「ご主人様、起きてください。そろそろ約束の時間です」
んっ……。
麗しい声と体を優しく揺する刺激で意識が覚醒していく。
……ああ、そうか。ベイルの商館を盗賊が襲撃するんだったな。
「おはよう、ロクサーヌ。起こしてくれてありがとう」
「おはようございます、ご主人様。これくらいなんでもありません」
暗闇でまったく見えないが、彼女の顔はすぐ近くにあるのだろう。
言葉を発する度にこちらの顔にあたる吐息が何ともくすぐったい。
それにしても全然嫌な臭いを感じない。この娘さんはこんなところまで完璧なのか。
「それじゃあ、準備を整えてベイルへ行こうか」
「はい」
蠟燭の明かりを頼りに身支度を整える。
かなり緊迫した状況だが、歯磨きの後にミントの香りに包まれながら大切な朝の習慣をこなしておく。
これは大切なことだからな。どんなことがあろうとも欠かすわけにはいかない。
いや、逆にこんな状況でもルーティーンを疎かにしないほど平常心を保っていると考えれば、とても良い精神状態なのではないだろうか。
……ということにしておこう。
玄関でロクサーヌを待ちながらボーナスポイントの設定を見直す。
盗賊との戦いでは、普段付けている経験値系のスキルや結晶化促進、それからメギンギョルズはいらないだろう。
マストなのはキャラクター再設定とデュランダル、詠唱省略に鑑定、そしてワープだな。あとは一応必要経験値十分の一も残しておこう。
それらの振り分けを行い、取り出したデュランダルをアイテムボックスにしまい込む。
残りポイントは17か。
前回盗賊を狩ったときには、ボーナスアクセサリーの対人強化がなくても問題なかった。
おそらく、デュランダルの基礎攻撃力と攻撃力五倍、それから防御力無視とレベル補正無視があればオーバーキルなのだろう。
となると、ここは実績のある足装備を選んでおきたい。
だが、昨日の夕方に硬革の靴を履いていたのをアランに見られている。それなのに、翌日はサンダルのようなものに替わっていたら不自然に思われるかもしれない。
……いや、やはり安全性重視でタラリアを使おう。これがあれば余裕を持って盗賊の動きに対処できるはずだ。
それに、たとえ違和感を持たれたとしても、靴が変わっている程度のことなら問題はないだろう。
残るポイントは敏捷に振っておくか。
よし、それじゃあタラリアを出して履き替えよう。
履き替えが終わったタイミングで二階からロクサーヌが下りてくる。
「お待たせして申し訳ありません」
「大丈夫だよ。それじゃあ行こう」
「はい」
靴箱の上に置いていたカンテラと燭台を手に取り、カンテラの方へ火を移す。
そして、蝋燭の火を消してから靴箱の上に戻すと、ロクサーヌも持っていた燭台の火を消し、同じように置いている。
よし、準備オッケーだな。
ゲートを抜けると、ロクサーヌが小声で告げる。
「館の近くから夕方にいた盗賊の匂いがします。他にも二十名ほど一緒にいるようです」
マジか。町中の商館に大人数では押しかけてこないんじゃなかったのかよ。
それとも、二十人程度なら大人数というほどではないのか?
原作ではどのくらいの規模だったんだろう?
裏口の扉をノックすると、すぐにアランが顔を出した。
「お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ」
少しだけ開かれた扉の隙間を素早く通り抜ける。もたもたして賊に気付かれたらまずいからな。
アランの案内で二階に上がると、武装した者たちが各々準備を行っていた。
戦闘奴隷たちなのだろうが結構レベル差があるようだ。
その中で飛び抜けて高レベルな五人は、おそらく普段迷宮で鍛えているというパーティーメンバーなのだろう。
ほとんどの者が俺たちのレベルを上回っているが、逆にレベル10未満の者も数名いる。こいつらを戦わせるのは危険ではないだろうか?
