ワープゲートから出たところでロクサーヌに声を掛ける。
「お昼まであとどのくらい?」
彼女は少し考えてから答えた。
「そうですね……。あと二時間ほどでしょうか」
うーん……。体を拭いてそのまま迷宮って感じではないな。
「なら、このまま風呂に入って体を温めよう」
「よろしいのですか!」
おお、喜んでくれている。笑みを浮かべ尻尾が動いている様子が本当にかわいいなぁ。
「うん。風呂を出たら文字の勉強をする。それが終わったら食事の支度はロクサーヌにまかせて俺は石鹸を作ろうと思うんだけどいいかな?」
「はい。素晴らしいお考えだと思います」
彼女の方も問題なさそうだ。
「それじゃあ始めようか」
「はい」
お湯の量はいつもの三分の二ほどの量だがMP回復なしに無事風呂を沸かし終える。
今後もこのくらいで問題ない気がするな。
スタッフとメギンギョルズ、そして毘盧帽のおかげだわ。
石鹸で体を洗うのは夜に行うとして今は体を流し湯船に浸かる。
「あー」
日中に入る風呂はなんでこんなに気持ちがいいんだろう。
思わず声が出てしまうぞ。
「んっ……」
続いて入ってきたロクサーヌの口からも色っぽい声が漏れている。
彼女の体を後ろから抱きしめ声を掛けた。
「気持ち良いね」
「はい。本当に気持ちが良いです」
答えた声のトーンからリラックスしている様子がうかがえる。
お湯の量がいつもより少ないためバスタブの壁へ直角に座るのではなく、だらーんと体を投げ出すような姿勢を取っていると、彼女は身じろぎをして抱き合うような体勢に変えてしまう。
「こちらの方がよりご主人様を感じることが出来ます」
「そうだね。ロクサーヌのかわいい顔が良く見える」
「もう。ご主人様はそういうことばかり言うのですから」
「本当のことだからね」
彼女は突然唇を重ねると舌を侵入させ俺の舌に絡めだした。
そのまましばらくお互いの口内で一進一退の攻防を繰り広げて顔を離す。
「困ったご主人様です」
「ごめんね。でもこれからも言うと思う。ロクサーヌのことが本当に大好きだから」
本心をそのまま伝えたところ、感極まったのか俺の顔中にキスの雨を降らせ再び唇を重ねてきた……。
風呂から上がると自室に戻り文字の勉強を始めることにする。
まずは数字からだろう。
これがわからないせいで今は物の値段を把握することもできていない。
正直かなり不便なんだよなぁ。
この世界で見聞きしてきた数は基本的に十進法だった。
一ナール銅貨が十枚で十ナール。
さらに一ナール銅貨が百枚で百ナール銀貨が一枚となっている。
つまり、自動翻訳が俺に分かりやすいように数を十進法に変換しているということは絶対にない。
まあ、時間については一分は六十秒だし一時間は六十分。
そして、一日は二十四時間で一年は三百六十日と数日らしい。
おそらく三百六十五日でうるう年もあるのだろう。
この世界は明らかに地球を基にデザインされたような世界になっている。
おっと、思考がズレた。
とにかく数字について確認しよう。
パピルスをロクサーヌの方に寄せ、羽根ペンを差し出しながらお願いする。
「ロクサーヌ。これに数字を書いてもらえる?」
「かしこまりました」
彼女は羽根ペンを受け取りサラサラと書き始め、十個の記号を書いたところで顔を上げる。
「ご主人様、これが数字です。左から〇、一、二、三、四、五、六、七、八、九となります」
一つ一つ指し示しながら教えてくれた。
しかし、これだけなのか?
「十個だけ? 他にはない?」
問いかけてみると不思議そうな表情を浮かべながら答える。
「十個ですべて表せると思うのですが……」
よっしゃ! アラビア数字と同じだ!
