「さて、そろそろ迷宮に戻ろうか」
ロクサーヌの頭を撫でていた右腕と、お腹に回していた左手を離して声をかける。
「あ……」
すると、小さな声が漏れた。
立ち上がり向かい合うと、その顔には残念そうな表情が浮かんでいる。
抱きしめられて撫でられたのを、そんなに喜んでくれていたのか。
彼女の顔に手を伸ばし、両頬を撫でながらゆっくりと顔を近づけると、目を閉じて受け入れてくれた。
重なった唇を割り開いて侵入し、ミントの香りに包まれたロクサーヌの口内で舌を絡め合う。
激しく交わした口づけを終えて唇を離すと、頬を赤く染めとろけたような表情が目に入る。
「それじゃあ、午後の探索も頑張ろう」
その言葉を聞いて、花が綻ぶように笑みを浮かべた。
「はい! ご主人様!」
うんうん。やっぱりロクサーヌには笑顔が似合う。
なるべく笑って過ごせるように俺も頑張らないとな。
午前中に探索を終えた小部屋へ戻り、キャラクター再設定をいじっていると、ロクサーヌが何かに気がついたのか匂いを確認しだした。
ボーナスポイントの振り分けを済ませて、スンスンと確認を続ける彼女をそのまま見守ることにする。
改めて見てもこの仕草はめちゃくちゃかわいいよなぁ。
こんな娘と共に過ごすことが出来るなんて、信じられないくらいの幸せ者だわ。
彼女を見つめていると、確認を終えたのか目を合わせて口を開く。
「ご主人様、十人以上の人が集まっていて動きがない場所があります。おそらく待機部屋ではないでしょうか」
「そうなのか?」
さすがロクサーヌの鼻。やっぱとんでもない能力だ。
「はい。午前中に七階層を探索していた複数のパーティーが、待機部屋で鉢合わせたのだと思います」
なるほどな。
それで、現在待機部屋で順番を待っているということか。
今後もこういうことは起こるかもしれない。気づいたときには知らせるようにお願いしておこう。
「ロクサーヌ。もし今後も待機部屋を探しているときに、こういうことがあったら教えてもらえるか」
「もちろんです。おまかせください」
そう言うとグッと力こぶを作るポーズをとった。
ちょいとロクサーヌさんや。探索中に俺のハートを撃ち抜くのをやめなさい。
狙っていないことはわかるんですが、あざとかわいすぎやしません?
「それじゃあ、待機部屋への案内を頼む」
「はい。ご主人様、こちらです」
ロクサーヌの後に続いて通路を進み、出会う端から魔物をファイヤーストームで焼き払っていく。
スタッフとメギンギョルズの効果もありワンパンで沈んでいくため、目的地へ向けてサクサク進んで行ける。
そして、しばらく進み小部屋の前で立ち止まると、ロクサーヌはこちらへ振り返って告げた。
「ご主人様、もうすぐ待機部屋です」
よっしゃ。そんじゃ手早く準備を整えよう。
「では、ボーナスポイントと装備を変更するので、少し待っていてもらえるか」
「かしこまりました」
鑑定を外して詠唱省略を詠唱短縮に落とし、腕装備二を身に着けた。
そして、次の変更を行おうと再設定画面を確認したときにふと気づく。
……ボス戦ではメギンギョルズ要らなくね?
