迷宮から自宅へ戻り、朝食をとったら商人ギルドへ移動する。
働き者たちばかりなので、改めて見送りや出迎え、家事をせずのんびり過ごすよう伝えたところ、ルティナも交えてトランプで遊ぶことにしたようだ。
若い娘さんたちがキャッキャウフフと戯れるのに対し、こちらは信用ならない仲買人と腹の探り合い……。いますぐ家に帰りたくなるな……。
そんなわけにもいかないため、いつものように受付に声を掛けると、程なくして胡散臭い笑みを浮かべた男が近づいてくる。
「昨日スキル結晶の引き渡しを行ったばかりなのに、本日もお越しになるとはお急ぎの依頼があるとお見受けします。まずは商談室へ移動いたしましょう」
こいつ牽制を入れてきやがったよ。たぶん急ぎなら割増料金になると言いたいんだろうな。うぜぇ。
でもまあ、急いで注文すれば高くつくのは当然の話だ。
こいつの態度は気に食わないが、それを腹に収めて促されるままに歩き出す。
商談室に入り、向かい合わせでソファーに腰掛けたところでルークが口火を切った。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか」
足元を見られてしまうだろうが、今回については飲み込むしかない。
「うむ。実はよんどころない事情によりヤギのスキル結晶が一つと、コボルトのスキル結晶が三つ必要になってな。ある程度の出費は覚悟しているので、何とかならないだろうか」
「なるほど……」
内心を隠しながらそう伝えたところ、ルークは思案顔で右手の中指で額をトントン叩く。
悔しいことに、整った顔立ちもあってそういう芝居がかった仕草も実に様になっている。
俺がそんなことをしたら、滑り倒すに違いない。
クソッ。イケメンは得だよなぁ。
考えがまとまったのか、ほどなくして彼は顔を上げる。
「ヤギが一つとコボルトが三つだけでよろしいのですか? 予備は必要ありませんか?」
「できれば予備が欲しいところではあるが、金額次第となるだろう」
それを聞くとルークは小さく頷いた。
「実は昨日のオークションでヤギのスキル結晶の出品がございました」
「そうなのか!?」
やっべ。おっきい声が出ちゃったよ。
「ええ。別の仲買人が落札したのですが、まだその者の手元にあるかもしれません。すぐに話を持ち掛けてみましょう。それからコボルトのスキル結晶もいくつか出品されており、幸いその内の一つは私が落札しております。こちらについても仲買人仲間に声を掛けてまいります」
おお!? マジか!?
「うむ。よろしく頼む」
奴の顔に一瞬だけ獲物を捕らえたかのような表情が浮かんだものの、すぐにいつものアルカイックスマイルに戻る。
「では、少々お待ちください」
そう言い残し、信用のできない仲買人は部屋を後にした。
ろくでもないことを考えてそうだよなあ。
おい、ルーク。べらぼうな値段を提示するようであれば、封印された値引スキル先生にご登場いただくぞ? 三割引になるんだからな? そっちだって大損をこくんだぞ? 分かってるな?
キャラクター設定画面を見ながら時間を潰していたところ、それほど間を置かず扉を叩く音が耳に届く。
「お待たせいたしました」
ソファーから立ち上がりそちらに体を向けると、四人の男たちを伴ったルークが入ってきた。
ふむ。商人に武器商人、それから探索者と色魔か。
ん? 色魔?
いつもの癖で彼らのジョブを確認したのだが、その中の一人に目が留まる。
ローレル 男 48歳
色魔Lv36
装備 山崩しの鉄剣 身代わりのミサンガ
名前とジョブ、それから装備している品になんとなく既視感があるぞ?
もしかしてこいつ、原作でミチオが最初に話を聞いた仲買人か?
