自宅へ戻りキッチンへキュピコを置いてから再びベイルへ戻ってきた。
立て続けにワープを行ってもMP不足に陥ることはなく、レベルアップを実感する。
やはり、英雄と魔法使いのパーティー効果が大きいのだろう。
まあ、一応買取三割アップとMP回復速度二十倍を入れ替えておくか。
何か購入するときに付け替えればいいだろう。
さて、ベイルの武器屋へ向かいますかね。
横にいるロクサーヌはニコニコと笑みを浮かべ、尻尾を揺らしながら弾むような足取りで歩いている。
……なんかめちゃくちゃ浮かれてるぞ。
おそらくこれは、自分のお金で買い物を出来る事が楽しみで浮かれているというわけではないはずだ。
俺が称賛されたことを我が事のように喜んでくれているのだろう。
本当にかわいいよなぁ。一生大事にしなくては。
決意を新たにしていると武器屋の前までたどり着く。
店内に入ると男四人と女二人のおそらくパーティーと思われる者たちが武器を物色しているところだった。
一組の男女は仲良さそうに笑顔でしゃべりながら、武器を手に取り選んでいる。
しかし、もう一方は男三人が女性を巡って鞘当てを繰り返しているようだ。
ちやほやされている女性は、ギスギスした雰囲気を気に病んでいるということもなく、自尊心が満たされるのか満更でもない様子だ。
完全に姫だわ。それもサークルクラッシャータイプの。
……このパーティーやばい気がするぞ。
迷宮でもこの調子だと全滅するんじゃないのか?
俺の好みだけでいうなら、イチャイチャしながら彼氏だろう男と武器を見ているこっちの娘の方がかわいいと思うんだが。
姫の方もかわいいと思うが、この娘と比べるとな。
日本だと普通にアイドルグループに居そうなレベルだ。本当にこの世界は美人さんが多い。
俺がこのパーティーに所属していたならワンチャン狙いで姫の方に行くような真似はせず、こっちのカップルと仲良くして美人を目に焼き付けるだろう。
どうせ俺なんかが姫にアプローチをかけても無駄なことは確定的に明らか。それなら美人さんと話す方が得だし。
あ、でもこういう積極性のなさが四十五まで童貞だった原因の一つか。
女性と付き合いたいと思うなら、あいつらみたいにガツガツ行くべきなのだろうな。
「ご主人様」
ん?
呼びかけられたのでそちらを向くと、威圧感を纏った笑顔が見えた。
あ、違うんです。あくまでもどちらがかわいいか選ぶならこの娘ってだけで、俺の好みはロクサーヌ一択なんです。
「世界一かわいいロクサーヌと共に過ごせる俺は世界一の幸せ者だ」
その言葉でプレッシャーを霧散させ、輝くような笑顔で言葉を返す。
「世界一素敵なご主人様と共に過ごせる私も世界一の幸せ者です」
よかったぁ。機嫌を直してくれたみたいだ。
このヤキモチ妬きさんめ。ヒヤヒヤさせられたがめちゃくちゃ良い笑顔じゃないか。
うん。やはりロクサーヌのかわいさは世界一だ。レベルが違う。
「それじゃあ、武器を探してみよう」
「はい!」
「いらっしゃいませ。前回の市ではお世話になりました」
ロクサーヌと話していると入店に気づいた武器商人が声をかけてくる。
ここでもか……。
なんか、めちゃくちゃ覚えられているんだが……。
「こちらの方こそ世話になった。しかし、よく俺のことを覚えていたな」
「スキル付きの武器をお売りいただけましたので。それに、このあたりの人間族で黒髪はほとんど見かけません。なので、お客様のことはとても印象に残っていました」
あっ! そういうことか!
