「いらっしゃいませ。お待ちしていました」
店内に入ると、俺たちを確認した世話役のオネスタがいつものように声を掛けてくる。
「依頼した品は出来ているだろうか?」
「はい。亭主を呼んでまいりますので少々お待ちください」
そう言うと彼女は店の奥へと入っていった。
店内に貼られている紙を読んで時間を潰していると、彼女は野菜の入ったボウルを、鍛冶職人の方は、ハンドルの付いた容器を持ってこちらへ近寄ってくる。
彼が持っているものは依頼した品だろうが、彼女の持っている野菜は何だ?
カウンターの前まで来たところで、二人は荷物を置き、男の方が話しかけてきた。
「いやー、本当に苦労したぞ。こんなに難しかった依頼は初めてだ」
初手愚痴はやめーや。
「それはすまなかったな。で、物はどうなのだ?」
商品の出来を問いかけたところ、彼は自信満々といった様子でニヤリと笑い、ボウルに入っていた玉ねぎを取り出す。
「見てもらった方が早いだろう。試しに使ってみるか?」
なるほど、野菜はテスト用だったのか。
「いいのか?」
「ああ、是非確認してみてくれ」
彼が奥さんに向けて頷くと、それを受けて彼女は口を開く。
「では、包丁とまな板を持ってまいりますので、少々お待ちください」
そう言い残し、再び店の奥へ戻っていった。
ああ、一度に持ってくることができなかったのか。
彼はハンドルの付いた蓋部分を取り外し、説明を始める。
「中はこんな感じだな。今は刃の方を付けているが、注文通り撹拌用の羽に付け替えることも出来るぞ」
ボウルに入れてあった撹拌羽を取り出してカッター刃のアタッチメントと交換し、ふたを閉めてハンドルをグルグル回す。
フープロからはガリガリと音が響き、ギアが嚙み合うことで高速回転をしている様子がうかがえた。
よっしゃ! おそらく、オーダーした通り五倍のギア比があるのだろう。
それだけあればみじん切り器としても、撹拌機としても大活躍間違いなしだ。
「期待以上の出来で驚いたぞ。相当丁寧に仕上げてくれたのだな。良い仕事をしてもらい感謝する」
感謝の言葉を伝えると、男は照れたような笑みを浮かべ言葉を返す。
「いや、こちらのほうこそ腕を信用してもらい、これだけの物をまかせてもらったのだ、今まで作った中で一番の難物だったが、とてもやりがいがあった。本当に鍛冶職人冥利に尽きるぞ」
大仕事をやり遂げた男の顔をしているところ申し訳ない……。
この後すぐに、面倒なものを注文させてもらうんだわ……。
「お待たせしました」
使い方や掃除の仕方を教わっていると、オネスタが戻ってきた。
彼女はフープロに入るサイズへ玉ねぎを切り始める。
旦那の方は蓋を開け、アタッチメントをカッター刃の方に交換すると、カットされたそれをポイポイと放り込んでいく。
ある程度入れたところで、蓋を閉めこちらに顔を向けた。
「じゃあ、試してみてくれ」
おお! 早速試してみよう!
あ、まてよ。俺は日本にいるときに、同じようなものを何度も使っている。
ここはロクサーヌに体験してもらった方がいいか。
「ロクサーヌ。試させてもらえ」
「えっ!」
彼女に声を掛けると、大きな声が上がった。
「あの、私が試していいのですか?」
「もちろんだ。今後ロクサーヌが使うことも多いだろうからな。確認してみるといい」
恐縮したように問いかけてくる彼女へ、頷きながら答えると、みるみるうちに笑みを浮かべる。
「はい! ありがとうございます、ご主人様!」
ロクサーヌはカウンターに近づき、フープロのハンドルを手に取った。
初めて見る器具を使用するからだろう、少し戸惑っているような感じだ。
「緊張しなくても大丈夫よ。刃の方向があるから右回りにまわしてね」
「ありがとうございます。右回りですね」
世話役は緊張しているロクサーヌに声を掛けると、グルグルハンドルを回すジェスチャーを行う。
それを見た彼女の方も動きを真似ている。
一通りリハーサルを済ませ、ロクサーヌは再びハンドルを握ると口を開いた。
「いきます!」
いやいや、そんなに気合を入れんでも。
「はっ!」
裂帛の気合と共に、彼女は勢いよくハンドルを回し始める。
ちょ! 速い! そんなに力を入れちゃダメだって!
