異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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314 うなじ

 

 

 

 

 

クーラタル

 

 

 

 

 

 迷宮を出た後はいつものようにクーラタルの冒険者ギルドでドロップアイテムの売却を行った。

 だが、今回からは三割アップを付けていないため売却益は大幅ダウン。

 少しばかり損をした気分になってしまうが、冷静に考えれば今までが不当な利益を得ていただけだ。

 大手を振ってお天道様の下を歩くため、今後はこの生き方を貫いていかねば。

 まあ、舐めた真似をしようとする奴は別だけどな。オークションで入札妨害する奴とか、談合やカルテルのようなことをする奴とか、注文を出したスキル結晶が落札できたのに横流しする奴とか、仲買人とか、ルークとか。

 

 ギルドを出たら街の中心へ向かい、食材の買出しより先に世話役へ挨拶をすることにする。

 

 

 

 

 

クーラタル

金物屋

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

 店へ入るなり、オネスタの美声が耳朶を打った。

 

 この人、本当に良い声をしてるよなぁ。ロクサーヌたちの声も最高だけど、この人も全然負けていない。

 

 しかし彼女は俺たちを見るなり、その美しい声とはかけ離れた噂好きのオバサンそのものといった表情で近づいてくる。

 

「あらあらあら。つい二十日ほど前にベスタさんを迎えたばかりだというのに、また新しいメンバーが加入したのですか? それに今回の娘もロクサーヌさんたちと比べても遜色のないほどの美しさに加え、貴族と見紛うほどの気品を備えていますね。本当にアユムさんは隅に置けない人ですこと」

 

 おいおい。完全に正鵠を射てんじゃねーか。まさか本当に貴族だとは思ってないんだろうが、さすがクーラタルの中心に店を構え、六区の世話役を務めているだけのことはある。その立場に違わぬ眼力を持っているらしい。

 

 驚きつつも、ルティナを手で示す。

 

「紹介しておこう。彼女は今日から俺たちのパーティーに加わった、ルティナ。ロクサーヌたち同様、彼女のことも気にかけてもらえると助かる」

 

 そして、今度はオネスタを手で示し、彼女の方へ顔を向ける。

 

「こちらはオネスタさん。この金物屋の店主であり、俺たちが暮らしている六区の世話役だ。何かと世話になっているので、顔を合わせる機会も多いだろう」

 

 紹介が終わると、お姫様はスッと頭を下げた。

 

「本日、アユム様のパーティーに加わったルティナと申します。わたくしは世間の常識に疎いため、オネスタ様にご迷惑をおかけすることも多いかと存じますが、どうかよろしくお願いいたします」

 

 それを聞いたオネスタの顔に少しだけ困惑の色が浮かんだものの、彼女はすぐにそれを拭い、笑顔を返す。

 

「ええ。私共もアユムさんには何かとお世話になっているので、持ちつ持たれつです。ルティナさんも困ったことがあれば、気軽に相談してくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を伝えるルティナへ頷くと、頼りになる世話役はニヤニヤ顔をこちらに向ける。

 

「まさか半年も経たないうちに、これほどの器量を持つパーティーメンバーを揃えるとは思いませんでした。さすが若くして冒険者になっただけのことはありますね」

 

 あれ? この人に冒険者になったって伝えてたんだっけ?

 

「はい。ご主人様はすぐにでも迷宮討伐を成し遂げ、貴族に列せられてもおかしくないお方。パーティーメンバーはルティナで最後ですが、家臣は今後もどんどん増えていくことでしょう」

 

 疑問を覚えていると、ロクサーヌがドヤ顔でとんでもないことを宣った。

 そして、セリーもそれに同意を示す。

 

「ええ。近いうちに迷宮を討伐することは確実ですからね。間違いなく家臣を揃える必要が出てくるはずです」

 

 二人だけではなくミリア、ベスタ、そしてルティナまでもが意味ありげな笑みを浮かべている。

 

 すると、オネスタの顔が再び驚きの色に染まった。

 

「まあ! 迷宮討伐寸前までたどり着いているのですか!?」

 

 驚愕している彼女に対し、うちの娘たちは色々と自慢げに話し始める。

 

 明日、迷宮討伐を成し遂げれば噂になるだろうし、遅かれ早かれオネスタも知ることになるんだろうが、普段は冷静なセリーや今日加入したばかりのルティナまでもが浮かれているのはちょっとあれだよな。

 まあ、この世界の人にとってはそれだけ大きな出来事なのだろう。

 

