【本編完結】ぎゅってしないと好きになる魔法   作:酉柄レイム

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第17話 普通じゃない俺たち

 8月15日。結菜が姉ちゃんと手を握って可愛らしく「またね!」って言った後、俺とも同じノリで手を握って「また……なにしてんのよ!」と理不尽に手を弾かれた後、父さんが運転する車で家へ帰っていた。俺、悪気のないあいつに振り回されすぎじゃねぇか?

 

「いやぁ、悪いな二人とも。結局ずっと構ってやれなくて」

「いいよ別に。そんくらいで拗ねるような歳でもねぇし」

「むしろお父さんが絡んでこなかったから、修也と結菜といっぱいお喋りできてよかったし」

「はっはっは。どうしよう母さん。修也が姉といとこを手籠めにしている」

「ふふふ」

 

 躾には言葉ではなく痛み。母さんはバカなことを言った父さんをぶん殴り、「仲良しでいいわねぇ」と穏やかに微笑んだ。母さんがいると父さんの相手をしなくて済むから楽でいいぜ。

 母さんはなんで父さんを選んだんだろう。冗談だとしても、姉といとこを手籠めにしてるとか言うか? いとこはともかく、姉はダメだろ。そんなこと言って姉ちゃんに嫌われるとか考えなかったのか? もう手遅れな気はするけど。

 

「でも手籠めと言えば、最近彩芽ちゃんと仲いいわよねぇ」

「手籠めで彩芽を思い出すなよ」

「実際手籠めにしてるみたいなもんじゃない? 何回か電話してるの聞いてたけど、ラブラブみたいだったし」

「プライバシーって知ってるか?」

「失礼な。知ってるよ」

「知識の有無の話じゃねぇんだよ」

 

 守れって言ってんだよ、プライバシーをよ。つか、マジ? 聞かれてたのか? あの家はそんなに壁が薄いとは思えない。姉ちゃんと結菜の隣の部屋で電話してたけど、姉ちゃんと結菜の声が聞こえてきたことはなかったし、聞こえないようにって小声で話してたはずだ。っていうか小声の彩芽可愛すぎたな。可愛すぎて死んで、今の俺は新しい俺になっている可能性がある。

 

「あら、何? 離れている間電話するほど仲がいいの? もう一人娘ができるかもしれないわね」

「おいおい母さん。子どもの前で下ネタはやめろよ」

「もう、そんな暇なかったでしょう?」

「そうじゃねぇだろ母さん」

 

 やっぱ母さんもズレてるよな……。だから夫婦になったのか。よかった、この親の背中を見て反面教師にすればまともに育ちそうだ。姉ちゃんは反面教師にしようとして所々失敗して性格がねじ曲がってるけど、俺はそうならないようにしないと。

 でも油断はできない。なぜか俺が普段一緒にいるやつらは大体頭がおかしいから、自分が正常と思ってても周りが異常すぎるからそう誤認してるだけで、普通の人から見たら俺もおかしいかもしれないからな。

 

「そういえば修也。夏祭りはどうするんだ? いつも雅のナンパ避けに連れていかれて、雅の友だちに可愛がられてただろ? 羨ましい」

「お父さん?」

「俺は今ウルトラCって言ったんだ」

「あぁそうなの、よかった。羨ましいなんて言ってたら捻り潰して豚の餌にするところだったわ」

 

 父さんがバックミラー越しに「助けてくれ」と目線でヘルプを要請してきたから、「家についてからにしてくれよ」と言えば、姉ちゃんが「運転中にお父さんが死んだら、私たちも死んじゃうからね」と続ける。一家の大黒柱に対して冷たすぎる気もするが、普段の言動行動が終わってるから仕方ない。家族の前で女子大生に可愛がられてる息子を羨ましがるのはダメだろ。

 

 夏祭り。地元で行われるそれに、俺は毎年友だちと行く予定を立てる前に姉ちゃんからナンパ避けとして予約され、祭りへ行けば姉ちゃんの友だちにおもちゃにされていた。拓斗辺りが聞いたら憎しみで暴虐の限りを尽くしてきそうなそれは、本来男なら喜ばしいことかと思いきや、ただ気まずくて恥ずかしいだけ。俺にとって夏祭りは精神を擦り減らすだけのイベントだ。

