異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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301 ある日の森の中

 

 

 

 

 

ノルトセルム

宮城

 

 

 

 

 

 スヴェルをアイテムボックスに収め、コンラートがカーテンを閉めたのを確認してから部屋を出る。

 すると、フィーネとリディア、それから二人の衛兵の他に、先ほどまではいなかった男が直立不動で控えているのが目に入った。

 

 ブラウンの短髪にダークブラウンの瞳。耳が細長く尖っており、エルフであることが一目で分かる。

 例によって顔面偏差値はかなりのものだ。

 そして、彼は意味ありげにこちらをじっと見つめていた。

 

 うん? 俺に何か用でもあるのだろうか?

 

ベルント・フェルナー ♂ 32歳

冒険者Lv41

装備 強権のミセリコルデ ミスリルの盾 耐火の聖銀額金 頑強のタバード 耐水の竜鱗グローブ 耐風の竜鱗靴 身代わりのミサンガ

 

 気になって鑑定を使用したところ、驚くべき情報が脳内に浮かび上がる。

 

 おお? レベルも高いし、装備品もかなりのものだぞ。

 セルマー伯爵家の騎士団員なのだろうか?

 

 疑問を覚えていると、コンラートが彼を手で示しながら紹介を行う。

 

「この者は伯爵家騎士団所属の冒険者、ベルント。ボーデへ戻る前に、彼がアユム殿をオストハインの迷宮へご案内いたします」

 

 ああ。そういうことね。

 入る迷宮は聞いたものの、その場所までは把握してなかったもんな。

 

 納得していると、値踏みするような顔でこちらを見ながらその男が話しかけてくる。

 

「アユム殿のお話はルティナ様より聞き及んでおります。あのお方は我らにとって皇女にも勝る大切な姫君。その身に万が一があれば、セルマー伯爵家騎士団一同、決してあなたを許しは致しません。努々、お忘れなきよう願い――」

「ベルント! セルマー伯爵家の恩人に対して、失礼であろう!」

 

 彼の言葉が終わる前にコンラートの叱責が飛んだ。

 さらにハルツ公が怒気のこもった視線を向けつつ、声を発する。

 

「ベルントと申したな? 守ることの叶わなんだ前当主の娘を想う心は尊きものゆえ、それについては何も言わぬ。しかしその方は今、なんと申した? アユム殿を許さぬだと? この者が助命しておらねばルティナ嬢は命を落としていた公算が大きかったのだぞ? それに犠牲者を出さずに制圧が終了したのも、すべてこの者の手柄によるものよ。それがなければいまだ戦闘は続いており、死体の山が築かれていたであろう。その方の言葉はそれを理解してのものか?」

 

 カシアも辛そうな表情で小さな声を漏らす。

 

「ベルント……。アユム様は公爵の勘気を被る可能性を知りながら、ルティナを助けるために陳述を行いました。そして他の者に任せるのではなく、自らのパーティーを率いてここへ乗り込み、あの娘を、いいえ、あの娘だけではなくエルンストとレナーテも救出しています。伯爵家の家臣たちがルティナに期待していたことは存じていますが、あの娘はもうここには戻りません。あの娘の残した言葉を守り、新しいセルマー伯爵家と領民に尽くすのです。あの娘もそれを望んでいます」

 

 彼らの言葉を聞き、ベルントは悔しげに顔を歪めていたが、やがて大きく息を吐き出した。

 

「……私が愚かでした。アユム殿、申し訳ございません」

 

 そう言うと、そのまま深く頭を下げる。

 

 えっと。いまいち展開についていけていないっていうか、別に怒るようなことじゃないっていうか、俺自身はこれっぽっちも気にしてないんだけど……。

 

「ええ。気にしていませんので、お気になさらず」

 

 その旨を伝えると彼は膝をつき、さらに頭を下げた。

 

「我ら家臣一同は当主の怠惰も専横も諫めることができなかった無能の集まりです。不忠義者の誹りを免れることはできず、奸臣と言われても返す言葉がありません。ですが、伏してお願い申し上げます。どうか、ルティナ様を大切にしてくださいますようお願い申し上げます。失礼な物言いとは重々承知しておりますが、何卒、何卒、よろしくお願いいたします」

 

 ちょっとー! そういうのはやめてほしいんだけどー!

