異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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031 告白

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 リビングに戻りローテーブルにリュックを置いてロクサーヌの隣に腰を下ろす。

 

「待たせてしまったな。それでは俺のことについて話をしていこう」

「はい。お願いします、ご主人様」

「到底信じられないような話をすると思うが全て本当のことなので信じてもらえるとありがたい」

「はい。もちろんです。私はご主人様のことを信じています」

 

 本当にとんでもない話なんだが彼女なら信じてくれそうだ。

 さて、何から話すか……。

 

「ロクサーヌは異世界という言葉を知っているか?」

「異世界ですか?」

 

 翻訳されたということはこの世界にも異世界に相当する言葉も概念もあるということか。

 

「こことは違う別の世界という意味だ」

「神話に出てくる神々が住まう世界のようなものでしょうか?」

「まあ、そういったものも含むだろう」

 

 ロクサーヌの様子をうかがい話を続ける。

 

「例えばジョブがなかったり、左腕からインテリジェンスカードが出なかったり、魔物が存在しなかったり、人間族以外の種族がいなかったり、文明が発達していたり、この世界とは全然違う法則で成り立っているような世界だ」

「そのような世界が……」

 

 ロクサーヌの常識とはかけ離れているのだろう。何とか想像しようとしているように見えた。

 

「そして、俺が住んでいたのはそんな世界だった」

「え!」

「俺はまったく違う世界からこの世界に来たんだ」

 

 そして、リュックを開き中の物を次々と取り出す。

 彼女はファスナーに驚きつつ、取り出したものを一つ一つ確認している。

 

「おそらくこれらはこの世界にはないものばかりだろう。例えば先ほどロクサーヌに質問されたこれだ」

 

 フリーザーバッグを一枚取り出し、一度開いてから閉じて見せる。

 

「このように開いても再度閉じることができる」

 

 彼女に一枚渡して開け閉めを試してもらう。

 

「これはすごいです……」

 

 未知の物体に心を奪われているのだろう。何度も開け閉めを繰り返しているが、次に移る。

 

 そうだな……。分かりやすいのは文具類か。

 

 パイプファイルからコピー用紙を一枚外し、シャーペンと消しゴムを取り出した。

 

「ご主人様、今のは何ですか! それにこんなに薄くて形が整った真っ白い紙なんて……」

「これは書類を整理するための道具だな。それではこの紙に文字を書いてみるぞ」

 

 とりあえず田川歩とロクサーヌっと。

 

「見たことがない文字です。これは何と書いているのですか?」

「俺の故郷の文字でこっちが俺の名前。それからこっちがロクサーヌだな」

 

 指で示すと彼女は文字を不思議そうに眺めながら口を開く。

 

「これがご主人様のお名前の文字なのですね。これがアで、これがユ、そしてこれがムですか?」

 

 あー。そっか。ブラヒム語は表音文字なのだろう。

 三文字しか書かれていないのに、たがわあゆむとは読めんわな。

 

「俺の国では複数の文字を使っているのだが、この文字は漢字といって文字自体に意味があり、また一文字に複数の音を持つものもある。なので、これがタ、これがガワ、これがアユムと読む」

「え!? 一文字で三音も表すのですか? それだと必要な文字の数が多くなってしまうと思うのですが……」

 

 まあ、そうだよなぁ。それは当然の疑問だ。

 というか日本語話者だって漢字の読みについて戸惑うことは多い。

 北海道や沖縄の地名なんて全然読めないもんなぁ。

 

 確か常用漢字と人名用漢字を合わせて三千くらいだったか?

 

「正確なところは覚えていないが日常的に使うのは三千ほどだったと思う」

「三千! そんなに覚えられるものなのですか?」

「俺の国では義務教育といって、親や保護者は子供に九年間教育を受けさせる義務があるのだ。そこで学ぶのでほとんどの人が読み書きをできる」

「それはすごいです」

 

 まあ、俺自身パソコンやスマホを使い始めてからは、漢字を読むのはともかく、書く能力は相当衰えているのだが。

 

 今度は消しゴムを取り書いた文字を消して見せる。

 

「今のは何ですか! 文字が消えてしまいました!」

「これは消しゴムといって、そのペンで書いたものを消すことができる道具だ」

「こんなにすごいものがあるなんて! ご主人様すごいです!」

 

 別にご主人様がすごいわけではないんだが。

 ロクサーヌのナイスリアクションに、ついつい地球の技術を見せたくなってしまう。

 

 

 

 それから、彼女にこの世界では再現不可能な物品を色々確認してもらった。

 