 

「修也、今年はいいよ。彩芽ちゃんと行ってきな」

「彩芽と? いや……彩芽も友だちと予定あるだろうし」

「ダメよ修也。彩芽ちゃんに予定があるとしても、誘っておかないと『私に興味ないのかな』って思われちゃうから」

「うるせぇな。俺は彩芽のことが大好きなんだよ」

「じゃあ誘いなよ」

 

 間違えた。5日間会ってないからうっかり好きが漏れ出た。こうならないように彩芽と電話してガス抜きしてたのに、家に近づくにつれて『もうすぐ彩芽に会える』っていう気持ちがじわじわ上がってきて、好きが漏れ出てきてる。父さんもバックミラー越しににやにやしながら俺を見てるし。前見ろや運転中だろあんた。

 

「ま、私も今年はナンパ避けと一緒に行くし。修也も頑張りなよ」

「ん? ナンパ避け? 雅、それはカッコいい女の子と一緒に行くっていうことだよな?」

「うっさ。男だけど」

「ナニィ!!!!???」

「男!!!!???」

 

 父さんと一緒に声を張り上げ、姉ちゃんを見る。男? まさか、高宮さんか!? あの野郎、姉ちゃんの財布のクセして思い上がりやがって!! やっぱりあの時息の根を止めておくべきだったか? そうすれば父さんの前で姉ちゃんが「男」なんて言わなかったのに!

 

「雅! 男と夏祭りに行くなんていういやらしいこと、パパは許しませんよ!」

「いやらしいとかキモ。別にそういうんじゃないから」

「まぁまぁ、いいじゃない。雅だってそういうことの一つや二つや三つや四つや五つや六つや七つや八つや九つや十つや十一つや十二つや十三つや十四つあるわよ」

「そんなにはないけど。私のこと光源氏だと思ってんの?」

「姉ちゃん、考え直せ! 姉ちゃんほどの美人なら父さんの言う通り、男はいやらしいことしか考えてねぇぞ!」

「っていうことは修也、彩芽ちゃんと行くといやらしいこと考えちゃうの?」

「当り前だろうが!!!!!」

「彩芽ちゃんには気を付けるよう言っとくわ」

 

 姉ちゃんこそ気を付けないといけないのに! 高宮さんは確かにいい人だったけど、それでも男だ。姉ちゃんのことが好きじゃないとしても、女として見てるに決まってる。姉ちゃんは美人だから、狙わない方がおかしいんだ。財布に甘んじているのも、そうすれば姉ちゃんと一緒に遊べるからに決まってる。その先を虎視眈々と狙ってやがるんだあのバカ宮は!!

 

「おい修也! なんのためにお前を息子に産んだと思ってる! 雅に言い寄ってくる塵芥どもを掃除するためだろうが!!」

 

 あまりの怒りに、父さんが矛先を俺に向けてきた。親に敷かれたレール史上一番最悪なレール敷いてんじゃねぇよ。俺の存在理由がそれだって信じたくねぇんだけど。

 ただ、このままだと父さんの気分が最高潮にならない。どうする。姉ちゃんに男の影が見える度にこんなことをしていたらキリがない。……それなら、姉ちゃんが男と出かけてもいいと父さんに思わせればいいんだ。姉ちゃんとの色恋じゃなくて、他に理由があるからって思わせればいい。

 

「姉ちゃん、俺に任せてくれ。あの化け物を納得させてみせる」

「え? まぁ、させなくてもいいけど」

「俺がよくないんだ。……父さん!」

「なんだ。くだらないことを言ったら命はないと知れ」

 

 ブチギレる父さんは威圧感がものすごく、冷や汗が背中を伝うのがわかった。眼前にナイフを突き立てられているかのような緊張感と恐怖、それに耐えながら、俺はバックミラー越しに父さんの目を見た。

 

「その男は俺のことが好きで、姉ちゃんのことが好きでもなんでもないんだ!!」

「流石は俺の息子だ!!」

 

 高宮さんに『すみません。父さんの中で高宮さんが俺のこと好きってことになっちゃいました』と送れば、『詳しく聞いても理解できなさそうだから、とりあえずいいよ』と返ってきた。理解のある人で助かったぜ。

