異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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302 両手に花

 

 

 

 

 

オストハインの迷宮

四十二階層

 

 

 

 

 

 最後尾にいた俺が到着したのを確認し、ベルントの方に顔を向けながらハルツ公が口を開いた。

 

「ここが四十二階層か。この階層に出現する魔物は何になる?」

「四十二階層がハチノスで、その下がパームバウム、コボルトケンプファー、ホワイトキャタピラー、スパイススパイダーと続きます」

 

 公爵は彼の回答を聞き、顎を手に当てる。

 

「ふむ……。魔物の出現頻度はともかく、そこまで厄介な組み合わせではないな」

 

 まあ、俺たちもこのくらいの階層であればサクサク進むだろう。

 なにせ、一昨日までは未開地域の五十三階層という、もっとハードな階層を探索していたわけだし。

 

 そんなことを考えていると、カシアがこちらに体を向けた。

 

「セルマー伯爵領が迷宮の脅威から解放されるかは、ここが討伐されるかにかかっております。アユム様、どうかお願いいたします」

 

 彼女はそう言うと深く頭を下げる。

 カシアに続き、フィーネとベルントも頭を下げた。

 

 セルマー伯爵家の関係者たちの様子を見たハルツ公は口元をニヤリと歪める。

 

「なに、アユム殿であれば簡単に成し遂げるであろう。そのように畏まることはあるまい」

 

 そして、同意を促すようにこちらへ目配せを寄こす。

 

 愛妻の心痛を和らげようとしたんだろうが、その気遣いを俺にも向けてくれませんかねぇ。

 とはいえ、そんなことを言うわけにはいかないわけで……。

 

「承知いたしました。非才の身ではございますが、全力をもって事に当たることをお約束いたします」

 

 その言葉を聞き、三人の表情が綻んだ。

 

「ふふ。ルティナの故郷のことなのです。あの娘に心奪われたアユム様には申し上げるまでもありませんでしたね」

 

 ねえ、公爵閣下? あなたの細君が私のことをからかってくるんですけど? なんとかしてもらえません?

 

 彼の方に視線を向けると、こちらはこちらでニヤニヤした顔でこちらを見つめていた。

 一方、フィーネとベルントは生温い表情で俺たちの様子を見守っている。

 

 ……駄目だこの人たち。

 

 

 

 

 

オストハインの迷宮

入口

 

 

 

 

 

 迷宮の外へ出るとベルントがパーティーを抜け、真剣な表情でこちらを見つめる。

 

「重ね重ねになりますが、どうかルティナ様のことをよろしくお願いいたします。アユム殿の助言があったとはいえ、あのお方は前伯爵閣下に提言を行い、我らを率いて自ら迷宮へ入っておられました」

 

 そうか……。この人はルティナが迷宮に入っていたときのメンバーだったのか……。

 

「領民より心無い言葉を投げかけられた際もいきり立つ我らを制止し、彼らに頭を下げたうえで迷宮探索を続けておられたのです」

 

 彼の言葉に公爵夫妻とフィーネの顔色が変わる。

 

「そのようなことがあったのですか?」

 

 ベルントはカシアの問いかけに頷いた。

 

「はい。ですが、ルティナ様は領民をここまで追い詰めてしまったのは、セルマー伯爵家の怠惰のせいだとおっしゃり、決して彼らを罰しようとはなさいませんでした」

 

 ルティナ本人から領民に恨まれているという話は聞いていたが、直接それをぶつけられていたとは……。

 これは探索に取り組んでいるところを見せろと言った俺のせいだな……。

 本当に考えなしで、自分のことが嫌になる。

 

 驚いている三人から視線を外し、ベルントは顔をこちらに向けた。

 

「もちろん新たにセルマー伯爵となられたコンラート閣下に思うところはございません。ですが我ら家臣一同は、ルティナ様ならきっと伯爵家を立て直してくださると期待していたのです。そして、それが叶わぬこととなった今でも、あのお方が我らにとって大切な姫君であることに変わりありません。アユム殿、どうかルティナ様を大切にしてください。どうか、どうか、よろしくお願いいたします」