確かにそうだわ。
転移した日から今日まで、黒髪の人間を見ていない。
原作でもそうだったが、おそらく相当珍しいのだろう。
しかし、それだと少しばかり困ったことになるな。
隠すべきことが多い俺は、力を付けるまで目立つことがないように過ごさなければならない。
だが、珍しい髪色のせいで注目を集めやすくなってしまう。
うーん……。
脱色剤なんてないだろうし髪の色を変えることもできない。
それに、そんなことをしたら相棒にとんでもない負担をかけてしまい、将来に禍根を残すことになる。
脱色剤があったとしても絶対に使用するわけにはいかないだろう。
まあ、今悩むことではないか。
落ち着いた状況で考えよう。
一旦思索を打ち切り、店内を見回す。
あぁ。ほむらのレイピアがない。
売れてしまったようだな。
いや、残っていたところで買い戻すことは絶対にないんだが、さっきキュピコをもらったせいで再び借りができている状態だ。
なんかこう罪悪感を覚えるというか、やましさがあるというか、うしろめたい気がするというか……。
これも早めに解消しておかなければ。
気を取り直して再度店内を確認するが、目ぼしい武器は見当たらない。
そして、なんとなくカップルが手に持ちキープしている槍を確認してみた。
ダマスカス鋼の槍 槍
スキル 空き
あー! スロット付きのダマスカス鋼の槍!
まずい! 先をこされてる!
どうする? こっちの方がコスパがいいとか言って鋼鉄の槍を薦めるか?
いや、ダメだ。いくらなんでも怪しすぎる。見ず知らずの奴からそんなことを言われたら絶対に警戒するだろう。
くそー、何でダマスカス製なのにカウンターの奥に展示じゃなく、普通に陳列されてるんだよ!
俺が焦っていると、そいつらはカウンターへ向かって歩き出す。
やめろー! そいつを置くんだー!
しかし、俺の心の声が届くはずもなく、奴らはカウンターへ行くと武器商人に声をかけた。
「この槍はいくらになる?」
「お客様、お目が高い。そちらはダマスカス鋼の槍で六万八千ナールとなっております」
たっか!
「そうか……」
値段を聞いた男は仲間のところへ戻り一緒に悩み始める。
しばらくやり取りを続けていたが、決心がついたのか槍を購入しパーティーは店から出て行った。
……よくよく考えたら槍が必要になるのはセリー加入後だ。
今購入しても物置部屋に放置するだけで、すぐに役立つということはないだろう。
それにスロットも一つだけだったしな。
そもそもダメージソースは魔法かデュランダルなのだ。
スロットの数が同じなら銅の槍だろうがダマスカス鋼の槍だろうがたいした違いはない。
四十万ナールがあったときなら買ってもよかっただろうが今は金欠状態。
あいつらのおかげで無駄な買い物をせずに済んだんだ。逆に感謝をしたいくらいさ。
うん。性能的にも金銭的にも買わなくて正解だった。
これは酸っぱい葡萄的なことではなく、論理的に導き出された結論だ。本当に買わない方がよかったのだ。
いや、なんならあいつらがいなかったとしても絶対スルーしてたから。絶対そうだから。間違いないから。
あー、よかったよかった。
「あの、ご主人様……。どうして落ち込んでいらっしゃるのですか?」
うーん……。
別に落ち込んでいるというわけではないが、少しだけ損をした気分ではあるのかなぁ。
ロクサーヌに近寄り耳元に囁いた。
「店に居たパーティーが買っていたダマスカス鋼の槍だが、アレが付いていた」
「そうなのですか?」
驚いたように問いかけてくる。
「うむ。まあ、一つしかついていなかったので残っていた場合でも買うことはなかっただろうが、なんというかチャンスを逃した気がしたのだ」
俺の言葉を聞いたロクサーヌは、笑みを浮かべながら力強く答えた。
「大丈夫です! ご主人様ならもっと素晴らしい装備品を手に入れることができます。焦らずゆっくり探していきましょう!」
