村長は部屋に入ってくると、俺の姿を見て頷いた。
「お召し替えもお済みのご様子。それでは、汚れた服はこちらで洗濯をしておきますので、お預かりいたします」
「うむ。頼む」
汚れた服を村長へ渡すと、そのまま後ろに控えていたおばさんに回す。
受け取った女性は洗濯に行くのだろう。汚れた服を持ってそのまま部屋を出ていった。
「それから戦利品を集め終わりましたので、ご確認をお願いしたく存じます」
「ああ。すぐに行こう」
ここだ!
盗賊のバンダナが盗まれているか否か。ここが非常に重要な分岐点となる。
しかもその分岐を選ぶことができるのは俺ではなく、ちんけなコソ泥ときたもんだ。
コソ泥くん、マジで頼むぞ! 俺の計画は全て君にかかっているんだ!
家を出て、村長の案内で歩き出す。
「アユム様は十九名もの盗賊を倒しておられました。単独でこのようなことができる方など聞いたこともございません。故郷ではさぞかしご活躍だったのではないでしょうか?」
どうしよう……。自分がそうなるように仕向けたとはいえ、ただの事務員なのにめちゃくちゃ過大評価されている……。
チラリと彼の方をうかがうと、その表情はまるで子供のようにキラキラと輝いていた。
ええい。もうどうにでもなれー!
このままブラフをかまし続けてやるわー!
「活躍していたのかはわからないが、これでも腕にはそれなりの自信を持っているつもりだ」
彼は感心したような表情で呟きを漏らす。
「なるほど……。ひとかどの人物とは、このように自らの功績を誇ることがないものなのですね……」
貰い物の能力とハッタリを褒め称えられ、さすがに羞恥心が湧いてくる。
いや、これは恥ずかしい方がいい。それを感じられている方がいいんだ。
称賛を当然のこととして受け取り、承認欲求や自己顕示欲を拗らせるほうが不味いことになる。
そうなればきっと、虚栄心を満たすため目立つ行動を取るようになるはず。
俺には秘密にしなければならないことが数多くあるんだ。そうなってしまえば秘密もクソもない。
権力者に目をつけられて利用されてしまうか、最悪消されてしまうことも考えられる。
調子に乗らないよう、自分を戒めておかなければ。
あれこれと質問してくるソマーラに生返事を返しつつ、そんなことを考えていた。
「こちらにまとめてございます」
村はずれの小屋にはいると、村長は振り返ってそう告げる。
そして、開けっ放しだったドアから男が出てきた。
ビッカー 男 31歳
商人Lv6
装備 木の鎧 皮の靴
おお! ビッカー! ビッカーじゃないか!
馬車でミチオをベイルまで連れていき、その功績をアランに告げたあの男だ!
「アユム様、こちらはわたくしどもの村でただ一人の商人、ビッカーでございます」
ソマーラが紹介すると、彼は恭しく頭を下げる。
「ビッカーと申します。村の窮地をお救いいただき、誠にありがとうございます」
「なに、自分のできることをしたまでだ。気にするほどのことはない」
俺の言葉に村長と商人は感激した様子でこちらを見つめ、再度感謝の言葉を述べてきた。
これは稼いだよな? 功績ポイントを稼いだよな? アランに伝えてくれよ? アユム君は頑張っていましたって伝えてくれよ?
どうしようもないことを考えていると、表情を曇らせながら村長が口を開く。
「実は此度の件で大怪我をした者がおりまして……。その者は元冒険者だったのですが、薬を買うため冒険者時代に使用していた装備品を売りたいとのことです。それをアユム様に確認していただくわけにはまいりませんか?」
彼は気兼ねしているようにそう言った。
あー。あの男か。命は助かっても、薬が必要になるほどの怪我はしていたんだな。
「うむ。そういうことなら見てみよう」
そう伝えると、村長とビッカーがホッとしたように息を吐き出す。
「ありがとうございます。それでは、早速準備をさせましょう」
そう言い残し、村長は早足に小屋から出て行った。
二人になったところで、ビッカーが問いかけてくる。
「アユム様、アイテムボックスに空きはございますか?」
空きどころかアイテムボックス自体を持っていないわけなのだが、それは言うまい。
「すまんな。今は空いていないのだ。旅の途中ゆえ、どうしてもな」
我ながら息をするように嘘をつきやがる。
それを聞き、彼は納得したように頷きを返す。
「そうでございましたか。であれば、私は明朝ベイルの町へ買い出しにまいります。装備品を荷馬車に載せてお送りいたしますので、そこでお売りになればよろしいかと」
よっしゃ! ベイルへの足を確保したぜ! ナイス、ビッカー!