 

 そう言うと、深々と頭を下げる。

 

 エルンストとレナーテにも同じことを言われたな……。

 いや、あの子たちだけではなく前セルマー伯爵からも頼まれている。

 彼女は家族や家臣から愛されていたのだ……。

 

「もちろんです。一人の女性を一途に想うことができない不実な男ですが、彼女たちは私の全てを賭けて幸せにいたします。この言葉は決して違えないと誓います」

「ありがとうございます……」

 

 

 

 やがて頭を上げるとベルントは暇を告げ、フィールドウォークで去っていく。

 その目は赤く染まっており、ルティナへ向けられた忠誠心の大きさを思い知らされるようだった。

 

 先ほどの話を聞いてからカシアとフィーネは憂いを帯びた表情を浮かべており、公爵は険しい表情で何やら考え込んでいる。

 

 どうやら領民から心無い言葉を投げかけられたという話は、彼らにとってかなりの衝撃だったらしい。

 身分制度のない日本から来た俺ですら驚いたのだ。三人の受けた衝撃はいかばかりか。

 

 彼らの様子をうかがっていると、公爵が息を吐き出す。

 

「……いつまでもここにいるわけにはいかぬ。フィーネ、フィールドウォークを。渡す物があるゆえ、アユム殿も同行するがよい」

 

 ん? 渡す物?

 

 気になったものの、彼らに続きフィールドウォークのゲートを潜る。

 

 

 

 

 

ボーデ

宮城

 

 

 

 

 

 ボーデの城へ到着すると、ハルツ公はエンブレムの前で詰めている騎士へ声を掛けた。

 

「用意はできておるか?」

「はい。こちらに」

 

 顔馴染みとなっているフィーネの旦那は備え付けのチェストを開き、何かを取り出して公爵へと渡す。

 そして、彼は受け取ったそれを俺の方へと差し出した。

 

 ん? おっ? ワッペンじゃん。

 

「ルティナ嬢とベスタ嬢の分も必要であろう? 一朝事あらば遠慮なく使うよう、彼女らにも伝えるがよい」

 

 オヤビン! マジカッケーっす! めっちゃ男前っす! 田川はこれからもオヤビンについていくっす!

 

 先ほどまでのシリアスな空気はどこへやら。公爵の粋な計らいに、思わず生粋の腰巾着気質が首をもたげてしまった。

 

 いやでも、これはありがたいって。

 先に貰っていた俺たちと合わせて、公爵家が全員の後ろ盾になってくれるってことだぞ。

 彼は以前、たとえ貴族と揉めようとも遠慮なく使えと言い、このエンブレムを見てなお無体を働くようなら、そのまま斬っていいとまで言っている。

 ほんと、公爵家に足を向けて眠れないわ。

 家に帰ったらベッドのフットボードがボーデの方向になっていないか確認せねば。

 

 恭しく受け取りながら感謝を伝える。

 

「我らの身を案じてくださった公爵閣下のお気持ちが本当に嬉しいです。ありがとうございます」

 

 そう言って頭を下げると、頭上から声が降ってくる。

 

「先ほども申したが、その方らはもう余の一門も同然。気にするでない」

 

 おい。派閥の一員じゃなくて一門になってんじゃん。そんなこと先ほどは申してなかったじゃん。

 

 その言葉を聞き、反射的に頭を上げてしまう。

 すると、悪戯が成功したかのような表情を浮かべている公爵と、満足そうに頷いているカシア、それから『まあ、いいんじゃないですか』と言いたげな家臣たちが目に映った。

 

 ……ほんと、困った夫婦だなぁ。

 でも、俺はそんな二人のことが嫌いではないらしい。

 

 少し引っかかったものの、寄らば大樹の陰。公爵家の一門並みに遇してくれるというのなら、メリットがデメリットを上回るのは確実だ。ありがたいというものさ。

 