……そうだな。確かにロクサーヌの言う通りだ。
俺には鑑定という圧倒的なアドバンテージがある。
これを使って辛抱強く待ち続けていれば、そのうち絶対に掘り出し物を見つけることができるだろう。
ロクサーヌの言葉と笑顔はいつだって俺の心を支えてくれる。
「ありがとう。ロクサーヌのおかげで心が軽くなった。本当に感謝してもしきれないな」
「ふふ。ご主人様の心も体も私がお守りしますので、どんなことでもご相談くださいね」
もうロクサーヌのいない生活は考えられない。
頼るだけじゃなく頼られるように俺も頑張らないとな。
その後、防具屋を回ってみたが、こちらでもこれといった物が見つかることはなかった。
だが、気にする必要はない。ロクサーヌに励ましてもらったように、根気強くじっくりと探し続ければいいだけだ。焦る必要なんてない。
「今日は成果なしか」
「はい、五日後に期待ですね」
「そうだな。では、武器屋と防具屋を一通り確認したし、この後は帝都の店を見て回ろう。どの店に入るかはロクサーヌにまかせる」
「はい! ありがとうございます! ご主人様!」
声でっか! めちゃくちゃテンションが高いぞ。
尻尾をぶんぶん振り回し、こぼれんばかりの笑みと共に返事が返ってくる。
こんなに喜んでもらえるなんて嬉しいよなぁ。
よし、ここからが初デートの本番だ!
混雑している冒険者ギルドから出ると、表通りも大勢の人が行き交い活気に満ちていた。
「それじゃあ、のんびり歩きながらロクサーヌが気になる店を見つけたら入ってみることにしよう」
「はい!」
わーお。大きな声で良い子のお返事だこと。
レンガ造りの商店が建ち並ぶ、石畳で整地されたおしゃれで美しい帝都の通りを二人で歩いていると、これぞデートという感じで心が躍る。
ロクサーヌは楽しそうに辺りをキョロキョロと見回しながら、時折スンスンと鼻を鳴らし何かを確認している様子だ。
これ何を確認してるんだろう? 食べ物ってことはないだろうしなぁ。
でもまあ、楽しそうにしているし口を出す必要もないか。
尻尾を揺らし満面の笑みを浮かべながら商店を確認しているロクサーヌを眺めながら通りを歩く。
しかし、この娘は本当にかわいいよなぁ。ウキウキしながら歩いているところをつい見惚れてしまう。
通りを歩いている男共も悉く振り返るくらいなのだ。
大げさでもなんでもなく、世界一美人でかわいいのではないだろうか。少なくとも俺の中では確実だ。
既にその魅力の虜だというのに、毎日毎日新たな魅力を見せつけて一体俺をどうするつもりなんだ。まったく、困ったロクサーヌだ。
しばらく歩いていると雑貨屋のような店舗の前で足を止め、俺の顔を見ながら問いかけた。
「ご主人様。こちらのお店に立ち寄っていいでしょうか?」
店内を覗いてみると、この前行った店のような高級感はないものの、小物類がおしゃれに並べられている。
「大丈夫だ。俺のことは気にせず好きに選んでくれて構わない」
「ありがとうございます!」
店に入るとロクサーヌは店員に話しかけて許可をもらい、商品を一つ一つ手に取って確認しだした。
あの様子を見るに、購入したいものがあるというよりは、良さそうなものがあればって感じだな。
ロクサーヌのお眼鏡にかなう商品はあるんだろうか?
まあ、俺は世界一かわいい娘を見ながらのんびりしていよう。
確認している品の大半はそのまま元の場所に戻しているが、たまに戻さずに空いている台の上にのせているものがある。おそらく気に入った物をキープしているのだろう。
お、燭台を手に取ってる。クーラタルの金物屋で買ったものがあるのに気になるんだろうか?
まあ、あれは実用性重視だったから、ああいうおしゃれなやつが欲しいのかもな。
あ、確認した後はそのまま戻した。キープするほどではなかったらしい。
ん? 今手に持っているのはブローチか? あれは装備品ではないのだろうか?