「悪いな。そうさせてもらおう」
さらに彼はまとめられていたカードを手に取ると、それを俺に差し出した。
「それから、こちらが盗賊のインテリジェンスカードでございます。懸賞金が懸けられているかもしれません。明日ベイルの騎士団へ提出するとよいでしょう」
ちょろまかすとは考えられないものの、経理担当として受け取った物を確認しないというのは据わりが悪いため、念のために枚数をチェックする。
「――十六、十七、十八。うむ。十八枚、確かに受け取った」
それにしても、倒した数が十九名なのにインテリジェンスカードは十八枚か……。
おそらく、等量交換で爆散してしまったやつのカードは回収できなかったのだろう。
手足は切り離していたがそちらも一緒に弾けたのか、それとも切り落としていた手から出てこなかったのか……。
いずれにしても、作中では倒した盗賊の中で懸賞金がかかっていたのは二人のみ。爆散した奴はレベル1だったし、懸賞金が懸かっている可能性はないだろう。回収できていなかったとしても問題はあるまい。
インテリジェンスカードを持ったまま、部屋に置かれている装備品に視線を向ける。
装備品は種類ごとに、綺麗に分けて置かれていた。
手に取り検めている風を装いながら鑑定で確認すると、鉄の剣が一本、銅の剣が十八本、鉄の鎧が一個、皮の鎧が三個、皮の靴が八個、そして……。
……バンダナが一個。
イェス! イェス! やった!
よくやった、コソ泥野郎!
ナイスシーフ! グッジョブシーフ!
心の中で喝采が上がっていたものの、すぐに正気を取り戻す。
いかん、いかん。ここで笑顔は不味い。
自分にそう言い聞かせながらバンダナを手に取り、気分を害した表情を作り問いただす。
「これはどういうことだ?」
「何かございましたか?」
俺が声をかけると、ビッカーは狼狽えたように問い返してくる。
「あの頭目が着けていたのは盗賊のバンダナだ。このただのバンダナではない」
彼は驚きに顔を強張らせ、絶句してしまった。
「いかがなさいました?」
そこへ、怪我をした元冒険者の妻であるティリヒを伴い、村長が戻ってくる。
彼らは尋常ではない部屋の様子に戸惑いの色を隠せない。
狼狽した様子のビッカーは天の助けとばかりに、早口で村長に説明を行なう。
盗難を伝えられた村長は見る見るうちに顔色が変わり、俺の方を向いて口を開く。
「アユム様、調べてまいりますので少々お待ちください。ビッカー、ここを頼む」
そう言い残すと彼は慌てた様子で、再び部屋から飛び出して行った。
ソマーラを見送ると、ビッカーは深々と首を垂れる。
「不手際があり、大変申し訳ございませんでした。他の戦利品については問題ないでしょうか?」
先ほど確認しているが、念のためにもう一度鑑定をかけてみる。
オッケー。まったく問題ない。
というか、鉄の剣と鉄の鎧以外は最低ランクの装備品だし、パクられていたところで気にならない。
自分で使用するための装備品だけを受け取り、残りはそのままここに置かせてもらおう。
「うむ。他は問題ないようだ。皮の鎧と皮の靴だけは俺が使うので一つずつ受け取っておくが、残りの保管は頼む」
「承知いたしました」
ホッとしたようなビッカーを横目に、自分用の装備品を選ぶ。
鎧と靴は全てスロットなしだ。どれを選んでも性能差はないと思われる。
原作ではスロット付きの銅の剣があったはずだが、ここには見当たらない。
おそらく、原作とまんま同じ世界というわけではないのだろう。
というか、原作だってウェブ版、書籍版、コミック版、アニメ版で微妙な違いがあるしな。
とりあえず一番汚れが少ないものを選び、鎧をその場で着込んでみる。
おー。体にぴったりフィットしたぞ。これはすごい。
続けてウォーキングシューズを脱ぎ、皮の靴を履くと同じようにサイズが変わる。
まるでバックトゥザフューチャー2じゃん。
剣と魔法の世界なのに、未来っぽいなぁ。
もっとも、バックトゥザフューチャーの舞台は2015年で、もう十年近く過ぎているわけだが……。
横道に逸れた思索を振り払い、装備品に視線を向ける。
防具はともかく、武器は必要ないかな。
スキルのついていない武器はカスダメしか出ないのだ。そんなものを頼りにしないといけなくなった時点でもう詰んでいる。
威嚇用に一本持っておくにしても、それは明日でいいだろう。
使用する装備品の確認が終わったところで、気まずそうに立っていたティリヒは剣を三本抱えながらビッカーへ話しかけた。
彼は一頻り話を聞くと、それを俺に伝えてくれる。
「この者は先ほど村長が申していた怪我をした冒険者の妻なのですが、夫の命を救っていただいたことに感謝を述べています」
「なに、気にすることはない。あなたの夫の命を救うことができたのであれば、助太刀の甲斐があったというものだ」
十七歳のミチオは彼女のことをおばさんといっていたが、中年の俺からすると三十一歳なんて全然若い。
しかも顔もなかなかの美人さんで、普通にありよりのあり。
もっともロクサーヌを手に入れられる可能性があるんだ。他の女に靡くはずもない。
四十五年間守り通した俺の童貞。そんなに安くはないぞ!
