金物屋に入ると世話役の女性が声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。先日はご契約いただきありがとうございました。家の住み心地はいかがでしょうか?」
「こちらこそ世話になった。想像以上に良い家でとても満足している」
あの家以上の物件が見つかることはないだろう。本当にめちゃくちゃ世話になったわ。
ロクサーヌの方を見ると頷いて同意している。
「はい、どの部屋も日当たりが良く、広々としていてとても過ごしやすいです。調理場も使いやすいですし、それに水洗トイレも清潔でいいですね」
「ありがとうございます。ご満足いただけているようで安心しました」
それから彼女たちは家のことについて話し出した。
家具を買っただの、絨毯を敷いただの、リビングにソファーとローテーブルを置いただの、自分の部屋を貰っただの。ロクサーヌが話すたびに大きなリアクションを取るため、ますます楽しそうに色々喋っている。
……これいつまで続くんだろう? ハーブの種はどうなったん?
いつの間にか話は、新品の服を何着も買ってもらっただの、素敵な寝間着も買ってもらっただの、美味しいデザートを食べさせてもらっただの、家には全く関係ない話になっているんだが。
ロクサーヌが何か言うたびにニヤニヤしながらこっちを向くのはやめてもらえないだろうか……。
女性二人の話を聞き流して店内を眺めているとカウンターの奥から男がやってきた。
「いらっしゃい。あの物件を借りてくれたんだって? それに、商品もたくさん買ってくれたみたいで、本当にありがとうな」
ああ、世話役の旦那さんで鍛冶職人の男か。
「どれも使いやすくて助かっている。こちらの方こそありがとう」
お礼を述べると、自分の作った商品が認められたのが嬉しかったのだろう。男の顔には笑みが浮かんでいた。
「そうか。俺は普段店に出ることがないからお客の声を聞くことがないんだ。そういう風に言ってもらえると嬉しいもんだな」
そうだ。いい機会だから手動のフードプロセッサーと撹拌器の作製依頼をしておくか。
世話役に依頼するより製作者に直接説明した方がいいだろう。
「作製依頼を行いたいのだが、直接あんたにお願いしても大丈夫か?」
「ああ、問題ないぜ。今書くものを持ってくるから少し待ってくれ」
そう言うと鍛冶職人は一旦奥へ引っ込み、筆記用具を持って戻ってきた。
「それじゃあ、どんなものを依頼するのか教えてくれ」
とりあえず、歯車を作れるかの確認だな。
ベイルでもクーラタルでも水車小屋や風車小屋を目にしている。歯車があるのは間違いないが、鉄製で小型の物はあるのだろうか?
「そうだな……。このくらいの大きさの歯車を作ったことはあるか?」
手で大きさを示しながら問いかける。
「何度も作ったことがあるぞ。何かの研究をしている学者連中からよく依頼をされている」
いぇす! ナイスだぜ学者たち!
まず野菜のみじん切りや撹拌といった使用用途を説明しておこう。
もちろん、この世界だと貧しく粗野な者だけが食べるというミンチについては黙っておく。雉も鳴かずば撃たれまいだ。あずきまんま食べたなどと歌ってはいけないのだ。
……でも考えてみると変だよなぁ。
腸詰はハムやベーコンと一緒に売られていて、みんな普通に買っている。
あれの製造工程には絶対にミンチが含まれているのに、特別タブー視されている様子はなかった。
この世界の人にしかわからない感覚なんだろうか?
うちの娘たちには、ハンバーグやミートボール、ロールキャベツにミートソース、餃子にシュウマイ。他にもたくさんのミンチを使った料理を食べてもらい、タブーを取り払ってやるぞ。
使用用途の説明をした後は、容器の大きさ、回転軸に取り付ける刃の形と枚数にそれぞれの高さ、蓋の部分に取り付けるハンドルについて説明する。
「重要なのが、このハンドルが一回転する間に歯車の組み合わせで回転軸を五回転以上するようにしてほしい」
「五回転か……。出来なくはないだろうが、試作品をいくつも作ることになるから値段がべらぼうに高くなるぞ?」
あーまあ、そうだよな。
一点物の器具を一から製作してもらうんだ。どうしたって高額になるわな。
「ちなみにどのくらいになるんだ?」
問いかけると、顎に手を当て撫でながら考え込み、しばらくしてから答えた。
「そうだな。四万ナールってところだな」
マジかー! クッソ高けー!
うーん……。
でもなぁ。食事の質を上げるためには絶対に必要になる。
野菜のみじん切りやひき肉、それからマヨネーズやメレンゲを作る時間を短縮できるのは大きなメリットだ。
四万ナールなら時給換算すると、すぐにでもペイできるんじゃないか?