鑑定
情報が頭に浮かばない。やはり装備品ではないようだ。
そういえば、靴やサンダルを履いているのに鑑定で装備品として表示されない物も結構あったな。
鍛冶師が作る装備品とは別で、普通の人が作った服や履物、アクセサリーもあるということなのだろう。
しかし、そうなるとそれらの防御力が気になるところだ。
例えば、厚めの服を着ていても魔物から受けるダメージが軽減されることはないのか?
そして、鍛冶師以外の人が防具製造のスキルではなく、手作業で鉄製の盾を作った場合、それは魔物の攻撃に対して無力なのだろうか?
武器についてはどうだ?
素手でも魔物にダメージを与えることはできる。
また、人に対しては木剣でもダメージが入ることを、この身で確認している。
木剣で魔物を攻撃した場合はどうなんだろう?
素の攻撃力分のダメージしか入らないのだろうか? それともまったくダメージが通らない? もしくは、微々たる数値ではあっても攻撃力の上乗せがある?
……悩んでも答えなんて出るはずないし、危険を冒して実験なんてできるはずもない。
これはセリー案件だな。加入後に確認してみよう。帰ったら忘れないようにメモしておかないと。
取り留めもないことを考えているうちに、ロクサーヌは買うものが決まったのかキープしていた品を次々と戻し始めた。
え! 全部戻したんだが……。
「ではご主人様、次のお店へ行きましょう」
マジか!
あんなに長い時間をかけ、手に取って確認しその上キープまでしておきながら買わないのかよ!
メンタルやべー! 俺には絶対真似できない行動だわ。
いや、そもそも大量に手に取って確認しながらキープすることすら無理だな。
店員にどう思われているのだろうと考え躊躇してしまう。
よしんばそれをやったとしても、迷惑をかけたという意識のせいで絶対に何か買ってしまうだろう。
三割引や三割アップを使っているくせに何を言ってんだって感じで、我ながらかなり面倒な性格をしている。
そして、そんな性格はこの世界で生きていく上で邪魔にしかならないだろう。俺もロクサーヌを見習って図太く生きていかないとな。
その後もロクサーヌは、キャミソールを買った高級な服屋や歯ブラシを買った高級雑貨店でも同じことを繰り返す。
いやぁ、マジですげーなぁ。このメンタルは頼もしい限りだわ。
それにしても、結構な時間を使っているが今日は何も買わないんだろうか?
店を出たところでロクサーヌが口を開く。
「ご主人様。あと一つ別のお店へ寄ってもいいでしょうか?」
「うむ。問題ない」
「ありがとうございます!」
礼を述べるとロクサーヌは歩き出した。
もう結構な時間が経っている。次の店で同じことをしたら、それが終わる頃にはお昼になっているんじゃないだろうか?
……石鹸を作る時間はなさそうだな。
まあ、ロクサーヌがあんなに嬉しそうにしているのだ。何の問題もないさ。
それにしても、迷いなく歩いているがどこへ向かっているんだろう?
知っている店でもあるのだろうか?
「今はどこへ向かっているんだ?」
「おそらく服を扱っているお店か、布を扱っているお店だと思います」
ん?
問いかけてみると不思議な答えが返ってきた。
「ロクサーヌも知らない店なのか?」
「はい。新品の布やそれに色を付けた染料の匂いがたくさんありますので」
よくそんなことが判別できるなぁ。本当にたいしたものだぞ。さすがロクサーヌの鼻だ。
案内に従い歩き続けていると、こぢんまりとした服屋にたどり着く。
すげー、本当に服屋だった。
中に入り確認すると、吊るしの服が置いてある。
既製服がメインなのは、この世界だとちょっと珍しいのかもしれない。
俺がボーっと店内を眺めているとロクサーヌはササっと女性店員の方へ近づき、何やら小声で会話をしている。
まあ、男に聞かれたくないこともあるか。
一頻り話した後に俺のところへ寄ってきた。
「あの、ご主人様。申し訳ありません。その、買うところをご主人様に見られているのは、あの……」
ああ、そういう系ね?