どうしようもないことを考えていると、ビッカーが話を続ける。
「こちらが彼女の夫が使用していた武器だそうです。アユム様、確認をお願いできますか?」
「うむ。問題ない」
彼女から差し出された一本目の剣を受け取り、品定めを行っているフリをしながら鑑定をかける。
ほむらのレイピア 片手剣
スキル 火炎剣
うん。原作と同じスキル付きの剣だ。
「ほむらのレイピアか。これは良い武器だな」
それを聞いたビッカーの顔が驚きに染まる。
そりゃそうだ。武器鑑定も無しにスキル付きの装備品を判別できるなんて、絶対にありえないもん。
……ミチオがやったことをそのままなぞってしまったが、これは迂闊だったかもしれない。
あ、いや。アクティブスキルなんだから、頭に浮かんだ呪文で判断したってことで押し通せるはずだ。
今後、パッシブスキルが付いている装備品を確認する際には気を付けることにしよう。
「おわかりになるのですか?」
「ああ。間違いない」
自信満々の顔で頷くと、ビッカーは言葉を重ねてきた。
「こちらをアユム様に買っていただくことは可能でしょうか?」
「いや、どの程度の値段が付くかわからないのだ。一度武器屋に見てもらったほうがいい。提示された金額によっては俺が買い取ろう」
ごめんな。俺おけらなのよ。
それに、レベル1のMPでスキルを使うわけにはいかないため、火炎剣を発動して実際のエフェクトを確認するのもナシだ。
彼がその旨を伝えると、ティリヒは深く頭を下げる。
まあまあ。気にしなさんな。
鷹揚に応じつつ彼女へほむらのレイピアを返し、次の剣を受け取った。
「これは怪我をした男が特に大切に扱っていたものだそうです」
ビッカーの言葉を聞きながら、確認を行う。
シミター 片手剣
スキル 空き 空き
スキルスロットが二つ。
攻撃力には期待できないが、デバフ系やサポート系のスキルを付ければ活躍してくれるに違いない。
とは言っても……。
「うむ。これは普通のシミターだ。こちらも一度武器屋に見せるべきだろう」
すまんがスキルスロットを認識できる人間がいない以上、こう言うしかないんや。堪忍してつかぁさい。
罪悪感を覚えながらシミターを返し、三本目の剣を受け取った。
ダガー 片手剣
うん。正真正銘の最底辺武器だ。
「これはありふれたダガーだな。たいした値はつかないだろう。もしものときの備えとして、家に置いてはどうだ」
ダガーを返すと、ビッカーがそれをティリヒに説明をしている。
話を聞き終わると彼女はこちらに何度も頭を下げ、剣を抱えながら小屋を出ていく。
……原作の番外編では、ミチオは彼女との間に子供を儲けていたんだよなぁ。
夫が生き残っている以上、ワンチャンもないわけだが、少しばかり損をした気がするのは何故だろう?
アホなことを考えながら、その後ろ姿に視線を注ぐ。
ティリヒが帰るのと入れ替わりに、数人の男を伴った村長が戻ってくる。
「アユム様、大変申し訳ございません。この男が盗みを働いておりました。こちらが正しい戦利品となります」
そう言うと彼はバンダナを差し出した。
オッケー。チェックだ、チェック。
盗賊のバンダナ 頭装備
鑑定結果は盗賊のバンダナ。
よし。間違いない。
「確かにこれは盗賊のバンダナだ」
そう答えると、ソマーラが言い難そうに口を開く。
「それでこの男の処遇についてなのですが……」
寛大な措置を求めているのだろうが、この男を奴隷に落とさないという選択肢はあり得ない。
原作である『異世界迷宮でハーレムを』という物語において、ロクサーヌを手に入れることができた一番重要な要素は何か?