攻撃力二倍はデュランダルとスキル被りをしているから効果がない。
魔法攻撃力二倍と最大MP上昇は魔法攻撃を行わないため無駄もいいところ。
そして、魔物が相手なので対人強化は完全に死にスキルだ。
やっちまったなぁ……。
……まあいいさ。今は迷宮探索の序盤も序盤なんだ、大した差はない。あまり気にしないようにしよう。
となると、浮いた15ポイントをどれに振るか……。
うーん……。
やはり、パーンの全体攻撃スキルは脅威だよな。
念のため今回はフィフスジョブにして僧侶を付けておこう。
これならいざというときでも、念じるだけで立て直しができるはずだ。
アクセサリー四を解除してポイントを振り、フォースジョブをフィフスジョブにする。
そして、詠唱省略と鑑定を付けなおし、残ったポイントは結晶化促進に振っておく。
最後に獲得経験値二十倍のチェックを外して63ポイントをフリーにし、いつでもデュランダルを出せるようにしておけば準備完了だ。
「では、行くか」
「はい」
小部屋の中に入り、突き当りに近づくと音を立てて壁が降りていく。
待機部屋に入ると、そこにいた六人が一斉にこちらを振り返った。
探索者が二人と戦士、それから獣戦士と剣士の男たちと、紅一点で巫女がいるパーティーだ。
おそらく、魔法使いがいないならオーソドックスなパーティー構成になるのだろう。
いや、巫女がいるのだから、もしかしたら恵まれている方なのかもしれない。
防具は全員革装備だし、レベルも全員15を超えており、一番高い探索者は19だ。既に駆出しは卒業している感じだな。
お、剣士の持っている武器は強権のレイピアだぞ。スキル付きの武器を持っているということは、それなりの腕を持っているのかもしれない。
それに、強権装備ってことはパーンのスキル攻撃への対策もバッチリってわけか。
彼らは俺たちを確認すると扉の方へ向き直り、作戦会議を始める。
やはり、今回もロクサーヌは男どもの視線を集めていた。
……他の奴らもチラチラこちらをうかがっているが、獣戦士である狼人族は、もう完全にロクサーヌをガン見で鼻をひくつかせている。
美人も大変だなぁと思いロクサーヌの方を見てみると、俺を見つめていた彼女と目が合った。
すると、その顔に嬉しそうな表情が浮かぶ。
せんせー、ロクサーヌさんがかわいすぎまーす。迷宮探索に集中できないのでなんとかしてくださーい。
いや、この娘はいついかなる時もかわいいから、それは無理な相談だよな。
失敬失敬。
前にいるパーティーを無視して、取り留めもない会話を楽しみながら順番を待っていると、レベルの高い方の探索者が話しかけてきた。
「ここのボスはパーンだぞ。あんたたち二人で大丈夫なのか?」
と言われてもなぁ。
オーバーホエルミングを切らさないように立ち回って、詠唱中断を兼ねたラッシュを入れ続けるという、ハメ技を使うから大丈夫なんて言えるわけもないし……。
「ああ、まったく問題ない」
その言葉にロクサーヌは、さも当然のように頷いている。
いや、いいんだけどさ……。
「そうか。まあ、それだけの装備品を身に着けているんだ。余計なお世話だったな」
そう言うと男は離れていった。
それにしても、以前にもあったが、結構待機部屋で話しかけられるなぁ。
原作ではラピッドラビットにやられた奴としか喋っていなかったが、描写されていなかっただけで、こんなことがあったのだろうか?
コミュ障な上に、隠さなければいけないことが山のようにある俺には正直厳しいぞ。
まあ、だからと言って無視をするわけにもいかない。
仕事と割り切って上辺だけの会話で乗り切ろう。
その後もロクサーヌとおしゃべりをしながら待っていると、しばらくしてボス部屋への扉が開く。
奴らは最終確認を終えると、こちらに一声かけてボス部屋へ消えていった。
今のは見習うべき行動だな。
ボス部屋へ入る前に最終確認をするのは大切なことだろう。今後俺たちも取り入れるべきだ。
「ロクサーヌ、ちゃんとリュックに滋養丸は入っているか?」
「確認いたします」
彼女に尋ねるとリュックを下ろして確認をすると、再び背負い答えた。
「はい、大丈夫です。ちゃんとリュックの中に入っています」
それじゃあ、俺もアイテムボックスを確認だ。
強壮丸。
「ヨシ!」
滋養丸。
「ヨシ!」
滋養錠。
「ヨ——あっ」
滋養錠は二個あるんだ、いざというときのために一つはロクサーヌに預けておこう。
俺が瀕死の状態でもこれを使ってもらえれば立て直すことが出来るし、彼女が大きなダメージを負った際にも、自分自身に使えばリカバリーが利く。
アイテムボックスから滋養錠を取り出し、ロクサーヌに差し出しながら声をかけた。
「ロクサーヌ。滋養錠を渡しておくので、緊急事態にはこれを使ってくれ」
「かしこまりました。ご主人様に万が一があった際には私がお助けします!」
「もちろんそれもあるが、もしロクサーヌが攻撃を受けてまずいと思ったときには、自分への使用を躊躇しないでほしい。絶対に君を失うわけにはいかないのだ」
「ご主人様……。はい、わかりました。そのときには使用させていただきます」
よかった。これを納得してもらえないのは本当にヤバイからな。
それじゃあ確認を続けよう。アイテムはオッケーだから、次はボーナスポイントの振り分けだ。
キャラクター再設定、フィフスジョブ、必要経験値十分の一、結晶化促進八倍、詠唱省略、腕装備二、鑑定。
「ヨシ!」
残りのボーナスポイントが63。
「ヨシ!」
うん。問題ないな。
確認が終わると、ロクサーヌと会話をして緊張をほぐす。
正面から魔物のヘイトを取り続けてくれる、この娘の存在が本当に頼もしい。
パーンなど何するものぞだ!
