通路を歩き出してからすぐに、先頭のロクサーヌが振り返る。
「この先に魔物がいます。ルティナ、戦闘をしながら魔法を使えるように詠唱の訓練を行ってください」
ルティナは金色のポニーテールをなびかせ、頷いた。
「かしこまりました。動きながらでも詠唱ができるよう、励んでまいります」
この階層はワンパン可能でルティナの魔法に頼る場面はない。
ぶっちゃけ、発動してしまえばMPの無駄だし、ラストアタックを取られる可能性もあるだろう。
そうなれば獲得経験値二十倍が乗らず、レベル上げにも支障をきたすんだよなぁ。
でもまあ、動きながらの詠唱は難しいだろうし、そう簡単には成功しないはず。
これだけやる気満々なんだから、成功するまでは水を差すようなことは言わないでおこう。
二人の様子を見ながらそんなことを考えていると、ロクサーヌがこちらへ顔を向けた。
「ご主人様も接近戦をしながら、魔法をお願いします」
「あ、は――」
思わず素で言葉を返してしまいそうになったが、すぐによそ行きの言葉に切り替える。
「うむ。ではそのようにしよう」
ミチオの真似っこでクールに決めたというのに、彼女たちの顔にはまるで背伸びをしている子供を見るような表情が浮かんでいた。
ええい。そんな目で見るんじゃありません。
「さあ、いくぞ」
笑いをこらえているような返事と共に、通路を進む。
通路の先から姿を現したのは、アニマルトラップ四匹とボトルマーメイドが二匹。
いつものように駆け出した四人に一拍遅れ、ルティナも走り出した。
よっしゃ! 俺もいくぞ!
「ガンマ線バースト! サンダーストーム! サンダーストーム!」
走りながら声を上げると、当然のことながら魔物の体を稲妻が覆う。
呪文の詠唱をするのではなく、魔法名を口にするだけなのだ。発動に失敗するはずがない。
安心感を覚えながら、ベスタが対応している頭の尖った人魚の後ろへ回り込み、カッカラをその頭部にぶち込んだ。
雷鳴に交じり、木の棒で硬いものを強かに打ち付けた音が通路に響き渡ると、ボトルマーメイドの体が一瞬よろめいた。
おお? 杖での攻撃なのにダメージが入ったっぽい?
おそらくスコルに付いている攻撃力二倍と腕力二倍の効果だな。
そんなことを考えた瞬間、ザンバラ髪を振り乱しながらボトルマーメイドが振り返り、右手で引っ搔いてきた。
おっと。あぶね。
その攻撃を盾でいなし、ガラ空きの胴体に向けてヤクザキックをお見舞いすると、そのままもんどり打って倒れ込む。
「えいっ」
そしてベスタが声を発したかと思うと、地面に倒れ伏しているボトルマーメイドに向けて両手に持った得物を振るう。
先ほどの音とは比べ物にならない音が通路へ轟いた。
可愛い掛け声と威力のギャップよ……。
それにしても、魔物に与えているダメージは間違いなく俺の方が上だよな?