「俺が別の世界から来たということが分かってもらえただろうか?」

「はい、元よりご主人様のことを疑ってはいませんでしたが、これほどのものを見せていただいたのです。本当にご主人様は違う世界からいらっしゃったのでしょう」

 

 こんな荒唐無稽なことを言っているのに信じてくれるなんてなぁ。

 本当にロクサーヌは素直でいい娘だ。

 

「先ほども言ったように俺のいた国にはジョブやインテリジェンスカードといったものはなかった。それに迷宮も魔物もいないし、人間族以外の種族も存在しない」

「とても想像がつきません。迷宮や魔物がいないとどうやってアイテムを得るのでしょうか? それに、ドワーフがいないと装備品が供給されないのではないですか?」

 

 なるほど。迷宮が生み出すアイテムを中心に経済が成り立っているこの世界からすると、なかなか想像しにくいよなぁ。

 銅貨こそ鋳造しているが銀貨や金貨、それに白金貨は魔物からのドロップ品だ。通貨発行権すら迷宮にがっちり握られている。

 それにしても、インフレやデフレの対策はどうしているんだろう?

 国が貨幣をプールしていてその都度引き締めや放出を行っているのか?

 

 まあ、今はそんなことはおいておこう。

 

「魔物からのドロップアイテムはないが、必要なものは全て自然の恵みと人の営みから生み出される。また、ドワーフの鍛冶師が武器製造や防具製造のスキルで作るような装備品のような物はなく、全て人の手で作られる」

「それだとスキル結晶の融合も……」

「そうだ。スキル結晶の融合といったものもない。そもそも俺のいた世界においてスキルとは自分で身に着けた技術のことだ。この世界のスキルのようなものはなかった」

「本当にまったく違う世界なのですね」

 

 そうだな。本当に何もかも違う世界だ。

 

「別の世界から来たということを理解してもらえたところで、俺のことについて話したいと思う」

「はい」

 

 遂に来てしまった。

 自分のことを知ってほしいという思いと、知られると嫌われるという気持ちがせめぎ合っている。

 何を望んでいるのか自分自身でも分からなくなっているが、ここまで来たんだ。もう後には引けない。

 

 

 

「ロクサーヌから見て俺は何歳に見える?」

「種族が違うので外見ではよく分からないのですが、ご主人様は十八歳ですよね?」

「そうだな。三日前からは十八に戻っているな」

「え?」

 

 何を言われたのか理解しがたいのだろう。彼女はポカンと口を開けこちらを見つめている。

 

「四日前まで俺は四十五歳で元の世界に暮らしていたんだ。たいして面白いものではないけど俺の四十五年の人生について聞いてもらえるかな?」

「あの、ご主人様、一体何を……」

 

 わけの分からないことを言われ狼狽しているロクサーヌの手を取り、目を見つめながら告げた。

 

「聞いてもらえば全て分かると思うから、まずは俺の話を聞いてほしい」

 

 ロクサーヌはこちらの目を見つめ返すと手をきゅっと握り頷く。

 

「はい。ご主人様、お願いします」

 

 ……それじゃあ話していくか。ミチオの真似じゃない俺の言葉で。

 

 

 

「俺は平凡な家庭の長男として生まれてね。二つ下の妹と六つ下の妹がいて、本当にどこにでもあるような家庭で育ったんだ。ただ、俺はとても内気で全然周囲に馴染むことができず、いつも本を読んでいるような子供だった」

「……」

 

 彼女はこちらをジッと見つめ、聞き逃さないよう耳をすましている。

 

「今までの人生で友人と呼べるような人は二人だけで、その二人とも彼らの結婚を機に疎遠になってしまった。それに、恋人と呼べる人なんて一度もできたことがない」

 

 元の世界で俺の失踪が公になって警察があいつらに聞き込みに行ったりして、迷惑をかけていたら申し訳ないな。

 

「十八歳で勉学を終え働きに出ることになって、地元にある小さな会社。そうだなぁ、この世界でいうと商会かな? そこで働き始めたんだけど、俺はたいした能力もなかったから、まあ雑用みたいな仕事をしていた」

 

 総務の業務を雑用といわれるのが死ぬほど嫌いだったが総務や経理、労務について説明するのは面倒だ。

 

「そんなだから出世することもなく安い給金で二十七年間こき使われ続けてね。でも、そんな俺にも楽しみがあった」

 

 まあ、この世界の奴隷が行う労働と比べれば俺がやってた業務なんて生温いんだろうけどさ。

 

