歓迎会だろうと昇格祝いだろうとお構いなしに、優しくも厳しいロクサーヌの手によって庭の上を転がされまくった。
しかし、これは仲間のことを想う師匠の愛の鞭。
毎日欠かすことなく厳しい修行を課すことで、俺たちの能力を向上させようと考えてくださっているのだろう。
そう。戦闘に近道などない。痛みを覚えながら一歩一歩進んでいくしかないのだ。継続は力なり、千里の道も一歩から、塵も積もれば山となる、虚仮の一念岩をも通す、小さなことからコツコツと、柔の道は一日にしてならずぢゃ。
反則的な能力をもらった奴が偉そうなことを考えてるで……。
……い、いや。だからなおのこと努力が大切だということであり、与えられた能力に驕ることなく研鑽を続けねばならないという話なのだ。そうなのだ。
でも、我らが師匠は生まれ持った才能だけで、チート能力ホルダーである俺を遥かに超え、我がパーティー最強の座に君臨していらっしゃるんですよねぇ。
もちろん努力をしていないということではなく、努力の量に対して伸びる実力が桁違いという意味だ。
日々感じていることだが、同じ修行をしているはずなのに、この娘の成長率だけバグってるんだよなぁ。
必要経験値二十分の一を持っており、とんでもないレベルの上がり方をしている俺なんて目じゃないもん。
レベルアップ速度の違いが、実力の決定的差ではないということを教えられている。
結局のところ、レベルアップによって向上するのはパラメーターであり、それは戦闘能力の一部ではあっても全てではないということなのだろう。
そんなことを考えながら、女性陣の体についた汚れをはたき落とす。役得、役得。
装備品のメンテナンスを終えると、各々やるべきことに移る。
ロクサーヌとセリーは料理、ミリアとベスタは家の掃除。そして俺とルティナは風呂焚きだ。
とは言ってもスコルを擁するメイガスが二名。サクッと終わらせ、ルティナはミリアとベスタの手伝いに、そして俺はデザート担当大臣としてパティシエにジョブ変更しましたとも。
パーティーの準備が整い、料理を運ぶためにキッチンへ全員集合したところでルティナの表情が驚きに染まる。
「ポトフ以外はどれも見たことのないものばかりです。アユム様の故郷のお料理なのでしょうか?」
それを聞いたミリアがビシッと指をさす。
「見て、見て! これ! かまぼこ! とっても美味しいんだよ!」
さらにマヨネーズの入った容器を持ち、ルティナの眼前に突き出した。
「そして、このソースをつけるとびっくりするくらい美味しくなるから、絶対にやってみて!」
いきなりそんなことを言われたご令嬢は、目を白黒させながら言葉を漏らす。
「かまぼこ……。ミリア姉様がそこまで薦めるということは、魚料理なのでしょうか……」
「そう! 魚料理! あと、あと、チーズを挟んでもすごいから!」
ネコミミ娘は太陽のような笑顔で、追加で美味しい食べ方のレクチャーをしており、他の娘たちも自分の好物をルティナに薦め始めた。
全然関係ないけどこのお嬢様、カマトトの語源みたいなことを言ってたぞ。
もっとも、本当に知らなかったわけだし、狙った言動ではないんだけどさ。
どうでもいいことを考えながら、キャッキャウフフと戯れてる妻たちを眺める。
見目麗しい女性たちが仲良さげに話しているのって、いいもんだよなぁ。
滋養強壮、肉体疲労時の栄養補給に加え、回春効果もあるに違いない。なんなら二十歳くらい若返ったり?