あ、マヨネーズやメレンゲを作るためには攪拌羽のアタッチメントも必要だわ。それも込みだといくらになるんだ?
聞いてみよう。
「それに追加で、刃の付いた回転軸を交換できるようにすることは可能か? もしできるなら撹拌用に使う羽の形をした回転軸も頼む」
「一番手間がかかるのが歯車部分だから、それについては特に問題ない」
オッケーオッケー。
あとはそうだなぁ……。
「蓋に取り付けられている歯車部分には食材が入り込まないようにしてほしい」
「なるべく入らないようにはするが、完全にってわけにはいかないぞ」
しょうがない。ある程度は妥協するさ。
まあ、容器にへばりつくだろうし、そこまで心配することはないだろう。
それからもあれこれ細かく注文をして、ある程度満足をしたところで改めて値段の確認を行う。
「どうだろう? 可能だろうか? 可能ならいくらになる?」
「今まで受けた注文の中で一番細かく指定されたぞ。まさか学者連中より細かいやつがいるとは思わなかった」
いや、なんかすまん。
「そうだな……。さっきの四万ナールに加えて、撹拌用の羽で一万ナール。その他の細々した注文でさらに一万ナール。合計六万ナールってとこだな」
ぐぁー! やっぱ高けー!
……まあでも、いずれ注文するつもりだったんだ。この機会に依頼しておこう。
「では、それで頼む。完成までどのくらいかかりそうだ?」
「そうだなぁ……。二十日くらい見てもらえるか?」
そりゃそのくらいかかるわな。
いや、一から作ると考えたら短いくらいか。
「大丈夫だ。よろしく頼む。それから、今日は庭作業用の道具も買うつもりだから、会計はまとめてもらえるか?」
「ああ、問題ないぞ。注文については女房に伝えておくから、買うものが決まったらあいつに声をかけて支払いをしてくれ」
「ありがとう。そうさせてもらおう」
よし、予想通り。この男は村人だから三割引は効かないが、他の物とまとめたら世話役のオネスタが会計をすると思ったんだ。
値引スキル先生に働いてもらおう。
「それじゃあ俺は作業小屋に戻って試作品を作ってみる」
「よろしく頼む」
良くしてもらっているのに本当に申し訳ないが、今の注文で所持金が二十万ナールを切ってしまう。危険水域に突入だ。
セリーの購入額がメイド服と合わせて三割引で十七万七千八百ナール。
このあと購入する農具の金額によってはその額を割り込む可能性もある。
うーん……。
ミリア購入まではレベル上げに励む予定だったが方針を転換するか。
レベルが上がって、結晶化促進六十四倍を用いたボスマラソンが可能になり次第、それを実行しよう。
えーと、これが可能になるボーナスポイントの最小構成は……。
まず、キャラクター再設定の1ポイント。結晶化促進六十四倍の63ポイントとデュランダルの63ポイント。それからワープの1ポイントだな。
あと、ファーストジョブの探索者以外にも、ワンパンするために英雄もいるだろうからセカンドジョブで1ポイント。
ワープの詠唱は五秒くらいのもんだろうから詠唱省略はいらないだろう。
あ、いやまてよ。少し計算してみるか。
仮にワンセット一分だとしたら八時間で四百八十セット。一回に五秒だとすると二千四百秒。一日で四十分……。
まあこのくらいなら許容範囲か。
合計129ポイント。探索者のレベルが31から可能になるわけだな。
これで黄魔結晶を三個も作れば、三割アップも含めて三十九万ナールになる。
これだけあればかなり余裕ができるだろうし、金策に取られる時間も三日から五日くらいで済むはずだ。
よし、まずは明日から探索者のレベルを31まで上げることにしよう。
魔法攻撃力二倍と最大MP上昇を擁するメギンギョルズとロッドの組み合わせは途轍もないシナジーを生み出し、レベル上げが加速することは間違いない。
いのちだいじにの方針を覆すことなく安全マージンを取ったうえでチャレンジしていくぞ。
そして、金に余裕ができたら世話役と鍛冶職人に何らかの形でお礼をしよう。
家や作製依頼、商品代金と世話になりっぱなしだ。
……ていうか、これ二回目だな。
正直、三割引も三割アップもかなり良心が痛む。
これでも二十七年間経理を見てきたんだ。
売上が三割減ったり、コストが三割増えることがどれだけきついか嫌というほど理解している。
人を襲う盗賊を始末するより、ずっと精神的ダメージを負ってしまうんだよなぁ。
我ながら倫理観が終わっている気がするが、俺はそういう人間なんだろう。
まあ、この世界で生きるのには向いているんだ。何の問題もない。
つらつらと思索にふけっていると、目の前にロクサーヌが立っていた。
「お待たせしました、ご主人様。ハーブの種をいただきました」
俺が考え込んでいる間に、ロクサーヌは世話役からハーブの種を貰い説明を受けていたようだ。
「それじゃあ、庭作業に使う農具を買おう」
「よろしいのですか?」
「今後もずっと使うものだからな。早めに買っておいた方がいいだろう」
「ご主人様、ありがとうございます」
かわいらしいロクサーヌの手で直接土を掘らせたり、その辺に落ちている木で農作業をさせるわけにはいかない。
というか奴隷になる前は迷宮で剣を振るい、水仕事をしていたんだろうにロクサーヌの手はタコやひび割れもなくきれいだよなぁ。
この世界特有の何らかのシステムが働いているんだろうか?