 

「もちろんです。彼女のことは生涯大切にします。この誓いは絶対に違えるつもりはありません」

 

 その言葉が通路に響くと、空気がふっと軽くなった。

 そして、重苦しい怒気を放っていた公爵閣下がニヤリと笑う。

 

「その方はルティナ嬢を一目見たときからそのようなことを申しておるな。あの娘御の容貌によほど心を奪われたとみえる」

「ええ、本当に。そんなにルティナのことを気にかけていたのでは、ロクサーヌさんたちが悋気に駆られるのではありませんか?」

 

 何て恐ろしいことを言いなさる。

 この夫妻は本当に人をからかうのが好きな人たちやで。

 

「ルティナだけではありません。ロクサーヌのことも、セリーのことも、ミリアのことも、ベスタのことも決して不幸にはしません。私はその気持ちを持っていたからこそ、こうして今ここに立っているのです。その想いには一点の曇りもないと断言できます」

 

 その瞬間、呆れたような声が耳に届いた。

 

「五人もの女性を侍らせるほど多情であれば、曇りがないとは言えないのではないでしょうか……」

「ええ。聞こえはいいのですが、女性の立場からするといささか……」

 

 声の聞こえてきた方に顔を向けると、女性の敵を見るような目でこちらを見つめるフィーネとリディアの姿が……。

 

 割と失礼なことを言っているというのに、先ほどとは異なりハルツ公やカシア、それからコンラートも彼女たちを叱責する様子はない。

 それどころか、公爵夫妻は忍び笑いを漏らし、コンラートは同意を示すように頷きながらこちらへ呆れたような表情を向けている。

 

 そうですね……。傍から見れば浮気男そのものですよね……。

 で、でも、彼女たちを幸せにしたいという気持ちに嘘はないから! それだけは本当だから!

 

 女性陣の呆れ顔、コンラートと衛兵、それにベルントの困惑の表情。

 さらに公爵夫妻が漏らす忍び笑いにさらされながら、その場に立ち尽くす。

 

 おかしいなぁ……。シリアスな場面だったはずなのに、どうしてこんな空気になってるんだろう……。

 

 

 

 公爵夫妻の笑い声が収まったところで、コンラートが口を開いた。

 

「アユム殿。この度は本当にありがとうございました。また、セルマー伯爵領内の迷宮討伐にご協力を賜ることについても、併せてお礼申し上げます」

 

 彼が頭を下げるとリディア、ベルント、衛兵二人もそれに続く。

 

「セルマー伯爵領は私の大切な女性の故郷。そこを守るのは当然のこと。お気になさらず」

 

 公爵は再びくつくつと笑い声を漏らしながら、コンラートに告げる。

 

「当人がこのように申しておるのだ。気にすることはない。それに、アユム殿は既に余らの派閥の一員のようなもの。この者が困難を抱えている折には手を貸すがよい。それで持ちつ持たれつというものよ」

 

 叙勲もしていないってのに、もう派閥に入っていることになってんの?

 

 ハルツ公の言葉に疑問を覚えつつ、俺も言葉を掛ける。

 

「ええ。困ったことがあれば、遠慮なく伯爵閣下にご相談させていただきますので、その際はよろしくお願いいたします」

 

 それを聞き、コンラートの顔に笑みが浮かぶ。

 

「はい。アユム殿の頼みとあれば全力を尽くしますので、いつでもお声掛けください」

「あ、え、はい。ありがとうございます……」

 

 君、ちょっと俺のこと信用しすぎじゃない?

 いい加減な男なんだから、あまり俺の言葉を真に受けない方がいいよ?

 

 内心でそんなことを呟きながら、フィールドウォークの発着場へ向けて歩き出す。

 

 ノルトセルムの城を発つ前に、これから行く先は危険と隣り合わせの迷宮だと言われたため、詠唱省略を外してその場でアイテムボックスを開いて装備品を身に着けた。

 俺だけではなく、公爵家御一行もフィーネから各自の装備品を受け取っている。

 

 彼らも用意していたのか。なるほどな、最初からオストハインの迷宮へ案内するつもりだったのだろう。

 

 準備が整ったところでセルマー伯爵閣下とリディアに見送られながら、ベルントの展開したゲートへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

オストハインの迷宮

入口

 

 

 

 

 

 通り抜けた先は鬱蒼とした木々が生い茂り、頭上が分厚く覆われているため、日の光はぽつぽつとしか届いておらず、不気味な雰囲気が漂っていた。

 

 ここが今後俺たちが討伐を目指す迷宮か。結構、雰囲気あるなぁ。

 

 もっとも、つい先日までメインで入っていたベリッサ南未開地域の迷宮も似たり寄ったりだったし、今更戸惑うことはない。

 