 あらためて価値観の違いを感じつつ、井戸端会議をぼんやり眺める。

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 金物屋でルティナの燭台を購入し、さらに武器屋で彼女用の木杖と木槍を購入した。

 今はひもろぎのスタッフを使用しているが、いずれ聖槍に持ち替えることになるため、あらかじめ用意しておいた方がいいだろう。

 そして夕食と明日のお祝い用の食材を購入してから自宅へ戻り、それらをしまったら今日も修行の開始である。

 

 ジョブと装備を整えたところで、師匠に尋ねた。

 

「ロクサーヌ、一人増えたけど五対一でも問題ない?」

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「ええ。これまでとは違い、私も楽に回避するというわけにはいかなくなるでしょう。こちらもいい訓練になります」

 

 ……絶対嘘だ。

 間違いなくこの娘は五対一であっても、余裕でかわしまくるに違いない。

 

 内心でツッコみを入れていると、ルティナが訝しげに問いかけてくる。

 

「あの、ロクサーヌ姉様がお一人でわたくしたち全員を相手にするのですか? アユム様がオーバードライビングをお使いになれば、さすがのロクサーヌ姉様でも対処は難しいと思うのですが……」

 

 そう思うでしょ? でもね? この娘、正真正銘のチートスキルに普通に対処しちゃうんですわ。

 

 思わずセリー、ミリア、ベスタと視線を交わしてしまった。

 おそらく四人の心には同じ考えが浮かんでいることだろう。

 

 この娘さんは不合理の権化みたいな存在で、俺たちが束になっても相手にならんのよなぁ。

 

 どちらかと言えばロクサーヌ側であるミリアでさえ、これについては意見が一致している。

 もっとも、この娘はこの娘で徐々にオーバーホエルミングの速度に対応できるようになってきているんだけどさ。

 

 俺たちの様子に気付くことなく、ロクサーヌは一つ頷き、彼女の問いに答える。

 

「オーバードライビングには攻撃力が増す効果もあるので、修行にはオーバーホエルミングを用いています。そして修行の前半ではご主人様の基礎能力を鍛えるため、オーバーホエルミングは使用しないことにしているのです。逆に後半はそれを使用したご主人様に私たち五人で挑むことになります。きっとあなたにとっても良い経験となるでしょう」

 

 ルティナは少し考え、口を開いた。

 

「なるほど……。わたくしたちは強敵に対処する方法を学ぶ一方、ロクサーヌ姉様やアユム様は多数を相手取る訓練を行うということですか……」

 

 いや。修行を始めた頃はロクサーヌと二人だけだったし、自分より強い彼女に師匠役をお願いしただけだ。

 しかし、それからドンドン人数が増えていったのにもかかわらず、彼女は今に至るまで余裕を保ったまま俺たちを鍛え続けている。

 改めて考えると、とんでもない話だよなぁ。

 それにオーバーホエルミングを用いた修行については、どこかのバトルマニアさんから強請られただけですし。

 

 そしてロクサーヌは右手の人差し指を立てる。

 

「それからあなたには別の課題も与えます。迷宮での戦闘同様、修行の際にも魔法の詠唱を行ってください。魔法使いたるもの、どのような状況でも魔法が放てなくてはなりませんからね」

 

 言っていることはもっともだが、本当に厳しい師匠だこと。

 

「承知いたしました」

 

 キリッとした表情で頷くルティナを確認したところで、修行パートの開始である。

 それじゃあ、一人増えたことだし、まずは作戦会議からだな。

 

 ロクサーヌに断りを入れて、五人で集まり作戦会議を行う。

 

 とはいえ、やること自体はいつもと変わりがない。

 セリーとベスタがタンクとしてロクサーヌを足止めしつつ、俺がアタッカー、ミリアが遊撃。

 そして今日から加わったルティナがスペルキャスターと遊撃を兼ねる。

 普通に考えれば鉄壁の布陣だ。

 

 

 

 ……駄目だったよ。

 

 ロクサーヌはするりとセリーとベスタの間を抜き、魔法の詠唱を開始していたルティナを強襲。

 フォローを入れる間もなく彼女が戦闘不能に追い込まれ、セリー、俺、ミリア、ベスタと櫛の歯が欠けるように次々と沈められる。

 地面に倒れながらも果敢に呪文を唱えようとしていたルティナだったが、ロクサーヌから木剣や蹴りによる容赦ない攻撃を食らい、どれも発動前に潰されていた。

 もっとも、必中である全体攻撃魔法は魔物以外をターゲットにできない。

 つまり、必中ではなく、誘導機能もないボール系の魔法を使わなければいけないため、発動したところであっさり回避されるのが関の山だろう。

 