大丈夫。俺はふたりエッチで女性に対する気遣いを学び、紳士としての心構えを持ち合わせている。
みなまで申すでない。
「ロクサーヌ、気にするな。男に見られたくない物もあるだろう。そこら辺をブラついて時間を潰しているから、買い物が終わったら俺のところへ来てもらえるか?」
「申し訳ありません。ご主人様、よろしくお願いします」
恐縮している様子のロクサーヌの頬を両手で撫でながら声をかける。
「大丈夫だ。本当に気にする必要はない」
すると、次第に安心した表情に変わり返事を返した。
「はい。ありがとうございます」
うん。問題なさそうだな。
「では、俺は外をブラついてこよう」
しかし、よく女性の頬を撫でるなんてイケメンにしか許されない行動をとれたな。我ながらびっくりだ。
この数日でロクサーヌとの間に信頼が生まれていることを確信しているからだろう。これをやっても嫌われることがないという安心感があるからこそ、変に躊躇することなく行動に移すことが出来た。
自分でも顔が緩んでいるのがわかる。
ニチャッとした気持ち悪い笑みが浮かんでいることだろう。
一人でニヤニヤしながら歩くわけにはいかないからな。キリっと引き締めなければ。
帝都の街並みを目的も決めずブラブラ歩いていると、先ほどロクサーヌが見るだけで済ませた高級な方の服屋が目についた。
原作ではここでキャミソールやメイド服、それから滝行をするための白装束を買っていたんだよなぁ。
キャミソールは手に入れたが、白装束は滝が見つかってからでいいだろう。それにメイド服についてはミリア以降だし。
あ、そういえばエプロンもこの店で買っていたか。
裸エプロンは俺の性癖にそこまで刺さらないから、絹のエプロンはぶっちゃけ要らない。
だが、台所仕事をするためのエプロンは必要になるだろう。
今後揚げ物なども頻繁にすることになるしな。
よし、ちょうど時間もあるし今のうちに注文をしておこう。
「いらっしゃいませ」
店に入るとフォーマルなスーツに身を包み蝶ネクタイがイカした、髭を生やしている紳士が頭を下げ丁寧な挨拶をしてきた。
コミックやアニメで見た気がするな。店長だったりするのだろうか?
先ほどロクサーヌがあれだけ店中の服をひっくり返した挙句、何も買わずに退散したのだ。髪の色もあり絶対に俺のことを覚えているだろう。
良い印象はないだろうに、それを一切感じさせることがない。さすが高級店だ。
「すまない、少しいいだろうか?」
その店員に声をかける。
「はい、いかがなさいましたか」
「エプロンのオーダーを行いたいのだが大丈夫だろうか?」
「エプロンですか?」
俺の依頼内容に困惑した表情を浮かべている。
まあ、この世界のエプロンというと実用一点張りの前掛けだもんな。そりゃ、なんでうちにオーダーするんだと思っているのだろう。
「二着頼みたいのだが、まず俺が使う物についてだ。胸元からひざ下まで覆うような形で、肩紐を交差させて……。いや少し待ってくれ」
これ説明がめちゃくちゃ面倒だぞ。
絵を描いて説明したほうがいいんじゃないか?
まずったな。筆記用具を持ってきていない。
「すまない。絵に描いて説明したいのだが、筆記用具を借りることは可能だろうか?」
「はい。用意いたしますので少々お待ちください」
そう言うと店員は奥の部屋へ下がる。
今後買い物に行くときは筆記用具を持ち歩く方がいいかもな。
程なくして、羽ペンとインク壺、それから紙を持って店員が戻ってきた。
パピルスじゃなくていいのか? クッソ高いのに紙を使って問題ないのだろうか?