漢数字やローマ数字の様に複雑なものじゃなくて助かった。
桁を表す数字が異なっていた場合、覚えるのが面倒だっただろう。
ロクサーヌからペンを受け取り、六、一、七、四と記入してみる。
「これはいくつになるの?」
「六千百七十四ですね」
オッケー。アラビア数字と同じだな。
十個覚えればいいだけだから数字については楽勝だ。
彼女の書いてくれた数字の下に対応するアラビア数字を記入して机の端へ置いておく。
数字については目途が立ったな。あとで繰り返し確認をして覚えよう。
しかし、なんというかやってることが幼児教育みたいだぞ……。
今の俺は未就学児レベルかぁ……。
気を取り直して今度は文字の方を学ぶことにする。
再びロクサーヌへ羽根ペンを渡しお願いした。
「今度は文字をすべて記入してもらえる?」
「はい、おまかせください」
返事をすると彼女はパピルスに文字を書き出す。
一枚では収まらず二枚三枚と記入していき、百以上の文字を書いたところでようやくペンが止まる。
「これがすべての文字です。千以上の文字を使いこなしているご主人様ならすぐにでも習得してしまうでしょう」
いやいや。そんなことないから。
だって、六年以上学んだ英語がちんぷんかんぷんなんだもん。そう簡単に覚えられるはずがない。
しかし、マジかぁ……。
結構な数があるぞ……。
まあ、グダグダ言っててもしょうがない。
時間をかけて少しずつ覚えていくしかないな。
一枚目の左上に書かれた文字を指して確認する。
「これは何と読むの?」
「これは、『あ』です」
ん? いや、偶然だろう。
気にせずその下にひらがなで『あ』と書き込み次を確認だ。
「これは?」
「これは、『い』ですね」
マジか? 同じく『い』を書いてロクサーヌに問いかける。
その後も確認していくとすべての文字は日本語で使用している音に対応しており、LとRの発音の違いといった、日本語話者では理解し難い音は一つとして存在していなかった。
ただし、濁音や半濁音は文字に点々や丸が付かず、また拗音や促音についても文字が小さく表されるということはなく、それぞれの音節に対応した文字が個別に存在している。
一方で、長音については長音符に対応した文字があった。
考えてみれば自動翻訳をされて俺の口から出ていた言葉に馴染みのない発音はなかったな。
理解できるかはともかく文字さえ覚えてしまえば英語よりスムーズに読み上げることが出来るだろう。
ん? そういえば自分の口から出ている自動翻訳された言葉は日本語で意味を理解しているが、単なる音としても聞き取れているぞ。
ちょっと試してみよう。
「ロクサーヌは世界一かわいい」
「ご、ご主人様いきなり何を……」
俺が突然放った言葉にロクサーヌはかなり困惑している。
恥ずかしさからか顔を朱に染めている彼女が本当にかわいらしい。
「少しだけ待っててね」
その言葉を何度も繰り返して口から出る音を確認する。
そして、先ほど作った表から対応する文字を拾ってどんどん書いていった。
よし、オッケーかな?
「ロクサーヌ、これを読んでもらえる?」
パピルスを差し出してお願いすると彼女は怒っているような、恥ずかしがっているような、でも喜んでいるような表情で口を開く。
「こんな恥ずかしいことを言わせようとするなんて意地悪です」
いいから、いいからとなだめながら頼むとようやく読み上げてくれる。
「……ロクサーヌは世界一かわいい」
「うん。確かにロクサーヌの言う通りだね」
その言葉に彼女は拗ねたように顔を逸らして呟いた。
「本当に意地悪なご主人様です……」
機嫌を損ねてしまった彼女に謝り文字の勉強を再開する。
ロクサーヌに文章を書いてもらい、対応表を利用しながら読み上げると問題なく意味を理解することが出来た。
文法も主語、目的語、動詞の順番であるSOV型なため、日本語話者としては理解しやすくてめちゃくちゃありがたい。
自動翻訳のおかげで文字さえ覚えれば問題はなくなりそうだ。
ただし、翻訳のためワンクッション入るので読んだり書いたりするのにだいぶ時間が掛かるだろう。
文字を覚えた後はブラヒム語の単語を覚えていかないと。
そのうち自分用の和ブラ辞典でも作ってみるか。
まあ、それは追々としてとりあえず文字の習得については目途が立ったな。
予定では朝食後の食休みの時間を勉強の時間に充ててロクサーヌに教えてもらうつもりだった。
しかし、思ったよりスムーズにいったおかげで今後彼女の助けは必要なさそうだ。
「ロクサーヌ、ありがとう。君のおかげでなんとかなりそうだ」
「この短時間にもうコツを掴んでしまうなんてさすがご主人様です!」
いやいや、自動翻訳のおかげだから。
「文字の習得に目途が立ったので勉強をする時間を変更しようと思う」
「はい」
「朝食後の食休みの時間をあてるつもりだったけど、ロクサーヌが朝食を用意している間に勉強しようと思うんだ。君に負担をかけてしまうけど文字を覚える期間だけお願いできないかな?」
「家事は奴隷の仕事です。そのくらいなんでもありません。おまかせください」
単語についてはのんびり覚えていけばいい。
とりあえず文字の方は大急ぎで覚えないとな。
「ありがとう、ロクサーヌ」
「どういたしまして、ご主人様」
「それでは私は掃除をしてきますね。ご主人様、がんばってください」
彼女が部屋をでたところで文字の勉強を再開することにする。
まずはコピー用紙へ文字と数字の対応表を清書だな。
それが済むと表を見ながらひたすらパピルスに書き写していく。
書かなきゃ絶対に覚えられないからなぁ。
時間を忘れて書き取りに没頭しているとノックの音が響き、扉の向こうからロクサーヌの声が聞こえてきた。
「ご主人様、そろそろ一時間になりますが」
もうそんなに経ったのか。
こんなに夢中で勉強したのはいつ以来だろう?
