異世界迷宮へ行ったなら   作:三星織苑

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049 寸志

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 目が覚めるとベッドで一人仰向けになっていた。

 腕の中にロクサーヌがいないことに動揺し心拍数が上がる。

 

 どういうことだ? まさか今までのことは――。

 

「おはようございます、ご主人様」

 

 不安に駆られ嫌な考えが頭を巡る寸前に、かわいくも艶のある麗しい声が俺の耳を擽った。

 良かった。ロクサーヌはちゃんとここにいる。

 

「おはよう、ロクサーヌ。ベッドにいなかったからびっくりしたよ」

「申し訳ありません。ご主人様に抱きしめていただくことができなかったので、先に朝の準備をしていました」

 

 出会ってからずっと抱きしめて寝ていたもんなぁ。

 今までは先に起きても腕の中でじっとしていてくれたのか。

 

 

 

「それにしても昨日はすごかったね。まさかロクサーヌが上になって動いてくれるとは思わなかった。翻弄されっぱなしだったよ」

 

 俺の言葉を聞くと顔をほころばせ、笑みを含んだ艶のある声色で答えた。

 

「ふふ。ありがとうございます。ご主人様にお喜びいただけてうれしいです」

「本当にすごかった。またやってくれる?」

「こんなに喜んでいただけるなんて思いませんでした。聞きかじりの知識でしたが挑戦した甲斐がありました」

 

 それ自体も気持ちよかったが、俺の上で腰を動かしている見た目のインパクト。そして、ロクサーヌ自ら望んでしてくれたその気持ちが何よりたまらない。

 

 こちらもちゃんとお礼を返しておかないと。

 いずれ二人一緒に絶頂を迎えられるように努力しよう。

 

 

 

「それじゃあ、俺も準備を始めるかな」

 

 歯を磨き、髭を剃ってもらい、服を着替えて身だしなみを整える。

 大切な朝のルーティーンでは抱きしめずに口づけを交わした。

 

 本当になんと辛く厳しい試練だ。

 

 

 

「さて、今日の予定だけど、早朝の迷宮探索は通常通り行う。ベイルの迷宮四階層の続きだね」

「はい。今日からはベイルの迷宮も最大三匹ですね」

「うん。ロクサーヌに負担をかけるけどよろしく」

「おまかせください。全力でご主人様をお守りいたします」

 

 本当に頼もしい娘だわ。

 絶対に守ってくれると信頼できる。

 

「ありがとう、ロクサーヌ。いつものようにパン屋が開く時間になったら迷宮を出て朝食にしよう」

「はい」

「その後なんだけど、今日はベイルの市が立つ日だ」

「そうですか……。私がご主人様のもとに来てから、まだ五日しかたっていないのですね。色々なことがあったのでもっと長く感じていました」

 

 確かになぁ。この五日間は人生初の連続だったせいか、とても長く感じるわ。

 

「そうだね。俺も同じ気持ちだよ。この五日間は今まで過ごしてきた中で最も密度の濃い時間だった」

「はい。ご主人様、私の毎日を幸せなものにしていただきありがとうございます」

「俺の方こそロクサーヌと出会い、共に過ごすことができて本当に幸せだ。毎日ありがとう」

 

 二人で顔を見合わせ笑い合う。

 これからもこの幸せを守っていかなくては。

 

「今後ベイルの市が立つ日に合わせて、五日ごとに掘り出し物がないか確認するため、クーラタルと帝都も合わせて武器屋と防具屋を回るようにしようと思う」

「迷宮探索を行うためには良い装備を整えなければなりませんからね。さすがご主人様、素晴らしいお考えです」

 

 装備品の大切さをそんなに理解しているのに、なんでガンガン階層を上げて敵に突っ込もうとするんだろう……。

 

 ……続けるか。

 

「それで、午前中は買い物と家の細々とした雑事を行う。俺は石鹸を作るから、ロクサーヌも掃除なんかをお願いね」

「かしこまりました。おまかせください」

 

 うんうん。本当に働き者だ。こんな良い娘はなかなかいないぞ。

 

「ありがとう。昼食を取ったら午後からは迷宮探索。そして、それが終わったら修行をして、装備品の手入れ。そのあとは夕食を食べてから、体を洗って就寝かな?」

 