色々な要素があるものの、最も重要なのは間違いなくこいつを奴隷に落としたことだ。
こいつを売りに行くために、紹介状付きでベイルの奴隷商人であるアランの下に行くことができた。
そしてその紹介状のおかげである程度の信頼を得ることに成功し、それもあってアランは込み入った事情のある奴隷のロクサーヌを見せる気になったのだろう。
おまけに購入金額も割とギリギリだったのだ。受け取る売却金も見過ごせない。
「それなのだが、この男が盗んだ盗賊のバンダナとただのバンダナは、防具商人か俺のような目利きができる者でもない限り、普通は区別がつかん。それなのにこの男はそれを狙ってすり替えを行なっている。つまり、あの頭目が盗賊のバンダナをしていることをあらかじめ知っていたという事だ」
「なんと……」
ブラヒム語が理解できる村長とビッカーはその言葉に驚愕しているが、他の者たちは不思議そうにこちらを見つめている。
まだまだ推理を続けるぜー。
まあ、カンニングしてるんだけどさ。
「そして、盗賊のバンダナは盗賊が身に着けることで身体能力を向上させる装備品。普通の村人には縁がないものだ。それを狙うということは、本人が盗賊になっていることを自覚していて使用するつもりだったのか、もしくはそれを売る伝手があるかのいずれか。いや、もしかしたらその両方かもしれん」
「ま、まさか……」
顔を強張らせながら呟きを漏らす村長へ、結論を告げる。
「そう。この村に盗賊を引き込んだのは間違いなくこの男だ」
たった一つの真実見抜く、見た目は青年、頭脳は中年、その名は、名探偵アユム!
「あれだけの数の盗賊を引き入れているのだ。その男が単独でやっているとは考えにくい。もしかしたら共犯者が村にいる可能性がある。家族やこの男と親しくしていた者を確認しておいたほうがいいだろう」
共犯者は間違いなくいるはずだ。
作中では盗賊がベイルの商館でこいつを購入し、共謀した上で襲撃を企てている。
奴隷としてあそこに売られたことを告げた者がいるのは間違いないし、それはこの村にいる可能性が高い。
この世界では罪を犯すと盗賊系のジョブが発生する。
盗みぐらいでは強制的にジョブチェンジとはならないらしいが、変更可能ジョブとして烙印のように刻まれるのだ。
そして大きな罪を犯すと、問答無用でジョブが書き換えられてしまう。
村に盗賊を引き込むなんて真似をした時点で、強制ジョブチェンジの対象になるに違いない。
村長さんや。頑張って容疑者たちのインテリジェンスカードを確認してくださいな。
俺の話を聞いた村長は男を睨みつけながら近づき詠唱を始める。
「滔々流るる霊の意思、脈々息づく知の調べ、インテリジェンスカード、オープン」
おー! インテリジェンスカードが出た!
実際に目の当たりにすると、インパクトがあるなぁ。
彼は出現したカードに向かい、ブツブツと何事かを呟き始めた。
程なくして顔を上げた村長に問いかける。
「奴隷に落としたか」
「はい。村の規定では盗みがあった際、犯人が働き手だった場合は奴隷に落として売却し、その売却金の半分を被害者へ、残りの半分は働き手を失った家族へ渡すこととなっております」
よし。これでベイルの奴隷商に行くことが確定だ!
明日だ! 明日ロクサーヌに会える!
脳内でロクサーヌとの出会いを妄想しそうになるものの、村長はすぐに言葉を続けた。
「しかし、今回ばかりは事情が異なります。この男は盗みを働いたばかりか村に盗賊を引き入れており、本人のジョブも盗賊へと変わっておりました。もしもアユム様にお教えいただけなかった場合、再度襲撃を受けて村は全滅していたでしょう。それにアユム様は身代わりのミサンガという貴重な装備品を失っておられます」
マジ? 展開が変わってるんだけど……。
「仮にこの男が単独で行なっていたのだとしても、今後家族は白い目で見られ、この村で生きていくことは不可能でしょう。家族は村を追放とし、売却金は全てアユム様へお渡しいたします」
なんか得した。……でいいのかこれ?
