昼食をとり、洗い物を済ませたらリビングでのんびり過ごす。
今回、同じソファーに座るのはロクサーヌだったのだが、彼女はいつものように首筋に顔を埋め、アユムフレグランスを堪能しておられた。
先輩三人は慣れたもので華麗にスルーしていたものの、ルティナだけは困惑の表情をこちらへ向けている。
「あの、ロクサーヌ姉様は一体何を……」
セリーはその言葉に苦笑を浮かべると、オブラートに包まれた婉曲的な表現でロクサーヌの異性の好みを伝え始めた。
一番奴隷さんが匂いフェチだなんて言えないだろうし、そうなるのも無理はない。
一頻り話を聞いたものの、ルティナにはあまり伝わらなかったようで、やはり不思議そうな顔でロクサーヌの様子を見つめてる。
うん。まあ、君はそのままピュアピュアなままでいてくださいな。
愛する女性に匂いを嗅がれながら、先ほどボーデの城で湧いた疑問を思い出し、『セリる』ことにした。
「俺たちが捕まえた奴らだけど、どうやらそれなりに名の知られた盗賊たちだったみたいで、盗賊五人全員に懸賞金が懸けられていたんだ」
本題に入る前にミリアが声を漏らす。
「へー。でも、そんなに強くなかったですよね?」
その言葉にベスタが相槌を打つ。
「そうですね。毎日の訓練に比べるとたいしたことありませんでした」
しかし、ルティナは困ったような表情で二人にツッコミを入れる。
「あの、ロクサーヌ姉様やアユム様と比較した場合、どのような人物であっても強いとは言えなくなってしまうのではないでしょうか?」
セリーも大きく頷きながら同意していた。
元伯爵令嬢の箱入り娘だったはずなのに、この娘も割と常識人寄りだよなぁ。
我がパーティーのうちロクサーヌ、ミリア、ベスタが超人枠。一方、俺、セリー、ルティナは常識人枠。
三対三でバランスもとれているし、ちょうどいいかもね。
どうでもいいことを考えながら、本題に入る。
「そんな奴らの手助けをしていた探索者には懸賞金は懸かっていなかったんだけど、盗賊以外に懸けられることはないの?」
すると打てば響く鐘の如く、我が家の知恵袋が口を開いた。
「騎士団や賞金稼ぎギルドのギルド神殿で懸賞金が懸けられるのは、盗賊系のジョブを持つ者だけです。盗賊でなくても手配をかけること自体は可能ですが、賞金首にすることはできず、捕まえても現行犯でない限り確認する術がありません」
さらにルティナもそれに続く。
「セリー姉様のおっしゃる通りです。たとえインテリジェンスカードの確認をしたとしても、ジョブが盗賊でなければ別人だと言い張ることが可能となりますし、罪を犯したことがなければ強制的に奴隷に落とすことも不可能です」
うーん……。犯罪行為をすると盗賊のジョブを獲得し、罪の重さに応じてそれが強制的にファーストジョブに変わるというシステムに加え、絶対に誤魔化すことができないインテリジェンスカードという確認手段。
これらがあるせいで、この世界って犯罪捜査や司法制度がどうにもチグハグな気がするんだよなぁ。
ついさっきも同じことを考えたが、罪とされる行為やその重さがどうにもしっくりこない。
原作のミチオは転移直後、ゲームの中だと思い込んでいるときに、その場に置かれていたサンダルを履いたことで盗賊のジョブを得てしまった。
これは過失であり、彼に一切の悪意がなかったのにもかかわらずだ。
一方、俺は盗賊のジョブを得るため、故意にサンダルを履いて狙い通りそれを得た。
もちろん意図的に行ったのでそうなると困るが、すぐにサンダルを脱いで返却しているのにもかかわらず、その後も盗賊のジョブが消えることはない。
さらにミリアに至っては完全な過失。しかも禁漁区で漁をしたという、ただそれだけのことで強制的にファーストジョブが海賊にされている。
どれもこれもこの世界を構成するゲーム的なシステムによる判定であり、法律が及んでいない気がするのだ。
そのことを問いかけたところ、ルティナがかぶりを振って答える。
「帝国が定めた国法や、領主が定めた各領地の法がございます。民から訴えがあれば領主はそれを確認し、適切に裁くことが求められるのです」
ふむ。ちゃんと法律はあるわけか。
まあ、地球では少なくとも三千年以上前には既にウル・ナンム法典やハンムラビ法典が成立していたわけだし、中世っぽいこの世界で法律がないってことはないわな。
「揉め事があったら騎士団に持ち込むと聞いたことがあるかも」
ベスタの相槌に頷きを返し、彼女は話を続ける。
「ええ。迷宮から領地と民の命を守り、法の番人として民の財産と生活を守る。それこそが貴族に課せられた大切な責務。民の訴えを無下にすることなどございません」
