異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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303 杖

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 食事が終わり、歯磨きと洗い物をするために全員でキッチンへ移動する。

 ロクサーヌはおもむろに戸棚を開け、予備の歯ブラシを取り出した。

 そして、微笑みながらそれをルティナへ差し出す。

 

「どうぞ。あなたの分なので、遠慮なく使ってくださいね」

 

 彼女も笑みを浮かべてそれを受け取ると礼を述べる。

 

「はい。ロクサーヌ姉様、ありがとうございます」

 

 彼女は他の娘たちと違い、歯ブラシに気後れしている様子は見られない。

 まあ、これを販売している高級雑貨屋の店員が貴族向けの商品と言っていたし、彼女も普通に使っていたのだろう。

 カルチャーショックを受ける可愛い表情が見られなかったのは残念だが、説明する手間が省けたことでプラマイゼロかな。

 

 そんなことを考えながらロクサーヌ、セリーと並んでしゃこしゃこと歯を磨く。

 

 

 

 洗い物まで済ませたところで、出かける支度をするために二階へ上がる。

 自分たちの部屋へと向かう五人と別れ、一人自室に入った。

 

 無造作に置かれたリュックを手に取ると物理的にはそれほどでもないというのに、ずっしり重く感じてしまう。

 

 ……前セルマー伯の遺髪をルティナに渡さないといけないよな。

 

 彼女が精神的なショックを受けるのは確実だ。

 どうして自分たちで渡すのではなく、嫌な役割を俺に押し付けたんだとハルツ公を責めたくなる気持ちが湧き上がる。

 

 いや。これはただのやつあたりだな。

 

 きっと彼らはルティナの気持ちを慮ったのだ。

 実際に手をかけた自分たちより、俺から渡された方がまだ彼女の精神的な負担も小さいと考えたのだろう。

 そして、実際その通りに違いない。

 

 ため息を一つ吐き出した。

 

 ……後になればなるほど、ためらいが生じてしまう。

 彼女に俺の秘密を打ち明け、受け入れてもらった後に渡す方がいいのかもしれないが、受け入れてもらえるのか分からない上に、それはいくら何でも誠意に欠ける。

 いま渡すべきだよな……。

 

 再度ため息が漏れるのを止めることはできなかった。

 

 

 

 女性陣の部屋へ向かうと、それぞれ魅力の異なる個性的で華やかな声が廊下まで響いている。

 

 ほんと全員が全員、綺麗な声をしてるよなぁ。

 

 心地よい調べに耳をくすぐられながら、扉をノックする。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 ロクサーヌに促されて扉を開くと、ルティナが盗賊から剥ぎ取ったリュックを背負おうとしているところだった。

 

 えっと、そのリュックって切り取った盗賊の腕を入れるのに使ったやつじゃ……。

 間に合わせとはいえ、そんなものを渡したの?

 

 ロクサーヌの方に目を向けると、嬉しそうに笑みを返す。

 あら、可愛い。

 

 まあ、この殺伐とした世界でそんなことを気にするのは俺だけか。

 それに俺のリュックにも狂犬シモンの腕を入れたし、この後すぐに彼女専用のリュックを買うんだ。何も問題ない。

 

 そんなことを考えている間にルティナはリュックを背負い、クルリと回る。

 そして、はにかんだような笑みを浮かべながら上目遣いで俺を見た。

 

「あの、アユム様。いかがでしょうか?」

 

 あざとっ! 超あざと可愛い!

 

「ものすごく似合ってて驚いた。とっても可愛いよ」

 

 彼女は頬を染め、恥ずかしそうに言葉を漏らす。

 

「お、お褒めいただき、ありがとうございます。アユム様にそうおっしゃっていただき、安心いたしました」

 

 他の四人も微笑ましげに彼女の様子を見守っていた。

 

 ほんと、めちゃくちゃ好感度が高くてびっくりだよなぁ。

 だが、この後の話で彼女の心が曇ることが確かなため、どうにもやるせない気持ちになってしまう。

 

 

 

 全員の準備が整ったところで、自分のリュックから例の物を取り出す。

 

 まずはこっちからだ。

 