 彼女の顔をうかがうと困惑の表情が浮かんでいる。

 情けない男で本当に申し訳ない。

 

「本を読んだり、それに絵がついた漫画というものを見るのが楽しみだったんだ」

 

 まあ、アニメやネットについて説明するとややこしくなるから、それは省いておこう。

 

「そして、十数年前にある物語と出会った。それは『異世界迷宮でハーレムを』という題名の物語で、別の世界へ移動する手段を示された十七歳のミチオという青年が異世界に行って冒険するという物語だ。俺はその物語の虜になってね。他の人にはないボーナスポイント操作の能力を駆使し、迷宮探索で金を稼ぎ、美しい奴隷の女性を購入し一緒に暮らす。その物語に心底憧れた」

「ご主人様と同じ……」

 

 そりゃこの流れだ。当然気が付くよな。

 まあ、そのときに出会ったのは正確にいうと『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』なんだが、これもややこしくなるから書籍版以降のタイトルで説明しておこう。

 

「そうだね。その物語に出てくる主人公のパーティーメンバーは全員好きだったけど、中でもある一人の女性に惚れ込んで恋焦がれていたんだ」

「え?」

 

 ロクサーヌの眉間にしわが寄った。

 嫉妬してくれているんだろうか? もしそうなら嬉しいのだが。

 

「その娘は強くて美しくスタイルも抜群でその上、鼻も利く狼人族のロクサーヌという少女だった」

「えー!?」

 

 彼女から大きな声が上がる。

 

「俺は寝ても覚めてもロクサーヌのことを考えるようになってね。もう好きで好きでたまらなかった。夜寝るときにはロクサーヌと一緒に迷宮探索をする想像をしたり、どんなに嫌なことがあってもロクサーヌのことを考えると耐えることができた」

 

 我ながらかなりキモイ。引かれていないだろうか?

 

 彼女の方をうかがうと顔を真っ赤に染め恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべていた。

 

 マジ?

 

 ま、まあ、引かれてないならそれでいいや。

 

「そして、ロクサーヌに十数年恋焦がれて生きてきた俺の前にミチオと同じ異世界への道が示された。元居た国は魔物の脅威もなければ、生まれてこの方盗賊なんて見たこともない。そんな平和な場所だったんだ」

 

 驚いている彼女に頷き続きを口にする。

 

「そして、レバーをひねるだけで火が着き、家にいたまま好きなだけ水が使え、手軽にお湯を沸かすことができる。夜でも明るくお店はいつでも開いていて欲しいものはすぐに手に入り、食事も豊かで美味しい物がいつでも安く手に入るところだった」

「そんな夢のような場所が……」

 

 確かにこの世界からすれば夢のような世界だろうな。

 しかし、もう二度とその恩恵を受けることはない。

 

「それに比べるとこちらの世界は人を襲う魔物や盗賊が跋扈し、命の危険が身近にある。あの世界に比べると生活は不便で不衛生。食文化もあまり発展していない。だけどね?」

 

 言葉を切り、こちらを見つめているロクサーヌと目を合わせて続きを口にする。

 

「その世界にはロクサーヌがいるかもしれないと思うと行かずにはいられなかった」

「ご主人様……」

「全然違うところへ転移するのかもしれない。ロクサーヌがベイルの商館にいないかもしれない。それに、ミチオがロクサーヌを購入していて、その仲睦まじい姿を見せつけられるかもしれない。色々なことを考えた。でも、一目でいいからロクサーヌの姿を見たくて、その可能性にかけずにはいられなかった。そして、俺はロクサーヌと会うために全てを捨ててこの世界に転移することを選んだ」

 

 彼女は俺の目をジッと見つめ話の続きを待っている。

 

「転移後に自分へ向かって鑑定を使ってみると十八歳と表示されていた。慌てて鏡で顔を確認すると、驚くことに本当に若いころの姿に戻っている。そして、転移先はミチオとまったく同じ場所でまったく同じ状況だった。ということは同じ行動をとればロクサーヌに会えるかもしれない。それに気付いたときは今まで味わったことのないほどの喜びが湧き上がってきた」

 

 俺の手を握っていた彼女の手の力がさらに強くなった。

 

「でも、冷静になると恐ろしいことに気づいてね。物語の中では転移直後に盗賊と戦っている。だけど、俺はそれまで武器を扱ったことはなく、人と喧嘩をした経験すらない。怖くて怖くてどうしようもなかったときに、いつものようにロクサーヌのことを思い浮かべた。それだけで励まされたような気分になり、盗賊を倒すとロクサーヌに会えるということを心の支えにして、ボーナスポイントの助けもあり盗賊を倒すことに成功したんだ」

