まさか、下着の注文で午前中が潰れるとは思わなかった。
ロクサーヌの方をうかがうと、かなり恐縮している様子だ。
俺がロクサーヌに着てもらいたくて注文したものなのだから、気にする必要はないんだけどな。
まあ、そう言っても気にしてしまうのだろうが、とりあえずフォローしておこう。
「ロクサーヌ。俺のために細かく打ち合わせをしてもらい、本当にありがとう。十日後に着飾った君を見るのが、とても楽しみだ」
「ご主人様……」
「気にするなと言っても無理だろうが、俺は本当に喜んでいるのだから、ロクサーヌも一緒に喜んでくれると嬉しい」
そう言って髪と犬耳を撫でた。
伝説に謳われる所謂ナデポというやつである。
今では滅多に見ることが出来ない大技だ。
最後に軽くポンポンとしてから手を離す。
ロクサーヌの顔を見てみると、恥ずかしがりながらも笑みを浮かべていた。
こうかは ばつぐんだ!
さすが古のなろうを彩った秘技。その威力、いまだ衰えずといったところか。
しかし俺の顔では、対をなすニコポを発動出来ないことが残念だ。
まあ、馬鹿な妄想はこの辺にして昼食にしよう。
「それでは、クーラタルで食材を買ってから家へ戻ろう」
「はい」
さてと。昼食もとったし、残っていた最後のキュピコも食った。そして食休みも済んでいる。
んじゃ、キャラクター再設定と装備を整えて迷宮に行くとしますか。
装備を整え、玄関でボーナスポイントを振り分けながら待っていると、程なくしてロクサーヌもやってきた。
「では、午後の探索に出よう」
「かしこまりました」
靴を履き替え、玄関の扉にワープゲートを開く。
さて、探索を中断した小部屋から、魔物を燃やす作業に取り掛かりますかね。
滞りなく探索を進め、一度目のMP回復を行うときに確認すると英雄のレベルが上がっていた。
よし。英雄は補正が半端ないからな。こいつが上がるだけで、物理、魔法共に強化されていくはずだ。
MP回復後にもう二セット繰り返したが、俺もロクサーヌもレベルが上がることはなかった。
んじゃ、ボチボチかな。
小部屋に到着したところでロクサーヌに声をかける。
「だいぶ早いが今日の探索はここまでにしておこう」
「はい」
大事な大事なバスタブの納品があるからな。
「クーラタルの冒険者ギルドで売却を済ませたら、夕飯の買い出しをして家に戻る」
「かしこまりました」
ボーナスポイントの調整を済ませワープゲートを展開した。
買い物を終えて帰宅し、食材をしまい込む。
もうすぐだ。もうすぐバスタブが到着する。
ソワソワと気分が落ち着かないが、掃除をしながら待つことにするか。
ロクサーヌと二手に分かれて掃除をしていると、遂にそのときが訪れた。
「ごめんくださーい」
きた!
”待”ってたぜェ!! この”
大急ぎで玄関へ走り扉を開く。
あれ? こいつ……。
「仲買人のルークの使いで参りました」
うそーん……。
違うじゃん……。今じゃないじゃん……。今だけは違うじゃん……。
「あ、ああ。落札に成功したのか?」
動揺を抑えながら問いかける。
すると、カバンからパピルスを取り出し、こちらへ差し出してきた。
「はい。本日までの間に複数の落札に成功しております。詳しくはこちらをご確認ください」
パピルスを受け取り見てみると、言葉通り文字が複数行にわたり並んでいる。
落札に成功するたびに使いを寄こすのではなく、ある程度まとめてから連絡してきたのか?
なんだってそんなことを?
もしかしたら、この使いの者は一回ごとに料金が発生しているんだろうか?
その場合、俺は大量のスキル結晶に継続して買い注文を出しているため、連絡にかかる費用もばかにならないのかもしれない。
まあ、ただ単に五月雨式の連絡は失礼だと思った可能性もあるか。
「では、失礼いたします」
そう言うと男はフィールドウォークで去っていった。
「ふぅ」
思わず息が漏れてしまう。
ものすごいフェイントをくらった気分だな。
それに、ランジェリーで金を使ったその日のうちに来るとは……。
前回も防具やフードプロセッサーのオーダーで大金を失った日に来たし……。
ルーク・アシッド! きさま! 見ているなッ!