セリーとミリアは全然納得していない様子ではあったものの、つい昨日まで貴族であった彼女のことを慮り、口を閉ざしていた。
いまでこそ同じパーティーに所属しているけど、育ってきた環境が全然違う。夏が苦手だったり、セロリが好きだったり、考え方や感じ方も人それぞれ。
まあ、考え方の違いで言えば、俺はこの世界の誰よりも異質だろうけど。
それはともかく、あの状態のセルマー伯爵領で適切に訴えが聞き入れられていたかというと、正直かなり怪しい。
もちろん直接領主に持ち込まれるわけではなく、騎士たちが裁くのだろうが、まともに機能していたとは思えない。どちらかと言えば俺もセリーとミリアの考えに近い。
父親を失ったばかりの娘に、そんなことを言うつもりはないけどさ。
それはともかく、法律もちゃんとあるようだし、まったくの無法地帯というわけではないらしい。
とは言っても決闘なんてものがまかり通る世界だ。力があれば道理を捻じ曲げることもできるに違いない。
もっとも、対人戦最強の俺たちにとってはメリットしかないし、深く考えないことにするが。
その後は取り留めのない話をしながら、のんびり過ごす。
どうでもいいけど、俺の匂いを嗅いでいるこのお嬢さん、全然会話に参加しなかったぞ……。
午後もベイルの迷宮四十四階層の探索だ。
愛おしい妻と抱擁を交わし合っていたことで、ロクサニウムのチャージは完了。元気盛り盛り、勇気凛々、体の一部もギンギンのビンビン。
いや、さすがに人よりほんの少しだけ性に対してアグレッシブな俺でも、そんなことにはなっていない。どこかのもっこり男とは違うのだ。
……でも冴羽獠ってめちゃくちゃかっこいいんよなぁ。
普段は女好きでおちゃらけた言動が多いのに、悪人を始末するときは冷静で冷酷なスイーパーの顔を見せるというギャップ。
そして、強さと優しさを併せ持つ大人としての魅力。
大人の主人公と言うと常に自分を律し、どんな時でも狼狽えず、間違いを犯さない、みたいなキャラを連想しがちだが、さにあらず。
四十五まで生きてきて感じるのは、大人も普通に間違えるし、バカなことをするし、当然動揺だってする。
結局、大人と子供の違いってのは自分の言動に責任を持てるかどうかなんじゃないだろうか?
人に迷惑をかけないことを心掛ける。それでも迷惑をかけたら謝罪する。辛いことがあっても踏ん張る。誰かに責任を転嫁しない。子供に犠牲を強いない。
これらができる人間こそが大人と言えるのだろう。
もっとも、その定義から言うと俺は全然大人じゃないことになるんだけどね。
しかし、今のご時世ではあの手のキャラ造形って難しそうだよなぁ。不同意性交でコンプラ的に即アウトな気がするぞ。
天下のジャンプ主人公がそんなことになったらヤバすぎる。
「ご主人様?」
思考が明後日の方向に突っ走っていると、ミリアが不思議そうな顔で声を掛けてきた。
おっと。いかん、いかん。馬鹿なことを考えている場合じゃない。早く準備を整えて午後の探索も頑張らねば。
アイテムボックスから装備品を取り出し、身に着けていく。
まだ四十四階層が解放されて間がなく、探索をしているパーティーが少ないせいもあって結構な数の魔物部屋が残されていた。
先を急いでいるとはいえロクサーヌさんがそんなものを見逃すはずもなく、目につい……もとい、鼻につい……いや、これだと意味が変わるな。
とにかく彼女が気付いた魔物部屋に案内され、片っ端から潰して回る。
まあ、ワンターンキルが可能なのだ。時間的なロスもほぼなく、経験値やドロップも美味いためバッチこいである。
先へ先へと進んでいったのだが、今日はルティナの歓迎会と第三位階昇格のお祝いがあるので早めに引き上げることとなった。
そのため、当然ながら探索終了までに待機部屋が見つかることはない。
ワンチャン、待機部屋の順番待ちが発生し、ロクサーヌがそれに気付くのではないかと期待をしていたのだが、どうやら甘い考えだったようだ。
でもまあ、魔物の殲滅速度に圧倒的な差があるのだ。ハルバーの迷宮でゴスラー達を追い越したように、そのうち俺たちがトップランナーになるだろうし、問題はない。
そんなことを考えながら帰り支度を整え、迷宮を後にする。
ドロップアイテムの売却と夕食の食材を購入して自宅へ戻ったところ、扉に紙が挟まっていることに気が付いた。
ルークの伝言? 今日顔を出したばかりなのに?
疑問を覚えていると、それに目を遣っていたセリーが言葉をこぼす。
「羊皮紙? 仲買人が伝言用の紙にこんな高価なものを使うでしょうか?」
あっ、マジだ。これパピルスじゃないわ。ってことはルークじゃない?