 あまりにも理不尽。五対一、しかも彼女はセブンリーグブーツのスキルを使っていないというのに、このざまである。

 いくらなんでも力の差が大きすぎやしませんかねぇ。

 まるで大魔王に挑んでいるような絶望感だぞ……。

 

 ロクサーヌは全体手当を使用しながら、目の前の敵に気を取られすぎだの、フェイントに簡単に引っかかりすぎだの、仲間のフォローに対する意識が低いだの、俺たちに対し駄目出しのオンパレード。

 

 そんなことを言われましても……。なんかいつにもまして厳しい気がするんだが……。

 パーティーメンバーが揃い、明日は迷宮討伐を行うため、気合が入っているんだろうか?

 

 彼女は全員を平等にへこませると、女神のような笑みを浮かべる。

 

「今の言葉を意識してみてください。ではもう一度、模擬戦を行いましょう」

 

 頭の中で絶望に彩られた第二ラウンドのゴングが鳴り響く。

 

 

 

 容赦のない鬼教官にしごかれ続けていたところ、彼女の動きに少しずつ対処できるようになる者が現れる。

 そう。言わずもがなのネコミミさん。

 迅速の竜革ジャケットの跳躍力二倍と空中制動のスキルを使用してはいるものの、ミリアはロクサーヌの動きに追随できるようになってきた。この娘も相当に反則級の能力を持っている。

 

 というか、成長速度が違いすぎるんだよなぁ。

 俺が一歩一歩強くなっている間にセリーとベスタは三歩、ミリアは五歩、ロクサーヌは十歩みたいな感じで強くなるため、差が一向に縮まらない。

 

 ……まあ、嘆いても仕方がない。凡人は凡人らしく修行に励もう。

 悟空やベジータにはなれないし、ピッコロや天津飯、クリリンも無理だろう。

 でもきっと、俺やルティナもヤムチャやチャオズにはなれるはず。たぶん、きっと、そうだといいなぁ……。

 

 

 

 後半のオーバーホエルミングを使用した戦闘については、今日ゲットしたスヴェルの障壁展開があるため、魔法による被ダメが大幅に軽減される。

 彼女たちが致命傷を負う心配がないため、出し惜しみはなしで魔法をばら撒いてやりましたとも。

 

 初見のルティナを全員でフォローしていたものの、彼女たちから盗賊戦の予習になると言われるくらい、ド汚い戦闘に定評のある俺だ。

 逆にそれを利用して分断を図り、セリーを落とすことに成功する。

 その後も虚実織り交ぜルティナを狙うと見せかけて、ミリアとベスタに木剣をぶち込んだり、そのまま俺の長すぎる脚でお姫様を蹴り上げたりしていたが、ロクサーヌにぴったり張り付かれ、打つ手を封じられてしまった。

 なんとかルティナを沈めて意地を見せたものの、そこでジ・エンド。

 ロクサーヌ、ミリア、ベスタにあえなく叩き潰された。

 体感速度を大幅に引き延ばすスキルに、複数ジョブによるステータス強化、さらに歩雲履の機動性と、無詠唱による魔法の行使があるというのにこの体たらく。

 我ながらなんとも情けない。今後も精進あるのみだ。

 

 

 

 修行が終わると、感謝の気持ちを込めながら装備品のメンテナンスに移る。

 

「命を預ける大切な装備ですからね。大切に扱うのは当然です」

 

 ロクサーヌの言葉にルティナは感心したような表情で口を開いた。

 

「大変素晴らしいお考えだと思います。そのようなお考えをお持ちだからこそ、皆さまはあれほどの強さを誇っていらっしゃるのですね」

 

 ミリアとベスタも微笑みながら同意を示す。

 

「うんうん。装備品を大切にすることはいいことだと思うよー」

「はい。壊れたりしたら大変ですからね」

 

 手入れを怠ることで壊れたりするもんなのかね?