「ご主人様……」

「ロクサーヌという心の支えがなければ間違いなく俺は死んでいたと思う。昨日言ったロクサーヌは俺の女神というのは大袈裟でも何でもなく、本当のことなんだよ」

 

 今度は俺が彼女の手を握りしめる。

 

「そして翌日、村に盗賊を引き入れた男たちをベイルの商館に売りに行くことになっていたんだけど、頭の中はロクサーヌに会えるかもしれないという思いでいっぱいだった。無事に売却を終えアラン殿に紹介したい奴隷がいるので再び訪れるように言われて、期待と不安で頭がどうにかなりそうだったよ」

 

 そう言って彼女へ微笑むと、柔らかな笑みを返してくれた。

 

「盗賊のインテリジェンスカードを騎士団に持ち込み、装備品を売却して商館に戻り奴隷を紹介してもらうことになったんだけど、あのときは本当に不安で不安でしょうがなかった。紹介されるのはロクサーヌなのか。そもそもこの世界にロクサーヌはいるのか。ドキドキしながら待っていると、後ろから足音が聞こえてきて、俺の前にカップが置かれた。その手をたどると、そこには君がいたんだ。十数年恋焦がれて、だけど決して会うことが叶わないはずのロクサーヌが。実際の君は物語で知っていたロクサーヌよりずっとずっと素敵な女性で俺は一目で虜になった。そして、一緒に過ごしているうちに物語とは違う君の魅力にどんどん惹かれていった」

「ご主人様はそんなにも私に会いたいと思ってくださったのですか?」

 

 俺の話を聞きロクサーヌが問いかけてきた。

 

「もちろん。だって、俺は君に会うためだけに元の世界を捨ててここに来たんだ。ロクサーヌ、中身が四十過ぎのおっさんで、しかもこんなに偏執的な男のことが怖かったり、気持ち悪かったりしない?」

「そんなことはありません! 私の大切なご主人様に一心に思っていただけて、喜ぶことはあってもそのようなことを思うはずがありません!」

 

 ……よかった。受け入れてもらえた。

 

「本当の自分について話すとロクサーヌに嫌われてしまうんじゃないかってずっと不安だったんだ。よかった、ようやく安心できた」

「ご主人様は、とてもすごいのに自分に自信がなさすぎです。私がご主人様のことを嫌うことなどありませんので、どうかご安心ください」

 

 なんてありがたい言葉なんだろう……。

 ずっと恋焦がれていた人にこんな言葉を掛けてもらえるなんて……。

 

「俺のことを受け入れてくれてありがとう。ロクサーヌ、本当に嬉しいよ」

「あの、気になっていたのですが、ご主人様の口調が……」

 

 今までの口調と全然違うんだ。違和感があるよなぁ。

 でもまあ、家族や友人と話すときはこんな感じだったし、その他の人とは敬語がデフォだった。

 というか油断すると一人称が私のうえに敬語でしゃべりそうになるし。

 

「今までの口調は舐められないようにミチオの真似をしていたものなんだ。こっちの方が本来のしゃべり方だね」

「そうだったのですね。でしたら侮られないために今後もそうされた方がいいと思います。そちらの口調は私と二人きりのときだけにしてください」

 

 確かに迷宮探索稼業で生きていくのなら、侮られるわけにはいかないだろう。

 外では今まで通りミチオの真似で過ごしていくか。

 会社に入ってから叩き込まれた敬語がいつの間にか馴染んでいたように、これだって徐々に馴染んでいくはずだ。

 

「まあ、素の口調でしゃべるのは家の中だけにしとくよ」

「家の中ではなく、私と二人きりのときだけにしてください」

 

 えっと? それにどういう違いが?

 

 あ! まさか、今後他のパーティーメンバーが加入したとして、その娘たちの前でも素を出すなって意味じゃないよな?

 もしそうなら、さすがにそれは無茶だぞ。ロクサーヌよ。

 

「ま、まあ、考えてみる」

「はい。お願いしますね」

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

探索者Lv21 英雄Lv18 魔法使いLv21 戦士Lv18 商人Lv2

装備 サンダル

 

BP振分 残BP:0

キャラクター再設定:1

フィフスジョブ:15

鑑定:1

必要経験値十分の一:31

詠唱省略:3

ワープ:1

ジョブ設定:1

MP回復速度二十倍:63

結晶化促進四倍:3

 

所持金:386,357ナール

 

春の4日目

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