学生の頃は『学校の勉強が何の役に立つんだ』とか思っているタイプのガキだった。
今考えると当時の俺は本当に馬鹿だったなぁ。
頑張って学んでいれば進学することもできただろうし、そうなればもっとマシな就職先が見つかったかもしれない。
就職してからは学ぶ機会はなく、自分から始める気力もわかなかった。
年を取ってから何度後悔をしただろう。
思いがけないチャンスを手にしたのだ。今度は後悔しないように努力をしよう。
「それじゃあ、昼食の買い出しに行こう」
扉の向こうへ言葉を返し椅子から立ち上がる。
さて、出かけるとしますかね。
買い出しを終え、昼食の準備をしているロクサーヌの隣で石鹸を作る。
彼女に匂いを確認してもらいながらミントの香りの石鹸とレモンの香りの石鹸を作り終えた。
「とても良い匂いですね。この石鹼を使うのが今から楽しみです」
「まあ、乾燥に十日以上かかるだろうけど、今後お風呂で使うものは香り付きにしよう」
「ありがとうございます、ご主人様」
清潔で衛生的な上にさわやかな香りに包まれた毎日。
うん。素晴らしい。
そして、夕食の後に早速バニラエッセンスを使用したフレンチトーストを出してみた。
「ご主人様! これはすごいです! 以前の物に比べ、とても芳醇な香りがして、信じられないくらい美味しいです!」
よかった。気に入ってもらえたようだな。
高い金を出して買った甲斐があったというものだ。
うん。確かに美味いな。
やはりバニラエッセンスは今後も必要になるだろう。
日々のルーティーンに文字の勉強が加わることになった。
明日からはロクサーヌが朝食の準備を行う間、ひたすら文字を書き続け勉学に励む。
この世界に骨を埋めると決めたんだ。一生勉強の気持ちで頑張ろう。
食事と食休みをとって迷宮へ戻り魔物を狩り続けているとその時が訪れた。
探索者Lv32 英雄Lv27 魔法使いLv31 戦士Lv30
装備 スタッフ 鋼鉄の盾 硬革の帽子 硬革の鎧 硬革のグローブ 硬革の靴 メギンギョルズ
っしゃー! 戦士が30に到達だ!
急いでジョブ設定にポイントを振り確認してみる。
騎士Lv1
効果 体力小上昇 知力微上昇 精神微上昇
スキル 防御 任命 インテリジェンスカード操作
賞金稼ぎLv1
効果 器用小上昇 腕力微上昇 MP微上昇
スキル 生死不問
暗殺者Lv1
効果 知力小上昇 精神小上昇
スキル 状態異常確率アップ 状態異常耐性アップ
よし! よし! ナイス! ナイス!
めちゃくちゃ順調だぞ!
騎士のジョブを得たことでインテリジェンスカード操作のスキルを使えるようになったのは本当にでかい。
同意なく奴隷に落とされてもリカバリーが利くようになったってことだからな。
詰み要素の一つが消えて一安心だ。
「ご主人様、レベルが上がったのですか?」
俺が浮かれているのに気が付いたのだろう。ロクサーヌが問いかけてくる。
「うむ。戦士がレベル30になったことで、騎士と賞金稼ぎ、それから暗殺者のジョブを得た」
そう告げると、彼女も笑顔になり弾むような声で祝福してくれた。
「おめでとうございます! こんなに早く騎士のジョブを得るなんて本当にご主人様はすごいです!」
「これもすべてロクサーヌのおかげだな。本当にありがとう」
一頻り喜びを分かち合い、フォースジョブを戦士から商人へ変更する。
ボス戦等のラッシュが必要なときには戻すことになるが、しばらくはそのボス戦をする予定はないし戦士は当分控えだな。
商人のレベルは現在18だがセリー加入までに30へ上げることが出来るだろうか?