「これは公爵閣下からベスタとルティナに渡すようにと預かった、ハルツ公爵家のエンブレムが刺繍されたワッペンだ。閣下は俺たちの後ろ盾になってくださり、緊急時には遠慮なく使用するようおっしゃってくださった。二人とも、何かあった時は絶対に躊躇することなくそれを使ってね」

 

 そう言って、左右の手に持ったワッペンをそれぞれに差し出した。

 

 以前、俺の分を預けたことがあったのに、ベスタは恐る恐る手を伸ばす。

 一方、ルティナは恐縮しながらもしっかりと受け取った。

 

 緊張している様子を見た他の三人からフォローが入る。

 

「ご主人様と公爵様はとても仲が良いので、何も気にすることはありません」

 

 ロクサーヌがそう言うと、セリーも頷きながらそれに続く。

 

「ええ。身分の差をまったく気にすることなく、お互いに気安く接していますからね」

「男同士の友情ってやつですかね? とっても仲良しですよねー」

 

 ミリアは腕組みをしてうんうん頷きながら、そう宣った。

 

 え? 君らの目からはそう見えてるの?

 この国で上から数えた方が早いほどの権力者だし、俺は畏まって接しているつもりなんですけど……。

 

 腑に落ちないものを感じつつ、今度は詠唱を唱えてアイテムボックスを開く。

 

「それから、ルティナにこれを返しておかないとね」

 

 差し出された物を見て、ルティナの口元が綻んだ。

 

「ありがとうございます! これがあれば何も怖くありません!」

 

 ひもろぎのスタッフをぎゅっと握りしめる彼女の顔は、まるで童女のようにあどけない。

 

 本当にこれを心の支えにしていたんだな……。

 ルティナの置かれていた状況の厳しさが垣間見え、心がきしむように痛んだ。

 

 自分のした考えなしの助言について思い悩んでいると、セリーが話しかけてくる。

 

「ご主人様、ルティナにも身代わりのミサンガを巻いてあげてください」

「え? アユム様に着けていただくのですか?」

 

 首をコテンとかしげて尋ねるルティナを見て、ミリアが左足のズボンの裾を上げながら告げた。

 

「ほらほら。私たちもこんな風にご主人様に巻いてもらったんだよ」

 

 それを聞いた彼女は他の娘たちの方を順番に確認していく。

 ロクサーヌ、セリー、ベスタが左足を見せながら頷きを返すと、恥ずかしそうな表情をこちらに向ける。

 

「あの、アユム様。お願いしてもよろしいでしょうか……」

 

 くっ。めちゃくちゃ可愛い。

 頭の中はシリアスな悩みで満たされていたというのに、風穴を開けられてしまったぞ。

 

「もちろん。ルティナはどこに着ける?」

「姉様たちと同じように左足にお願いします」

「分かった。それじゃあ巻くね」

 

 もう一度アイテムボックスを開き、身代わりのミサンガを手に取り彼女の前に屈みこんだところ、するするとズボンの裾が上がっていく。

 

 細長い脚に、透き通りそうなほどの白さ。そして見るだけで分かる滑らかさ。

 華奢なのに艶めかしさを感じずにはいられない。

 

 ミサンガを巻くのにかこつけて、その感触を堪能したいところだが、彼女は辛い思いをしたばかりなのだ。

 絶対にそんなことをするわけにはいかない。

 

 己の弱い心に活を入れ、ひたすら無心で作業をこなす。

 

 

 

「ア、アユム様。ありがとうございます……」

 

 巻き終わると、ルティナは顔を真っ赤に染めて感謝の言葉を伝えてくれた。

 

「このくらいなんでもないよ」

 

 そう返しながらも、頭の中は煩悩でいっぱいだ。

 

 めちゃくちゃ柔らかくて、すべすべだった……。

 

 そんな状況じゃないのに、俺ってやつは……。

 

 

 

 渡すべきものを渡したところで、最後の品をリュックから取り出す。

 

 その白い布を開きながらルティナに話しかけた。

 

「ルティナ。前セルマー伯爵、君のお父上の遺髪を預かっている。俺たちは決して手を触れないから、大切に保管するといい……」

 