 午後の予定を告げるとロクサーヌが近づいてきて耳元で囁いた。

 

「体を洗ったあとはたくさん抱きしめてかわいがってくださいね」

 

 ものすごい殺し文句だ。思わず抱きしめてしまいそうになるが、グッと堪える。

 

「もちろん。たくさん抱き合おう。そして、それまでにかぶれていないようだったら今日から石鹸を使いたいと思う。清潔を保つためもちろんロクサーヌも一緒に使っていこうね」

「ご主人様、ありがとうございます。石鹸を自作するなんて本当にすごいです」

 

 真似っこしているだけで、すごいのはご主人様じゃないんだけどさ。

 

「予定はこんなところかな? じゃあ、今日も一日よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「よし、装備品を身に着けたら迷宮へ行こう」

「はい!」

 

 あらま、良いお返事だこと。

 

 

 

 ロクサーヌが自室へ戻るのを見送って、アイテムボックスから装備品を取り出しパパっと身に着ける。

 戻ってくるまでにキャラクター再設定を見直しておくか。

 

 MP回復速度二十倍と敏捷に振っていた分を解除する。ワープとアクセサリー四にチェックを入れて、出現したメギンギョルズを腰に巻いた。

 他は特に問題ないな。

 

 

 

 確認をしているうちに装備を整えてロクサーヌが戻ってくる。

 

「ご主人様、お待たせしました」

「よし、じゃあ行こうか」

 

 ロクサーヌに声をかけ、部屋を出て玄関へ向かう。

 

 

 

 

 

ベイルの迷宮

四階層

 

 

 

 

 

 ゲートを通り抜けベイルの迷宮四階層の入口へ到着する。

 ベイルの四階層はミノかぁ……。

 今までの敵に比べるとだいぶ威圧感の増した姿をしている。ビビらずにいられるだろうか?

 

 これまでは木人に芋虫、あとちっさいおっさん。それから細い木と蜘蛛、羊に珊瑚、そしてかわいいウサギちゃんだ。

 いや、もちろんこれらも不気味だったり気持ち悪かったりしたが、鋭利なツノを持った牛はさすがに怖さのレベルが違う。

 

 だが、怖気づいてはいられない。

 キャラクター再設定を開き、ワープを外して獲得経験値二十倍を付ける。そして、いつものように腰に差していたロッドを引き抜いた。

 

「では、探索を始めよう。ロクサーヌ、人の匂いはわかるか?」

 

 問いかけると、スンスンとかわいく匂いを確認しだした。

 

「匂いはほとんど感じません。四階層も人は少ないのでしょう」

 

 まあ、しゃーない。この階層もコボルトの出現率が高いから旨味が少ないだろうし、さっさと先に進んだのだろう。

 ってことはまた待機部屋を目指してさまようことになるのか……。

 

 

 

 今日のルート決めは天の神様に確認するのはやめておこう。

 昨日もやったように全ルート右側を進み、行き当たったら一つ前の分岐を変える形にしてみるか。

 ベイルの迷宮は出来たばかりで広くないのでこれでも問題ないはずだ。

 

「それじゃあ、行こう」

 

 入り口側から見て右側の通路へ向けて歩き出した。

 

 

 

「ご主人様、敵です」

 

ミノLv4

ミノLv4

ミノLv4

 

 ちょ! 心の準備ができていないのにいきなり三匹かよ!

 

 ふしゅるふしゅると荒い息を吐きながら、鋭利なツノを備えた牛がこちらに顔を向けると、そこにはめちゃくちゃ凶暴そうな恐ろしい表情が浮かんでいた。

 胴が短く前足と後足の間隔が狭い奇妙な姿が逆に恐ろしさを増している。

 

 しかし、そこはロクサーヌ。内心ビビり散らかしている俺とは違い、怯むことなく駆け出すとミノに攻撃を入れヘイトを取り始めた。

 

 さっさと片付けないと!