「お待たせいたしました。こちらをご使用いただきたく存じます」
「これは紙だろ? 本当にこれを使ってもいいのか?」
「はい。問題ございません」
やべー。一枚数銭のコピー用紙とはわけが違う。これは結構なプレッシャーだぞ。絶対に書き損じるわけにはいかない。
慣れない羽根ペンと書き心地の悪い紙、そして猛烈なストレスがかかった状態で何とかエプロンの前後の絵を描き終える。
「こういう形状で作ってほしい。俺用は特に飾りをつける必要はないんだが、もう一着は女性用となるので帝宮の侍女服にあるようなフリルをあしらってくれ」
絵を見て、俺の説明を聞いた店員が確認をしてきた。
「こういった形状のエプロンを作成するのは初めてとなりますので、どうしても割高となってしまいます。通常の布で作成した場合、男性用が九百ナール。フリルをつけた女性用で千ナール。絹を使用した場合ですと、男性用が千二百ナール。女性用が千三百ナールとなりますが、いかがでしょうか」
値段はたいして変わらないが、これは油汚れが付き頻繁に洗うことになる実用品だ。
触り心地だの光沢だのは求めていない。それに絹だと洗濯も面倒だしな。
「汚れがついて頻繁に洗うことになるのだ、絹はやめておこう。どちらも通常の布で頼む。それから、汚れがわかりやすいように色は白にしてくれ。あとフリルの細かいデザインについてはそちらにまかせるので、よろしく頼む」
「かしこまりました。お客様がご使用されるものにつきましては後ほど採寸させていただきますが、女性用のサイズはいかがいたしましょうか」
あー。そうだよな。ロクサーヌの採寸が必要か。
エプロンだからある程度何とかなるんだろうが、ちゃんと採寸した方がいいだろう。
「もうしばらくすると、使用する者もこちらに来るので、女性用についてはその後に採寸してもらえるか」
「かしこまりました。では、お客様の採寸を行いますので、こちらへお願いいたします」
俺用の採寸を済ませ、店内でロクサーヌを待つ。
しかし、絹のエプロンを勧められることはなかったな。
あれはミチオとの付き合いがそれなりにあって、彼が奴隷を着飾らせるのが好きだということがわかっていたからこそだったのだろう。
エプロンを注文するまでの間にロクサーヌとセリーのキャミソールと、それからミリアのメイド服とキャミソールも買っている。
そして、これ以外にも頻繁に訪れて服を買い、またウサギの毛皮とウサギの肉も売却しているため、常連としての扱いだったのだろう。
俺たちはまだ一度しか買い物をしていないからなぁ。
まあ、元々買うつもりもなかったので問題ない。
ん? ロクサーヌが動き出したか。
こちらに向かっているのが感じられる。パーティーを組んでいると本当に便利だわ。
それにしても、これ面白い感覚だな。
ロクサーヌの気だ!! とか言いたくなるぞ。
しばらく待っているとロクサーヌが店内に入ってくる。
「ご主人様、お待たせしてしまい申し訳ございません」
「大丈夫だ。この店で注文をしていたので全然待っていない」
「そうなのですか? それならよかったです。ところで、何か注文するのですか?」
俺たちが話していると女性店員が近づいてくる。
「ああ、ロクサーヌの分も採寸をしなければならない。リュックは俺が預かっておくから、彼女について行ってくれ」
「え?」
戸惑っているロクサーヌへリュックを受け取るべく手を差し出すと、背負っていたそれを外しおずおずと差し出す。
「あの、ご主人様。大変申し訳ないのですが、中を見ないでいただけますか?」
「もちろんそのようなことをするつもりはない。安心して行ってくるといい」
その言葉を聞いて笑顔になると店員と共に奥の部屋へ入っていった。
……行ったな。
いや。当然見るつもりはない。それはロクサーヌの信頼を裏切る行為だ。絶対にそんなことをするつもりはない。
だけど、何を買ったのか気になってしまう。
俺の脳内で天使と悪魔が最終戦争を繰り広げていると、男性店員が話しかけてきた。
「失礼いたします。代金は先払いとなりますのでお支払いをお願いしたく存じます」
おっと。三割引に付け替えないと。
手早く付け替えを済ませ、店員と共にカウンターへ移動する。
「男性用のエプロンが一着九百ナール。女性用が一着千ナールで合計千九百ナールとなりますが、このような珍しい形状のエプロンをご依頼いただき当店といたしましても腕の振るい甲斐がございます。今回は千三百三十ナールとさせていただきたく存じます」
店員は不思議な理由をつけて値引をしてきた。
普通はそれだと追加料金がかかることはあっても、値引の理由にはならんだろ。
本当にこのスキルは訳がわからん。
「すまんが細かいので精算させてもらえるか」
「もちろん問題ございません」
よっしゃ! 貯まっている銅貨を大放出だ!