 この世界のゲーム的なシステムからすると、最上階のボスによる攻撃か、著しい負荷をかけない限り壊れそうもないのだが。

 

 その言葉に苦笑を浮かべたセリーが補足を入れる。

 

「壊れるかどうかは分かりませんが、綺麗にしておけば戦闘のときも気持ちよく振るえるのではないでしょうか?」

 

 この娘も装備品はメンテナンスフリーだと思っているようだ。

 原作の描写でもそんな感じだったし、実際のところ手入れの必要はないのかもしれない。

 しかし、我がパーティーで最強を誇る人物のこだわりなわけだし、頭ごなしに間違っているとも言い難い。

 それにアスカロンを筆頭に、こいつらには世話になってるしな。

 

「それじゃあ、手入れを始めよう」

 

 リビングのソファーに腰を下ろし、各自手入れを開始する。

 

 初めて自分の装備品を整備するルティナだったが、根が真面目なこともあり、汚れを一切残すまいとばかりに丁寧に磨いていた。

 特にひもろぎのスタッフについては、執念を感じるほどの念の入れようである。

 これだけ大切に扱ってもらえるのであれば、贈った甲斐があるというものだ。

 

 ……でも、いざもっと良い装備品が手に入った時、彼女はこれを売却することに同意してくれるんだろうか?

 完全にライナスの毛布状態だし、難しそうだよなぁ。

 まあ、そのまま取っておくのもありだし、そのときに考えよう。

 

 

 

 手入れが終わったら、この後の作業の割り振りだ。

 夕食の支度と明日の仕込みはロクサーヌ、セリー、俺の担当。

 そしてミリア、ベスタ、ルティナの三人は掃除担当である。

 

 しかし、当然のことながら今日の未明まで伯爵令嬢だったルティナに掃除の経験などあるはずがなく、二人から教えてもらうことと相成った。

 なんというか小公女セーラならぬ、小公女ルティナって感じだぞ。

 いつかダイヤモンドプリンセスとなって、俺の下から羽ばたいていくのだろうか?

 

 全然関係ないが小公女や小公子ってタイトルには違和感がある。セーラ・クルーもセドリック・エロルも公爵とは全然関係ないよな?

 セドリックは伯爵の孫ではあるものの、セーラは単に富豪の娘というだけで貴族ですらない。

 それなのにどうして公子や公女ってタイトルになってるんだろう?

 

 ……本当に全然関係ないな。

 

 調べる方法を失っているわけだし、考えたところで一生答えにはたどり着かない。

 もっと建設的なことにリソースを使うとしよう。

 

「じゃあ、まずは俺とルティナで先にお風呂を沸かすから、俺たちが戻るまではみんなで食事の支度をお願い」

「かしこまりました」

 

 全員の声がピタリと重なった。うむ、良いお返事です。

 

 それじゃあ原作でもあった、初めての共同作業ってやつを行おう。

 俺は大切な女性とイチャイチャしながら何かをすることに対して、憧れがあったのだ。

 

 例えば一緒にお風呂に入って体を洗い合ったり、玄関を出るときにキスで見送られたり、イヤホンを片耳ずつつけて音楽を聞いたり、ハート型のストローで飲み物を飲んだり、映画館のカップルシートに座ったりといった感じだ。

 いくつかの夢は叶ったが、そのうちすべてを制覇しよう。

 

 ……映写機と音楽プレーヤーの開発は無理ゲーだけどさ。

 

 

 

 雑談をしながら風呂場へ移動したところでアクセサリー六にポイントを振り、出現したブリーシンガメンをルティナに差し出した。

 

「これはブリーシンガメン。魔法攻撃力五倍が付いているから、身代わりのミサンガを外してこれを身に着けてね」

 

 彼女は煌びやかな首飾りをうっとり眺め、言葉をこぼす。

 

「なんと豪華絢爛な首飾りなのでしょう……。これほどまでに華やかな装飾品を目にしたのは生まれて初めてです……」

 

 どうやらその心を鷲掴みにしてしまったらしく、彼女は急いでしゃがみ込み、いそいそと身代わりのミサンガを外し始めた。

 

 あっ! 俺が外したかったのに! ルティナのおみ足を堪能したかったのに!

 

 おっと。いかんいかん。

 

 一瞬、欲望が湧き出しそうになったものの、この娘の前ではもう少しジェントルマンでいたいため、必死に煩悩を抑え込んだ。

 そう、俺は紳士。たとえこの後すぐに剥がれるメッキであったとしても、吾往きてクーラタルに紳士たらんと欲す。

 もっとも、この後はお風呂に入り、ベッドを共にするためすぐにバレてしまうんだろうけどさ。

 

 嬉しそうにミサンガを外している彼女を見ながら考える。

 

 でもまあ、喜んでもらえてよかった。

 風呂焚きの効率だけを考えるのであれば、俺が装備した方がいいのだろうが、このお姫様が装備した方が絶対に似合う。

 それに辛いことがあった一日だっただろうが、少しでもそれを紛らわせることができるのであれば何よりだ。

 

 外したミサンガを受け取りアイテムボックスにしまうと、彼女はこちらへ背中を向けた。

 そして、長いポニーテールを前に移動させながら振り返り、はにかんだような表情を浮かべて告げる。

 

「アユム様、着けていただけますか?」

 

 あざと! この娘、超あざと可愛いぞ!

