日本から持ち込んだものを回収してリビングへ入ると、ソファーに腰を下ろすように言ったものの、やはり五人は立ったまま待っていた。
亭主関白からは程遠い男だから俺より先に座ってはいけない、なんて言うつもりなんてないんだけどなぁ。
いつもの席に着いてから彼女たちにも座るように促すと俺の正面にルティナが、そしてその隣にロクサーヌが腰を下ろす。
そしてセリー、ミリア、ベスタは左側のソファーに腰掛けた。
どうやらあらかじめ座る場所を決めていたらしい。
正面に視線を向けると女神や精霊のように整った顔に、緊張の色が見て取れる。
同じ装備品に四回連続で融合を成功させた上に、訳の分からない現象まで引き起こしているし、迷宮では魔法を放って五十三階層の魔物をワンパンだ。
どんな話を聞かされるのか不安を覚えているに違いない。
こちらも受け入れてもらえるのか、戦々恐々としながらリュックから原作の小説とコミックを取り出していく。
ローテーブルに並んでいく本を見たルティナは、何かに気が付いたように表紙とロクサーヌたちを見比べていた。
……ハッキリ気付くくらい、彼女たちは原作のキャラクターとよく似ているんだ。そりゃそうなるよな。
「まずは俺がどこでどんな風に生きてきたかについて話していこう。気になることはたくさんあると思うけど、話が終わったらどんな質問にでも答えるから、最後まで聞いて欲しい」
「はい。よろしくお願いいたします」
しっかりと頷いたルティナに頷き返し、話を始める。
科学文明が発達しており、人間以外の知的生命体がおらず、ジョブもスキルも魔物も存在しない、まったく異なる世界で四十五まで生きていたこと。
それまで一度も戦った経験はなく、命の危険を感じたこともない。
食べるものにも、寝るところにも困ったことはなく、娯楽に満ちた暮らしを謳歌していた。
もっとも、それはあくまでもこの世界の基準で言えばってだけで、職場はブラックだったし、世間一般と比べれば収入も低く、親しくしていた友人とは疎遠になっていたし、恋人なんて夢のまた夢。
幸せだったかと問われても、首を縦に振ることはできない。まあ、贅沢な話だってことは理解してるんだけどさ。
ルティナはそこまで聞くと、驚愕の表情で呟きを漏らす。
「アユム様が四十五歳だというのは、本当のことだったのですか?」
そういや初めて会ったときにそんなことを言ったっけか。
別の世界で暮らしていたということにも驚いていたようだが、それよりも年齢の方に引っかかったらしい。
「そうだね。この世界にくる前、俺は確かに四十五歳だった」
戸惑っている彼女に申し訳なさを覚えながらも、話を続ける。
そんなある日、『異世界迷宮でハーレムを』という小説と出会い、夢中になったこと。
さらにヒロインであるロクサーヌに心を奪われ、セリー、ミリア、ベスタ、ルティナというキャラクターにも惹かれ、彼女たちと一緒に生活する妄想ばっかりしていたことを打ち明け、物語の大まかな流れを伝えていく。
そして、物語に出会ってから十数年経ったある日、俺の前にも原作の主人公であるミチオと同じく、この世界へと渡る機会が訪れた。
「命の危険があることは理解していた。親や家族に二度と会えないことも分かっていた。好きだった食べ物や、楽しみにしていた本の続きも諦めた」
言葉を切って順番にロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタ、そしてルティナと目を合わせる。
「それでも、それでも君たちを一目見たかった。その可能性が提示された以上、諦めることはできなかったんだ」
「アユム様……」
ストーカーも引くくらいの一方的な思いを聞かされ、ルティナの口から言葉がこぼれた。
そして、彼女に向けて頭を下げる。
「ルティナ。俺は君に謝らなくてはいけない。聞いての通り、俺は君の身に何が起こるかを知っていた。奴隷に落とされ、父親を失い、弟妹とも離れ離れになる。それを知っていながら何もしなかったクズだ。本当に申し訳なかった」
心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、握りしめた指先の感触はなく、ぐわんぐわんと耳鳴りが止まらない。
処刑台の前に立たされているような気分を味わいながら、彼女の沙汰を待ち続ける。
「アユム様はわたくしのことを侮っていらっしゃるようです」
時間が引き延ばされたような感覚のなか、鈴を転がしたような愛らしい声が耳に届く。
思わず顔を上げると、柔らかでありながら芯の強さを感じる笑みが目に飛び込んできた。
「貴族の義務を忘れ、民に負担を強いたのはセルマー伯爵であった父様と子女であるわたくしたちです。その責任を他者に転嫁するほど、わたくしたちは恥知らずではございません」
その高潔な言葉に圧倒されていると、ルティナは表情を引き締める。