 周囲を見回したところ、岩肌がのぞく斜面に迷宮へと続く真っ黒いゲートが見える。

 他の迷宮なら常駐しているはずの探索者の姿はなかった。

 

「この迷宮は二十三階層の魔物を頻繁に放出するため、危険が大きすぎて探索者を配置できないのです」

 

 俺が入ったことのある未開地域の迷宮にも探索者はいなかったし、ギルドだって所属員に危険な迷宮の番をさせるわけにはいかないのだろう。

 

 ベルントの言葉に、ハルツ公が質問を投げかける。

 

「それは六十七階層まで育っているということか?」

 

 彼はかぶりを振ってそれに答えた。

 

「六十七階層まで育っているからなのか、それともまったく人が入っていないからなのか、私には分かりかねます」

 

 確か周囲に人がおらず、また人が入らない迷宮は強力な魔物を出すようになるんだったよな。

 そしてセリーによれば、五十六階層まで育つとそれに関係なく十二階層の魔物を出すようになるということだった。

 今の話を聞くに、六十七階層に至った迷宮は二十三階層の魔物を放ち、人を襲わせるのだろう。

 

 ……この迷宮はどっちなんだろうな。

 

 自分たちが単独で討伐を任されている迷宮の難易度について考えを巡らせていると、フィーネが問いかける。

 

「二十三階層の魔物は何ですか?」

 

 するとベルントは表情を引き締め、真剣な声色で告げた。

 

「ノンレムゴーレムです。たとえそれなりの探索者を配置していたとしても、一人で遭遇してしまえば苦戦は必至。場合によっては死に至る可能性すらあります」

 

 その言葉に公爵家御一行の顔色も変わる。

 

「確かにそれは厳しいな」

 

 公爵が顎に手を当てながら呟きを漏らすと、カシアも頷き同意を示す。

 

「ええ……。探索者を常駐させないのも道理です……」

 

 ……ノンレムゴーレムって、うちのお嬢さんが幼少のころに遊び半分で狩ってた魔物なんだよなぁ。ほんと、とんでもないバグキャラだわ。

 

 我が最愛の人の圧倒的な実力に慄いていると、ベルントがこちらに顔を向ける。

 

「それでは最高到達階層である、よん――」

 

 その瞬間、根源的な恐怖を呼び覚ますような咆哮が耳をつんざいた。

 

 思わず首をすくめながら聞こえてきた方へ視線を向けると、信じられないような光景が目に飛び込んでくる。

 

 嘘だろ……。

 

 体高が軽く百五十センチを超えていそうな濃い茶色の熊が、口を大きく開け、敵意むき出しの、いや、獲物を見つけた歓喜の雄叫びを上げていた。

 そしてもう我慢できないとばかりに、猛烈な勢いで俺たちの方へと襲い掛かってくる。

 

 死んだわ。

 

 頭の中が恐怖に支配され、身動き一つとれずにいたところ、裂帛の声が耳に届く。

 

「はっ」

 

 ハルツ公は剣を手に熊へ躍りかかると、そのままそれを叩きつけた。

 攻撃を受けて怯んだものの、奴は鬱陶しそうに右手を振るう。

 しかし、それが直撃したというのに彼はよろめきもせず、二度、三度と攻撃を繰り返す。

 

 なんだこれ……。この人、こんなに強いの?

 

 さらに、ベルントとフィーネも駆け寄り攻撃を加え始めた。

 

 呆然としていると、ハルツ公が声を発する。

 

「アユム殿、助太刀を頼む!」

 

 え!? 俺!? だって、熊だよ!? 無理だって!

 

 こちらは突然のことでパニック状態だというのに、カシアも重ねて声を上げる。

 

「お願いします!」

 

 彼女の声があたりに響いた瞬間、熊が威嚇するためなのか、立ち上がり体を大きく見せるように手を広げた。

 

 カシアはすぐに熊へ向き直り、呪文の詠唱を開始する。

 

 やるしかないってのか!? くそっ! 死んだら恨むからな!

