【本編完結】ぎゅってしないと好きになる魔法   作:酉柄レイム

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第10話 失礼な弟

 『クラスペディア』。大型プール施設で、数種類のレジャープールだけではなく、施設内には温泉やレストルーム、レストラン、ホテルまである。夏休みに入ったばかりの今日、チケットを買うにはかなり並ぶだろうと予想していた俺は、あらかじめネットで購入しており、スムーズに入場。彩芽とぎこちなく会話しながら姉ちゃんたちを追って、最初はプールに行くらしいとわかった俺たちは、それぞれ更衣室へ向かった。

 

 一瞬でも彩芽のことを考えるとめちゃくちゃ好きになってしまいそうだから、高宮を追う。姉ちゃんが俺の話をしていて、俺のことを知ってるかもしれないから姿は見せず、物陰に隠れながら。実は中性的な女の子でした、とかならよかったのに、ちゃんと男側の更衣室に入ったからその可能性は消え失せた。

 ……いや、よかったのかもしれない。これで高宮の観察に集中できるから、彩芽のことを考えなくて済む。

 

 どれだけ頭のおかしい人間だろうと、流石に一人の時におかしな行動は起こさない。特に変なことはなく、更衣室を出てプールへ向かった。

 ここですぐに出たら、姉ちゃんに見つかる。一緒のタイミングで出るってことはないだろうから、高宮は姉ちゃんを待つだろう。っていうことは姉ちゃんは高宮を探すっていうことになる。その探している間に、俺が見つかったらアウトだ。

 

 ただ、まったく出て行かなかったら見失ってしまう。一瞬で水着に着替えて更衣室を出て、シャワーの手前で止まり、高宮の姿を確認する。ここにいれば、姉ちゃんにはバレないはずだ。ふっ、尾行がうますぎて困っちまうぜ。

 

 俺がシャワーの前で立ち止まっているからか、何人かに変な目で見られるが気にしない。普段廻と拓斗と一緒にいる俺に対して、そんな生ぬるい視線はないものと同義だ。なんなら今日一日中ここにいられる。

 ただ、ここでずっと待っていると係員さんから声をかけられて、目立ってしまうかもしれない。できれば、すぐに姉ちゃんと合流してほしい……と思っていたら、きた。

 

 高宮が手を挙げる。多分姉ちゃんを見つけたんだろう。手を挙げると同時に爽やかさを振りまいて、周囲にいる女性の注目を浴びながら、高宮と姉ちゃんと彩芽は合流した。

 

「見つかってんじゃねぇか!!」

 

 何一緒に合流してんだあいつ! まさか、俺への好意が邪魔して尾行がうまくいかなかったのか!? クソ、どこまで足を引っ張るんだあのクソみてぇな魔法は!

 ここでブチギレていても仕方ない。むしろ、姉ちゃんと高宮の関係性を直接聞けるチャンスだ。今の彩芽にその頭脳があるか不安だけど、流石にそれくらいはしてくれるはずだ。しかも、高宮が姉ちゃんじゃなくて彩芽に夢中になれば、姉ちゃんは幻滅する、は、ず……。

 

「おい彩芽、なんで姉ちゃんと一緒にいるんだ?」

「あっ、修也!」

 

 気づいたら体が動いていた。いや、違うんだ。高宮の視線から彩芽を守るように立ってるのもたまたま近寄ったらそういう位置にきちゃっただけだし、高宮を睨んじゃったのもその、とにかく違うんだ!!

 

「奇遇だねぇ修也。さっき更衣室で彩芽ちゃんと会って、今修也を探してたとこ」

「本当はあと何人かと来る予定だったんだけどな。……えーっと、はじめまして。弟の舞坂修也です」

「はじめまして。俺は高宮優。雅から話は聞いてるよ」

「何気安く姉ちゃんの名前呼んでんだスケコマシ。市役所に言ってテメェの名前をバカ宮に変えてやろうか?」

「す、ストップ修也! 隠しきれない怨念が溢れ出てる!」

 

 彩芽に後ろから口を抑えられ、追撃を仕掛けようと開きかけた口をぐっと閉じる。あとお前、あんまりくっついてくんな! 好きになっちゃうだろうが!!