 その瞬間、彼女の体がビクンと跳ね、すぐに動きが止まる。

 目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべながらも、声を押し殺すかのように口元を手で覆い隠していた。

 

 ロクサーヌたちは気遣うような視線でルティナの様子を見守っている。

 

 硬直している彼女にゆっくりと近づいていく。

 そして、左手でその手を取り、そっと遺髪を載せた。

 

「公爵閣下からお父上の最期の様子をうかがった。命乞いをすることなく、最期まで君やエルンスト、レナーテ。それから家臣や領民のことを案じていたそうだ」

「父様……」

 

 震える唇から言葉が漏れる。

 ルティナの顔は蒼白で、ショックを受けていることがありありと分かった。

 

「前セルマー伯爵は選択を誤った。そのせいで多くの犠牲を出してしまった。そのことは決して覆らない。でもね……」

 

 震えている彼女の左手に下からこちらの手を添える。

 さらにもう一方の手を取って、遺髪に添えさせ、俺の手でそれを包み込んだ。

 

「最期は家族や家臣、領民を想う立派なものだったんだ。それは誇っていいことだよ」

 

 正直、反省は遅きに失しており、俺の本心としては同情する点はあったとしても、犠牲者を出している時点でこの結果は当然のことだと感じている。

 しかし、親を亡くしている彼女にそんなことを言えるはずがない。

 それに、この結果を当然だと思ってはいるものの、みっともなく喚くのではなく、反省をし、遺される者たちを案じた彼を見直したのも事実だ。

 

 ルティナの顔をじっと見つめていると、その瞳から雫がこぼれ落ち、あとからあとから頬を伝って流れていく。

 

 それを見たロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタは俺たちに近づいてきた。

 そして、いたわるように彼女の体をそっと撫で始める。

 

 ルティナは声を堪えながら、静かに涙を流し続けていた。

 

 

 

 やがて、涙が止まるとロクサーヌはハンカチを取り出し、その水滴をそっと拭う。

 

「申し訳ありません……」

 

 ルティナの言葉を受け、彼女はゆるゆると首を振った。

 

「親を亡くしたのであれば、悲しいのは当然です。私も両親を亡くしているので、あなたの気持ちがよく分かります」

 

「ロクサーヌ姉様も……」

「ええ……」

 

 ロクサーヌはそれを思い出しているのか、何かを堪えるような表情で答える。

 

 そうだな……。彼女もそうだったんだよな……。

 

 セリー、ミリア、ベスタと共に二人の様子を見守っていると、やがてルティナが大きく息を吐き出した。

 

「悲しいことは確かですが、やがてこのような日が訪れると覚悟をしておりました。ですが、思い描いていた状況とは異なり、アユム様のご配慮のおかげで父は名誉ある死を賜り、エルンストとレナーテにも格別のご配慮を賜り、そしてわたくしはこうして命を繋ぐことが叶いました」

 

 彼女の表情は高潔な決意の色で彩られている。

 

「このご恩を少しでもお返しするため、わたくしはこれよりアユム様の杖となり、迷宮討伐のお手伝いを行います。そして一人でも多くの人を救い、怠惰に生きてきた罪を贖わなくてはなりません」

 

 明らかに無理をしているが、それでも前を向こうとしているのだ。

 なんと気高く、それでいていじらしい娘なのだろう。

 

 俺は彼女の身に起こることや、前セルマー伯爵の行く末を知りながら、それを防ごうとはしなかった。

 それを打ち明けると、こんな高潔な女性に軽蔑されるかもしれない……。

 それがとても恐ろしい。

 

「ありがとう。頼りにしているよ」

「はい。お任せください」

 

 透明感のある微笑みを浮かべている彼女を見ながらも、心に広がった不安は決して消えることはない。

 しかし曲がりなりにも二十七年間、社会人として生きてきたのだ。不安を抱きつつも行動を起こす術を心得ている。

 それに、まだそうなると決まったわけじゃないし、ルティナが受け入れてくれる可能性だってそう低くはない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、行動を開始する。

 

「じゃあ、そろそろ出ようか」

「あっ。ちょっと待ってください」

 

 女性陣に声を掛けたところ、ミリアがこちらに右手のひらを向けた。

 