 三匹のミノに囲まれ攻撃をかわしているロクサーヌの姿を見たことで慌てて魔法を念じる。

 

ファイヤーストーム

 

 途端にミノの周りを火の粉が舞い、即座にその体が燃え上がる。

 そして、火が消えるのと同時に三匹のミノも体を霧散させていった。

 

 良かった。四階層も一撃で済んだ。

 本当にロッドとメギンギョルズのおかげだわ。ありがてー。

 

 一撃で片付いたことに安心していると、ドロップアイテムの皮を手渡しながらロクサーヌが興奮したように言葉を発する。

 

「まさか四階層の魔物も一撃で倒してしまうなんて! さすがご主人様です!」

「すまない、怯んだせいで一瞬魔法を放つのが遅くなった。ロクサーヌは大丈夫だったか?」

「ご主人様が即座に倒してくださるので何も問題ありません」

 

 いやもう、本当にすごいわ。

 よくあの恐ろしい姿を見て冷静に立ち回れるなあ。

 魔法で始末するのは問題ないだろうが、MP回復のためにデュランダルで近接戦をしなければいけないのが今から憂鬱だぞ。

 

 

 

 それからも出現する魔物をひたすら魔法の餌食にしていく。

 一発で沈むため、そこまで強くないことが実感でき、ミノの恐ろしさも和らいできたころにMPが心許なくなってきた。

 

 

「ロクサーヌ。MPの回復をしようと思う。少し待ってもらえるか」

「かしこまりました」

 

 キャラクター再設定を開くとボーナスポイントが1余っていた。

 

 おお! レベルが上がっているのか!

 確認をすると探索者のレベルが25になっている。

 

 よし! よし!

 ボスマラソンが可能になるレベル31まであと6。そして、経験値効率四百倍が可能になるレベル35まであと10だ。

 かなり順調なのではないだろうか?

 

 それに、1ポイントの余剰が出来たことで結晶化促進二倍をつけることが可能になった。

 このペースで狩りをしていけば、相当な早さで魔結晶に魔力が貯まっていくことだろう。

 

 いい流れが来ている! グッドリズム! グーッドウィドゥム!!

 

 

 

 獲得経験値二十倍とデュランダルを入れ替え、結晶化促進二倍にもポイントを振る。

 

 さて、接近戦をしなければいけないが今の俺はテンションが上がってアドレナリンがドバドバだ。

 たとえミノが来ても臆することなく立ち向かえることだろう。

 

「準備完了だ。では、探索を続けよう」

「はい」

 

 

 

 少し歩くとすぐに魔物の群れに遭遇した。

 

ミノLv4

ミノLv4

ミノLv4

 

 三匹かよ! くっそー、迫力ありすぎるぞ。

 高揚していたのに冷や水をぶっかけられたようなもんだ。

 

 ロクサーヌは俺が覚悟を決める前に飛び出すと、三匹の牛に攻撃を入れて気を引き、連続で繰り出されるツノ攻撃を華麗にかわしている。

 

 これだけお膳立てされているのに怖気づいてられるか!

 

 グリップを握りしめて駆け出し、こちら側に向けられたケツを目掛けて思いっきりデュランダルを突き立てた。

 剣身の中ほどまでめり込んだところでミノの体がさらさらと流れていく。

 そして、ロクサーヌと戯れている残りの二匹を片付けるべく、背後を取るため動き出す。

 

 

 

「ふぅ」

 

 ロクサーヌが回避盾としてパーフェクトな仕事をしてくれたおかげで、割とあっさり倒すことに成功する。

 

 いやでも、やっぱ怖いって。

 ツノはいかんよ、ツノは。

 

 オーバーホエルミングを使えば楽勝なのはわかるが常に使い続けるわけにもいかんしなぁ。

 徐々に慣れていくしかないか。

 

 

 

 その後も通路を進んで、出現する魔物をデュランダルで屠り、MPが満タンになると再び魔法に切り替える。

 それを何度か繰り返したところでロクサーヌが声をかけてきた。

 

「ご主人様、そろそろお時間です」

 

 早朝だけではボス部屋へたどり着けなかったかぁ。

 地図もないし、ロクサーヌの鼻でも待機部屋の場所がわからなかったんだ。まあしょうがない。続きは午後か。

 

「では、次の小部屋でクーラタルに戻ろう」

「はい」

 

 ワープを使えば通路からでも戻れるが、ダンジョンウォークでは移動できない場所なのだ。

 過疎階層とはいえ絶対に人が来ないとは言い切れない。午後の探索を通路から再開するわけにはいかないだろう。

 そして、わざわざ一つ前の小部屋から再開するのは損した気になるから何か嫌だしな。

 