 彩芽の手をぽんぽん叩いてもう大丈夫だと伝えると、ゆっくり彩芽の手が俺の口から離れていく。……マズいことをしたな。明らかに大失敗なファーストコンタクトだ。高宮はぽかんとして、姉ちゃんは笑っている。なんだ。姉ちゃんが笑ってるならいいか!

 

「ごめんね? 修也、私のこと大好きだからさー」

「ハハ、いや、気にしてない。仲良いんだな」

「そういうバカは姉ちゃんとどういう関係なんですか?」

「修也。せめて宮もつけよ?」

 

 俺も無意識なんだよ。どうやら俺の口は高宮を攻撃するために生まれてきたらしい。つかいい人すぎだろ高宮。初対面の相手にこんだけ暴言吐かれてんのに、まったく気にした様子もなく笑ってるし。クソ、俺は悪いところを見つけに来たんだ! 姉ちゃんに相応しい部分を見つけにきたんじゃねぇんだよ!

 

 そうやって憤っている俺を、横から抱き寄せる腕が見えた。感じたくもない柔らかな感触が直接肌に触れ、次いで頭を乱暴に撫でられる。

 

「なーに? 優がお姉ちゃんの彼氏だと思って敵視しちゃったのー? 可愛いとこあんじゃん!」

「なっ、ちげぇよ! 俺はただ高宮さんが姉ちゃんの彼氏だったら殺してやろうって思っただけだ!」

「何も違くないように聞こえるけど……えっと、俺殺されるの?」

「ごっ、ごめんなさい高宮さん! 修也、感情が昂るときがあって!」

「おい彩芽! 俺の前に出るな! 俺以外にその可愛い水着姿見せるんじゃねぇ!」

「えっ、あっ、う、うん……」

「確かに、すごく昂ってるね」

 

 クソ、正常に思考が回らない! 姉ちゃんがめちゃくちゃ楽しそうににやにやしてるから多分俺とんでもないこと言ったんだろうし、一旦落ち着かねぇと! 深呼吸だ、深呼吸。すってー、はいてー、すってー、はいてー。よし、落ち着いた。

 

「さっきまでとこれからもすみませんでした。高宮さん」

「いいよ。これからも失礼を働くって宣言する潔さは、むしろ好感が持てるから」

「それで、どうなんですか? 俺、姉ちゃんに彼氏できるの嫌なんですけど」

「ふふふ。弟がここまでだとキモいけど、ちょっと嬉しい。安心しな。今日はここでの支払い全部やってくれるって言うからきただけだし」

「なんだ! ただの財布か!」

「早速失礼だな、修也くん」

 

 安心したぜ。今思えば姉ちゃんがたかがデートごときでウキウキするはずないんだ。姉ちゃんは美人で性格もいいけど、基本的に男はうまく転がせばお金を出してくれる財布だとしか思ってないんだから。きっと水着を買いに行ったのも、必要経費だっていうことだろう。

 聞きたいことを聞けた俺は姉ちゃんから離れて、彩芽の手を握る。間違えた。彩芽の水着姿があまりにも可愛すぎて好きがエグいほど表面化しちまった。

 

「そういう修也は彩芽ちゃんと付き合ってんの? ま、聞かなくてもわかってるけど」

「どこをどう見たらそう見えんだよ。目ぇ腐ってんのか?」

「修也、手、手!」

 

 離すの忘れてた。ついでにちょこっと引っ張って俺の背中に彩芽を隠し、高宮さんの視界から隠す。あとで上着も持ってこないとな。彩芽の水着姿は俺だけのもので、他の男に見せるなんて耐えられない。

 

 いや、違う!!!!! 本当に落ち着け俺! いろんなことがありすぎて頭がごちゃついて、軽率に好きになっちまってる! 姉ちゃんは俺と彩芽が付き合ってるって思ってるし、高宮にも勘違いされても別にいいけど、魔法に踊らされるのはごめんだ!