でも物理現象的な意味での威力は彼女の方が高いように感じる。
というか、パラメーターとしての腕力ではなく、文字通りの腕っぷしでは俺は彼女やセリーには及ばない。
おそらくジョブの持つ効果やレベル補正など、様々な要因によって与ダメが算出されているのだろう。
そんなことを考えていると、涼やかな声が耳朶を打つ。
「赤きほむらの――、くっ」
アニマルトラップに攻撃をしながら詠唱を敢行していたルティナだったが、蔓による反撃を食らい、あえなく呪文が途切れた。
彼女は何度かチャレンジするものの、魔法のエフェクトが終了し、魔物の体が虚空へ消えていく。
まあそうだよな。そんな簡単に上手くいけば苦労はない。
……まったく苦労してない人間が偉そうなことを言うてるで、おい。
理不尽の化身のような我が身を顧みながらアイテムボックスを開き、MP回復を行う。
彼女たちが拾い集めたドロップアイテムを受け取っていると、最後にルティナが半夏を差し出した。
しかし、その顔には不甲斐なさがにじんでいる。
動きながらの詠唱が最初から成功するはずないし、気にしなくてもいいのになぁ。
その旨を伝えたものの、彼女は表情を引き締めかぶりを振った。
「皆様の立ち回りを拝見して、わたくしがどれだけ騎士たちに守られながら戦闘を行っていたことに気がつきました。アユム様のパーティーにおいて、わたくしはメインの火力担当ではなく、サブ的に攻撃することが求められているのです。仲間に守られながら、ただ漫然と魔法を放つだけでは何の役にも立ちません。わたくしも皆様のような立ち回りを身につけなければなりません」
み、耳が痛い。俺もついさっきまでは守られながら魔法を放っていただけに、言葉のナイフでブッスリやられちまったじゃないのさ。
いやでも、そんなに気にせんでも……。
そんなことを考えていると、ロクサーヌが微笑みながら口を開く。
「よく言いました。自らの力不足を恥じ、それを改善しようという気概はたいしたものです。あなたは本当に見所があります。すぐに思うような動きができるようになるでしょう」
ミリアもニコニコ顔で同意を示す。
「私もこのパーティーに加入するまではそこまで頻繁に迷宮に入ってたわけじゃないけど、ご主人様やお姉ちゃんとの訓練でそれなりの動きができるようになったんだもん。ルティナだってすぐにできるから」
回避能力がバカ高い娘らがなんか言うとるで……。
そりゃ君らはそうかもしれないけど、普通の人には無理なんだよなぁ。
すると、苦笑を浮かべたセリーが言葉を発する。
「ロクサーヌさんやミリアのような動きは難しくても、装備品が高性能なので受けるダメージはそこまで大きくありません。攻撃を食らっても詠唱を続け、反撃できるようになるといいです」
ベスタも頷きながらそれに続く。
「魔物の攻撃はそこまで痛くないから、気にせず魔法を撃てばいいと思うよ」
耐久値がバカ高い娘らがなんか言うとるで……。
そりゃ君らは種族的にも個人の能力的にも頑丈だから、その戦法でも問題ないだろうけど、普通の人は攻撃を食らうのが怖いし、食らえば痛い。そんなん無理だって。
やはりこのパーティーにおける凡人枠は俺とルティナだけ……。
「先ほども言ったが、最初から何もかも上手くいくはずがない。歩みを止めず、一歩一歩ゆっくり進んでいこう」
うん。なかなか良いことを言ったんじゃないか?
一歩一歩、歩いて行くなんて、まさに至言だ。さすが歩だけのことはある。
将来出版されるかもしれない、アユム・タガワ名言集に収録されること間違いなしだ。
俺の言葉を聞き、ルティナの表情に笑みが灯る。
「ありがとうございます。アユム様のおっしゃる通り、少しずつできることを増やしてまいります。決して歩みを止めるようなことはいたしません」
美しいだけじゃなく、健気で清廉で可愛い娘だなぁ。
んじゃ、彼女も前向きになったし探索に戻るとしよう。
と思ったら一度の戦闘を挟んで待機部屋に到着である。
まあ、この階層は長いこと探索していたし、こんなこともあるわな。
「ボス戦の準備をするから少し待ってくれ」
彼女たちに断りを入れ、キャラクター設定を開く。
さて、何を付けたものだろう。
獲得経験値二十倍をそのままにしてルティナのレベル上げを継続するか、結晶化促進六十四倍を付けて確実な儲けを得るか、はたまたドラウプニルのレアドロップ率二倍でレアアイテムを狙うか……。
うーん……。これといった決め手がないし、ぶっちゃけ迷うようなことでもない。
とりあえず、レアドロップを持っているのかを聞いてみよう。ああ、ついでにボスの情報も聞いてた方がいいな。
「セリー。アニマルトラップのボスについて教えてくれ」
その言葉と共に、小さくて可愛い娘の所へ全員の視線が集まった。
「かしこまりました」
彼女は一つ頷き、解説を始める。
「アニマルトラップのボスはヒューマントラップ。頭に大きくて頑丈なトラバサミを持ち、さらに体の左右から生えている長い手のような蔓の先にも同じようにトラバサミが付いています。どれも非常に強力で、防御力が低いと人の四肢を軽々と嚙み千切ってしまうのだそうです」
こわっ! トラバサミが三つの上に、長い蔓に付いてるとか反則だろ!
