださったおかげです。本当にありがとうございました」
彼はそう言うと、深く頭を下げる。
公爵家の騎士団長だってのに、腰が低くていい人だよなぁ。
今まで出会った公爵家の係累や家人に嫌な人は一人もいなかった。
それはきっと公爵の人柄がもたらしているものなのだろう。
せっかちでいたずら好きだが、ガチですごい人だわ。
ゴスラーは頭を上げると、話し合いに戻っていった。
さて、俺たちも帰るとしますかね。
ロクサーヌたちをパーティーから外し、アランに声をかける。
「アラン殿、ベイルまで送るので、彼女たちをパーティーに加えるぞ」
「大商いをご紹介していただいただけではなく、これだけの人数を運んでいただけるなど、感謝の言葉もございません」
「なに。たいした手間じゃないんだ。気にすることはない」
ロクサーヌとセリーを紹介してくれた恩返しみたいなもんさ。
……今まで三割引と三割アップを使ってた件については、これでチャラね? ね?
小物感丸出しなことを考えながらパーティー編成の詠唱を始めようとしたところ、機先を制してセリーが話しかけてくる。
「ご主人様。アラン様に依頼して、今のうちにルティナの所有者を確定させた方がいいのではないでしょうか?」
うん? 別にアランに頼まなくても、俺が奴隷商人のジョブを付けて、自分でやればいいんじゃないのか?
彼に依頼すれば手数料がかかってしまう。無駄金を使うことが大っ嫌いな娘なのに、どうしてそんなことを言うんだ?
不思議に思い、彼女の方へ顔を向けると、意味ありげに目配せをよこす。
……あっ。そうか。
少し考え、彼女の提案の意味が理解できた。
確かハルツ公は手数料を支払いに、アランの所へ行くと言っていた。
その際、俺がルティナの所有権の書き換えをしたかを確認する可能性が高いと思われる。
最も信頼できる奴隷商人だと紹介しておきながら、しかも帰りがけに依頼すれば済むだけなのに、それをしていないとなるとあまりにも不自然だ。
しゃあない。お金はもったいないが大した額じゃないし、必要な出費と割り切ろう。
その旨をアランに告げようとしたところ、またもや機先を制される。
「ご主人様、ご主人様。今日の買い物のとき、ルティナの侍女服を注文しにアラン様の所に行くんですよね? いま送っていくついでに注文した方がいいんじゃないですか? 今日はベイルの市が立つ日じゃないので、無駄足を踏まずに済むと思います」
いやぁ……。それはどうなんだろう……。
父親を失い、家族と離れて奴隷になった当日にメイド服をオーダーするとか、どんなプレイだって感じだもん。
さすがの俺でも今日の買い物でキャミソールやセクシーランジェリー、メイド服の注文をしないくらいのデリカシーは持ち合わせているぞ。
ミリアへ何と返そうかと考えていると、キョトンとした顔でルティナが言葉を漏らす。
「侍女服ですか?」
不思議そうな表情を浮かべている彼女に、ベスタが告げた。
「全員おそろいの素敵な服です。なんでも帝宮の侍女たちが着ているものと同じデザインなのだそうですよ」
ロクサーヌも微笑みながら、それに続く。
「ご主人様が私たちのためにご用意してくださった、お仕着せです。もちろん、あなたの分もご用意してくださるでしょう。安心してくださいね」
いやいやいや。その言葉のどこに安心する要素が?
さっきまで貴族令嬢だった娘に、『これからお前はメイド服を着るのだ』と言って、納得できるものなのだろうか? めちゃくちゃ感じ悪くない?
あと、君のものに関しては俺が用意したわけじゃなくて、アランが抱き合わせで付けてきたんですが……。
しかし、ルティナは何でもないことのように頷いた。
「帝宮の侍女服といえば、完璧な礼儀作法を身に付けた貴族子女だけが纏うことを許される、格式ある装い。それを模したものをご用意なさっているとは、さすがアユム様です」
え? さすアユ? 君もそんなことを言うの?
それに、精神的ダメージはそれほどでもないんだろうか?