「あの日。初めてお会いしたあの日。アユム様はひもろぎのスタッフや身代わりのミサンガと共に、わたくしに助言をくださいました。いかに世間知らずの箱入り娘とて、あれがどれだけ危険な行為だったのかは容易に想像がつきます。そのご厚意を受け取ったからこそ、そしてそのご厚意が本当に嬉しかったからこそ、わたくしはハンカチをお渡ししたのです。その想いを侮ってもらっては困ります」
……ヤバい。泣きそうだ。
あまりの喜びで胸がいっぱいになっていると、ロクサーヌが膝の上に揃えられていた彼女の手に、そっと自分の手を添えた。
「思いもよらず出会ったあの日、ご主人様はあなたが奴隷にならずに済む、千載一遇の機会を見過ごすことができなかったとおっしゃっていました」
その言葉に頷きながら、セリーも口を開く。
「ええ。貴族に目を付けられる危険性も、ハルツ公爵様の不興を買う可能性も、そしてあなたがご主人様の下にくることがなくなるかもしれないことも、ご主人様はご存じでした。そのうえであなたに救いの手を差し伸べたのです」
そのときは加入する前だったミリアとベスタは、不安そうにルティナの様子をうかがっていた。
俺たちに見つめられていたルティナは、やがてすっと頭を下げる。
「戦う手段を授けていただいたこと。父様に尊厳のある最期を遂げさせていただいたこと。エルンストとレナーテの支度金を都合していただいたこと。わたくしは到底返しきれない御恩を賜りました。アユム様、本当にありがとうございます」
「……感謝をするのは俺の方だ。このことを打ち明けると、きっと君に嫌われるだろうと思っていた。そして、それが本当に怖かった。受け入れてくれてありがとう」
彼女は顔を上げると、そのかんばせに神々しい笑みを浮かべる。
「ふふ。ハンカチを託していたのですよ? アユム様はわたくしの覚悟を信じてくださっていなかったのですか? それは心外でございます」
この世の物とは思えないような美しさに、思わず息を呑んでしまう。
「これからわたくしの想いを受け止めていただきますので、覚悟なさってくださいませ」
胸を焦がすような愛おしさに翻弄されつつ、その言葉に答える。
「望むところだよ、ルティナ。君たちを幸せにするために頑張るから、みんなで精一杯幸せになろう」
「はい。よろしくお願いいたします」
柔らかでありながら神々しい微笑みから目が離せなくなってしまった。
だが、不意にルティナの表情に影が差す。
「アユム様は強力な魔法を詠唱もなしに、三発同時に放つことができるのですよね……。わたくしの魔法など何の役にも立ちません……」
あ、いや、あの、まあ、うん……。
彼女の言葉に何と答えたものかと考えていると、部屋に明るい声が響き渡る。
「ご主人様の圧倒的な攻撃力のせいで、私たちの攻撃だってまったく意味がないんだよ? みんな同じだから大丈夫、大丈夫」
ミリアさんや……。『せい』とか言うのはやめてもらえまいか……。
苦笑を浮かべながらセリーがそれに続く。
「私たちの武器での攻撃とは違い、ルティナの魔法はご主人様の魔法を補うことが可能です。今の階層ではご主人様の攻撃だけで完結していますが、次の階層に上がればあなたの魔法が大いに役立つでしょう」
「セリーさんの言う通り、ルティナの魔法はきっとご主人様の助けになると思うよ」
ベスタの柔和な表情と言葉に、彼女の表情が綻んだ。
「ありがとうございます。そうですね。そのようなことを気にしても仕方がありません。わたくしにできることをするだけです」
ルティナの決意を聞いたロクサーヌは頷きながら、声を発した。
「よく言いました。私たちのパーティーはご主人様の圧倒的な攻撃力があるため、前衛に守られながら魔法を放つだけの凡百の魔法使いとは異なり、あなたは魔物と接近戦を行いながら魔法を使わなければなりません。その覚悟があるのでしたら、すぐにそれも可能になることでしょう。午後からは私たちと一緒に前衛の訓練を行うことにします」
その瞬間、ルティナの表情が凍り付いた。
このお嬢様、無茶苦茶なことを言い出したで、おい。
あまりの言葉に呆気に取られていると、部屋に不安そうな声が響く。
「魔物と近接戦をしながら魔法を放つのですか……」
「ええ。たとえ攻撃を受けたとしても、私がすぐに回復するので心配は要りません。心置きなく訓練に励んでください」
いや、回復したところで痛いものは痛いし、できることとできないことがあると思うんですよねぇ……。
まあ、後衛をさせてもらっている上に、無詠唱で魔法が使える俺にそんなことを言う権利なんてないのだが……。
しかし次の瞬間、ロクサーヌの視線が俺を捉えた。
「今後は迷宮討伐を視野に入れて戦っていくことになるため、各々の実力を伸ばしていく時期にきていると思います。ご主人様も後衛としての役割にとらわれることなく、魔物と戦いながら魔法を撃てるようにしておきましょう」
ええっ!? 俺のロールはスペルキャスターなんですけど!?