 

 

 そのまま歩いていると敵に出会うことなく、すぐに小部屋へ到着した。

 よし、それじゃあチャチャっとボーナスポイントを振りなおして朝食にするべ。

 

 その前に一応レベルの確認をしておくか。

 

鑑定

 

 自分に向けて鑑定を行うが、やはりどのジョブもレベルは上がっていなかった。

 

 まあ、そうだわな。

 とりあえずロクサーヌも見ておこう。

 

鑑定

 

ロクサーヌ ♀ 16歳

戦士Lv11

装備 レイピア ダマスカス鋼の盾 ダマスカス鋼の額金 竜革のジャケット 硬革のグローブ 竜革の靴

 

 おお! 上がってる!

 まだレベルが低いとはいえ獲得経験値二十倍の威力はすごいもんだな。

 いや、それだけじゃないか。

 1確できるため殲滅スピードが尋常じゃないし、MP回復の回数も少ない。そのため時間当たりの取得経験値がえげつないことになっていそうだな。

 

 

 

 さあ、今度こそキャラクター再設定だ。

 獲得経験値二十倍とアクセサリー四を外して、買取価格三十パーセント上昇とワープを付ける。

 そして、ロッドと鋼鉄の盾をアイテムボックスにしまい、ワープゲートを開いた。

 

 

 

 

 

クーラタル

冒険者ギルド

 

 

 

 

 

 クーラタルの冒険者ギルドへ出たところで、売却するアイテムについて考えなくてはならないことに気づく。

 

 セリーの訓練用に糸は売却せずに残しているが、ミサンガの次に製造するダガーはコボルトナイフが二本。それからブランチと皮が一個ずつだ。

 昨日は考えなしにコボルトナイフもブランチも売ってしまったが、残しておくべきだろうか?

 それに、皮についてはダガーの後に製造する皮製の防具にも使用する。必要な数も多いはずだ。

 

 

 

 ……いいや。もう、全部売っちまおう。

 お金に余裕があるなら手元に残しておく方がいいのかもしれないが、今は全然余裕がない。

 いつ、掘り出し物を見つけたり、ルークがスキル結晶を落札するかわからないのだ。所持金を増やしておいた方がいいだろう。

 よし、それなら昨日残しておいた糸も売ってしまおう。

 

 

 

 しかし、そうなると魔物部屋を見つけた場合、経験値効率を求めるより結晶化促進六十四倍を付けて資金集めを優先したほうがいいか?

 仮に五十匹いた場合、六十四倍だと三千二百ナール分……。

 

 半日分以上の稼ぎにはなるが微妙だなぁ。

 でもまあ、魔法一発で三千二百ナールの儲けだ。微妙な額だとしても、今の金欠状態ではいかにも惜しい。まさに鶏肋のようなものだ。

 

 鶏肋か……。

 俺はフライドチキンを食べるときに骨についている肉をすべてきれいに食べるし、軟骨もバリバリいくほどの男。悩むまでもないな。

 

 よし。1確できる階層の魔物部屋については結晶化促進六十四倍でいこう。

 ストーム系でまとめて倒すと、レベルアップをした場合経験値の繰り越しがないため、少しだけ損をする。

 それなら結晶化促進に振っていた方がお得だろう。

 

 そうと決まれば、さっさと売却して家に戻るべ。

 

 

 

 

 

クーラタル郊外

アユムの家

 

 

 

 

 

 ギルドでの売却を済ませ、食材を買ってから家に戻る。

 ロクサーヌが食事の準備をしている間に、アイテム整理をするため物置部屋に移動した。

 

 部屋に入り、このあと売却予定の糸と装備品をアイテムボックスに入れていく。

 そして、自室へ移動し同じように銀貨もアイテムボックスに入れようとしたが、すべてを納めることができなかった。

 まあ、冒険者ギルドで糸を売れば移すことができるだろうし問題ない。

 

 入りきらなかった分を銅貨の入っている巾着袋にまとめ、リュックにしまおうとしたところで気が付いた。

 