ルティナの言葉に戸惑っていると、セリーが口元をニヤリと歪めながら話しかけてくる。
「ご主人様、それならその二つをまとめて依頼なさってはいかがでしょうか」
あー……。この娘、きっとこれで三割引が有効になると思ってるな。
しかし、俺はもうそれらのスキルを使わないと決めたのだ。
これについては後で説明するとして、今はアランに依頼を伝えよう。
「アラン殿、聞いての通りだ。所有権の確定と、侍女服の注文をお願いできるだろうか?」
彼はスッと佇まいを正し、答えた。
「もちろんです。また、これほど大きな取引をご紹介いただいた上に、無利息での借入までさせていただいております。その多大なご恩を少しでもお返しするため、今回はどちらも無償でお引き受けいたします」
「いいのか?」
思わず聞き返したところ、アランは静かに頷いた。
「ええ。問題ございません」
ベスタのメイド服に続き、ルティナの分までロハになっちゃったよ。得したなぁ。
三割引を使う気はないものの、サービス自体はありがたく受け取るぞ。
「それでは、先に所有権を確定させましょう。アユム様、ルティナ様、左手をお願いいたします」
彼の言葉に従い、左手を前に出す。
「インテリジェンスカードの変更を行いました。どうぞご確認ください」
作業を終えたアランに促され、左手から飛び出しているカードに視線を向ける。
田川歩 男 18歳 冒険者 自由民
所有奴隷 ロクサーヌ セリー(死後解放) ミリア ベスタ ルティナ
……ルティナが俺の奴隷になっている。
本当にこれでよかったのか。もっと良い方法がなかったのかと思いはするものの、こうなった以上、全力でこの娘を幸せにしよう。
そして、彼女たちが許してくれるのなら、ずっと共に生きていきたい。
そのためにできる限りのことをしなければ。
決意を新たにしながら、インテリジェンスカードをルティナに示す。
彼女は真剣な表情でそれを確認し、小さく頷いた。
「確かにアユム様の奴隷になっております。わたくしの方もご覧ください」
白くて細長い指と整えられた爪、神々しさを覚えるほど美しい手が俺の前に差し出される。
そんな場合じゃないのは分かってるんだけど、めちゃくちゃ綺麗な手だなぁ。
見惚れてしまいそうになるのを堪え、インテリジェンスカードに目を向ける。
ルティナ ♀ 15歳 魔法使い 初年度奴隷
所有者 田川歩
「うむ。問題ない。ルティナ、これからよろしく頼む」
それを聞き、彼女は控えめな笑みを浮かべた。
「はい。わたくしの方こそ、よろしくお願いいたします」
セルマー伯に約束した通り、この娘だけじゃなく、エルンストとレナーテも幸せにしよう。
頑張るから。ルティナが俺の下へ来てよかったと、そう思ってもらえるように頑張るから。
確認が終わったところで、二人ともインテリジェンスカードを手に戻す。
ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタは優しい表情でその様子を見守っていた。
ほんと、良い娘たちだよなぁ。
感慨に耽りながら、アランに話しかける。
「アラン殿、確かに俺の所有になっていた。感謝する。次は、あなたたちをベイルまで送っていこう。彼女たちをパーティーに加えるぞ」
「はい。よろしくお願いいたします」
アランの言葉に頷き、エルフの美人奴隷たちを加えていく。
……こちらをガン見しているお嬢さんは、第一陣から外しておいた。
だって、俺は嫌なことを後回しにするタイプなんですもの。
アランたちと共にベイルの探索者ギルドへ移動したら、即座にパーティーを解散し、そのままノルトセルムへ引き返す。
過去に何度か、冒険者にフィールドウォークの送迎をお願いしたが、どいつもこいつも目的地に着くとすぐにパーティーを解散して去っていった。
今ならなんとなく彼らの気持ちが理解できる気がするな。
残った五名の奴隷たちをパーティーに加えていくと、タチアナの美人フェイスが徐々に曇っていく。
そして、最後の一人としてパーティーに加えたところで、彼女は不満そうな、それでいて落ち込んでいるような表情で口を開いた。
「私が最後なのですか?」
「特に意味はない。偶々そうなってしまっただけだ」
嘘だけどね。意味しかないけどね。
タチアナはため息をこぼし、言葉を続ける。
「先ほどは言い方を間違えてしまったようです。それに、これまであなたにとっていた態度についても謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
なんだ、なんだ? いきなりしおらしくしてどうしたんだ?