「ご主人様たちは先に玄関へ行っててください。私はルティナの足装備を取ってきます」

 

 あー。なるほど。

 確かにルティナは靴を履いていた。

 しかしそれは一切防御力を持たないただの靴であり、安全を期するのであれば、俺たちのように普段から装備品を履いている方がいいか。

 

 この娘は本当にこういう部分に気が回る。

 さすがミリア、さすミリだ。

 

「ありがとう、ミリア。それじゃあお願いね」

 

 彼女は天真爛漫な笑みを浮かべると、右手を握り込みサムズアップを行う。

 

「任せてください!」

 

 ミリアはそう言い残し、ダッシュでその場を駆けていった。

 

 ついさっき一番奴隷さんから家の中で走るなと注意されたばかりだというのに、もう忘れてるよ……。

 

 ロクサーヌの方に目を遣ると、困ったような表情でため息を吐いていた。

 

「ご主人様に対してあのようなポーズをするなんて……」

 

 どうやら走ったことだけでなく、サムズアップも駄目だったらしい。

 でも、彼女は俺に対して力こぶを作るポーズをしていたし、セリーも説明のときに指を立てる。それは問題ないんだろうか?

 

 気になったものの、ロクサーヌのこだわりポイントかもしれないので、スルーして玄関へ向かう。

 

 

 

 玄関で待っていると、すぐにバックルシューズを抱えたミリアが姿を現した。

 ものすごい勢いで階段を駆け下りたのを見て、ロクサーヌは何かを言いたそうな表情をしたものの、この後も予定が立て込んでいるためか今回は飲み込むことにしたようだ。

 

 玄関マットにそれを揃えて、ミリアが顔を上げる。

 

「はい! ルティナ、履いてみて!」

「ミリア姉様、ありがとうございます」

 

 彼女は感謝を述べるとその靴を履き、決意に満ちた眼差しで俺を射抜く。

 

「魔法使いのいないパーティーだというのに魔法使いが加入したときのため、あらかじめバックルシューズを備えていたとはさすがアユム様です。その先見の明に恥じないよう、わたくしも精進いたします」

 

 ルティナの言葉を聞き、俺だけではなくロクサーヌたちも気まずそうな表情を浮かべている。

 

 ……きっと自分のために用意されていたと知ったら驚くよなぁ。

 

「うん。よろしくね」

 

 お得意のアルカイックスマイルでその言葉に応じると、彼女は大きな頷きを返す。

 

「これまでパーティーに魔法使いがいなかったのです。わたくしの魔法は必ずやアユム様の迷宮討伐に役立つでしょう。先ほども申しましたが、わたくしはアユム様の杖となります! どうぞご期待ください!」

 

 杖って……。重い。決意がめちゃくちゃ重い……。

 

 そのやる気に満ちた顔を見て、ロクサーヌたちの表情は気まずいを通り越し、いたたまれないようなものへと変わっていた。

 

 俺は魔法使いどころか魔道士のジョブを持っているし、圧倒的な攻撃力を持つボーナス呪文だってある。さらに遊び人を加えて魔法を三発同時に放つことだってできるのだ。

 それを知ったら、この娘はどう思うだろう……。

 

「……そうだね。ルティナの魔法に期待してるよ」

 

 俺の言葉にルティナの表情が輝きを増す。

 

「はい! わたくしにお任せください!」

 

 むちゃくちゃ可愛いなぁ。

 

 ……うん。まあ、別にその言葉はあながちでたらめというわけじゃない。

 トリプルスペルで魔物のHPがミリ残りだった場合、彼女の魔法を加えることで、ワンターンキルも可能になるはずだ。

 もっともラストアタックを取られた場合、獲得経験値二十倍も結晶化促進の効果も乗らないという、大きすぎるデメリットもあるわけだが……。

 

 新たに発生した悩みを抱えながら、扉を開いて外へ出る。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv46 神官Lv49

装備 オラクルビットローファー 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:28

キャラクター再設定:1

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

鑑定:1

ワープ:1

MP回復速度十倍:31

パーティー項目解除:1

パーティージョブ設定:3

 

所持金:5,143,119ナール

 

夏の18日目

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