村を追放となると、この男の家族には恨まれるに違いない。
復讐を企てられると厄介だぞ……。
「他に共謀した者がいた場合、そちらも奴隷に落とし売却するものとします。そしてその売却金もこの度の謀を暴いていただいたアユム様への謝礼として、全額お渡しいたします」
うーん……。まあ、俺に損なことはないはずだ。
起きてしまった以上、考えてもしょうがない。流れに身を任せるさ。
発生しうる問題から目を逸らしていると、村長が話を締めくくる。
「この度は村の住民がご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした」
彼が頭を下げるのに合わせてビッカーが、そしてそれを見た他の男たちも頭を下げた。
「いや。犯人は捕まり物も戻ったのだ。犯人ではないあなたたちが気にする必要はない」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
村長は再び頭を下げ、それから犯人を捕まえている男たちに向かって指示を出し始める。
それを受け、彼らはコソ泥を押さえつけながら小屋を後にした。
こんな言い方は何だが、君のおかげでロクサーヌに出会えそうだ。本当にありがとう。
小屋に静けさが戻ると、ビッカーが話しかけてくる。
「では明日の明け方にベイルへまいりますので、よろしくお願いいたします」
そう言って彼は右手を差し出した。
その手を握りつつ、こちらも答える。
「こちらこそ、よろしく頼む」
アランに俺の活躍を伝えてくれよ? マジで頼むぜ?
握手を終えたところで、今度は村長が口を開いた。
「装備品も検め終えたご様子。そろそろ妻が朝食の準備を終えたはずですので、わたくしの家へ戻りましょう」
「うむ。世話になる」
盗賊のバンダナでくるんだインテリジェンスカードとウォーキングシューズを抱え、村長に続いて歩き出す。
出された朝食は原作通り、オートミールとサラダ、それにチーズだ。
ミチオも言っていたが、別に不味いということはない。
まあ、俺は元々チーズが好きだしな。
白米を食えないのは辛いが、このくらいの食事を維持できる稼ぎがあれば問題なく暮らしていけるだろう。
ゆくゆくは普通の物より美味いらしい、迷宮産の食材を手に入れたいものである。
そんなことを考えながら食事を続けていると、ソマーラが話しかけてきた。
「夕食も当家で準備させていただきます」
「すまんな。世話になる」
「明日はビッカーがベイルまで馬車を出します。出発は早朝となりますので今夜は早めにお休みください」
「ああ。そうさせてもらおう」
助かるわぁ。タスカルミンだわぁ。
改めて考えると、この人やビッカーは良い人たちだよなぁ。
もちろん、一人で十九人もの盗賊を片付けるような人物の機嫌を損ないたくないという気持ちもあるのだろうが、それだけじゃないことも確かだろう。
盗賊戦に加勢をしたのは完全に自分の都合によるものだが、村に犠牲者が出なくて本当に良かった。素直にそう思う。
食事を終え、村長と共に部屋へと戻る。
さて、飯も食ったし、防具もゲットした。そろそろレベル上げを開始しようかね。
原作知識はあるものの、それを妄信するわけにはいかないため、情報収集を行うことにした。
「この辺りに魔物は出るか?」
村長に尋ねたところ、一つ頷き答えを返す。
「はい。森の奥にスローラビットが出現いたします」
よし。原作と同じスローラビットでよかった。ノンアクティブじゃない魔物だと事情が変わってくるからな。
「スローラビットか。では問題ないな。このあと森の奥まで行ってくる」
「さすがアユム様です。お一人でスローラビットを狩りに行くとは」
そうか? クーラタルの迷宮でラピッドラビットにやられた男もスローラビットはソロで狩っていたはずだぞ?
いや。普通の村人がスローラビットを倒すためには、取り囲んでボコす必要があるんだっけ?