急変した態度に面食らっていると、彼女はそのまま話し出した。
「その方たちを見ていれば、あなたがどれだけ奴隷を大切に扱っているかが分かります。今後は態度を改め、あなたに尽くすとお約束しますので、どうか私を購入してはもらえませんか?」
いや、いきなりそんなことを言われても困るんですが……。
「私はこう見えて炊事、洗濯、掃除は苦になりません。貧しい生活だったので、節約することも得意です。たくさん学んだので、男性の喜ばせ方も心得ています。絶対に損はさせないとお約束します」
別に彼女は俺たちに危害を加えようとしたわけじゃないし、ぶっちゃけあの程度の言葉なんか全然気にしていない。
会社の奴らから言われていた陰口や、面と向かってされたパワハラの方が遥かに質が悪かった。
しかし、この女性を購入するかどうかは話が別だ。
たとえ美しかろうと、能力があろうとまったく関係ない。
俺はロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタ、ルティナ以外の女性と共に過ごす気はないし、今後はそういう目的で女性を迎えることはないと断言できる。
その旨を伝えたところ、タチアナの顔がさらに曇った。
「人を外見や身分だけで判断した報いですね……。帝都の奴隷商館で出会ったとき、あなたの内面や能力に目を向けるべきでした……」
反省しているところ申し訳ないが、たとえあのときに殊勝な態度で接してきたとしても、俺は確実にスルーしていたぞ。
だって、君はロクサーヌでも、セリーでも、ミリアでも、ベスタでも、ルティナでもないんだもん。
とはいえ、そんなことを言うわけにはいかないしなぁ。
何と返したらいいのか迷っていると、ロクサーヌがドヤ顔で言い放つ。
「ご主人様はこれだけ素敵なお顔立ちをされているのに加え、何者をも寄せ付けない実力を有し、その上とてもお優しいのです。もちろん外見は大切ですが、これからは人そのものを見ることをお勧めします」
彼女の言葉に美人奴隷たちだけではなく、ルティナと耳をそばだてていたハルツ公爵家の騎士たちまでもが、唖然とした表情で俺の方へと視線を向けた。
セリー、ミリア、ベスタは『また言っているよ』という表情を浮かべている。
……分かってる。分かってるから。自分が不細工なことは百も承知だから。
あと、俺が無理矢理言わせているわけじゃないからね? この娘さんの目に美顔フィルターがかかっているだけだからね?
苦笑していたセリーだったが、すぐに表情を引き締め彼女に告げる。
「態度の方も見直すことをお勧めします。あなたの他者を見下す態度は、気持ちのいいものではありませんでした。たとえどれほど美しかったとしても、そのままでは条件の良いところに売却されることはないでしょう」
ミリアもコクコク頷き同意していた。
二人の言葉を聞き、ぐぬぬという顔をしていたタチアナだったが、やがてため息を漏らす。
「そうですね。今後は態度を改めるようにします。もっとも、あなたたちのご主人様以上の方に見初められることはないでしょうが……」
タチアナがそうこぼしたところ、ロクサーヌとセリーとミリアは渾身のドヤ顔をお見舞いしていた。
なろうでお馴染みの『今更後悔してももう遅い』ってやつだろうか?