決意を新たにしていると、音を立てて扉が開く。
「さあ、行こうか」
「はい」
ボス部屋へ入ると魔物が待ち構えているようなことはなく、前のパーティーは無事に先へ進めたようだった。
そしてフロア中央に目を向けると、徐々に靄が集まりつつある。
ロクサーヌがそこへ向かって駆け出したのに合わせ、俺も走り出す。
集まった靄から一気に煙が噴き出し、それが晴れると半人半獣の姿をさらけ出した。
パーンLv7
頭からは不気味なツノが二本突き出しており、能面のような恐ろしい顔つきに、横長の瞳孔が生理的嫌悪感を掻き立てる。
かなりの巨体を誇り、筋骨隆々である人の上半身に対し下半身はヤギそのもので、人ではありえない関節の位置と地面を踏みしめている蹄が怖気を誘う。
いや、これ怖すぎだろ!
コミックで見知っていたけど、本物の迫力はヤバすぎる。
しかし、ロクサーヌはそんな恐ろしい魔物にひるむことなく駆け寄り、そのままレイピアを叩き込んだ。
すげー! さすがロクサーヌ!
よし、俺も続くぞ!
オーバーホエルミング
スローモーションで戦闘を開始したロクサーヌを横目に、パーンの背後に回り込み、ガラ空きの背中へデュランダルを薙ぎ払いながら念じる。
ラッシュ
勢いを増した斬撃が直撃し、振り抜いた勢いのまま再び念じ攻撃を繰り返す。
ロクサーヌが常に正面で注意を引き続けており、パーンはこちらを気にする余裕がまったくない。
不意に奴の足元が光を放つが、スローモーションなため魔法陣が形成される前に潰せている。
事故に気をつけ、オーバーホエルミングを切らさないように注意をしながら、何度も攻撃を当て続けていると、遂にパーンの体が頽れ霞のように消えていった。
「ふぅ」
よし、完封勝利だったな。
しかし、ラッシュでの攻撃が十回以上必要になっている。
腕力上昇と攻撃力五倍、それから防御力無視をもってしてもこの結果か……。
たしか、セリーによるとパーンは打たれ弱いということだった。
それなのにこの回数ということは、この先はさらに厳しくなっていくのだろうな。
考え込んでいるうちにオーバーホエルミングの効果が切れると、ゆっくり動いていたロクサーヌがいきなり猛スピードで近づいてきて、大きな声を上げた。
「低階層の中では強いとされているパーンを、いともたやすく倒してしまうなんて、さすがご主人様です!」
「いやいや、それを言うなら敵の正面でずっと注意を引いてくれた、ロクサーヌのおかげだ」
一頻りお互いを称え合った後に、ドロップアイテムを拾うことにする。
初見の相手だったため、ロクサーヌは手を出さず俺が拾うのを見守っていた。
ヤギの肉
ヤギの肉かぁ。
日本にいた頃は食べたことがなかったが、臭みがあるという話は聞いていた。実際のところはどうなのだろうか。
まあ、迷宮産なのだから美味い気はするな。
さっそく今日の夕食で試してみよう。
そんなことを考えながら、床に転がっているそれを拾いアイテムボックスにしまい込む。
さて、いよいよ次は八階層で、一度に出現する魔物の上限数が四匹になるが、本当にこのまま進んでも問題ないのだろうか?