「ロクサーヌ! 待ってくれ!」
「え?」
思わず大声を上げると、彼女はピタリと手を止め、顔を上げると俺のほうを不思議そうに見つめた。
金物屋の夫妻も回転の勢いに驚いたのだろう、ポカンと口を開けロクサーヌを凝視している。
「これは、そんなに力を入れる必要はないんだ。先ほどオネスタさんがやっていたような速度で試してくれ」
クッソ高いものなのだ。受け取ったその日に壊してしまったら事だからな。
まあ、樹脂製品ではないので、そう簡単に壊れることはないだろうが、大切に使っていこう。
「かしこまりました」
俺の言葉に頷くと、今度は程よい速度で回転させ始めた。
ある程度回したところで、鍛冶職人から声がかかる。
「そろそろいいと思うぞ」
「では、開けてみますね」
ロクサーヌが手を止めると、オネスタはフープロに近づき蓋を取った。
「ご主人様! すごいです! たったあれだけの時間でこんなに細かいみじん切りができています!」
中を確認したロクサーヌから大きな声が上がる。
俺も近づき覗き込んでみると、みじん切りにされた玉ねぎがあった。
……でもこれ細かすぎだな。個人的にはもうちょっと荒いほうが好みなんだが。
今後は回し過ぎに注意して、頻繁に確認しながら使うようにしよう。
「うむ。期待以上の出来だ。本当に感謝する」
再び感謝を述べると、夫妻は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
オネスタは再び店の奥に行くと、女性を伴い戻ってくる。
なんだ、なんだ?
「使用しましたので、洗ってから引き渡しを行いますね」
ああ。そういうこと。
彼女はそう言うと、フープロを店員だろう女性に手渡す。
女性はそれを受け取ると、一礼して店の奥に持っていった。
「ご確認いただいた商品に問題はなかったでしょうか?」
そう尋ねる世話役へ、返事をする。
「うむ。素晴らしい物だった。感謝する」
ロクサーヌの方を見てみると、彼女は興奮が収まっていない様子で口を開く。
「はい。あれほど短い時間で、とても細かいみじん切りが出来て本当に驚きました。ご主人様のおっしゃる通り、素晴らしいものだと思います」
俺たちの言葉を聞いて、夫妻は目を合わせて嬉しそうにしていた。
さて、和やかな雰囲気をぶち壊してしまうかもしれないが、ボチボチ次のオーダーを行いたいところだ。
依頼を行うため口を開こうとしたところ、あちらの方が先に話し始め、出鼻をくじかれる。
「あの、今回製作した品についてお願いしたいことがございます」
お願いしたいこと? なんだ?
二人を見ると、真剣な表情で俺をじっと見つめていた。
いや、本当に何? そんな顔で見られたら怖いんだけど……。
「あの商品の販売をうちにまかせてはいただけないでしょうか?」
ん?
「販売をまかせるとは?」
「あれは素晴らしい商品です。売りに出せば注文が殺到するでしょう」
うん? めちゃめちゃ高価だったがそれでも売れるんだろうか?
……いや、今回の注文でノウハウを蓄積したら工数は少なくなるだろうし、もし型を作っていたのなら、コストはだいぶ下がるか。
「私どもはこういった商品を、今まで見たことも聞いたこともありませんでした。とても画期的で素晴らしいものです。すぐに広まり真似されるでしょうが、出来ればうちが元祖として販売を行いたいのです」
うーん……。まあ、自分で売り出す気もないので問題ないだろう。
「こちらとしては、特に問題ない。好きに販売してもらって構わない」
「ありがとうございます!」
金物屋の夫妻は手を取り合って喜んでいる。
そんなになるほど、売れるもんなのかね?