 細かいことは気にしないことにして、あらためて感謝を伝えその場を辞する。

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 フィールドウォークの短いトンネルを抜けると楽園であった。

 イヌミミを持つ美しい女性が雑巾を手に拭き掃除をしている。おそらく彼女は天上の女神に違いない。

 これだけの美しさに加え、健気で真面目な働き者。

 そんな女性と共に生活を営むことができるなんて、俺は本当に幸せ者だ。

 

 感慨に耽っていたところ、女神が俺に気付き顔を上げる。

 

「ただい――」

 

 戻りの言葉を口にしようとした瞬間、ロクサーヌは右手の人差し指を立てて自分の口へと添えた。

 

 うん? 声を出すなってこと?

 

 その行動に戸惑っていると彼女はさらに左手の人差し指も立て、ちょんちょんと天井を示す。

 

 他の娘たちに気付かれないように、二階へ行こうってことだろうか?

 

 疑問を覚えながら同じように天井を指さすと、女神はコクコク頷いた。

 あら、可愛い。

 

 どうやら合っていたらしい。

 

 内履きに履き替え、彼女に請われるまま二階へ上がる。

 

 

 

 俺の部屋へ入るとロクサーヌは扉に鍵をかけ、真剣な表情をこちらに向けた。

 

 おいおい。そこまで深刻な話なの?

 俺がいない間に何か問題でも発生したんだろうか?

 

「いま調理場ではミリアとベスタが、料理をするのが初めてだというルティナに指導を兼ねて朝食の支度をしているのですが、その間に私とセリーでご主人様の秘密について話し合いを行いました」

 

 ふむ。異世界出身であることやキャラクター再設定にまつわるチート能力、それに原作知識のことか。

 

 視線で先を促すと、彼女はその愛らしくも艶のある声で続きを話す。

 

「私たちとは違い、彼女は貴族としての身分や継承権、それに家族を失っています。その可能性は低いとは思いますが、もしご主人様が出会う前からその未来を認識していたと知った場合、恨みを抱く可能性もゼロとはいえません」

 

 そうだな……。

 自業自得とはいえ、伯爵であった父親は命を奪われているし、彼女自身も奴隷に落ちている。それに弟妹とは離れ離れだ。

 何より、何の罪もない領民にも多大な犠牲が出ている。

 もちろんこれは俺には一切責任のないことだ。

 自己弁護ではなく、責任を追及されるべきは前セルマー伯爵とその家族や家臣であって、赤の他人の俺ではない。

 もし、チャンスがあったのに何もしなかったことが罪というのであれば、この世界の全ての人が罪を背負ってしまう。

 

 だが、これはあくまでも理屈の上での話。

 あらかじめ未来を知っていたのであれば、どうして助けてくれなかったんだと思うだろう。

 もし俺の身に似たようなことが起これば、絶対にその相手を恨むに違いない。

 ロクサーヌの言った『ゼロとはいえない』という言葉は楽観的なほどだ。

 

 考え込んでいる俺を元気づけるように、彼女は笑顔を作り、声のトーンを上げて話を続ける。

 

「もちろんこれはあくまでも最悪の想定です。ルティナはご主人様にハンカチを託しており、恨みに思う可能性はごくわずか。それに、私とセリーでその可能性をさらに低くするための案を考えました」

「恨まれる可能性を下げる案?」

 

 思わず問いかけたところ、ロクサーヌは大きく頷いた。

 

「はい。いきなり話をしてしまえばそれについてあれこれと考えてしまうでしょう。なので、午前中の買い物が終わった後にわずかな時間でもいいので、迷宮へ入るのです。そこでご主人様の圧倒的な実力と現実離れした能力を見せつけ、インパクトを与えておくのはいかがでしょうか。そうすることで、ルティナに余計なことを考える隙を与えず、受け入れやすい状況をあらかじめ作っておき、間髪を容れずにすべてを打ち明けるのです」