どうして俺じゃなく、君たちがざまぁパートを担当しているんですかねぇ。
一方、ベスタは困ったような表情を浮かべており、ルティナはこの状況に戸惑っているようだ。
君たちはそのままピュアピュアなままでいてね。
いや。もちろん、三人は三人でめちゃくちゃ可愛いんだけどさ。
注目を浴びつつ、フィールドウォークの詠唱を開始する。
アランの館でメイド服の採寸を済ませ、ボーデの宮城で調理器具や食器を回収しに立ち寄ったところ、物々しい雰囲気を保ったままであり、非常事態が継続していることを感じられた。
カシアやルティナの弟妹は既に休んでいるとのことだったので、受け取りだけを済ませて、自宅へ戻る。
自宅へ戻ると日の出前ではあるものの、辺りがぼんやり確認できた。
いつもの早朝探索より少し早いくらいだろうか。
夜目の利くミリアに、俺のリュックから鍵を取って玄関を開けてもらう。
そして、新メンバーが加入した際のお約束。土足厳禁と自宅に戻った際の手洗いうがいの徹底という、大切な家訓を伝えたところ、ルティナが困惑していることがうかがえる。
「……なるほど。聞いたことのない風習ですが、家訓ということでしたら、わたくしも従います」
しかし、彼女はうちの家訓を尊重してくれた。
郷に入っては郷に従えというものの、外履きのまま家に上がるなんて俺には絶対無理だ。
だって、外で動物の糞を踏んだらどうするんだ? 考えただけでぞっとする。
こんなことを考えている俺とは大違いだな。
まあそんなことはどうでもいいか。さっさと家に入ろう。
手洗いうがいを済ませ、リビングへ移動してソファーに腰を下ろしたところで、今日の予定を確認だ。
「明日は最上階のボスに挑む予定だけど、加入したばかりのルティナは俺たちと連携が取れないはずだ。今日は休日の予定だったけど、それはなしにして対策を講じたいと思う」
「最上階のボスに挑むのですか!?」
俺の言葉に大きな反応が返ってきた。実にナイスなリアクションである。
既にハルバーの迷宮で最上階の待機部屋にたどり着いていること。
帝国解放会という秘密組織に加入しており、その昇格試験を兼ねていること。
帝国解放会は迷宮討伐に関わる互助組織であり、実力と品性を兼ね備えた者だけが所属できる旨を伝えたところ、ルティナは呟きを漏らした。
「そんな組織があったのですか……。実力と品性が必要なのであれば、セルマー伯爵家に声がかからなかったのも道理ですね……」
いや、まあ、うん……。
でも実力はともかく、俺なんかが所属できているわけだし、品性についてはそこまで重視されていないと思うし……。
このままルティナを落ち込ませるわけにもいかないため、話を先に進める。
「せっかくの休日を潰してしまって申し訳ない。特に一緒に過ごすことを楽しみにしていたベスタは本当にごめん」
すると、ベスタは柔らかで包み込むような声色で言葉を紡ぐ。
「連携が取れなくてルティナが怪我でもしたら大変ですからね。私のことは気にしないでください」
なんって良い娘なの! 好き! ベスタ、超好き!
「近いうちに埋め合わせをするからね。ベスタが望むことはどんなことでもするから、要望があれば遠慮なく言ってね」
「わっ。本当ですか? とても楽しみです」
俺の言葉に弾んだ声を上げた。
ほんにめんこい娘さんじゃ。その愛らしさが儂の五臓六腑に染み渡るぞい。
休日がもらえることに驚いているルティナに対し、四人は楽しそうに説明をしていた。
彼女は話を聞くたびに、「好きなことをしてよいのですか!?」とか「お小遣いをいただけるのですか!?」とか「アユム様と二人で過ごせるだなんて、夢のようです」と声を上げる。
ルティナもほんにめんこいのう。その愛らしさが儂のハートにクリティカルじゃ。
それにしても、めちゃくちゃ好感度が高くて驚くわ。
初めて会ったときにしたアドバイスがそこまで彼女の心に響いていたとは思わなかった。
こんな娘にお慕いしていると言われるなんて、前世の俺はどれだけ徳を積んでいたのだろう?