 

「悪い、彩芽。なんか暴走しちまった」

「ん、んーん。別に、やじゃなかったし」

「どう見ても付き合ってるように見えるなぁ」

「可愛いでしょ? うちの弟と義妹。そうだ、せっかくだし一緒に遊ばない? もちろんお金は優が出すからさ」

「おいおい勝手に決めるなよ。いいけどさ」

 

 それは願ってもない話だ。彩芽と二人きりになったら更に好きが溢れる自信があるし、何より姉ちゃんと高宮さんを二人きりにさせたら万が一のことがあるかもしれない。だったら一緒にいて、そういう雰囲気になりそうだったら全力で邪魔すればいい。

 

「流石にいきなり今日現れて奢ってもらうのは申し訳ないんで、俺と彩芽の分は俺が出しますよ」

「いいんだよ。こういうのは奢るって言われたら素直に受け取るもんだ」

「……ありがとうございます。ほら、彩芽も」

「促されなくても自分で言えるし。ありがとうございます、高宮さん」

「よっし、そんじゃ行こっか! まずはアレ!」

 

 姉ちゃんが指した先には、ぐるぐるととぐろを巻くように続いているスライダー。筒状になっていて中は見えないが、その先を目で追えば水が流れるかなりの傾斜の坂があった。

 手すりのついた4人乗りの浮き輪ボートに乗って、水上のジェットコースターを楽しめる『スネークバーン』。確か1人でも2人でも3人でも乗れたはずだ。

 

「わー。CMで見るよりも怖そう……」

「死ぬようなアトラクションなんて作んないだろうし、死ぬとしても修也だろうから大丈夫」

「何かあっても死ぬ気で守るっていう俺の男気を評価してくれてるって思っとくわ」

 

 楽しそうな姉ちゃんの後ろに続いて、スネークバーンへ向かう。その途中、俺はあることに気づいた。

 

 浮き輪ボートはその名の通り浮き輪の形をしていて、4人内側を向いて座る。そうした場合、座る位置が問題じゃないか?

 俺と高宮さんが向かい合うように座れば、姉ちゃんと彩芽が高宮さんの隣になる。俺が高宮さんの隣に座れば、姉ちゃんか彩芽が高宮さんの隣になって、高宮さんの正面に姉ちゃんか彩芽が座ることになる。姉ちゃんが隣になったり正面に座ったりしたら、何かの拍子で恋が始まるかもしれないし、彩芽が隣になったり正面に座ったりしたら、それは俺が嫌だ。

 

 そう思った時には、口が勝手に動いていた。そして、体も。俺は高宮さんの手を取って、最大限の演技で目をきらきら輝かせた。

 

「高宮さん! 俺と二人で乗りましょう!」

「え? いいけど、いいのか?」

「俺、父さんがろくでもないんで年上の男の人と遊んだ経験ほとんどないんですよ。だからちょっと、甘えさせてもらえたらって思いまして……」

「そっか。ならわかった。ごめん雅、真咲ちゃん。2人ずつ乗ることにしようか」

「! わかりました!」

「ふーん? ふふ、いいよ」

 

 姉ちゃんは「せっかくだしみんな一緒の方がよくない?」って言うかと思ったけど、俺と彩芽が付き合ってるって勘違いしてるからか、『俺が彩芽を高宮さんの隣にも正面にも座らせたくない』ってことを察して納得してくれたみたいだ。へっ、勘違いされてるなら、それを最大限利用しないとな。

 

 彩芽と一緒に乗りたかったなぁ、と思いかけた思考を振り払うために、俺は高宮さんの手を引いてスネークバーンへと向かった。待って、俺と高宮さんがデートしにきてるみたいになってない?

 

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