 そうだ。ロクサーヌへの寸志を用意しておかなくてはいけない。

 巾着袋は銅貨を入れている分とは別に、あと二つあるし一つはロクサーヌの物にしてもらおう。

 一旦しまいかけた巾着袋を開いて銀貨十枚を取り出し、空の方にそれを入れてから両方リュックに納めた。

 

 よし、これでオッケーだな。

 リュックを持って一階に戻ろう。

 

 

 

 キッチンに行くとすでに準備は終わっており、あとは配膳だけだったので一緒にダイニングに運び込む。

 

 食事の挨拶を済ませ、ロクサーヌが作ってくれた美味しい朝食をとる。

 彼女が作っていることこそが最高のスパイスだ。

 毎日好きな娘の手料理を食べることが出来るなんて本当に幸せなことだよなぁ。

 

 食事を終えて歯磨きを済ませ、のんびりするためソファーに腰を下ろす。

 あー。パッチテスト中だから食後のイチャイチャタイムはお預けかぁ。

 

 内心で嘆いているとロクサーヌが俺の膝の上に座り、そのままこちらの頭の後ろへ手を回す。

 

 えー! なんかすごく積極的なんだけど! 

 

「ご主人様は石鹸のご確認中なので動かないでくださいね」

 

 そう言うと俺の頭を胸元へ導き、そのままぎゅっと抱きしめた。

 大きく豊かなお胸様に顔が埋まり、弾力があるのに柔らかな極上の感触が伝わってくる。

 

 これはあれじゃないのか? 伝説に謳われているあれ。

 ゆっくり頭を動かしてみると、パフッ、パフッとえもいわれぬ刺激が脳天を直撃し、一気に俺の心を支配してしまう。

 ロクサーヌさんいかんです。これはいかんですよ。こんなことを覚えたら頭がおかしくなってしまいます。

 

 思わずロクサーヌを抱きしめるために手を動かそうとしたところで声がかかった。

 

「ダメですよ。ご主人様は動いてはいけません」

 

 そう言うと優しく頭を撫で始める。

 ああ、気持ちいい。こんなに幸せなことがあるなんて思いもよらなかった……。

 

 

 

 ロクサーヌに何もかも委ねてその胸の中で過ごしていると、急に現実に放り出される。

 

「ご主人様。そろそろ商店が開く時間です」

 

 えー! もう? もう終わり?

 くっそー。時間が経つのが早すぎる。

 

 俺が喪失感に襲われている間にロクサーヌは膝から降りて、ソファーに座る。

 

 

 

 一つ息を吐きだしてから気を引き締めた。

 ロクサーヌにパワーを貰ったのだ。この後も気合を入れていこう。

 

 よし、それじゃあ活動再開だ。

 

「この後はクーラタルの冒険者ギルドで昨日取っておいた糸も売却しようと思う」

「どうして昨日売却しなかったのですか?」

 

 ああ、そういえば説明していなかったな。

 

「鍛冶師が最初に製造する装備品がミサンガらしいんだけど、その素材になるのが糸なんだ」

「そうなのですね」

「うん。それで、スロット付きが出来る確率は結構低いから大量に作らないといけない。他にも、次の装備品を作れるようになるためには、大量に作って訓練する必要があるらしいから、セリーが仲間になった時のために、糸は取っておこうと思ったんだ」

「それならどうして今日売却するのですか?」

 

 だよなぁ。当然そう思うよなぁ。

 

「恥ずかしい話なんだけど資金が心許なくてね。掘り出し物の装備品やルークに依頼しているスキル結晶を確保するために、今後余裕ができるまでアイテムは換金することにした」

 

 みっともないが見栄を張ってもしょうがない。ありのままを伝えておこう。

 

「あの、それはもしかして、私の装備品を用意したせいでしょうか……」

 

 やばっ。そう受け取られたのか。

 俺の言葉を聞いてロクサーヌは少しだけ暗い顔になっている。

 

「違う違う。装備品を整えるのは大切なことだし絶対に必要だった。それに、稼ぐ当てはあるから全然心配する必要はないよ」

 

 大慌てで否定をすると表情が少し和らぐ。

 まずった。ロクサーヌにはお金の心配をさせないつもりだったのに迂闊だったな。

 でもまあ、ボスマラソンが可能になりさえすれば今後こういう心配もなくなるだろう。

 