 

 いや、それって、ただ単に勢いで押し切ろうってだけの話じゃ……。

 それにこの娘さん、割とこういうドライというか、計算高い部分をもっているよな……。

 

 ……ん? いかん、いかん。何を考えているんだ。

 ロクサーヌは俺のために案を練ってくれたというのに、そんなことを考えていたら罰があたる。

 感謝こそすれ、呆れるなんてもってのほか。

 

「さすがロクサーヌ。良いアイデアだね。それならルティナも受け入れてくれるかもしれない。本当にありがとう」

 

 その言葉に彼女の表情が綻んだ。

 

「ふふ。お褒めいただき嬉しいです。ですが、私だけではなく、セリーのアイデアでもあるので、あの娘にもそのお言葉を伝えてあげてください」

 

 ああ。そう言っていたな。

 

「もちろん。後でセリーにも感謝を伝えるよ」

「はい。きっと、セリーも喜ぶでしょう」

 

 ロクサーヌは微笑みながら頷きを返す。

 

 ほんと、可愛い娘だなぁ。

 

 

 

 ロクサーヌとセリーが策定した予定では、朝食をとったら食休みを挟まず、すぐに買い物に出かける。

 武器屋と防具屋を回りつつ、クーラタルの雑貨屋で小物類を揃え、帝都で衣服の購入に加え、ドレスとエプロンの注文だ。

 オーダーは長くなるだろうから、その間に俺は商人ギルドへ赴きスキル結晶の受け取りを行う。

 注文が終われば今度はボーデのコハク商人の店へ行き、ルティナの分のネックレスを購入するとのこと。

 

 時間的な余裕を考えるのであれば、ドレスやエプロンの注文やコハクのネックレスは後日に回してもよさそうなものだが、彼女によるとそれは駄目らしい。

 

 よく分からないが、女性同士のあれやこれやがあるのだろう。

 俺みたいに無神経な男が口を挟んでもろくなことにならない。ここはおとなしく受け入れるのみ。

 

 そして、それが終われば自宅へ戻り、購入した物を置いたら装備を整え迷宮へ入る。

 その際、ルティナの装備品にスキルを付けまくり、通常ならかなりの確率で失敗するはずのスキル結晶の融合にすべて成功してみせることで、度肝を抜くとのこと。

 さらに迷宮では圧倒的なチート能力を見せつけ、彼女に特大の衝撃を与えるそうだ。

 その状態を維持したまま昼食の食材を購入せずに自宅へ戻り、畳みかけるように秘密を打ち明ける計画らしい。

 

 原作とは違い、ルティナは迷宮で戦っている。そのインパクトたるや、相当なものだろう。

 何ともすごい作戦を考えるものである。

 

「……すごそうだね。ロクサーヌとセリーは本当に頼りになるよ」

 

 ロクサーヌにそう伝えたところ、彼女は感極まったかのように俺の体に手を回す。

 

「私はご主人様のお役に立てていますか?」

 

 不安げにこちらを見つめているロクサーヌにいじらしさを覚え、思わずこちらも抱きしめ返した。

 

「もちろん。他の娘たちのことも信用しているけど、それでも俺にとってロクサーヌは特別だ。それは絶対に変わるこ――」

 

 言葉を言い終わる前に、唇を柔らかいものでふさがれる。

 そして、直後に口の中へ芳醇な香りを纏った温かなものが侵入してきた。

 

 

 

 激しく舌を絡めあい、このまま自室においてあるベッドへ移動したくなるものの、気合と根性を総動員してその情動を払いのけ、ゆっくり唇を離す。

 

「そろそろ朝食の準備ができるだろうし、一階へ戻ろうか」

 

 ロクサーヌはコクリと頷いたものの、身体に回していた手でそのまま俺の右手をとり、恋人繋ぎに移行した。

 

 うん? どうしたんだ?