思わず異議を唱えようとしたところ、セリーに機先を制される。
「そうですね。ボス戦では近接戦闘を行うのです。それなら普段から訓練をしておいた方がいいと思います」
ミリアとベスタも頷きながら同意を示す。
くっ。こやつら正論で逃げ道を塞ぎおってからに。
……しかし、彼女たちの言っていることも理解できる。
ボス戦ではアスカロンをもって物理アタッカーをしなければならないし、他者に見られている場合には物理攻撃スキルとオーバードライビングを使用することも難しい。
俺は複数のポジションをこなす必要があるのだ。このまま純後衛としての動きに慣れてしまえば、そういった状況で動きに支障をきたす可能性が否めない。
なら、普段から魔物とやり合えるようになっていた方がいいだろう。
ルティナの方に顔を向けると彼女もこちらを見つめており、視線がぶつかった。
ほんと、綺麗な娘だこと。
思わずそんなことを考えてしまう俺とは違い、彼女は真剣な表情で小さく頷き口を開く。
「まだまだ力が足りませんが、パーティーの一員としてお役に立てるよう全力を尽くす所存でございます。よろしくお願いいたします」
真面目な娘さんやなぁ。
とはいえ、彼女がここまで言ったんだ。俺は別枠なんて言うわけにはいかない。
「今後は俺も近接戦をしながら魔法を使うことにするよ。迷惑をかけるかもしれないけどよろしくね」
すると、厳しくも優しい師匠の顔に笑みが浮かんだ。
「ご主人様は言うに及ばず、ルティナも心が強く見どころがあります。セリー、ミリア、ベスタもまだまだ物足りない部分はありますが、いずれ高みに至れるに違いありません。一人でも最上階のボスを討伐できるくらいを目指して、修行に励みましょう」
そのとんでもない言葉に俺とルティナだけではなく、他の三人も絶句している。
ほらみろ。とんでもないことになったじゃんか。この娘の案に君らも賛成してたんやで?
セリーたちの様子を見て留飲を下げている、何とも器の小さい男がそこにいた。
話が一段落すると気になることがたくさんあったのだろう。ルティナは前のめりになって次々と疑問を口にし、先輩四人は楽しそうにそれに応えている。
俺が地球や原作について話すのは、ここにいる五人だけなんだろうな。
たとえハルツ公やアランのことを信用していたとしても、それとこれとは話が別だ。
彼らにしたってその立場上、俺に秘密にしていることは山ほどあるはず。
信頼のおける人や気の置けない友人と、人生を共に過ごしたい人とは全然違う。人と人との関係なんてそんなものなのかもな。
そんなことを考えながら彼女たちの様子を眺めていると、探索者以外にレベルが存在することについてや、レベルアップ時のボーナスポイントの加算。
そしてジョブを固定した際にそのポイントが振り分けられる仕様と、俺の持つ特殊な能力はそれに由来するものであることについてなど、彼女たちの話はポンポンと忙しなく飛びまくり、獲得経験値二十倍について話していたかと思えば、デュランダルや毘盧帽といったボーナス装備の話題に変わり、先ほど披露したガンマ線バースト等のボーナス呪文について、詠唱もなく魔法やスキルが使える理由についてなど多岐にわたる。
他の四人もそうだったが、どうやらルティナも自分が物語の登場人物だったと聞かされたのに、アイデンティティのクライシスなどという事態には陥っていない。
ほんと、タフな娘さんたちである。
もっとも、俺自身がそうだったとしても、そこまで衝撃を受けるとは思えない。
前に同じことを考えたが、自己同一性に思い悩むのは哲学者にでも任せるさ。
思索を放り投げ、目の前で展開されている『いせはれ!』に視線を注ぐ。
別に女性だからってことはないんだろうけど、彼女たちは本当におしゃべりが好きだよなぁ。
めちゃくちゃ楽しそうで、その魅力的な笑みにドキがムネムネしちまうぞ。
「――そのおかげで私は失敗することなく融合を行うことが可能なのです」
セリーの話を聞き、ルティナは呟きを漏らした。
「なるほど、そういうことだったのですか……。スキル結晶の融合に成功し続けた理由については納得いたしましたが、形状が変わったあの現象は何だったのですか?」
彼女だけではなく、全員が期待の表情でこちらに視線を向ける。
いや、そんな期待の目で見られても……。
