【本編完結】ぎゅってしないと好きになる魔法   作:酉柄レイム

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第14話 恐れていた事態に恐るべき事態

 恐れていた事態が、起きた。

 

 山の中にひっそりと佇む和風邸宅。木々が揺れる音とやかましく鳴り響く蝉の合唱、近くを流れる川のせせらぎ。そのすべてが気にならなくなるくらい、俺の心はある感情に支配されていた。

 

 彩芽が、好きすぎる。

 

 8月11日。その日、俺は父さんの実家へと帰省していた。そう、帰省だ。これが何を意味するかと言えば、帰省している間は彩芽と会えないということで、その間好きが思う存分育まれるということ。帰るのは15日だって言ってたから、5日間彩芽と会えず、好きになり続ける。

 

 一年に一回か二回。それくらいしか会わないからか、父さんはじいちゃんと酒盛りし、ばあちゃんと母さんはそれに付き合って、姉ちゃんはクーラーガンガンの部屋でぐったりとしている。

 

 そして俺は、縁側で座禅を組み、精神統一していた。

 

 帰省が決まったその日、俺は彩芽に連絡を取り、帰省する前にぎゅってした。帰省している間に育まれる好きが少しでも薄まるよう長めにぎゅってしたから大丈夫だろうと淡い期待を抱いていた俺が愚かだった。『会えない』とわかっているからか、いつもより好きになるのが早い気がする。

 

 だから精神統一して気持ちを落ち着かせようと試みていたが、無駄な足搔きだった。目を閉じたら浮かんでくるのは彩芽。今なら羊を数えようとしても彩芽が現れ、睡眠不足になること間違いなしだった。

 

「……好きだ」

「え?」

 

 だったら気持ちを口に出せば少しは落ち着くんじゃないかと呟いた『好き』は、いつの間にか後ろにいた誰かに拾われた。

 

 閉じていた目を開け後ろを見れば、そこにいたのは金に染めた髪を背中まで伸ばし、夏だっていうのに焼けた様子のない白い肌。普段細いと気にしている目は驚きからか丸くなっていて、ぽかんと開いた口からはチャームポイントだと言っていた八重歯が覗いていた。

 

 (くるわ)結菜(ゆうな)。父さんの姉の娘、つまりいとこ。通っている高校は俺の高校と近く、会おうと思えば会える距離にいるが、俺の友だちがどんなやつかを知って、高校に入ってからめっきり会うことが少なくなった。

 

「帰ってきてたのか」

「あ、あんた、今、好きって」

「ん? あぁ、言ったな」

 

 そういや父さんが「姉さんも同じ日に帰省するらしい」って言ってたな。ただいまって聞こえてこなかったのは結菜の家族が薄情だからか、俺が精神統一に没頭しすぎて聞こえていなかったのか、恐らく後者だろう。厳密にいえば没頭していたのは精神統一じゃなくて彩芽……もうやめよう。これ以上考えたらまた彩芽に脳を支配される。ちょうど結菜もきたことだし、話し相手になってもらおう。

 

「ま、こっち座れよ」

「え? あ、うん……」

 

 ここは縁側ではあるが、クーラーと扇風機の二段構えで暑いわけじゃない。結菜を手招きすれば、なぜかもじもじしながら俺の隣に座る。なんか近くね?

 

「おじさんとおばさんは?」

「みんなでお酒飲んでる。雅さんは?」

「部屋でくたばってる。なんだ。じゃあ二人きりか」

「!!」

 

 結菜が体を震わせて固まった。なんだ、寒かったか? 外の熱気と合わせて電気代なんか知ったことかとクーラーの温度を低めに設定してたけど、ちょっと上げるか。

 いやでも、なんか赤くなってる……? どっちだ、寒いのか暑いのか。俺のせいで体調を崩したってなったら、「女の子を大事に扱えないやつに、生きる価値はない」って父さんに殺される。なんだうちの父さん魔法かけてきたり殺害してきたりめちゃくちゃじゃねぇか。

 

「どうした結菜。体調悪いのか?」

「悪くないわよ!」

「俺そんな怒られるようなこと言った?」

 

 結菜は感情の起伏が激しいところがある。女心は秋の空ってやつだ。今は夏なのに。ガハハ!

 にしても、俺そんな変なこと言ってないのにな……。あれか? 俺ごときに心配されたのがムカついたとか? 俺のウィークポイントは父さんの血が流れてることと、友だちに廻と拓斗がいることくらいだぞ? ダメだ、ウィークポイントが致命的すぎる。それを突かれたら俺ごときって思われても納得してしまう。

 

 なんかもうとりあえず謝っておこうと思って口を開こうとすれば、「言ってない、ごめん」と先に結菜から謝罪。俺が謝ろうとしたのは誤りだったってわけか。なんだ? 今日の俺は絶好調だな!