まじまじと顔を見られていることに気づいたのだろう、その男が右手を差し出してきた。
「あんたが噂の根こそぎのアユムだな。俺はローレル、仲買人だ。よろしく頼む」
これまで出会った仲買人は全員敬語で話していたため一瞬戸惑ったものの、その手を握り返す。
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
ほかの三人とも握手を交わしたところで、俺の対面のソファーにルークとローレルが、そして他の三人はその後ろで控えている。
まあ、二人掛けのソファーが二つしかないわけだし、そうするしかないわな。
そしてルークがおもむろに話を切り出した。
「昨日のヤギのスキル結晶は、こちらのローレルが落札しております。依頼を受けて落札したものではないとのことなので、条件次第ではアユム様にお渡ししても構わないそうです」
彼が視線で促すと、ローレルはバッグの中から六角形の物体を取り出し、ローテーブルの上に置く。
スキル結晶 ヤギ
どうやら偽物を掴ませるような真似はしないようだ。普通に犯罪だし、下手をすれば一発で盗賊に強制ジョブ変更。
よしんばそれを免れたとしても、俺がどういう人間なのか聞かされていれば二の足を踏むに違いない。
なにせこちらのバックには公爵家がついている。不手際があればこの国におけるトップ層の権力者がカチ込んでくるのだ。いくら何でもそんなリスクを冒せるはずがない。
寄らば大樹の陰とはよく言ったものである。
「これが昨日落札したヤギのスキル結晶だ。俺の方にもこいつを求める理由があるんだが、七千七百ナールであれば譲ってもいいぞ」
七千七百か……。
ヤギのスキル結晶の落札価格は概ね五千前後で推移していた。その一・五倍だ。これは妥当なんだろうか?
アイテムボックスの中には四百五十万ナール以上の金があるし、この程度では小揺るぎもしないんだけど、うーん……。
いやまあ、買わないという選択肢はないけどさ。
こちらの様子を見て、彼は再び口を開く。
「難しければ他のスキル結晶との交換でもいい。もっとも、そちらが提示するスキル結晶の方が安い場合は差額を金銭で補填してもらうことになるけどな。俺はどちらでも構わない」
……こちらがヤギより高い物を出した場合、きっとあいつは補填してくれないんだろうな。さすが仲買人、いい面の皮をしている。
少し考えたものの、やはり多少高くても金を払うという結論にしかならない。
他の人にとってスキル結晶は、装備品にスキルが付くかもしれないガチャのチケットだ。
しかし、俺にとっては確定でスキルをつけることのできるアイテムであり、その価値は全く異なる。
ましてやスキルの組み合わせによると思われる、ユニーク装備化なんて現象を目撃した今となっては、たとえ使い道のないスキル結晶であっても絶対に手放すことなどできない。
「いや。七千七百ナールだな。それで購入させてもらおう」
何はともあれ、ヤギのスキル結晶を七千七百、さらにローレルと他の三人は合わせて五つのコボルトのスキル結晶を持っており、それを一つ当たり七千五百ナールで買い取ることとなった。
そして、ルークが落札した分については落札価格の五千二百ナールと、手数料の五百ナールで合わせて五千七百ナール。
普通なら儲け損ねたと考えそうなものなのに、ルークは気にせず涼しい顔のまま。
間違いなく他の奴らからマージンをもらう手筈になっているのだろう。
少々引っかかるものの、ヤギ一つとコボルトが六つ手に入っているし、まあいいさ。
というか、こいつ本当に仕事はできるんだよなぁ。
今回は他の仲買人も絡んでいるため、ギルド神殿によるスキル結晶の鑑定を拒否することができず、一つ百ナールもの手数料を支払う羽目になった。銀貨をあと一枚足すとキャミソールが買える額だぞ。もったいねー!
結局、支払総額は五万千六百ナール。朝っぱらから大金を溶かしてしまったものの、それだけの価値は十分あるあるアルジェリア。問題ないないナイジェリアだ。
お馬鹿なことを考えつつ、商人ギルドを後にする。
自宅に戻り、廊下を歩いていると、賑やかな声が耳朶を打つ。
どうやら我が愛する妻たちは楽しく戯れているようだ。
仲良さげな様子にほっこりしながらリビングの扉を開けると、匂いで俺が近づいていることに気づいていたのだろう。こちらへ顔を向けていたロクサーヌと目が合った。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま、ロクサーヌ」
挨拶を交わしていると、興奮した様子でルティナが話しかけてくる。
「アユム様! これほどまでに楽しい遊びをしたのは初めてです!」
どうやら彼女の心にぶっ刺さったようだ。ほんと、可愛いわぁ。
「ハルツ公に献上しようと思うんだけど、喜んでもらえるかな?」
「ええ。セリー姉さまからアイデアごと献上する旨をうかがっております。公爵家はもとより、大々的に広げることは間違いないため、今後帝国中で大流行することでしょう。わたくしが保証いたします」