まあ、いいや。
それじゃあ、必要なものを購入しよう。
以前来た時にも見たけどこれスコップだよな? それも剣スコだ。
原作だと鋤だったはずだが、やはり色々と細かい違いがあるな。
「鍬とスコップ。それから小さいシャベル。あとは鎌と如雨露だな。他に必要なものはあるか?」
「いえ、十分だと思います」
よし、あとは石鹸でバットが占有されているからそれも買っておこう。
調理用として一つと、石鹸は乾燥に時間を取られるから、常時並行して乾燥させておくべきだろう。五つくらい買っておくか。
ロクサーヌと手分けして購入する物をカウンターへ持っていく。
「では、会計を頼む」
「本日もたくさんお買い上げありがとうございます。それから製作のご依頼もいただき本当にありがとうございます。それでは確認させていただきますね」
そう言うと彼女は一つ一つ検めだした。
支払いを終え、木の端材を貰って外に出る。
あー。金貨四枚が飛んでいった……。
今日一日で二十万ナール以上使っちまったぞ。
残り金額が十八万ナールちょっとで、セリーの購入金額ギリギリだ。
いや、逆にいえば、これでしばらく装備品を買い替える必要がなくなった。
それに、他に大きな買い物をする予定もない。これからは出て行くより入ってくる方が多くなることだろう。
ポジティブに行こう、ポジティブに。
「それじゃあ、家へ戻るか。人気のない場所へ案内を頼む」
「はい。ご主人様、こちらです」
ロクサーヌの案内で歩き出した。
玄関の内側から開いたワープゲートを通り抜け、農具類と木の端材を庭に置き、その他に購入したものをリュックごと家の中に放り込む。
うーん……。
このまま庭作業をした方がいい気がするな。
夕飯の買い出しはこれが終わってからにしよう。
「ロクサーヌ。夕飯の買い物は庭作業が終わってからでもいい?」
「はい、問題ありません。良い菜園を作りましょう」
おー。やる気満々だ。
よっぽど菜園を作るのが楽しみなんだな。
さて、庭作業をする前にボーナスポイントをいじっておこう。
キャラクター再設定と必要経験値十分の一を残し、一旦すべて解除する。
畑仕事をするなら必要なのは腕力と体力だろう。
今までなら、そのまま腕力と体力のパラメーターに二極振りをしていただろうが、先ほどボーナス装備を確認した時、この状況にピッタリの逸品を発見している。
腕装備六にポイントを振り、出現したヤールングレイプルを装備した。
そして、セカンドジョブにチェックを入れ英雄を選択する。
残りのポイントは腕力と体力に半々で振っておけばいいだろう。
これで素のパラメーターに、探索者の体力小上昇と、英雄の腕力中上昇と体力中上昇、それから振分けたポイント分も含めて五倍になっているはずだ。
よっしゃ。準備完了。
「それじゃあ、庭作業を始めようか。俺が土を掘り返すから、ロクサーヌはその木を削って柵を作ってもらえる?」
コミック版やアニメ版で出てきた柵は作っていたほうがいいだろうからな。
「はい。おまかせください」
ロクサーヌが木を削りだしたのを確認して、鍬を持って元は畑があったと思われる場所へ移動する。
んじゃ、始めるか。
よい、っしょっと!
おわっ!
すげー! めちゃめちゃサクッといった!