 

 早口で捲し立てたというのに、自動翻訳のおかげなのか問題なくアイテムボックスが開く。

 そこからアスカロンを取り出し、一気に駆け出した。

 

「死ねやオラー!」

 

 

 

 ……あれだけビビり散らかしていたというのに、アスカロンの基礎攻撃力と防御力無視、それから剛腕のミスリル手甲に付いている腕力二倍の効果は凄まじく、目の前で頭のない巨大熊は全身から大量の血を流している。

 

 そんなに強くなかったぞ……。

 

 ここのところタイマンをさせられていた中階層のボスであるバトルマーメイドはおろか、ぶっちゃけ低階層のボスであるラピッドラビットやパーンの方が手強いまであった。

 いや、下手をすれば雑魚であるドライブドラゴンの方がやっかいかもしれない。

 

 おそらくこいつの身体能力自体は、地球にいる熊とそう変わらないはず。

 しかし、迷宮に入って魔物を狩っている者は、ジョブやレベルアップによるパラメーター補正で超人的な力を得ているのだ。

 どうやら自分でも気が付いていないうちに、俺は熊に勝る身体能力を得ていたらしい。

 

 もっとも、回避の鬼であるロクサーヌに、変幻自在な動きをするミリア。圧倒的な腕力と耐久性を誇るセリーや、それに輪をかけたフィジカルモンスターであるベスタ。彼女たちと比べればクソ雑魚もいいところ。

 下駄を履かなければまったく勝負にならないもん。

 

 ……下駄を履いても勝負にならない人もいるけどさ。

 

 そんなことを考えていると、剣を鞘に収めながらハルツ公が話しかけてきた。

 

「模擬戦であれだけの強さを見せつけ、五十階層の待機部屋へたどり着けるほどの実力があるというのに、その方は熊ごときに怯んでおったな? いったいどういうことだ?」

 

 彼は腑に落ちないといった顔をしており、他の三人も怪訝な表情を浮かべている。

 

 熊ごときって何やねん。熊は恐ろしいやろがい。あんたたち完全に感覚がバグってんぞ。

 

 内心で毒づきながら、言い訳を口にする。

 

「申し訳ありません。実物の熊を、いえ、ここまで大きな野生動物を見たのが初めてだったため、思わず気が動転してしまいました」

 

 それを聞いた彼らの顔に納得の色が浮かぶ。

 

「なるほど……。アユム様は街中にある自宅と迷宮を往復するような生活を送られていたと……」

 

 カシアの声に続き、フィーネも呟きを漏らす。

 

「若くしてそれだけの実力を持っている理由が不可解でしたが、そういうことだったのですね……」

 

 彼女たちの目には労りの色がうかがえた。

 

 いや、別にショッカーに改造手術を受けたとか、暗殺教団でキリングマシンとして育てられたとか、人生の大半を迷宮で過ごしたとか、そんな悲惨な体験してきたわけじゃないから。

 ただ単に大型野生生物が出没するような地域に住んでなかっただけですし……。

 

 もっとも、日本のことを告げるわけにもいかないため、いつものように曖昧な笑みでやり過ごす。

 

 憐みの表情を浮かべていたものの、ハルツ公は気を取り直すように咳払いを行い、ベルントに話しかけた。

 

「アクシデントに見舞われたが、改めて最高到達階層までの案内を頼む」

「かしこまりました」

 

 え? 熊の死体は放置でいいの? 普通の異世界ファンタジーなら素材を回収して売却したり、食べたり、何かに加工したりするぞ?

 

 その旨を問いかけたところ、公爵がかぶりを振った。

 

「これだけの大きさとなると、到底フィールドウォークでは運ぶことは叶わぬ。それに余らもそれほど時間に余裕があるわけではないゆえ、ここで解体するわけにもいかぬ。さりとて人を派遣しようにも、ノンレムゴーレムが出現するとなると危険が大きい。森の恵みを放置することに対して罪悪感がないわけではないが、放置するよりほかないのだ」

 

 あー。確かに彼の言う通りかもしれない。

 ノンレムゴーレムと戦えるような者は迷宮に入らないといけないだろうし、そうじゃない者を派遣するわけにはいかないだろう。

 もったいないお化けが出そうではあるが、放置するしかないのか。

 

 あれ? でも迷宮に入れるのは駄目なのかね?

 迷宮は人を養分にするために活性化し、魔物を外に放つんだよな?

 なら、この熊の死体を放り込んで栄養補給をさせ、活動を低下させるわけにはいかないんだろうか?

 

 気になったものの、この世界における一般常識を尋ねることになる可能性もあるため、ここはぐっと堪える。

 あとでうちの知恵袋に聞いてみよう。

 

「それでは四十二階層にご案内します」

 

 疑問を抱えながらもアスカロンを手にしたまま、エルフたちの後に続き歩き出す。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49

装備 聖剣アスカロン 身代わりの硬革帽子 頑強のアルバ 剛腕のミスリル手甲 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:28

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度十倍:31

パーティー項目解除:1

パーティージョブ設定:3

 

所持金:5,143,119ナール

 

夏の18日目

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