「ロクサーヌ、次の階層からは敵の数も四匹になるが、大丈夫だろうか?」
問いかけると、自信満々のドヤ顔で告げた。
「八階層の魔物など、たとえ四匹になったところでご主人様の敵ではないでしょう」
……いやまぁ、確かに魔法一発で倒せるならそれも正しいんだろうが、一発で倒れなかったり、MP回復時にデュランダルでワンパン出来なかったときが怖いんだよなぁ。
うーん……。
よし、一度試してみて、無理そうなら七階層に戻ってレベル上げをするか。
原作で、八階層に進んだのはセリー加入後なんだ。
そう考えると、ここは無理をする場面じゃないし、なんなら魔物の殲滅スピードというアドバンテージがあるおかげで、原作よりレベル上げもはかどることだろう。
それじゃあ、キャラクター再設定を行ったら先に進もう。
「ロクサーヌ、ボーナスポイントの振り分けを行うので少し待っていてくれ」
「かしこまりました」
扉を潜り抜け、入口の小部屋へたどり着いたところで、ロクサーヌはいつものように鼻をスンスンさせて確認を始めた。
「ここも、人はそう多くないようですね。魔法を使っても問題ないと思います。それに、人が集まっている場所も確認できませんでした」
まあ、そう上手くはいかないわな。
「ロクサーヌ、ありがとう。それではいつものように右側から虱潰しに探索していこう」
「はい」
右の通路を進んでいるとすぐに魔物とエンカウントする。
コラーゲンコーラルLv8
コラーゲンコーラルLv8
ナイーブオリーブLv8
エスケープゴートLv8
くそっ。いきなり四匹編成かよ。
げんなりしながらも、勢いよく飛び出したロクサーヌの動きにつられて魔法を念じる。
ファイヤーストーム
四匹の魔物が一斉に燃え上がるさまは、自分が起こしたものとは思えないほどのド迫力だ。
炎に包まれている魔物たちに、チクチクと攻撃を入れ続けているロクサーヌを、盾を構えながら見守りつつ、リキャストタイムが明けたら即座に魔法を放てるようにしておく。
ファイヤーストームの燃焼が終わると魔物はバタバタと倒れ、その体は風に流されるように消えていった。
マジか……。
八階層の魔物もワンパンだったぞ?
えっぐ。威力ヤバすぎだろ。スタッフとメギンギョルズのシナジーハンパねーなぁ。
これで知力二倍を付けたらどうなっちまうんだ?
内心で戦慄していると、ロクサーヌの歓声が上がる。
「八階層の魔物を魔法一発でまとめて倒してしまうなんて、本当に私のご主人様はすごいです!」
え? ああ、うん。すごいのは君のご主人様じゃなくて、キャラクター再設定と装備品なんだが、まあそれは言うまい。
ロクサーヌからの称賛をいたたまれない思いで受け取り、探索を再開する。
魔物を魔法一発で沈めながら進んでいくと、いつもよりだいぶ早いタイミングでMPが心許なくなってきた。
メギンギョルズを装備した後に回復を行っていないため、最大MP上昇で上がった分が満タンになっていなかったせいもあるのだろうが、やはり一度の戦闘で相手にする魔物の数が増えているからな。
今後は、MP回復の頻度も増加することだろう。
デュランダルに持ち替えて回復を図ると、ロクサーヌは四匹の魔物を引きつけ攻撃を回避し続けている。
俺のやるべきことは、あしらわれている魔物に忍び寄り、背後から一刺しすることだ。
しかし、さすがのロクサーヌも四匹の魔物を、ずっと引き付けておくことはできなかったのだろう。
二度目のエンカウント時にタゲが彼女から剥がれ、コラーゲンコーラルがピョンピョン跳ねながらこちらの方へ向かってきた。
グッと沈み込み、その反動で体当たりを仕掛けてくるが、それを躱しデュランダルを叩き込む。
そして、ロクサーヌが引き付けている魔物にバックスタブをかまし、サクッと戦闘を終わらせた。
「申し訳ありません。引き付けることが出来ず、魔物がご主人様のところに行ってしまいました」
「大丈夫だ。前の戦闘では四匹を上手くあしらっていたし、そもそも三匹を問題なく引き付けていること自体がとんでもないんだ。ロクサーヌ、いつもありがとうな。俺が迷宮探索を行えているのは君のおかげだ」
「ご主人様! 私のことを頼りにしてくださり本当にありがとうございます! 私もご主人様のおかげで充実した迷宮探索が出来ています」
そういったロクサーヌの顔には輝くような笑みが浮かんでいる。
めちゃくちゃかわいいんじゃー。
抱きしめてイチャイチャしたいところだが、今は危険な迷宮探索の最中。自重しなければ。
しかし、どうでもいいんだが、充実した迷宮探索って……。
いや、いいんだよ? いいんだけど、それにしても……。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv26 英雄Lv21 魔法使いLv25 戦士Lv23
装備 聖剣デュランダル 硬革の帽子 硬革の鎧 技工の革グローブ 硬革の靴 メギンギョルズ
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値十分の一:31
結晶化促進四倍:3
鑑定:1
アクセサリー四:15
腕装備二:3
武器六:63
所持金:220,772ナール
春の11日目