 

 

「売却が終わったら、そのままクーラタルの武器屋と防具屋を回る。そして、同じように帝都とベイルにも行ってみよう」

「はい」

 

 おっと、ロクサーヌに渡す寸志のことをすっかり忘れていた。

 ソファーの横に置いていたリュックから銀貨十枚が入った巾着袋を取り出す。

 

「ロクサーヌと出会ってからの五日間はとても幸せな毎日だった。少ないけどこれは感謝の気持ちだよ。そして、これからもよろしくね」

 

 そう言って差し出すと、ロクサーヌは驚きに目を見開き口元を手で覆い、そのまま固まってしまった。

 

 

 

 あれ? リアクションが……。

 

「ロクサーヌ? 受け取ってもらえると嬉しいんだけど……」

「ご主人様……」

 

 再度声をかけると、ロクサーヌも動き出した。

 

「あの……、ご主人様……。これは、その、給金がいただけるということでしょうか?」

 

 給金? うーん。まあ似たようなもんかな?

 

「そうだね。色々頑張ってもらって本当に感謝をしているんだ。今後五日に一度、給金というかほんの気持ち程度だけど、まあこういう形で渡すから遠慮なく受け取って」

 

 その言葉を聞いたロクサーヌはおずおずと手を伸ばし、巾着袋を受け取ってくれた。

 

「こんなことをしていただけるなんて思ってもいませんでした。本当にありがとうございます」

「千ナール入れてあるけど、これはロクサーヌが好きに使っていいから。何を買ってもいいし、貯金をしてもいい。自由に使ってね」

 

 俺の言葉に大きな声が上がる。

 

「えー! そんなにいただけるのですか!? 千ナールといえば高レベルの探索者が騎士団などで十日以上の運搬作業をしてやっと稼げる額ですよ!? それに迷宮で千ナールの利益を得るのはとても大変なことです! 本当によろしいのですか!?」

 

 めちゃめちゃテンションが上がっている。原作でも千ナールだったのにここまで興奮してはいなかったよな?

 

「大丈夫だよ。今日お店を回るときに寄りたいところがあったら声をかけてね。ロクサーヌの買い物にも付き合うから」

「ご主人様、本当にありがとうございます!」

 

 一瞬抱き着こうと体を動かしかけるが、石鹸のことを想いだしたのだろう。それを止めると両手で俺の手をぎゅっと握り、輝くような笑顔で返事をした。

 こんなに喜んでもらえるなら本当に渡した甲斐があるな。

 

 

 

 それにしても高レベルの探索者が騎士団で十日の役務をこなして千ナールか。

 そして、迷宮で千ナールを稼ぐのは大変らしい。

 

 普通のパーティーは当然魔法なし、デュランダルなし、キャラクター再設定なしで迷宮に挑むことになる。そのため、一回の戦闘時間が長くなり、そうそう数を狩ることはできない。

 仮に一日でニードルウッドを五十匹狩った場合、ブランチの売却益は五百ナール。

 それを六人で割ると約八十三ナール。魔結晶やスキル結晶のドロップを考えなければ、千ナールを稼ぐのに十二日近くかかってしまう。

 しかも、これは消耗品や食費、宿代を考慮していない。そうなると何日かかるのか見当もつかない。

 うちのパーティーがどんだけ恵まれてんだって話だ。ロクサーヌが驚くのも無理はないか。

 

 

 

 つらつらと巡らせていた思索を打ち切り、買い物の準備を行う。

 

 キャラクター再設定から朝食の食材購入のときに付けていた三十パーセント値引と、買取価格三十パーセントアップを入れ替え、ロクサーヌに声をかけた。

 

「それじゃあ、クーラタルの冒険者ギルドに行こうか」

「はい!」

 

 

 

 

 

田川 歩 男 18歳

探索者Lv25 英雄Lv20 魔法使いLv24 戦士Lv22

装備 硬革の靴

 

BP振分 残BP:14

キャラクター再設定:1

フォースジョブ:7

必要経験値十分の一:31

鑑定:1

ジョブ設定:1

詠唱省略:3

結晶化促進二倍:1

ワープ:1

買取価格三十パーセントアップ:63

 

所持金:163,804ナール

 

春の7日目

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