アランは二階に集まっている面々を見回すと、俺に視線を合わせて現在の状況を説明しだした。
「準備が整いましたので間もなく囮の者を送り出します。それを確認すると賊が動き出すことでしょう」
ああ。まだ囮を出していなかったのか。ということは、あの低レベルの奴らが囮になるのだろう。
「うむ」
頷きを返すとアランは説明を続ける。
「動きがあれば我々が一階に下りて戦闘を行います。二階には戦えない者を集めておりますので、アユム様は残った戦闘奴隷と共に賊が二階に上がらないように防衛をお願いいたします」
「承った」
ブリーフィングを終えるとアランはレベルの低い者たちと一緒に一階に下りていき、しばらくすると一人で戻ってきた。
「囮の者たちを送り出してまいりました。すぐにでも賊が動き出すことでしょう」
いよいよか。徐々に緊張が高まり動悸が早くなってくる。
思わず隣に目を遣ると、廊下に設置されている燭台の明かりで照らし出されたロクサーヌの顔が目に入った。
自分のいた商館やお世話になったおばさんのことを守りたいのだろう。
彼女の表情は怖いくらいに真剣で、とても強い意志を感じる。
……そうだな。これほど一生懸命に彼女が守ろうとしているのだ。俺もその手助けをしなくては男が廃る。
改めて気合を入れなおし事が起こるのをじっと待っていると、突然ロクサーヌがスンスンと匂いを確認しだした。
「ご主人様、動きがありました。玄関の扉を開いたようです」
あの裏切り者共が動いたのか。
その言葉を切っ掛けに戦闘奴隷たちが音をたてないようにそっと一階へ降りていく。
アランも腰の得物を抜くとこちらに声をかけた。
「アユム様、二階に上がってくる賊の対処をお願いいたします」
「まかせておけ」
アランを見送り、残った者たちと共に待っていると、階下から怒声や悲鳴、それから激しく争う音が聞こえてくる。
遂に始まったか。
俺がやることは抜け出してきた奴の対応だ。そういう奴がいた場合はオーバーホエルミングを使い即始末する。
ミチオとは違い、ここで等量交換を試す必要はないからな。
オーバーホエルミングはソマーラの村で晒しているし、アランにも『目にもとまらぬ速さで動きグミスライムを倒した』とビッカーが伝えている。
これを見られることについては気にしなくてもいいだろう。
そのまま階下の様子を確認しながら、キャラクター再設定を開いて詠唱省略を外した。
呪文の詠唱をしてアイテムボックスを開きデュランダルを取り出す。
そして、再びキャラクター再設定から詠唱省略を付けなおしていると、背後で扉の開く音が聞こえた。
なんだ? 何かあったのか?
振り返って確認してみると、開いた扉の隙間からこちらを窺う背が低くて、とても可愛らしい少女の姿が見えた。
いつもの癖で鑑定したところ、思いがけない表示に一瞬思考が停止する。
セリー ♀ 16歳
探索者Lv10
嘘だろ! 彼女がセリーなのか!?
予想もしなかった事態に、思わず顔をまじまじと見つめてしまう。
長くウェーブのかかった豊かな毛量の黒髪に、ファンタジー系の漫画に出てくるエルフのような先のとがった細い耳。大きな瞳と綺麗な鼻筋は美人が多いこの世界でもなかなかお目に掛かれないほど整っている。野暮ったい髪形なのにそれを補って余りあるほど可憐でかわいらしい。
背は低いものの子供っぽいわけではなく、縮尺が小さいだけで顔つきは大人びており、見惚れてしまうほど魅力にあふれていた。
なるほど、いんちきイタリア人か。日本人っぽいのにヨーロッパあたりの美少女と言われても納得できそうな感じだな。
小説のイラストやコミック、それにアニメで見た面影を確かに感じる。
しかし、それら媒体の絵とは違って髪の色は紫ではなく黒い。文章での描写通りだ。
見れば見るほど、本当に美少女そのもので驚いてしまった。
彼女はキョロキョロと辺りを見回していたが、やがて俺と目が合うと驚いたようにこちらを凝視する。
ん? そのリアクションは何だ?
「ご主人様! 来ます!」
セリーと見つめ合っていると、それを遮るようにロクサーヌの鋭い声が聞こえてくる。
慌てて階段に目を遣ると二人の男が上ってこようとしているのが目に入った。
盗賊Lv36
装備 鉄の剣 鉄の鎧 革の靴
盗賊Lv32
装備 レイピア 革の鎧 革の靴
馬鹿な! 原作ではこんなことなかったぞ!
くそっ! 二階に上がられるとまずい。さっさと始末しなければ!