ルティナは鼻息荒く言い切り、他の四人は微笑ましげにその様子を見守っている。
まあ、娯楽がそれほど発展していない世界であれば、本当に帝国中で一大ブームを巻き起こすかもしれない。
そのせいでアウトローが賭場を開いて、破産する人が出たりしたらやだなぁ。
もっとも、それについては俺の責任じゃない。ハルツ公が広めると判断したのであれば公爵家の責任であり、俺には一切非がないと断言できる。
献上の際にはその辺りの話もしておこう。
全員と挨拶を交わして室内の様子を確認したところ、ローテーブルに裏返しの札が散らばっている。どうやら神経衰弱の最中だったらしい。
彼女たちにはそのまま楽しんでてもらい、俺は一人で二階に上がる。
スコルの再現実験を行うため、自室の鍵のかかったチェストから鳥、サイクロプス、トロールのスキル結晶を取り出し、入れ替わりでコボルトのスキル結晶二つをしまった。
ついでにルティナ通帳作成のための素材と用具を取り、物置部屋からサッシュを回収してから再びリビングに戻る。
彼女たちが盛り上がっているのを見ながら、通帳発行作業に勤しむ。
例によって運ゲー最強のベスタにリードを許してはいるものの、他の娘たちもそれに迫る勢いだ。
驚いたことにルティナも全然見劣りしていない。
この娘は俺サイドだと思っていたのに……。どうやら思い違いだったようだ……。
遊ぶゲームの種類を変えながら楽しんでいた女性陣だったが、通帳の作成が終わったところで、あちらもお開きとなる。
ルティナに入出金方法を伝授し、昨日預かっていた金貨一枚の預入をしてもらう。
彼女はそのシステムにいたく感心したらしく、『これは世界を変えるかもしれない』などと宣った。
近代以降の社会の根幹となっている金融システムなのだ。あながち間違っていないところが恐ろしい。
改めて貴族子女としての教育を施されていたことを思い知らされる。
ルティナの入金が済んだところで、今度はアイテムボックスからサッシュと二つのスキル結晶を取り出し、セリーに差し出した。
「じゃあ、お願い」
「え? ヤギとコボルトのスキル結晶が入手できたのですか?」
唖然とした様子で問いかけた彼女に頷きを返す。
「うん。だから融合をお願いね」
その瞬間、小さな体から大きな声が上がる。
「それを先におっしゃってください!」
「あ、はい。ごめんなさい? え? 俺、何を怒られてんの?」
「怒っていません! 呆れているのです!」
この娘、酷いことを言うなぁ。
困惑しきりの俺たちをよそに、彼女はプリプリとした様子で再び問いかけてきた。
「こちらのスキル結晶は鳥とコボルトですか?」
「そう。融合する順番が影響するのかはわからないけど、条件はなるべく合わせた方がいいからね」
今回スコルが発生しなかった場合、単純な組み合わせによるものではなく、完全ランダムか、組み合わせに加えてランダム発生、もしくはユニーク装備は一つしか発生しない。このいずれかだと考えられる。
それを確認するためにも組み合わせは同じにしておくべきだろう。
「そうですね。その方がいいと思います」
彼女も表情を輝かせながら同意を示した。
今怒った烏がもう笑ってるよ。ほんと、好奇心旺盛な娘だこと。
ロクサーヌたちもその様子を苦笑交じりで見守っていた。
セリーはサッシュとスキル結晶を受け取り、大きく息を吸い込んだ。
「では、融合を行います。今ぞ来ませる御心の、言祝ぐ蔭の天地の、スキル結晶融合」
彼女の手元からまばゆい光がほとばしり、やがてそれが収まるとスキル結晶がなくなっている。
よりしろのサッシュ アクセサリー
スキル 魔法攻撃力二倍 空き 空き 空き
うん。問題ナッシング。次いってみよう。
それをあと三回繰り返したところ、俺たちの目の前に白いふわふわな毛皮が出現してしまった。
スコル アクセサリー
スキル 魔法攻撃力二倍 知力二倍 攻撃力二倍 腕力二倍
ある程度予想していたとはいえ、目の前でユニーク装備化が再現されたのだ。融合した当のセリーも含めて全員ドン引きである。
あまりの事態に言葉を失っていると、やがてミリアが言葉をこぼした。
「できちゃいましたねー……」
さらに不安そうな顔でベスタも続く。
「あの、これは大丈夫なんでしょうか……」
大丈夫かどうかは、俺にも分かんないなぁ。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 賞金稼ぎLv33 料理人Lv36
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:28/160
ワープ:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
MP回復速度十倍:31
鑑定:1
ジョブ設定:1
詠唱省略:3
キャラクター再設定:1
所持金:4,482,247ナール
夏の19日目