それに、博徒を取得するためには賞金稼ぎの生死不問を成功させておく必要がある。
しかし、作中の描写を見るに、生死不問は賞金稼ぎのレベルによって成功率に大きな差が生じているようだった。
30を超えた時点でもなかなか成功しなかったことを考えると今試すことではない。
商人のレベルを30まで上げて遊び人を取得したら当面の間、ジョブは探索者、英雄、魔法使い、遊び人の四つで固定されるだろう。
賞金稼ぎのレベル上げを始められるのはフィフスジョブを付けられるようになってからだな。
つまり、探索者のレベルを45にする必要があるってわけだ。
まあ、だいぶ先の話だろう。
ボーナスポイントの振り分けを行い彼女に声を掛けた。
「では、MP回復を行う」
「はい。魔物の場所へご案内いたします」
その後も魔物を倒し続けているとロクサーヌから声が掛かる。
「ご主人様、そろそろ夕方になります」
「それじゃあ今日はここまでにしておこう」
「はい」
商人のレベルを確認してみると2つ上がり20になっていた。
上がるのクッソ早いなぁ、おい。
それだけ経験値テーブルのカーブが急だということなのだろう。
……逆に不安になるぞ。
翌日もいつもと同じように朝の準備を整えて一日の打ち合わせを行う。
「今日は金物屋に依頼している品の受取日だし注文するものもあるから、お昼の買い出しのときに寄ってみよう」
「はい」
鍛冶職人の旦那には申し訳ないが今回も細かく注文しないといけないからな。
ようやく終わったばかりだろうがもうひと踏ん張りしてもらおう。
「それ以外はいつもの通りかな」
「ふふ。今日も大切なご主人様と過ごす素敵な一日ですね」
この娘はもう。
どうしてこう心にクリティカルな言葉を放つんだ。
抱きしめずにはいられないじゃないか。
「あっ」
何か言おうとしていた彼女の唇を塞ぎ舌を絡めた。
午前中の探索を終えた時点で英雄と商人のレベルが上がっており、その勢いのまま意気揚々とクーラタルの冒険者ギルドへ乗り込む。
ギルド職員の女性がトレーを持って奥へ引っ込んでいる間は文字の練習のため、壁に貼られている紙を読んで時間を潰すか。
しかし、さすがにこんな場所でブツブツと声を出すのは憚られる。
そんなことをしたら不審者扱いをされてしまうだろう。
声に出さなければ自動翻訳はされないが、まあ意味が分からなくても読む練習にはなる。
何事も勉強だ。
××××××××××××
はるつ こうしゃく の きしだん
あれ!? 黙読でも自動翻訳されるのか!?
マジかよ! これはいいぞ!
ワンクッション挟まるのは面倒だが、文字を読むときにいちいち声を出して不審がられることがなくなる!
よし。続きだ続き。
えーっと、なになに。
はるつ こうしゃく の きしだん うんぱん ぎょうむ いちにち ごひゃく なーる。
ほう。ハルツ公のところで冒険者を募集しているのか。
まだ災害は起こっていないだろうが今年は雪解けが遅いって話だったからな。
食料の運搬人を必要としているのかもしれない。
しかし、自動翻訳込みとはいえ、この年になって新しい言語を取得するというのはなんともワクワクするものだ。
もっと流暢に読めるようにこれからも頑張ろう。
他の張り紙を読みながら時間を潰していると職員がトレーに硬貨を載せて戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが買い取り金になります」
「うむ。世話になった」
硬貨をしまいギルドを後にする。
「ご主人様。なんだか嬉しそうですね」
中央へ向かい通りを歩いているとニコニコしながらロクサーヌが話しかけてきた。
「ギルドに貼り出されていた紙を読むことが出来たのだ。これも文字を教えてくれたロクサーヌのおかげだな。本当にありがとう」
感謝の言葉を聞いた彼女は更に笑みが濃くなる。
「いいえ。私はたいしたことはしていません。すべてご主人様の努力の賜物です」
文字を教えてくれたのはロクサーヌだし、しかも成果の大半は自動翻訳のおかげだ。俺のしたことといえば百五十ちょっとの文字を覚えただけだもんなぁ。
それだってまだまだスムーズとは言い難いし。
まあ、これは口にしないでおこう。
「そんなことはない。ロクサーヌには本当に感謝しているのだ。いつもありがとう」
「はい。お役に立てて嬉しいです」
再び感謝を述べるとはにかんだような笑みを浮かべ、今度はちゃんと受け取ってくれた。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv32 英雄Lv28 魔法使いLv31 商人Lv21
BP振分 残BP:0
キャラクター再設定:1
フォースジョブ:7
必要経験値十分の一:31
詠唱省略:3
ワープ:1
鑑定:1
ジョブ設定:1
結晶化促進八倍:7
買取価格三十パーセント上昇:63
MP回復速度五倍:15
所持金:977,641ナール
春の25日目