 

 戸惑っていると、彼女ははにかんだような笑みを浮かべながら口を開く。

 

「では、いきましょう」

 

 どうやら、このまま手をつないだまま一階に下りたいらしい。

 なんとも可愛らしい要求だ。

 

 大好きな人と手をつなぐのっていいよなぁ。

 某食器用洗剤のCMを見るたびに憧れたものだ。

 

 益体のないことを考えつつ、ロクサーヌと共に部屋を出る。

 

 

 

 階段を下りている途中、一階にいたセリーと目が合った。

 彼女は一瞬目を見開いたものの、すぐにいつもの冷静な顔に戻る。

 そのまま二人で下まで降りると、セリーは俺の左手を取り、指を絡めた。

 

 えっと……。

 

 何か言おうと彼女の方をうかがうと、顔を伏せているものの真っ赤に染まった細長い耳が目に入る。

 

 可愛い娘だなぁ。

 それに手をつなぐことを望んでくれていることが本当に嬉しいぞ。

 

 ……いまでもあるのかは分からないが、俺が中学生のころは毎年運動会にフォークダンスなどという、誰が得をするのか分からないクソのようなプログラムがあった。

 サボるなんて許されず、当然全員参加。

 俺は女子から露骨に嫌がられていたため、手を触れないように浮かした形で踊っていたのだが、金八気取りの熱血教師がそれを発見し、女子たちに差別だ、いじめだと説教をかましやがったのだ。

 その後は嫌がられているのを感じながら手をつなぐという、針の筵状態。

 本当にあれは何のために存在していたんだろう?

 

 とにかく、女性から好意を向けられたことがなかった俺が、まさかこんな夢のような状況になるとは……。

 異世界転移もしてみるものである。

 

 両手の柔らかな感触を味わいつつ、キッチンに向けて歩き出す。

 

 

 

 ロクサーヌとセリーはキッチンに近づくと、絡み合っていた指をスッと離した。

 

 もう終わりかぁ。もっと手を繋いでいたかったなぁ。

 

 寂しさを覚えながら中に入ろうとしたところ、何かが勢いよく飛び出してきたため、反射的に抱き留めてしまう。

 

 身体にあたる柔らかな感触に視線を向けると、三角のネコミミが目に入った。

 

 ミリアはキョトンとした表情を浮かべていたが、すぐに状況を理解し、にへらと笑う。

 

「えへへー。ぶつかっちゃいましたー」

 

 ……むちゃくちゃ可愛いな、おい。

 

 ハートを打ち抜かれていると、一番奴隷さんの叱責が飛ぶ。

 

「ミリア、家の中で走ってはいけません。大怪我でもしたらどうするのですか」

 

 その言葉を聞き、ミリアはシュンとしたように顔を伏せた。

 

「はい……。ごめんなさい……」

 

 ……クルクル変わる表情がほんと、可愛いわ。

 

 彼女の頭を撫でながら、ロクサーヌへ告げる。

 

「まあまあ。ミリアも次からは気を付けるだろうから、それくらいで」

 

 すると、ミリアがヒシと抱き着いてきた。

 それを見たロクサーヌの目が吊り上がる。

 

「ご主人様、ミリアを甘やかさないでください」

 

 え? あ、はい。なんか、ごめん。

 

 セリーは呆れたような表情で、ベスタは困ったような顔で、そしてルティナは戸惑った様子で俺たちの様子を見守っていた。

 

 ……田川家は今日も平和です。

 

 

 

 全員で手分けをして料理をダイニングに運び、スープを取り分けたところで食事の挨拶を行ったが、ルティナは食前の祈りの言葉を口にしなかった。

 

 あれは確かウェブ版限定で、書籍版のルティナはしていなかった。やはり彼女は書籍版の方に近いのだろう。

 

 とはいえ、ここにいるのは好きな作品のキャラクターではなく、確固たる意志を持った一人の人物。

 あまり気にしすぎるのも失礼というものだ。

 