オーバーホエルミング
すべてを置き去りにしながら階段を駆け下り、その勢いのまま驚愕の表情を浮かべている男たちの首を刎ねて、その体を階下へと蹴り飛ばす。
他にもアランたちを突破してくる奴らがいるかもしれないので、一階を確認しながら考える。
セリーが顔を出したことや、二人の盗賊が二階へ上がろうとしたこと。
これらは原作の盗賊襲撃では起こらなかった出来事だ。もしかしたら、襲撃の人数も異なっているのかもしれない。
襲撃の日にちについてもそうだが、どうしてこんなにズレているんだ?
いや、そんなことを気にしている場合じゃない。
事ここに至っては原作知識をあてにするのは危険だ。この後も予想外のことが起こるだろうからその対処を優先しよう。
オーバーホエルミングが切れると二階へ戻りロクサーヌへ尋ねた。
「アラン殿たちと戦っていない盗賊はいるか?」
彼女は一頻り匂いを確認してから答える。
「アラン様たちから離れたところを移動している者がいます」
「そうか」
そいつらをフリーにするのはまずいかもしれない。アランたちに不意打ちを仕掛けかねない。
俺たちで始末するしかないか。
戦闘奴隷を見回すと、扉から身を乗り出し興奮している様子でこちらをうかがうセリーの姿が目に入る。
……この緊急時にあの娘は一体何をしているんだ?
まあ、危なくなったら隠れるだろうし、賊を二階に上げなければ問題ないか。
気を取り直して戦闘奴隷たちに声をかけた。
「俺たちは遊撃に出るので二階に上がって来ようとする奴らを防いでいてくれ」
彼らが頷いたのを確認して、ロクサーヌと共に一階へ下りる。
「ロクサーヌ。すまないが二階に向かうものがいないか常に確認していてもらえるか、それを発見した場合はすぐに知らせてくれ」
間違ってもセリーを危険にさらすわけにはいかないからな。
「はい、おまかせください」
「では、先ほど言っていた奴らのところへ頼む」
「かしこまりました」
彼女の後に続けて走り出すと、程なくして得物を持った強面の三人組と鉢合わせる。
奴らはロクサーヌを見ると下卑た笑みを浮かべ、俺には嘲るような視線を向けていた。
そして、彼女を指さし腰を振るジェスチャーをしながら意味不明な言葉で笑い合っている。
ああ、こいつら俺のロクサーヌに手を出すつもりなのか。
よし、殺そう。
オーバーホエルミング
俺以外のすべてがスローモーションになっている中で、そいつらに駆け寄り次々に首を刎ねていった。
彼女は男なら絶対手に入れたいと思うほど美しいのだ、これからもこういうことはおこるだろう。
相手が手出ししてくるのなら躊躇せず、同じことをするだけだ。
時の流れが元に戻ると、弾むようなロクサーヌの声が聞こえてくる。
「あっという間に三人を倒してしまうなんて、さすがご主人様です」
本当にブレないねぇ、君は。
どんな状況でもさすごしゅを放ってくる彼女に、思わず笑いがこぼれた。
「ありがとう。他に動きはないか?」
「今のところはアラン様たちが抑えているようなので問題なさそうです」
「わかった。それでは二階の防衛に戻ろう」
「はい」
二階に戻るとセリーのいた部屋の扉が閉まっており、彼女の姿は見えなくなっている。
まだ戦闘は終わっていないからな。そのまま隠れていてほしい。
その後、一階の様子を確認しながらで待機していると、先ほど見たセリーのことが思い浮かぶ。
今まで見た中でも上位の美少女だ。
もちろん俺の中でロクサーヌは揺るぐことのない最上位だが、セリーも信じられないほどかわいい娘だった。
あの可憐な美少女に買い手が付かず売れ残るなんてありえるのか?