 

「いや、何もないならいいけどさ。無理すんなよ? 移動疲れもあるだろうし、無理して俺に付き合わなくてもいいぞ」

「無理してないわよ、別に。それに、久しぶりに会ったんだからもっと話したいし」

「……? 結菜、そんな可愛いこというやつだったか?」

「なっ、私はいつでもカワイイでしょうが!」

「まぁそりゃそうだけど」

「!?」

 

 結菜は見た目がいいし、口調はきついけど優しいやつだ。キャンプファイヤーを見て「木が可哀そう」って言ってたくらいだし。いや、優しいって言うのかそれは? 共感能力の鬼なだけじゃないのか? でも子どもに人気だし、子どもに人気なやつに悪いやつはいない。それに見た目クール美人だけど表情がコロコロ変わるし、勘違いしやすいところあるから可愛いんだこいつ。姉ちゃんもよくおもちゃにしてる。

 

「……修也、さっきの本気なの?」

「さっきの?」

 

 さっきの……結菜が「いつでもカワイイでしょうが!」って言ったのを肯定したことか? それは本心だから「おう」と答えると、結菜はまた固まった。

 

 ……俺はここで勘づいた。こいつ、何か勘違いしてるな? 俺が結菜を可愛いっていうのは別に珍しいことじゃないし、結菜が「私可愛いから!」とよく言うから「そうだなー」っていつも返事してる。無視すると「何? 可愛くないっていうの?」ってなってめんどくせぇから。

 でも、結菜は今俺が可愛いを肯定したことが本気だって言えば、固まった。そのことから考えらえるのが、何かの勘違いが原因でそうなっているっていうこと。考えろ俺。結菜が勘違いしたまま会話が進めば、後で俺がひどい目に遭うかもしれない。結菜の勘違い原因で結菜が悲しい思いをしたら、たとえ結菜が悪くても俺が悪いことになる。

 

「……ちょっと、考えさせて」

「え?」

 

 結菜はそれだけ言って、立ち上がろうとした。このままどこかへ行かれたら勘違いが続くことになる。それだけはだめだと立ち上がろうとした結菜の腕を掴んで引き留めた。

 

「待て」

「……っ」

 

 結菜の腕を掴むと、結菜はまた目を丸くして、更に顔を赤くした。……照れてる? いや、どうしたらいいかわからず、脳がぐるぐる回って赤くなってる可能性もある。結菜がこうなっている間に考えろ。結菜と会ってからの俺の発言を思い出せ。

 

 まず俺は、彩芽への気持ちを落ち着かせるために「好きだ」って呟いた。それに対して結菜が「え?」って反応して。

 

 絶対これじゃねぇか。

 

「結菜、話がある」

「は、はい」

 

 マズい、結菜が敬語になった。俺がとてつもなく大事な話をしようとしてるって勘違いしてる。気まずすぎるだろ。「さっき好きって言ったのはお前に対してじゃないんだ」ってこんな状態の女の子に言うのか? むしろいいのか。いとこだし、好きだって言ったのを勘違いしてたとしても、どうすればいいかわからないから赤くなっている可能性の方が高い。

 俺はその可能性を信じて、ちゃんと勘違いだって伝えることにした。

 

「さっき好きだって言ったのは」

「あれ? 結菜帰ってきてたんだ。修也と何してんのー?」

「!!」

 

 結菜に言ったんじゃない、って言おうとした瞬間姉ちゃんが現れ、結菜は俺の手を振り払って逃げて行った。

 

 ……マズくね? マズい。結菜の名誉のために家族の前で言うわけにはいかないし、かといって二人きりになろうとしたら逃げられそうだし、いざ二人きりになれるとしてもそれは結菜が俺の告白(勘違い)に返事をするときだけじゃないか?

 

「あれ、行っちゃった。私が美しすぎたから?」

「マジでキレるぞ」

「そんなに気に入らなかった?」

 

 なんかごめん、と言いながら姉ちゃんが俺の隣に座る。最悪の事態になるかもしれないきっかけを作ったクセに飄々としやがって……! あ、きっかけ作ったのは俺だった。ははは。

 

「結菜と何話してたの?」

「……」

 

 待て、姉ちゃんには言っていいんじゃないか? 姉ちゃんは俺と彩芽が付き合ってると思ってるし、俺が「好きだ」って言ったのは彩芽への想いが溢れたからだって言っても納得してくれる。そうすれば彩芽と付き合ってるっていう勘違いに対して言い訳がつかなくなるけど、結菜の勘違いを解消するのが先決だ。間違ってもこのまま放置して、結菜に恥をかかせるわけにはいかない。

 

「実は、彩芽への想いが溢れて『好きだ』って呟いたらさ」

「うん」

「待て、今スマホいじって何したんだ?」

 

 姉ちゃんはにやにやしながらスマホの画面を見せてくる。そこにはVEINのトーク画面があり、相手は彩芽。姉ちゃんが送ったのは、『彩芽ちゃんが好きすぎて、思わず「好きだ」って呟いちゃったんだって』という内容。

 

「何してくれてんの?」

「いいじゃん別にー。彩芽ちゃん喜ぶと思うよ?」

「そういう問題じゃ」

 

 今日こそは謝らせてやると意気込んでいたその時、彩芽から返事、というよりスタンプが返ってきた。うさぎが耳でハートを作り、『うれしい!』という看板を持ったスタンプ。しかしそれはすぐに送信が取り消され、『今の見ました!!!??』とせっかく送信を取り消したのに隠しきれない「やってしまった感」が溢れたメッセージが送信されてきた。

 

「彩芽ちゃん可愛すぎない? いつ私の義妹になるの?」

「あと数年もしたら」

 

 じゃねぇよ。

 

「いや、それはいいんだ。姉ちゃん、聞いてくれ」

「なにを?」

「さっき好きだって呟いたって言ったろ?」

「うん」

「それを結菜が聞いてたみたいで、自分に言われたって勘違いしてるみたいなんだ」

「何それ面白そう」

 

 より一層にやけた姉ちゃんに、俺は話す相手を間違えたと確信した。

 

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