家の中に戻り、ロクサーヌのところへ移動すると、彼女はトイレの掃除をしてくれていた。
「掃除の途中にごめんね。いま、仲買人のルークの使いの者がこれを持ってきたんだ。悪いけど、読んでもらえない?」
「大丈夫ですよ。ご主人様のお役に立てて嬉しいです」
そう言うとニッコリ笑ってから、手を洗いパピルスを受け取った。
「では、読み上げますね」
あ、カルクがいるわ。
「ごめん。準備をするからちょっと待って」
戦士と商人をパパッと入れ替え続きを促す。
「じゃあ、お願い」
「はい」
返事をするとパピルスに目を遣り、艶にあふれたかわいらしい声で読み上げた。
「芋虫のスキル結晶三千九百ナール、はさみ式食虫植物のスキル結晶五千八百ナール。そして、コボルトのスキル結晶が五千ナールと五千二百ナール。以上です」
四点で合計一万九千九百ナール。手数料まで合わせると三割引が効いても二万千三百ナールかぁ……。
うーん……。
このペースで金が溶けていくのは厳しいものがあるぞ。
買い注文を考えなおした方がいいかもしれないな。
「ロクサーヌ、ありがとう。今日はそれどころじゃないから、明日引き取りに行ってくる」
「はい」
掃除を再開しながら、スキル結晶の買い注文について考える。
芋虫とコボルト、そしてウサギはいくらでも必要だ。
こんなんなんぼあってもいいですからね。
身代わりのミサンガを全員分用意しておくのはマストだし、それに帝国解放会のロッジで買い物をするためにも使うので、芋虫については今後も常に買いを出し続けるべきだろう。
コボルトのスキル結晶は有用なスキルの付いた装備品を作るために必要だし、それにもうすぐ買い占めが起こってしまう。これも常時注文を出しておかないとな。
そして、迷宮探索において安全性を高めるためには、詠唱中断の付いている装備品を全員分用意する必要があるだろう。
そのため、ウサギのスキル結晶は最低でもパーティーメンバー分の六個が必要だ。
また、この世界でも起こるのかは未知数だが、パーンにやられたパーティーから妨害の銅剣五本を手に入れた場合、セット販売用にもう一本作らなくてはならない。なので、プラス一個がいる。
七個確保出来たら注文を取り消そう。
ヤギとはさみ式食虫植物は俺とルティナが使う他に、交換用としてストックが必要だ。
それがなければ、MP吸収の付いた装備品を求めていた仲買人が所有する、空きスロットが五つ付いた聖槍と吸精のスタッフを交換することが出来なくなってしまう。
そして、ウェブ版ではコボルトのモンスターカードを二枚とハイコボルトのモンスターカード。それから、ダマスカスステッキに三千ナール。それらを全部まとめて、ひもろぎのロッドとの交換を持ちかけられていたからな。
もし、この出来事が起こったなら、ハイコボルトのスキル結晶を入手できる、またとないチャンスだ。そんなもんいつ手に入るかわからないからな。これを逃すわけにはいかない。
ヤギとはさみ式食虫植物のスキル結晶は、それぞれ四つくらい持っておくべきだろう。
それに、今を逃すとしばらくは買い占められて、入手に苦労してしまうんだ。この二つもそのまま継続だ。
サンゴと潅木についてはミリアの武器に付ければいいだけだから、一つずつでいいか。
サンゴは前回手に入れているので、融合に成功したことにして注文を取り消そう。
潅木も手に入ったら成功したことにして翌日に取り消しだな。
うん。考えもまとまったし、それじゃあ掃除の続きに取り掛かるとしますかね。
その後、バスルームの掃除を終えるが桶屋の使いはまだ訪れない。
日の高さを見るに夕方まではまだまだありそうだな。
楽しみにしすぎたせいで探索を切り上げた時間が早すぎたか。
先に修行を行うことにして庭に出る。
そして、今日も今日とて庭を転げ回る羽目になった。
また、ロクサーヌは完全にオーバーホエルミングを使った俺の攻撃を見切ったようで、余裕すら感じられる動きで回避し続ける。
自分の成長がまったく感じられないのに、爆速で成長し続ける天才が隣にいるせいで、毎日心がバッキバキに折られているんだが……。
本当に、何らかの手段を講じなければならない。
修行を終えると辺りはすっかりオレンジに染まっている。
お互いの体をパタパタ叩き、汚れを落としていると、ロクサーヌから声が上がった。
「ご主人様。誰か来ます」
お、やっとか!