ん? あ、今は十八か。二十も若返ったら消えてなくなるわ。
ダイニングに料理を運び込み、俺の右側にロクサーヌが、左側にルティナが。そしてトイメンにセリー、ミリア、ベスタが腰を下ろした。
主人の務めとしてポトフを取り分け、一人一人と目を合わせてから口を開く。
「ルティナ。君がここへ来ることになった経緯は不幸なものだった。それが変わることはないし、忘れていいことでもない」
「はい」
彼女は静かに相槌を打ち、他の娘たちは気遣うような視線を向けている。
「でも、俺たちは君と共に暮らし、迷宮に挑み、身を立て、家族になることを望んでいる。ようこそ、ルティナ。俺たちは君のことを心から歓迎しているよ」
そう言うや否や、ロクサーヌが言葉を発した。
「私たちと一緒にご主人様をお支えしていきましょう」
さらに他の三人もそれに続く。
「貴族としての経験は必ずご主人様の助けとなるでしょう。あなたにしかできないとても重要な役割です」
「ご主人様はとっても優しいから、みんなで仲良く暮らしていこうね」
「困ったことがあれば私に何でも相談してね。精一杯力になるから」
現実感が希薄なほど整ったルティナのかんばせに、透明な笑みが浮かぶ。
「アユム様、ロクサーヌ姉様、セリー姉様、ミリア姉様、ベスタ姉様。ありがとうございます。貴族の責務を果たしていなかった不届き者にとって、皆様のお心遣いは望外の喜びでございます。本当にわたくしは恵まれております」
彼女は貴族としての身分を失い、父親を失い、弟妹とも離れ離れ。
だが、俺たちと共に幸せになってもらう。絶対にな。
一人と添い遂げることができない不誠実な男だが、この誓いだけは決して違えない。何があってもだ。
心が温かくなるような雰囲気に包まれながら、改めて自分自身に言い聞かせた。
おまけのようにボーデの迷宮撃破と第三位階昇格について述べたら、乾杯をして食事を始める。
めちゃくちゃ重要な出来事のはずなのに、ルティナ加入に比べれば些事も些事。まあ、そうなってしまいますわな。
先輩四人は今回の主役に対し、これを食え、あれを食えと薦めまくっている。
しかし、そこは元伯爵令嬢。次々と勧められる料理を完璧なテーブルマナーで静々と口元へ運ぶ。
カレーハンバーグ、とんかつ、唐揚げ、白身フライといった揚げ物に、ミートスパ、かまぼこ、ポトフ、サラダという割とジャンクでテーブルマナーもへったくれもないメニューなのに、それを美しく食しているのがすごい。
もっとも俺はテーブルマナーには疎いし、この世界のマナーとなれば何をかいわんや。
ただ所作が綺麗だと感じるだけなんだけどね。
そして、嚥下すると目を見開くものの、口元を手で覆いながら料理漫画の審査員さながらの言葉で美味しさを伝えていた。
うむ。喜んでもらえているようでなにより。
この後もあるので、満腹になる前に食事を終える。
作りすぎたこともあり、結構な量が残っているが明日の朝食にすればいいだろう。
さて、では真打登場といきますか。
俺が席を立つと、女性陣の表情がにわかに輝き出す。
「ご主人様、お手伝いいたします」
そう言ってロクサーヌが立ち上がり、俺と共に部屋を出た。
キッチンの冷蔵庫を覗くと、白いショートケーキが鎮座している。
生クリームは少量しか取れなかったため、ほとんどは牛乳とコーラルゼラチンでできたホイップクリームだが、ショートケーキだ。
イチゴがなかったため、カットしたオレンジ色のキュピコが載っているがショートケーキだ。
誰が何と言おうとショートケーキなのだ。
もっとも、ショートケーキというのは誤訳から生じた名称で、海外ではそう言わないらしいけどね。
というか、俺すごくね? 普通にすごくね?
フライパンでスポンジを作って、中に挟み込んでいるクリームは牛乳から分離させたクリームラインから作った生クリーム。外側をデコレーションしているのは牛乳とゼラチンから作ったホイップクリーム。彩りのキュピコは砂糖で煮詰めてグラッセにしておいた。
玄人はだしどころか、この世界で一番のパティシエじゃなかろうか?
アホなことを考えていると、ロクサーヌが魅入られたように、ほうと息を吐く。
「作るところを見ていましたが、こうしてみると本当に美しいですね。食べるのがもったいないほどです。さすがご主人様。本当にすごいです」
ふふん。それほどでもあるけどね?
そう。この世界随一、トップオブトップの特級菓子職人。マイスター田川とは俺のことだ。
「やっぱり? 俺が世界一?」
問いかけると、彼女は一瞬『え?』というような表情を浮かべたものの、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「はい。間違いありません。世界一のご主人様です」
うん? ちょっとニュアンスが違うが、まあよしとしておこう。
ケーキと包丁が載った大きな皿を俺が、取り分ける用の小皿と小さいフォークをロクサーヌが持ちダイニングへ戻ると、歓声が上がった。
まあ、まあ。頑是ないお嬢さんたちよ。そう慌てるでない。
「これほどまでに美しいデザートを目にしたのは初めてです。姉様たちからお話を伺っていましたが、アユム様は本当にお料理に長けていらっしゃるのですね。わたくし、敬服いたしました」
ルティナもあどけない笑みを浮かべながら、言葉を漏らしている。
どうやらお嬢様のハートを射止めてしまったようだ。てれりこ、てれりこ。
期待で星が瞬くような五対の瞳に見守られながら、ケーキに包丁を入れる。
できれば初めての共同作業として、ロクサーヌに手を添えて欲しいところではあるものの、そんなことを口にするわけにはいかない。
説明も面倒だし、説明した場合は贔屓だと思われかねないからな。
「あっ」
緊張しながら切り分けていると、ベスタから声が漏れた。
……やっちまった。刃を入れた個所の両サイドが、ちょっとグチャッとなっている。
すると、セリーが優しく微笑みながら口を開く。
「少しくらい崩れても味は変わりません。その部分は私が」
さすがロジカルガール! 冷静なご意見! ナイスフォロー!