 

 こちらもやぶさかではないため声を張り上げそうになったが、先ほどの誓いを思い出し紳士の振る舞いを心掛ける。

 

「ええ。もちろんです。私の大切な姫君」

「まあ」

 

 ルティナは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐにクスクスと声を漏らす。

 

「タガワ卿にわたくしのうなじへ触れる栄誉を授けます」

 

 そう言うと顔を前に向けた。彼女も案外ノリノリだ。

 

 ブリーシンガメンを手に、ドキドキとワクワクに支配されながらゆっくり近づいていくと、白くて華奢な首筋に艶めかしいうなじ、そして愛らしい後れ毛が目に映る。

 

 美しい……。とてもこの世の物とは思えないような美しさだ……。

 

 ものすごい勢いで心臓が打ち鳴らされていることを自覚しながら、彼女の首筋にブリーシンガメンを這わせた。

 

 さっきうなじに触れていいって言ってたよね? ここでサワサワしたら引かれるかな? ワンチャン笑って済ませてくれないだろうか?

 

 煩悩に支配されそうになっていた俺の耳に、鈴を転がしたような笑い声が届く。

 

「ふふ。アユム様、くすぐったいです」

 

 どうやらブリーシンガメンが触れているだけで、くすぐったさを覚えたようだ。

 何とも敏感なお嬢様である。

 

 しかし、その無邪気に笑う様子に毒気を抜かれ、先ほどまでのたぎりはどこかへ行ってしまった。

 まあ、エッチなことは時と場合を選ぶべきだろう。

 今はプラトニックな甘酸っぱい青い春を楽しむとするさ。

 

「じゃあ、あのバスタブの上にファイヤーウォールを出してもらえる? 俺はそれに重ねるような形でバーンウォールとアクアウォール、それからウォーターウォールを使うから」

「かしこまりました」

 

 彼女は一つ頷くと、タガワ家自慢のバスタブへ視線を注ぐ。

 

「ここまで大きなバスタブを見たのは初めてです。毎日これで湯浴みをするなど、正気の沙汰ではございません。アユム様の魔法がなければ到底実現することのできない、贅の極みと言えるでしょう」

「そうかもしれないけど、実際のところ一ナールもかかっていないわけだし、別に散財をしているわけじゃないんだよね」

「伯爵家の長子で身だしなみを整える必要のあったわたくしでさえ、入浴の機会は夏場で五日に一度、冬場では十日に一度ほどでございました。しかもこちらに比べれば遥かに小さなバスタブを使用した上で、です。庶民が毎日入浴できるという、アユム様の故郷は尋常ではありません」

 

 それはそうかもしれない。いまにして思えば、なんと恵まれた環境だったのだろう。

 

 望郷の念が湧きそうになるのを振り払い、彼女に声を掛ける。

 

「じゃあ、始めよう」

「はい」

 

 

 

 ブリーシンガメンの持つ魔法攻撃力五倍のおかげで、ルティナのファイヤーウォールがかなりの威力を発揮し、風呂焚きにかかる時間が普段に比べてだいぶ短くなっていた。

 もしかしたら、俺のアクセサリーがスコルに変わっていることも大きいかもしれない。

 いずれにせよ、今後は楽に湯を沸かすことができるだろう。

 

 作業を終えてキッチンへ移動した。

 俺、ロクサーヌ、セリーの年長さんチームはそのまま夕食と明日の仕込みを行う。

 もう一方の年少さんチームはベスタとルティナを従えたミリアが、意気揚々とキッチンから飛び出していった。

 めちゃくちゃお姉さん風を吹かせてるぞ。

 

 二人と話し合ったところ、これまでと同じく俺はデザート奉行を仰せつかった。

 

 さて、それじゃあルティナに喜んでもらうため、パティシエにジョブ変更するとしますかね。

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 防具商人Lv49 料理人Lv30

装備 サンダル 身代わりのミサンガ

 

BP振分 残BP:0/160

必要経験値二十分の一:63

シックススジョブ:31

MP回復速度二十倍:63

鑑定:1

詠唱短縮:1

キャラクター再設定:1

 

所持金:4,533,847ナール

 

夏の18日目

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