「他にも全体水魔法を使用することもあります。そしてスキル攻撃は三つのトラバサミで同時に噛みついてくる食いちぎり。四肢ならまだしも、頭部を切断されてしまえば即死は免れません。スキル攻撃は確実に潰すようにしましょう」
やばっ! とんでもない攻撃じゃねーか!
青ざめた表情でルティナが呟きを漏らす。
「それは恐ろしいですね……」
彼女の様子を見たロクサーヌが微笑みながら告げた。
「相手の動きをよく見て、攻撃を受けないように立ち回ればいいのです。当たらなければどうということはありません」
普通の人にはそれが難しいんよ……。
呆気に取られているルティナに対し、ミリアも追撃をいれる。
「そうそう。避ければいいだけだから、大丈夫、大丈夫」
ケモミミさんたちのあまりの言葉を受け、ルティナは完全に二の句が継げない状態だ。
強力な攻撃に対し懸念を示したら、かわせばいいと言われたのだ。そうなるのも無理はない。
「あなたの防具はどれも良いものですし、体力二倍や物理ダメージ削減のスキルも付いています。他にもスヴェルの防壁展開もあるので滅多なことは起こらないでしょう。また、仮に万が一があったとしても身代わりのオペラグローブがあるので心配することはありません」
「は、はい……」
同情した様子のセリーが理屈で説明するものの、それでもルティナの顔には不安の色が拭えない。
「大丈夫だよ」
すると、ベスタが彼女へ笑いかけた。
「私はパーティーの盾役だからね。強力な攻撃は全部防ぐから心配しないで」
その言葉にルティナの表情が綻んだ。
「はい。ベスタ姉様、ありがとうございます」
笑い合っている二人をロクサーヌたちが優しく見守っている。
……すごいな。加入してまだ二十日ほどなのに、レベルだけじゃなく精神的にもめちゃくちゃ強くなってるじゃないか。
自らの出自にどこか劣等感を抱いていたようだったのに、今は全然そんな風に見えない。
ベスタの成長に感動を覚えていると、セリーが説明を再開した。
「弱点は火属性で、水と土に耐性を持っています。ルティナはファイヤーストームを積極的に使用してください」
彼女は決意に満ちた表情で頷きを返す。
「かしこまりました」
ボス戦における俺のロールは物理アタッカー。今後、ボス戦での魔法はこの娘に任せよう。
あ、いや、待てよ?
以前、ボス戦でも魔法を活用しようと考えていたが、ボーナスポイントやジョブの関係もあり、なんだかんだでそれを実行してこなかった。
しかし現在、ポイントは160になっており、キャラクター再設定、詠唱短縮、シックススジョブ、必要経験値二十分の一を付けても、残りポイントは63。
獲得経験値二十倍、結晶化促進六十四倍、アクセサリー六のいずれかを付けることが可能になっている。
……つまり、その三択に戻ってきたわけだ。
「セリー、ヒューマントラップにレアドロップはあるのか?」
問いかけたところ、打てば響くかの如く答えが返ってくる。
「はい。ヒューマントラップのレアドロップは人参。薬師のジョブをお持ちのご主人様であれば、これを二つ使って強壮錠を作ることが可能です。ちなみに通常ドロップは陳皮ですね」
なるほど。セファロタスの半夏と甘草の関係と同じってわけだ。
とりあえずレアドロップがあることは確定っと。
「まさか、薬師のジョブをお持ちだったなんて……」
「ふふ。ご主人様であれば、この程度造作もありません」
驚愕の表情を浮かべているルティナと、得意げに告げているロクサーヌを見ていると、頭に疑問がよぎる。
最上位の傷薬である滋養錠はHPを全回復するだけではなく、どんな怪我や病気、それこそたとえ四肢を失ったとしても、それをたちどころに治してしまう。
三大疾病や成人病、遺伝子疾患にも効果があるのかは不明だが、現代医学を凌駕する効果があることは確かだ。
一方、最上位の疲労回復薬である強壮錠については、原作でも何の言及もないし、これまで話に出たこともないため、よく分からない。
よし。安心と信頼の知恵袋、セリーに聞いて……。
いや。今後、こういう時は『セリる』と言うことにしよう。
うん。キュートでファニーでありながら、インテリジェンスを感じる良いミームだ。
「セリー、滋養錠が怪我や病気を治すように、強壮錠にもMP回復以外の効果があるのか?」
彼女は一つ頷き、口を開く。
「はい。強壮錠はうつ病などの重度な気分の落ち込み、逆に自分でも抑制できないような発作的な興奮、幻覚や幻聴、さらには痴呆などにも効果があります。他にも薬物中毒をたちどころに癒し、お酒や賭け事、娼館通いがやめられない人に対しても有効だそうです」
へー。こっちは精神疾患を治す感じなのか。
でも精神疾患とは言っても、それらは脳細胞や神経細胞の損傷、脳内物質の分泌量のコントロール不全によって引き起こされているんだよな?