その言葉に俺だけではなく、他の娘たちも困惑しているようだった。
だが、ロクサーヌはすぐに表情を引き締める。
「確認してみましょう」
そう言って文章を確認するなり、こちらに顔を向ける。
「ご主人様、ハルツ公爵様からのご伝言です。明朝、いつもの時間、ルティナと共にボーデの城に来られたし、とのことです」
はあ? ハルツ公? 今朝も会ったばっかじゃん。一体何の用事だってんだ?
「何かあったのでしょうか?」
ベスタが声を漏らすと、ミリアが即座にそれを否定する。
「緊急の用件なら手紙じゃなくて直接呼びに来るはずだし、そんなことはないんじゃないかな」
彼女の言う通りだな。あのせっかち公爵なら迎えを寄こすどころか、自ら乗り込んできかねないし、おそらく重要なことではないだろう。
だが、その言葉を聞いてもルティナの顔は不安そうなままだ。
「エルンストとレナーテのことかもしれません……」
すると、ロクサーヌが柔らかな笑みを浮かべながら彼女の肩に手を添えた。
「朝に確認したときには二人とも熱心に訓練に取り組んでいました。カシア様もそれを喜んでおられましたし、たとえ用件があの子たちのことだったとしても悪いことでないでしょう。心配することはありません」
顎に手を当てて考え込んでいたセリーが顔を上げる。
「確かお話の中では、ルティナ加入後にエルフの長老的な方の下へ招かれていましたよね? その可能性はありませんか?」
あっ。確かに。
原作ではルティナを仲間にしてから数日後に、カッサンドラ婆さんから呼び出しがかかっていた。
おそらく俺たちが城を出た後で、ハルツ公に話がきた可能性が高い。
ルティナはその言葉を聞くと、ほっとしたような顔で言葉を漏らす。
「なるほど。おばば様がアユム様のことを確かめようとなさっているのですね」
カッサンドラ婆さんなぁ。
ウェブ版では一度会っただけのアクの強い老婆だったが、書籍版ではミチオに複数の迷宮を紹介し、ルティナには高価なアクセサリーを安く譲っていた。
しかし、仮にそうだったとしても、現在の状況は原作と大きく異なっている。
発生時期もそうだし、ルティナやハルツ公との関係、それから元セルマー伯爵の処遇。あとは俺の方も迷宮を撃破し、帝国解放会の第三位階に昇格しているのもそうだ。
原作のように初対面でネスコだか、ネスコ奥だかの迷宮に入るよう要請されたり、過去にエルフが放棄したグリニアの探索を依頼されたりするのだろうか?
それがなければ狙い目の迷宮の情報がゲットできなくなる。
もっとも、俺たちは既に攻略する迷宮の目星をつけているので、その攻略しやすい迷宮を狙う意義は薄いんだけどさ。
あとはルティナのアクセサリーについてだが、いかに一族の秘宝と呼ばれる高価な逸品であろうと、スコルというぶっ壊れ装備が手に入った今の状況では、ブラックマンデーレベルに価値が暴落している。
ぶっちゃけ、セクシー系の装備品の価値としても微妙なんだよなぁ。
もう少し一般的な物であればノーマルな俺でも食指が動くが、ボディークリップという完全なネタ装備だぞ? 正直、これで興奮するのはハードルが高すぎる。
セクシーランジェリーやキャミソール、ガーターベルトにストッキングには興奮するが、ちょっとでもネタ的要素が混じると素に戻っちゃうのよ。
性癖は人それぞれとはいえ、やはりミチオはレベルが違う。己の体と頭脳で異世界を生き抜くだけのことはある。まさに彼こそが性癖の向こう側に挑み、新たな地平を切り開くパイオニアと呼ぶにふさわしい。
それに懸念だってある。そんなものを装着することで、ルティナの薄ピンクで愛らしい乳首が黒ずんだり、変形してしまえば悔やんでも悔やみきれない。
装備品なんだからそんなことは起こらないだろうが、入手できないならできないで構わないし、手に入っても彼女に装着させることはないだろう。
「本当にカッサンドラさんの件かは分からないけど、そこまで深刻な話ではなさそうだし、あまり気にしないことにしよう。もともと明日の朝はルティナのドレスの件でハルツ公のところへ行く予定だったし、ちょうどいいさ」
ロクサーヌも微笑みを浮かべながら同意を示す。
「はい。ご主人様のおっしゃる通りかと。考えすぎはよくないです」
オッケー。そんじゃあ、パーティーの準備をしようじゃないの。
話がまとまったところで扉を開き、家の中へと入る。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 賞金稼ぎLv36 料理人Lv39
装備 頑強のアルバ サンダル 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:28/160
ワープ:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
MP回復速度十倍:31
鑑定:1
ジョブ設定:1
詠唱省略:3
キャラクター再設定:1
所持金:6,786,395ナール
夏の19日目