「ありがとう、セリー」
「ふふ。とても美味しそうですからね、どこであろうと変わりません」
好き! セリー超好き!
見つめ合っていると、ロクサーヌが勢い込んで声を上げた。
「私もその隣をいただきます! きっと美味しいに違いありません!」
え? あ、うん。
「ロクサーヌもありがとう」
「このくらいなんでもありません!」
彼女はその大きな胸を張り、満足そうに頷いている。
あら、可愛い。
ベスタとルティナも新参である自分たちが代わると言ったのだが、ロクサーヌとセリーは気にすることはないと告げ、奇麗な部分を二人に譲っていた。
おそらく、今日はルティナの歓迎会だし、ベスタは装備品が壊れて落ち込んでいたことを気にかけているのだろう。本当に後輩想いの優しい先輩である。
ただ、虎視眈々と一番大きいものを狙っているネコミミ娘もいるわけなのだが……。ネコ科つながりなんだろうか?
今日の主役は君じゃないんだから、自重しておきなさい。
六等分に切り、五等分の花嫁たちに取り分ける。
ほとんど大きさに差はないはずだが、一番大きいものをルティナ、二番目をベスタに。形が崩れたものをロクサーヌとセリーに分配したところで残りは二つ。
……見られてる。めっちゃ見られてる。
視線を感じて顔を上げると、ミリアはまるで獲物を狙うかのように瞳孔を縦長にしてこちらをジッと見据えていた。
「……好きな方を選んでいいよ」
そう伝えたところ、彼女の表情がパッと華やいだ。
「いいんですか!? ありがとうございます! ご主人様、大好きです!」
あの、全然うれしくないんですが……。即物的すぎますって。
ミリアは椅子から立ち上がると、二つのケーキを四方八方から確認した上で選んでいた。
彼女が選択した方を渡し、残ったものを俺の前へ持ってくる。
主人が最初に口をつけないと、彼女たちは食べることができない。
五対の瞳はその時を今か、今かと待ち続けていた。
焦らすのも可哀そうだし、早く食べるとしますか。
フォークで一口サイズに切り、それをそのまま刺して口元へ運ぶ。
おお!? なんだこれ!? めちゃくちゃ美味いぞ!
迷宮産であるコボルトフラワーとコボルトスクロースの力も大きいが、普段から使っている牛乳と卵の影響も大きいだろう。
もちろん特級菓子職人たるマイスター田川の腕前もな。ほんと、我ながらたいしたもんだ。
味わいながらも自画自賛していると、ダイニングに歓声が響き渡る。
「プリンアラモードに匹敵する食べ物があるなんて! さすがご主人様! すごいです!」
さすごしゅ、ありがとさん。
どうやら彼女の中ではプリンアラモードがトップだったらしい。
ロクサーヌの言葉にセリーも続く。
「甘くて冷たくて滑らかなクリームに、しっとりふわふわの生地。そしてキュピコの絶妙な酸味! 今まで食べたものの中で一番美味しいです!」
普段は冷静沈着なセリーも大興奮である。
ミリアは目を真ん丸にしながらムグムグと咀嚼を続けており、ベスタは瞳を潤ませながらゆっくり味わうように噛みしめていた。
そして、嚥下するたびに美味しい、美味しいと口にしている。
その様子が実にキュート。思わず頭を撫でたくなってしまうぞ。
「伯爵家でもこのようなものを食したことはございません。アユム様、素晴らしいデザートをありがとうございます。とても美味しゅうございます」
ルティナは上品に口へ運びながらも、感動しきりといった様子。
あー! 自己肯定感が満たされるー!
貴族への成り上がりを目指しながら、世界一のパティシエも目指すべきではないだろうか?
ホニャララ男爵アユム・パティシエ・タガワ。うーん……。ありかもしんない。
彼女たちの称賛を浴びながら、益体もないことを考えていた。
田川 歩 男 18歳
冒険者Lv62 勇者Lv57 遊び人Lv68 魔道士Lv62 賞金稼ぎLv36 料理人Lv39
装備 サンダル 身代わりのミサンガ
BP振分 残BP:28/160
ワープ:1
必要経験値二十分の一:63
シックススジョブ:31
MP回復速度十倍:31
鑑定:1
ジョブ設定:1
詠唱省略:3
キャラクター再設定:1
所持金:6,786,395ナール
夏の19日目