それなら怪我や病気を治す滋養錠でも治りそうなものなのに、こんな風に明確に区別されているのはおかしい気がする……。
……いや。そうじゃないな。
この世界は何者かが明確な意図を持ち、地球を基にゲーム的なシステムを組み込んだ形で設計されている。
つまり、滋養錠や強壮錠が何に効くのかについても、そうあれと設定したに過ぎないのだろう。
きっと、俺では想像もつかないような超化学や魔法の効果によって、怪我や病気が治っているに違いない。そんなもん、考えるだけ時間の無駄だな。
ぶっちゃけ、便利に使いまくっているキャラクター再設定や魔法だってどんな仕組みになっているのかさっぱりだし、もっと言えば地球にいた頃だって車やテレビ、パソコンやスマホの仕組みだってよく分かっていなかった。
仕組みが分からなくても便利な物なら使う。今までそうやって生きてきたんだ。これからもガンガン使わせてもらうさ。
そんじゃ、レアドロップがあることも確定したことだし、本筋に戻ろう。
哲学的な悩みを放り投げ、彼女たちに問いかけたところ、意見が割れてしまった。
ロクサーヌは確実なリターンを見込める結晶化促進六十四倍を推し、ルティナもそれに同意を示す。
セリーが明日は最上階のボスに挑むため、微々たるものであってもレベル上げを優先するために獲得経験値二十倍を付けるべきだと言うと、ミリアもそれに賛同した。
二対二になったところで、全員の視線がベスタへ移る。
彼女は一瞬たじろいだものの、少し考え意見を述べた。
「えっと、なんとなくなんですけど、ドラウプニルを装備した方がいい気がします。えっと、本当になんとなくなんですけど……」
その言葉を聞き、ベスタとルティナ以外の四人で視線を交わし合う。
ニュータイプでもないのに、お互いの心の声が聞こえてくるようだった。
『これ下手すれば人参が二つゲットできる流れだよね?』
『あり得ると思います』
『もしかするともしかするかもしれません』
『ベスタがそう言うのなら、試してみた方がいいんじゃないですかねー』
頷きを交わし合い、キョトンとした顔で俺たちを見つめている二人に告げる。
「ドラウプニルを装備することにしよう」
「え? あ、はい。分かりました」
「アユム様がそう判断したのであれば、それがよろしいかと」
頭の上にハテナマークが浮かんでいるような顔をしていたものの、彼女たちも賛成してくれた。
さてさて、どうなりますことやら。
ボーナスポイントの振り分けを済ませ、ジョブと装備を変更したところで彼女たちを見回した。
「では、ボスに挑もう」
待機部屋に個性の異なる魅力的な声が響き渡る。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 武者Lv8 剣豪Lv7
装備 聖剣アスカロン 身代わりの硬革帽子 頑強のアルバ 剛腕のミスリル手甲 オラクルビットローファー ドラウプニル
BP振分 残BP:0/160
アクセサリー六:63
ガンマ線バースト:1
獲得経験値二十倍:63
シックススジョブ:31
詠唱短縮:1
キャラクター再設定:1
所持金:4,601,274ナール
帝国歴2011年 夏の18日目