俺とロクサーヌの前で、しばらくはしゃいだ後、我に返ったのかオネスタは再びこちらに向き直ると口を開く。
「失礼いたしました。あの、アイデア料についてなのですが、一括でお支払いするか、もしくは売上額の一割でいかがでしょうか?」
アイデア料……。
以前ならすぐに飛びついていただろうが、今は百万ナール近い資金がある。
そして、セリーが加入すれば、鍛冶とスキル結晶の融合で資金稼ぎも捗るはずだ。
彼女たちには世話になっているのにもかかわらず、三割引を使いまくって迷惑をかけている。
それに、今後も製造依頼を度々行うことになるだろう。
よし、決めた。
「いや、俺も故郷にあったものを注文しただけなので、それでアイデア料をもらおうなどとは思わない。そちらの思うように販売してくれ。ただし、俺の名前が漏れるようなことはないように頼む」
迷宮攻略で成り上がる前に妙なことになっては困るからな。これだけは守ってもらわないと。
すると、ロクサーヌから大きな声が上がる。
「ご主人様! よろしいのですか!?」
君が言うんかい。
「うむ。商売に精を出して迷宮攻略が疎かになってはまずい。俺たちの本分は迷宮探索だ」
「確かにその通りでした。自らの本分を見失うことがないなんて、さすがご主人様です」
これが自分の考えたアイデアなら執着するんだろうが、地球にあったものをただパクっているだけだからなぁ。
俺たちのやり取りを聞いて、夫妻はかなり困惑している様子だ。
オネスタがおずおずと問いかけてきた。
「あの、本当によろしいのですか?」
「うむ。構わない。彼女にも言ったように、俺たちのやるべきことは迷宮探索だからな」
「ありがとうございます!」
俺の言葉を耳にすると大きな声で感謝を伝え、再び夫妻で手を取り合い喜びを分かち合っている。
仲良し夫婦だなぁ。俺もロクサーヌとこうなりたいもんだ。
その後、正式に契約を交わすことになった。
世話役は家を借りる際、俺のインテリジェンスカードを確認しており、自由民であることを知っている。
そのため、そこをなあなあにするわけにはいかないはずだ。
俺が後から権利を主張して、決闘沙汰になる可能性があるからな。
商売人なら当然注意するべきことだろう。
ブラヒム語の読みがまだ拙いため、契約書はロクサーヌに確認してもらい、問題がなかったようなので署名を行うことにする。
家の賃貸契約のときとは違い、今回は自分でサインをするぞ。
少しずつだがこの世界に馴染んでいるようで、名前を書いただけなのに達成感がこみあげてきた。
契約を済ませたところで、氷冷蔵庫を依頼することにする。
「では、次の製作依頼を行いたいのだがいいだろうか?」
「ああ、その件は女房から聞いている。どういうものなのか教えてくれ」
俺たちが打ち合わせを始めようとしたところで、オネスタが話しかけてきた。
「長くなりそうなので、私たちは話をしながら待っていますね」
そう言うとロクサーヌと共に少し離れ、楽しそうに会話を始める。
いや、いいけどね……。
「今回依頼するものは、中に入れた食べ物を冷やす箱だ」
「ほう。どういう仕組みなんだ?」
「まず、上下に分かれた二段の箱があって、上の段はこのくらいの大きさで氷を入れる。そして、下の段はこのくらいの大きさで、上の氷で冷やされて食べ物が腐るのを遅らせるという寸法だ」
身振り手振りを交えながら説明をおこなうと、それを聞いた鍛冶職人は何やら考え込んでいる。
「なるほど。氷を使うってことは、魔道士の知り合いがいなければ難しいな……。いや、貴族なら魔道士を抱えているだろうからいけるか……」
おいおい、売る算段を付ける前に、作る方に集中してくれよ。
「氷が溶けるまでの時間を長くしたり、冷たい空気が抜けないようにするため、箱の扉はピッタリと閉じる必要がある。それに、常に水に触れ続けるので錆についても考えなければならないのだが」
「閉じる方は皮を使って密閉性を高めればいいだろう。錆についてはそうだなぁ……。俺が扱える金属で錆に強いとなると聖銀だが……」
聖銀って……。
冷蔵庫を作るのにそんなものを使うのは、かなり躊躇してしまうな。
「聖銀を使うといくらになるのだ?」
「そうだな……」
問いかけると、彼は手元の紙で筆算を始め、しばらくして答えが出たのか、口を開いた。
「さっき言っていた大きさだと、材料費だけで五十万ナールほどになると思う」
嘘だろ、おい。
五十万ナール? 材料費だけで?