 そんなことを考えながら、俺の前に盛られた料理に視線を向けると、右側の席からバシバシに視線を感じる。

 どうやら自分の作った料理に対し、俺がどんなリアクションをとるのか気になっているらしい。

 

 ……この包丁にまだ慣れていないのが一目で分かる、具材の形が不ぞろいなサラダ。おそらく、こいつがそうなのだろう。

 

 めちゃくちゃ既視感を抱きながら、目の前に盛り付けられている野菜へフォークを突き刺し、口へ運ぶ。

 

「うん。とっても美味しいよ」

 

 まあ、オリーブオイルとビネガーと塩のサラダなんだから失敗のしようがないんだろうけどさ。

 

 すると、表情を輝かせながらルティナが問いかけてくる。

 

「本当ですか? アユム様のお口に合いましたか?」

「これはルティナが作ったの?」

 

 分かりきったことをあえて尋ねたところ、彼女は大きく頷きを返す。

 

「はい。わたくしが作りました」

「ちゃんとした料理をするのが初めてで、これだけ美味しいのはすごいよ。ルティナは料理上手になるかもしれないね」

 

 彼女ははにかんだような笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「わたくしはただ、ミリア姉様とベスタ姉様に言われるがままに料理を行っただけで、そのようなことは……」

 

 謙遜しているルティナに、ミリアとベスタはそんなことはないだとか、筋がいいと声をかけていた。

 ロクサーヌとセリーはその様子を優しく見守っている。

 

 どうでもいいんだけど、二十日ほど前にほとんど同じやり取りをした気がするんですが……。

 

 

 

 三人の手料理を味わいつつ、オストハインの迷宮での疑問を思い出した。

 忘れないうちにセリーに聞いてみよう。

 

 迷宮付近で熊に遭遇したものの、その死体を迷宮に入れなかったことについて尋ねたところ、まさに博覧強記とばかりに即座に答えが返ってくる。

 

「迷宮が養分とするのは人だけで、魔物も動物は襲いません。そもそも動物は迷宮に入ることはできませんし、動物の死体を入れようとしても不可能です」

 

 え? マジで?

 

「動物の毛や皮で作られた服を着ていた場合は?」

「加工品であれば問題ありません」

 

 でも、原作ではそんな話はなかったよな? この仕様はこの世界独自のものだろうか?

 

 思わず考え込んでいると、セリーが話を続ける。

 

「それから、動物が魔物を倒しても経験を得ることはないそうです。昔の偉い学者さんが自分の飼っていた犬に何匹もの魔物を倒させたそうですが、一切身体能力は強化されなかったという話です」

 

 ……言われてみれば動物にはジョブもレベルもなかったな。

 魔物を倒して体が強化されていくのは、経験値を得ることでジョブのレベルが上がり、それによってパラメーターが上がるためだ。

 つまり、ジョブがなければたとえ魔物を倒しても身体能力は強化されないということになる。

 魔物についてはジョブがなくてもレベルが設定されているが、それは奴らが迷宮か、もしくはこの世界を構成するゲーム的なシステムによって作り出された存在だからだろう。

 

 考え込んでいると、ロクサーヌの声が耳に届く。

 

「本当にセリーは物知りですごいです」

 

 ルティナも頷きながら、感心したような表情を浮かべていた。

 

「わたくしも今までこのような話は耳にしたことはありません。セリー姉様は博識でいらっしゃるのですね」

 

 さらにミリアやベスタからも褒められ、セリーは恥ずかしそうに頬を朱に染めている。

 

 どうやらこの話はあまり一般には知られていないらしい。

 

 それにしても、人しか入ることができない迷宮に、人しか襲わない魔物、そしてジョブとレベルが設定されているのは人だけ、ね。

 

 何とも作為的な話じゃないか。

 

 また少し、世界の秘密に触れたことを自覚しながら食事を続ける。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49

装備 サンダル 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:28

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度十倍:31

パーティー項目解除:1

パーティージョブ設定:3

 

所持金:5,143,119ナール

 

夏の18日目

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