それなりのダメージを受けるようなことを言っていたはずだし、かなりの難易度なのだろう。
草野球を楽しむ人とプロ野球選手の差みたいなものか。
レベル制の世界だし、迷宮でガチの戦闘をしている人とただの村人では、能力に著しい差があるに違いない。
それこそ迷宮討伐を成し遂げるような人は、MVP級のメジャーリーガーのようなものだろう。
頭の中の考えを振り払い、彼の言葉に答える。
「まあ、スローラビットくらいならな」
「そうでございますか。この機会に村の若者にもスローラビット狩りを体験させておきたいのですが、もしよろしければご一緒させてはいただけませんか?」
いや、無理。だって、色々するし。
「すまんがそれは無理だ。俺は一人で自由に動いて戦うのが性に合っている。他の者がいると動きに支障が出てしまうだろう」
「申し訳ございません。厚かましいことを申しました」
「すまないな。こちらこそ厚かましいことを言うが、リュックサックのような荷物入れをもらえないか。いま持っているものは荷物がいっぱいで、その上アイテムボックスにも空きがないのだ」
何匹狩れるかは分からないが、絶対必要になる。
日本にいたころにはこんな厚かましい真似はとてもできなかった。しかし郷に入っては郷に従えというしな。図太くいこう、図太く。
「おお。これは気が利きませんで。お持ちしますのでこちらで少々お待ちください」
んじゃ、村長が荷物入れを持ってくるまでキャラクター再設定の続きだ。
ミチオは帰りの時間を心配してウェブ版では昼過ぎに。書籍版では夕方までに村に戻れるように狩りを切り上げていた。
しかし、俺はボーナス呪文にワープがあることを知っている。
森の中で夕方になるまで狩りを続けることも可能だろう。
ワープを使うのは帰る直前だから後回しでいいとして、今付けるべきは経験値系。
フラガラッハ分のボーナスポイント31を確保した上で、設定できるのは必要経験値減少十分の一と獲得経験値十倍。
キャラクター再設定を開き両方にポイントを振る。
ボーナスポイント33
フラガラッハの分を引くと残り2か……。
あっ。どうせ博徒を狙うんだ。今のうちから盗賊のレベルを上げておこう。
それに盗賊のバンダナの効果も試しておきたいしな。
サードジョブを設定すると盗賊が自動でそこに収まった。
よし。設定完了だ。村長が来るまで荷物の整理でもしていよう。
ウォーキングシューズの汚れを拭き、タオルにくるんでリュックに入れる。
インテリジェンスカードをくるんでいた盗賊のバンダナを外し、カードもリュックの中へ入れておく。
あとはどうしようかなぁ。
「お待たせいたしました。こちらのリュックサックをお使いください」
荷物の整理を終えて考え事をしていると、村長がリュックを持って部屋に戻ってきた。
「すまんな。では準備を整えたら出発するが、その前に少々言いづらいことを伝えておきたい」
「はい。なんでしょうか」
「魔物を狩りに行く間ここに荷物を置かせてもらいたいのだが、故郷の思い出の品が入っているため、これに手を触れないでもらいたい。ないとは思うが、もし盗まれるようなことがあったら自力救済の権利を行使しなくてはならなくなる」
彼が良い人だと分かっているのにこの言葉。
我ながら本当に最低だよなぁ。
俺の言葉を聞いた村長は驚いたように言葉を発する。
「もちろんでございます。村人から泥棒が出たので信用していただけないでしょうが、わたくしは絶対に触れませんし、妻にも一切触れさせません」
ごめんな。世話になっているのに、マジでごめんな。
でも保険をかけておかないと本当に心配なんだ。
疑っている上に脅しまでかけているし、かなりの自己嫌悪を覚えるが、万が一のことを考えるとやらずにはいられない。
「もちろん村長のことは信用している。ただ念のために言っておいただけなのだ。さて、俺は準備を続けよう」
「左様でございましたか。アユム様の信頼に応えられるようにいたします」
村長は頭を下げると部屋を出て行った。
「ふう」
なんかどんどん性格が悪くなっていってるよなぁ。
……いや、大量殺人をやらかしている時点で今更か。
懊悩を振り払い、準備に戻る。
日本から持ち込んだリュックから、タオルを巻きつけたままのおにぎりとペットボトル二本を取り出し、もらったほうのリュックに移し替える。
そして、盗賊のバンダナもそこに入れた。
森の中では何があるかわからない。フラガラッハはここで出しておこう。
武器五を設定し、現れた武器に鑑定をかける。
フラガラッハ 両手剣
攻撃力五倍 HP吸収 詠唱中断 レベル補正無視 防御力無視
オッケー。問題ナッシング。
さて、準備はこんなもんか。
それじゃあ、行ってきますかね。
田川 歩 男 18歳
村人Lv1 英雄Lv1 盗賊Lv1
装備 フラガラッハ 皮の鎧 皮の靴
BP振分 残BP:0/99
武器五:31
必要経験値十分の一:31
獲得経験値十倍:31
サードジョブ:3
鑑定:1
ジョブ設定:1
キャラクター再設定:1
所持金:0ナール
春の1日目