ないないない。絶対無理だわ。
「さすがにその金額では注文できない。別の素材で頼めないか?」
「なら銅がいいだろう。鉄や鋼鉄より安くて錆に強い。水に触れる部分は銅にして、強度がいるような部分は鉄にしておく」
まあ、それが良いだろうな。
「あと、金属が剥き出しだと温度がすぐに上がってしまうだろう。その箱をコルクなどの断熱材で覆って、更にそれを木箱で包む形にしてもらいたいのだが」
「それなら、馴染みの木工職人に頼むことにしよう。うちのお得意さんで確かな腕を持っているところだ。間違いのないものを作ってくれるだろう」
木工用の道具を扱っているんだ、そういった店についても詳しいだろう。
俺に木工職人のあてなんてあるはずがないし、異論はない。
「それから、氷が溶けて出た水が抜けるようにしてほしい。水が溜まると温度が上がるし、扉を開けたときに水を浴びるのはごめんだ」
「わかった。管を作って水が流れるようにしよう」
「あとは、食料を入れる下の箱だが、網の仕切りで三段くらいにしてもらいたい」
「網の仕切りか……。ちょっと待ってくれ」
そう言うと、彼はその場を離れていった。
少しすると、網を手に持ち戻ってくる。
彼はその網を示しながら、問いかけてきた。
「肉や魚に使う焼き網なんだが、こんなもんでいいのか?」
長方形で長辺に一本、短辺に無数の棒が張られている。
バッチリイメージ通りの網だ。
大きさを調整するのと、重いものを置くだろうから、長辺の棒の数を増やす必要はあるだろうが、こんな感じでいいだろう。
「ああ、全然問題ない。こういう感じで頼む」
その後も細かい調整を続け、伝えるべきことをすべて伝えたところで金額の確認をすることにした。
「では、依頼を行いたいのだが、いくらになるだろうか?」
「そうだな……。アユムさんにはいろいろ世話になっているからな……。端数は削って全部合わせて十七万ナールでどうだ?」
十七万! 三割引のセリーとほとんど変わらない値段だぞ!
サービス価格にしてくれているだろうということは想像できるんだが、めちゃくちゃ高いわ。
しかし、注文しないわけにはいかないんだよなぁ。
「うむ。ではそれで頼む。他にも購入したいものがあるので、まとめて精算してもいいだろうか?」
「ああ、問題ないぞ。俺は家具職人に話を付けに行ってくるので、女房には伝えておこう」
すまない。世話になっているのに三割引を使うつもりで、本当に申し訳ない。
でも、ほら、さっきフープロの権利を主張しなかったことだし、お互い様ということで、ここは一つ。
いや、なんなら今後継続的に利益が期待できる、そちらの方が得ということもあるのではないでしょうか。
鍛冶職人の旦那が奥さんに近づき話を始めると、ロクサーヌがこちらに近づいてきた。
「ご主人様、何か購入なさるのですね」
ああ、彼らの話を聞いたのか。
特に今すぐ必要な物ってないんだよなぁ。
うーん……。何を買おう……。
あ、そうだ。
「うむ。セリー加入当日はやることがたくさんあるのでな。本人がいなくても用意できるものについては、その前に買っておこう」
「なるほど。確かにその方が良いかもしれません」
「では、探してみよう」
「かしこまりました」
ロクサーヌと共に店内を確認することにした。
カトラリーは六人分買ってあるので必要ない。キッチン用品は共用だし、庭作業の道具もいらない。
そのほかに何かあったかなぁ。
「ご主人様、これは必要だと思います」
彼女の方を見てみると、俺たちが使っているのと似たような燭台を持っていた。
おお、確かにこれは必要だわ。
「よし、それは購入しておこう。他にも必要なものはあるか?」
「申し訳ありません。これ以外は思いつきません」
まあ、三割引対策に購入するだけだから、急いで探す必要もない。これだけでいいだろう。
燭台を受け取り、ロクサーヌに声を掛ける。
「では、支払いをしてくる」
「はい」
カウンターに近寄り、燭台を上に載せながら告げた。
「これとまとめて精算を頼む」
「ありがとうございます。確認いたしますね」
オネスタは燭台の確認すませ、口を開く。
「こちらの燭台が二百ナール、それから製作依頼をいただいた箱が十七万ナール。合わせて十七万二百ナールとなりますが、先ほどみじん切りが出来る道具の権利をお譲りいただけたのです。今回は十一万九千百四十ナールでいかがでしょう?」
マジで申し訳ない。この冷蔵庫も勝手に商品化していいから勘弁してくれ。
田川 歩 男 18歳
探索者Lv32 英雄Lv28 魔法使いLv31 商人Lv21
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春の25日目