しかし、影も形も見当たらないのによく気づくよなぁ。さすがロクサーヌの鼻だわ。
玄関ポーチの階段にロクサーヌと並んで座り、今か今かと待っていると、小柄な男が操る荷台に桶を積んだ馬車が近づいてきて、俺たちの前に停まった。
男は馬車を降りると口を開く。
「おまたせしました。ご注文の桶をお持ちしました」
「ありがとう。わざわざすまないな」
「いえいえ。これも仕事ですので」
そう言うと、掛けられていたロープをテキパキと外し、特大の桶を掴むと荷台から下ろした。
すげーな。おそらく腕力のパラメーターが高いのだろう。
鑑定で確認すると♂と表示されている。背も低いし耳も尖っているようなので、ドワーフなのかもしれない。
コミックやアニメに出てきた人の耳は尖っていなかった気がするが、同じ人物なのだろうか?
「中までお運びしましょうか?」
俺が考え込んでいると男が尋ねる。
「いや、大丈夫だ。世話になったな。少ないがこれで美味いものでも食べてくれ」
感謝を伝え、用意していた銀貨を渡す。
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。気持ちばかりだが納めてくれ」
「ありがとうございます。またよろしくお願いします」
そう言うと頭を下げ、手早く片づけを済ませると去っていった。
「ご主人様。すごく大きいですね……」
ロクサーヌさん。録音するから今の言葉をもう一回お願い。
……スマホもボイスレコーダーもない世界だったよ!
ロクサーヌは驚きの表情を浮かべながら、マジマジとバスタブを見つめている。
そうだよなぁ。書籍版のイラストやコミック、それにアニメで目にしていたため、大きさは知っていたつもりだったが、実際に見ると圧倒されるな。
「確かに。これは想像以上だったよ」
分厚い板で作られており、見た目のインパクトが半端ない。
お、ちゃんとオーダー通り栓が付いている。良い仕事してますねぇ。
さて。このデカブツを運び込まないと。
一旦ボーナスポイントの振り分けだ。
フォースジョブをサードジョブに下げ、キャラクター再設定と必要経験値十分の一、そしてワープと詠唱省略を除き、すべて解除する。
残りは84ポイントか。
まずは頭装備六に振り、消費MP二分の一が付いた毘盧帽を身に着ける。
そして、腕力上昇の付いた技工の革グローブを出して、ロクサーヌに差し出した。
「あの、ご主人様。これは?」
おっと、いきなり差し出されて戸惑っているようだ。彼女へ説明しないといけない。
「このデカいバスタブを運ぶために、腕力上昇の付いた装備品を出したんだ。それはロクサーヌが装備して」
「ご主人様が装備しなくて良いのですか?」
まあ、ロクサーヌは気にするか。
「大丈夫。俺は直接腕力を上げることが出来るから問題ないよ」
「そうなのですね。ありがとうございます。ではこちらを装備させていただきます」
説明すると、彼女は安心したような表情で腕にはめた。
それじゃあ、残りのポイントを腕力に振ってっと……。
よし、これで準備完了だ。
「転がして運ぶと傷めてしまうかもしれないから、持ち上げてワープで運ぼう」
「かしこまりました」
「近くに人はいる?」
「大丈夫です。人に見られる心配はありません」
んじゃ、オッケーだな。
「以前家具を運んだときのように、ワープゲートを開いたら一気に通り抜けよう」
「はい」
「それじゃあ、持ち上げたら開くね」
掛け声を掛けてバスタブを持ち上げると、壁にワープゲートを展開して一気に通り抜けた。
問題なくバスルームに運び込むことに成功すると、排水溝の近くまで持っていき、そこに設置する。
よっしゃ! 我が家に風呂がやってきたぞ!
今日から毎日ロクサーヌと風呂に入ることが出来るのだ。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうか?
一人満足感に浸っているとロクサーヌが話しかけてきた。
「さすがご主人様の装備品です。こんなに大きくて重たそうな桶を問題なく持ち上げることが出来ました!」
確かにな。腕力上昇の効果はなかなか侮れないもんだ。
それに、俺の方も腕力にポイントを振った甲斐があった気がするぞ。
そして、毘盧帽のおかげなのかMPの負担もまったくない。
というか、毘盧帽は必要なかったかもしれないな。
想定していた時間よりバスタブの納品が遅かったため、夕食を作り終えてから風呂を沸かし、その後アランの館を確認するってのは難しいな。
夕食はロクサーヌにまかせて俺は風呂を沸かそう。
そして、MP回復のタイミングで一度ベイルへ行き、商館を確認してくるか。
それじゃあ、もう一度ボーナスポイントの振り分けとジョブの変更をしてから、ミッションスタートだ!
田川 歩 男 18歳
探索者Lv25 英雄Lv21 魔法使いLv24 僧侶Lv15
装備 毘盧帽 サンダル メギンギョルズ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値十分の一:31
ジョブ設定:1
鑑定:1
詠唱省略:3
ワープ:1
頭装備六:63
アクセサリー四:15
所持金:162,840ナール
春の8日目