しかし、原作知識で彼女がどうなるのかを知っていたことを伝えた場合、その心が変わるかもしれない。
……今すぐそれを伝えるのはやめておいた方がいいだろう。
嫌われるかもしれないこととを恐れる気持ちもないわけではないが、それだけではない。
彼女は奴隷に落ちたばかりだし、父親が処刑されるという状況だ。それにこれまでとは違う環境に放り込まれている。
そんな中で衝撃的な話を聞かされれば、心に傷を負ってしまうかもしれない。
睡眠をとり、彼女の精神が安定したのを確認してから伝えることにしよう。
華やかな『いせはれ!』を眺めながら、そんなことを考えていた。
女性陣の会話が途切れたところで、予定の確認を続ける。
「色々なことがあって気持ちが高ぶっているし、思わぬミスをするかもしれない。今日は早朝の探索はなしにして、話し合いが終わったら睡眠をとることにしよう」
「そうですね。気が逸っていては、普段ならしないような行動をとってしまうかもしれません。ご主人様の言う通り、一度気持ちを落ち着けるべきでしょう」
ロクサーヌが同意を示すと、他の四人も頷いた。
目を覚ましたら、彼女たちが朝食の支度をしている間に、俺はボーデの宮城に顔を出す。
それが済んだら武器屋と防具屋を巡り、その後はルティナの買い物だ。
高級服屋でのドレスの注文は長くなるだろうから、俺はその時間でルークのところへ行ってスキル結晶を受け取ってこよう。
コハクのネックレスまで購入したら、迷宮探索と試験に向けてのバトルマーメイド対策だ。
ロクサーヌ師匠はきっとルティナにもタイマンを張らせるに違いない。
俺は師匠に逆らえないし、応援を頑張ろう。ルティナよ、強く生きてくれ。
予定の確認を終えたところで寝室に移動し、ベッドへ横になる。
仮眠のようなものなので、彼女たちもいつものキャミソールではなく、普段着のままだ。
いつもは俺の右隣絶対渡さないウーマンであるロクサーヌだが、今回はその場所をルティナに譲っている。
何か思うところでもあるのだろうか?
疑問を覚えながらも疲れには勝てず、ゆっくりと意識を手放していった。
微睡の中で揺蕩っていると、ふと何かが耳に届く。
ぼんやりしながら音に意識を傾けていたところ、それがすすり泣く声だということに気が付いた。
その瞬間、眠気が一気に吹き飛び、声がしている方へ顔を向ける。
両手を口元に当て、必死に泣き声を押し殺している大切な女性の姿が目に入った。
そうだよな。大丈夫なはずがない。
帰る家をなくし、弟と妹と別れ、自身は奴隷に落ち、そして父親を失った。
たったの数時間でこれだけのことが起きたのだ。いくら気丈に振る舞っていても、ショックを受けていないわけないじゃないか。
悲しみをこらえている彼女に手を伸ばし、こちらに抱き寄せる。
体をビクッと震わせたものの、そのまま身を任せてくれた。
ルティナを抱いたまま、金糸のような髪をゆっくりと撫でていく。
そして、隣にいたロクサーヌも彼女の背中を優しく撫でている。
なるほど。場所を譲ったのはこのためだったのか。
内心でロクサーヌに感謝をしつつ、ルティナに声をかけた。
「ここには俺たちだけだから、我慢することはない。泣いてもいいんだよ」
その言葉を聞き、我慢できなくなったのか、彼女は俺にしがみついて泣き声を上げ始める。
俺たちはルティナが泣き疲れて眠りに落ちるまで、その様子を見守っていた。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49
装備 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:28
キャラクター再設定:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
鑑定:1
ワープ:1
MP回復速度十倍:31
パーティー項目解除:1
パーティージョブ設定:3
所持金:5,143,619ナール
1年目 夏の18日目
いつも拙作をお読みいただき本当にありがとうございます。
特別篇が3話あるためサブタイトルの話数とはズレていますが、今回の更新で300話に到達しました。
ここまで更新を続けてこれたのは、お読みいただいている皆様と素晴らしい作品を生み出した原作者様のおかげです。
UA、お気に入り、感想、評価、ここすきといった反応がとても励みになっています。本当にありがとうございます。
ついにルティナのインテリジェンスカードが書き換えられ、正式にアユムの奴隷になりました。
ここまで来るのに300話、220万文字、2年半。
まさかこんなにかかるとは……。我ながら驚きです。
物語はもうちょっとだけ続きますので、これからもお付き合いいただければ幸いです。