胸が大きくないにしても、にわかには信じがたいんだが……。
彼女が呆れたようにジト目を向けてきたり、皮肉な態度を取ってくれるなんて、ご褒美以外の何物でもないぞ。
あの娘を目にしたことで改めて決意が固まった。
やはり、セリー、ミリア、ベスタ、ルティナも誰にも渡すわけにいかない。
我ながら最低だとは思うが彼女たちは俺が幸せにしよう。
考え込んでいるとロクサーヌが俺の耳に顔を寄せ、周りに聞こえないように囁いた。
「彼女がそうなのですか?」
どうやらロクサーヌもセリーを確認していたようだ。
「うむ」
頷きを返すと威圧感のある笑みを浮かべながら口を開いた。
「なるほど。確かにご主人様が現在の状況を忘れて見惚れるほどかわいらしかったのです、一刻も早く購入しなければいけませんね」
あの、ロクサーヌさん。なんだか言葉に棘を感じるのですが気のせいでしょうか……。
それに、そんなことを言っている場合じゃないのでは……。
あと、私は決して見惚れてはいなかったと思います……。
ロクサーヌをなだめながら周囲の状況を窺っていると、徐々に喧騒が収まっていき、やがて静けさが戻った。
そのまま待ち続けていると、アランが階段を上がってくる。
「この度はご助力いただき誠にありがとうございました。予想外の人数で襲い掛かってきたため数人取り逃がしてしまいましたが、アユム様にご対応いただいたおかげで犠牲者を出すことなく撃退することができました」
そう言うと深々と頭を下げた。
商館側には犠牲者がいなかったのか。本当に良かった。
「うむ。それは何よりだ」
「アユム様が倒された賊の装備品とインテリジェンスカードをまとめておりますので、ご案内いたします」
おお、戦利品か。今日の午後にセリーを購入すると、また金欠に逆戻りだからな。
ここで得た装備品を売り払うことで少しでも資金を確保しよう。
一階に下りて、会議室なのだろうか、広めの部屋に案内されると、そこには装備品とインテリジェンスカードが所狭しと並べられていた。
そして、少し離れたところにまとめられている物の前まで来ると、アランが口を開く。
「こちらがアユム様の戦利品となります。どうぞご確認ください」
促されたので装備品を手に取り確認をしているふりをしながら鑑定をかけていく。
鉄の剣にレイピア、銅の剣が三本。
お、銅の剣のうち一本はスロットが付いているぞ。これは売らずに取っておこう。
それから、鉄の鎧に革の鎧が一つずつ、革の靴が二つに、皮の靴が三つ。
結局、スロット付きは銅の剣だけだったか。
しかし、二階に上がろうとしていた二人組はレベルも高かったし、装備品も良いものを着けていたようだが幹部なのかな?
もしそうだった場合、ワンチャン賞金首だったりしないだろうか。懸賞金を手に入れることが出来れば本当に助かるんだが。
確認した装備品をアイテムボックスに放り込み、インテリジェンスカードもリュックにしまっておく。
それらが済むとアランが声をかけてきた。
「些少ではございますが、こちらがお約束の報酬千ナールと追加報酬の五百ナールになります」
巾着袋に入った報酬を受け取り、これもリュックにしまい込む。
さすがにソマーラの村でやったように、受け取ったお礼をその場で確認するような品のない真似は出来ない。
あれはロクサーヌの購入金額を用意できるか不安で余裕がなかったため、自分を律することが出来なかったのだ。
今は彼女が隣にいるので焦ることはない。
玄関から外へ出ると外はまだ真っ暗なままだった。
ロクサーヌの持っているカンテラの明かりだけが頼りなく周囲を照らしている。
「この度は本当にお世話になりました。先ほども申し上げましたが、あれだけの規模の襲撃を一人の犠牲者もなく撃退できたのは、ひとえにアユム様にご助力をいただいたからこそ。今後とも末永くお付き合いいただければ幸いでございます」
見送りに来ていたアランはそう言って深々と頭を下げた。
「アラン殿のおかげでロクサーヌと出会うことが出来て、俺はとても感謝をしているのだ。この程度のことは何でもない。それでは、午後にまた訪れるのでよろしく頼む」
俺の言葉に頭を上げたアランの顔を見て、思わず口をポカンと開いてしまった。
笑っている……。かなり微妙だが確かに笑っているよな?
しかし、おっさんのデレとか誰得なんだ。
「ありがとうございます。では、午後のお越しをお待ちしております」
最後に一礼すると館の中へ戻っていった。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv26 英雄Lv22 魔法使いLv25 戦士Lv24
装備 硬革の帽子 硬革の鎧 硬革のグローブ タラリア
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値十分の一:31
詠唱省略:3
鑑定:1
ワープ:1
足装備四:15
敏捷:2
武器六:63
所持金:222,041ナール
春の12日目