よし、この調子でドンドンいこう。
畑を掘り返したので、ロクサーヌが削った杭を打っていく。
すべて打ち終わったところで杭に棒を縛るためのロープがないのに気付いた。
しゃーない。どうせワープを使えばすぐにすむ。
ちょっくら行ってくるか。
腕力と体力に振っているポイントをそれぞれ2ポイント減らし、ワープと詠唱省略を付けて、近くの木にワープゲートを開いた。
冒険者ギルドへ飛び雑貨屋でロープを購入して、再び冒険者ギルドから自宅へ戻る。
そして、買ってきたロープで杭に棒を結んで柵を作っていく。
棒をすべて結び終えたところで辺りを見回してみた。
開けた土地に建つ一軒家と広々とした庭。
その周りは豊かな木々が息づく林があり、そして遥か先には雄大な山々が望める。
家から少し離れれば、十分な水量と幅のある川。
改めて見るとこれはすごいな。
賃貸とはいえ、こんな規模の庭付き一戸建ての物件で生活するなんて想像もできなかった。
それも十数年恋焦がれたロクサーヌと一緒にだ。
本当に人生何が起こるかわからないな。
さあ、続きに取り掛かろう。
ロクサーヌと相談しながら畝を作り、種をまいていく。
それが終わり、ウォーターウォールで如雨露に水を貯めようとしたところで、ロクサーヌが声を発した。
「ご主人様。誰かが来るようです」
ロクサーヌは町へと続く道をじっと見つめている。
誰だ? 桶屋に依頼したバスタブはまだまだ先だろう。
ハンドル式のフードプロセッサーは今日注文したばかりだ。出来ているはずがない。
誰が来るのかはわからないが、何かあってからでは遅い。念のため今のうちにボーナスポイントの設定をしておこう。
腕力と体力、それから腕装備六を解除する。
そして、ジョブ設定とフィフスジョブにチェックを入れ、英雄、魔法使い、戦士、僧侶を設定しておいた。
あとは鑑定をセットして準備完了だ。
ボーナスポイントの残りは69。いつでもデュランダルを取り出すことができる。
ロクサーヌと同じように道の方を見ていると遠くの方に人影が見えた。
あそこから俺たちの家までは一本道だ。間違いなくここを目指しているな。
何者だ? とりあえず確認してみよう。
鑑定
ダニエル 男 26歳
冒険者Lv18
装備 身代わりのミサンガ
いや、マジで誰だ?
少なくとも原作にこんな奴はいなかったよな?
しばらく待っていると、男は俺たちに近づき話し出す。
「アユム様でしょうか? 仲買人で防具職人のルークの使いで参りました」
「ふぅ」
安心して思わず息が漏れてしまった。
そうだわ。ルークにスキル結晶の買いを出していたわ。
おっと、返事をしないとな。
「俺がアユムだ。わざわざすまないな」
「いえ、これが私の仕事ですのでお気になさらず」
ルーク個人で雇っているのだろうか? それとも商人ギルド、もしくは仲買人たちが契約しているのだろうか?
まあ、気にするほどのことじゃないか。
「本日のオークションで複数の品の落札に成功いたしました。こちらがルークより預かったリストとなります」
そう言うと男はパピルスを差し出してきた。
読めはしないが一応それに目を通すと複数行にわたって文字が記入してある。
……これまずくね?
さらに数万ナールが飛んでいくことになるぞ。
「では、私はこれで失礼いたします」
そう言うと、男は近くの木にフィールドウォークのゲートを開き去っていった。
「スキル結晶が落札できたのですね」
「そうみたいだね。ロクサーヌ、これを読んでもらえる?」
「かしこまりました」
ロクサーヌはパピルスを受け取ると、かわいさと艶のある美しい声で読み上げる。
「芋虫のスキル結晶四千ナール、ウサギのスキル結晶四千五百ナール、サンゴのスキル結晶四千四百ナール、コボルトのスキル結晶四千八百ナール、ヤギのスキル結晶四千七百ナール。以上のようです」
嘘だろ。マジかルーク。いくらなんでも張り切りすぎだろうが。
たった二日で五つも落札するのは想定外だ。
潅木とはさみ式食虫植物以外は全部落札してるぞ。どんだけ根回ししたんだよ。
とりあえず支払額の計算をしよう。念のためカルクを使うか。
ジョブ設定を開き僧侶と商人を入れ替え、もう一度ロクサーヌに読み上げてもらう。
スキル結晶の合計金額が二万二千四百ナール。
手数料は超過分と次回の前払分で五件分、合計二千五百ナール。しかし、手数料には三割引が効くから千七百五十ナール。
全部で二万四千百五十ナール……。
今朝まであれだけ余裕があったのにセリーの購入額を割っちまった。
とにかく早急にレベル上げをして金策に走らないとまずいな。
明日の探索からは今まで以上に気を引き締めて臨もう。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv24 英雄Lv19 魔法使いLv23 戦士Lv21 商人Lv18
BP振分 残BP:69
キャラクター再設定:1
フィフスジョブ:15
必要経験値十分の一:31
詠唱省略:3
鑑定:1
ワープ:1
ジョブ設定:1
所持金:183,458ナール
春の5日目