「正直なところ俺にもよく分からないんだけど、ある程度の推測は浮かんでるかな。合ってるかどうかわからないけど、それでもよければ聞く?」
「是非!」
問いかけたところ、好奇心で瞳を輝かせたセリーが声を張り上げる。
視線を向けると、他の娘たちもキラキラした目で頷きを返した。
んじゃ、一席ぶってみますかね。
この世界を司るシステムによってあらかじめ決められた組み合わせで融合すると、形と名称が変化するのではないかという、仮説一。
スキルを融合した際に抽選が行われ、当選することでユニーク装備化するのではないかという、仮説二。
俺が確認した限り、すべてのユニーク装備は四つ以上のスキルが付いているため、いずれの場合であってもスキルが四つ以上付いていることが条件になっていると思われることを伝えたところで、気になることについても触れておく。
「――でも、明らかにおかしいことがある。これまで見聞きしたユニーク装備は全部俺の世界の神話や伝承に登場する、唯一無二の装備品と同じ名称を持っていたんだ」
すると、ミリアが首をかしげながら問いかけてくる。
「デュランダルやアスカロンもですか?」
「うん。デュランダルはローランという英雄が使用する剣だし、アスカロンは聖人であるゲオルギウスという人物が竜退治に用いたとされる物だ」
ミリアの疑問に答えると、ロクサーヌが好戦的な表情で呟きを漏らす。
「竜退治……。やはりパイロドラゴンなのでしょうか? 同じ装備品を使用しているご主人様も負けてはいられませんね」
いや。地球にドラゴンはいないから。聖ゲオルギウスは迷宮のボスを倒したわけじゃないから。
だから、そんな『オラ、ワクワクすっぞ』みたいな顔をするんじゃありません。
まさかすぐにクーラタルの六十六階層のボスに挑もうとか思ってないよね? ロクサーヌ? 信じてるからね?
彼女の様子に慄いていると、ベスタが不思議そうに問いかけてくる。
「えっと、どうしてそれがおかしいのですか?」
ルティナも頷きながらそれに続く。
「ええ。確かにアユム様の暮らしていた世界の神話や伝承に登場する装備品の名称が付いているのは不思議ですが、おかしいとまでは思えません」
おっと。誤解させてしまったらしい。
「そうじゃないんだ。いま言ったように、これまで見聞きしてきたユニーク装備には明確な由来があった。もちろんそれ自体にも疑問を覚えているんだけど、今回固有の名称となった『スコル』、俺はそんな装備品に心当たりがないんだ」
「ご主人様の知らない物語に出てきたものということはないですか?」
セリーの言葉に頷き、話を続ける。
「もちろんその可能性だってある。いや、俺が知らない物語はたくさんあるし、その可能性の方が高いかもしれない。でもね? スコルとは太陽神ソールを食らおうとする狼の名称なんだ。それがどうにも引っかかる」
「太陽神ソール? 先ほどスヴェルが地表を熱から守っているとおっしゃっていたときに、出てきた神ですか?」
「そう。そうなんだよ。こんな偶然ってあるのかな?」
ほんと、どうなってんだろ? 何かしらの関係があるのか、それともガチで単なる偶然なのか……。
俺だけではなく、彼女たちも真剣な表情で考えを巡らせていたが、部屋に明るい声が響き渡る。
「考えたって分かるわけありません! これからいろんなユニーク装備を作って、どんな名前が付くか確認すればいいと思います!」
声の聞こえてきた方へ顔を向けると、ネコミミさんの花丸笑顔が目に飛び込んできた。
「確かにミリアの言う通りです。スコルのような装備品が増えていけば、自ずと答えにたどり着くことでしょう」
ロクサーヌのその言葉に、全員大きく頷いた。
「そうだね。今は保留にしておこう。それじゃあ、お腹もすいたことだし、そろそろベイル亭へ行こうか」
ソファーから立ち上がり、彼女たちと共に部屋を後にする。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv47 神官Lv49
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:28/160
ワープ:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
MP回復速度十倍:31
鑑定:1
ジョブ設定:1
詠唱省略:3
キャラクター再設定:1
所持金:4,601,994ナール
夏の18日目