リュックから巾着袋を取り出し、銅貨を確認してみると二百五十七枚あったため、二百三十枚をトレーの上に載せる。
そして、アイテムボックスから銀貨十一枚を取り出し、こちらも同じくトレーへ載せた。
硬貨の枚数を数え終わると口を開く。
「千三百三十ナール確かに。お渡しは五日後となりますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
この店とは今後長い付き合いになるからな。ここは上客だと思わせるためにハッタリをかましておこう。
「アユム・タガワだ」
苗字を含めて名乗ると一瞬だけ店員の表情が動いた。
おそらく、自由民だと理解したのだろう。
「アユム・タガワ様ですね。ご注文いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
「うむ。他にも注文したいものがあるので、こちらの方こそよろしく頼む」
他の娘のキャミソールやメイド服。それに白装束もいるよな。
何か欲しい服ができたらこの店の世話になるのは間違いない。
あ、そういえばブリーシンガメンをロクサーヌが身に着けたとき、あれに合うドレスを仕立てようと考えたのだった。
お金に余裕ができたらそれも注文してみよう。
本気で着飾ったロクサーヌはどれほど美しいのだろうか。
めちゃくちゃ楽しみだ。
俺が妄想に浸っていると、採寸を終えてロクサーヌが戻ってきた。
「ご主人様、お待たせいたしました」
「いや、大丈夫だ。ではそろそろ戻るか」
「はい」
店を出て人気のない場所を目指して歩いていると、ロクサーヌが問いかけてくる。
「ご主人様、どうしてわざわざエプロンを注文なさったのですか?」
ん? ああ、女性店員に聞いたのか。
「料理をするためにエプロンは必要になるからな。どうせなら、ロクサーヌにはかわいらしいものを身に着けてもらいたかったのだ」
「ありがとうございます!」
おお。すげー喜んでくれている。注文した甲斐があった。
「ご主人様に美味しいものを召し上がっていただくため、作っていただいたエプロンを身に付けてお料理を頑張りますね!」
「俺もロクサーヌに喜んでもらえるように、色々作ってみるかな」
「はい!」
あ!
ロクサーヌと話しながら人気のない路地を歩いていると、街中に響き渡る大きな鐘の音が聞こえてきた。
「もうお昼か」
「申し訳ありません。私が時間をかけすぎたせいで……」
「いや。全然問題ない。のんびり色々なところを回ることができて本当に楽しかった。恥ずかしい話なんだが女性とこんな風に過ごしたのは初めてでな。ロクサーヌ、俺の人生初となるデートの相手になってくれて本当にありがとう」
「ご主人様!」
感謝の言葉を述べるとロクサーヌは俺の体をぎゅっと抱きしめ言葉を発する。
「私も男性と二人でこのように過ごすのは初めてでした。ご主人様、ありがとうございます」
その言葉が耳に入った直後に、唇に柔らかいものが触れた……。
「そ、それじゃあ行くか」
「はい……」
照れくささを感じながらワープゲートを開き、それに体を埋めていく。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv25 英雄Lv20 魔法使いLv24 戦士Lv22
BP振分 残BP:14
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値十分の一:31
鑑定:1
ジョブ設定:1
詠唱省略:3
結晶化促進二倍:1
ワープ:1
三十パーセント値引:63
所持金:165,927ナール
春の7日目