 

 

 

 

 

 家について、父さんが車の中での色々について母さんからお仕置きを受けているのを後目に、姉ちゃんから「彩芽ちゃん誘ってきな」と叩きだされた。帰ったら父さんいなくなってんじゃねぇかな。

 

 彩芽にはいつの間にか『もうすぐ着くから家の前で待っててくれ』と送っていて、どうせ彩芽のところに行くつもりだった。というかそうしないともう持ちそうにない。すぐに会ってぎゅってしないと、彩芽が好きすぎて明日を迎えられるかわからない。

 

 彩芽の家は歩いてすぐの距離にある。角を曲がれば、すぐに彩芽の姿が視界に飛び込んできた。

 

「修也!」

 

 俺を見た瞬間彩芽が駆け寄ってきて、俺の胸に飛び込んでくる。反射的に受け止めれば、俺の胸に手を当ててきゅっと握り、「寂しかった」と呟く彩芽が可愛すぎていきなり死にそうになって、今俺が死んだら彩芽が悲しむとぐっと持ち堪えた。

 

「おかえり、修也」

「ただいま、彩芽。腕回さねぇとぎゅってできねぇぞ」

「まだぎゅってしないで」

「え、なんで」

 

 聞けば、彩芽は顔を上げて潤んだ目で俺を見た。は? 死ぬほど可愛いぞお前。気をつけろよ? そんな可愛い顔したら男は結婚したのかと勘違いするぞ。

 

 彩芽はそのままぽそっ、と何かを呟いた。一文字も聞き取れなかったから「ん?」と言えば、今度ははっきり聞き取れる声量で。

 

「まだ、好きでいたいから」

 

 あまりにも可愛すぎて抱きしめてしまった。「むー!」と胸で叫ぶ彩芽の声がくすぐったい。大丈夫、彩芽がぎゅってしなければ、好きじゃなくなることはない。

 ただ、このままだと彩芽が窒息するからと少し緩めれば、彩芽がまた上目遣い。おい、いい加減にしろよ? これ以上それを続けたら子どもができたのかと勘違いするだろうが。

 

「ずるい」

「なにが?」

「私もぎゅってしたいのに、修也ばっかり」

 

 めちゃくちゃ可愛いことを言う彩芽に降参の意味を込めて両腕を上げれば、彩芽は俺の腰に腕を回してぎゅっと抱き着いてきた。なんだ、幸せってこういうことか。車の中で繰り広げられていた地獄が嘘のようだぜ。

 でもあんまり可愛いことをされると俺が暴走しかねない。ちょっと落ち着けというつもりで頬をつつけば、彩芽は片手を俺の腰から離して、そのまま俺の手首を掴み、掌に頬ずりし始めた。

 

「えへへ。修也の手だ」

 

 瞬間、頭の中を走馬灯が駆け巡った。遊びに行った先で拓斗がお姉さんに求婚している場面、クラスの男で行ったサウナで廻がM字開脚してる場面、父さんが母さんに縄で縛られて恍惚としている場面。ちょっと待て、俺の人生のハイライトがこれなのか? もっと振り返ることあるんじゃねぇのか?

 

 あまりにも走馬灯が醜悪すぎて死の淵から生還した俺は、気づけば頬ずりされている手の親指で、彩芽の唇をなぞっていた。ぴくりと震えた後俺を見上げる彩芽に、それは今しちゃいけないだろと舌を噛んで自制する。何してんだ俺の手は。いくら好きになってるからって、これは魔法なんだ。魔法で作られた好きだから、先に進んじゃいけない。

 

「……修也」

 

 だっていうのに、可愛い声で俺の名前を呼んで、両腕を首に回してくる。魔法にかかる前なら首を絞めて殺しに来てると思っていただろう行為が、今はおねだりに見えて仕方がない。

 

「……彩芽、今俺たちは普通じゃない。だから、ダメだ」

「……」

「そんな可愛い顔してもダメだ。引かねぇなら舐り回すぞ」

「……いいけど、わかった」

 

 いいの!!? 舌噛まなきゃよかった!! と驚きと興奮で震えあがった俺の心は、俺の背中に回された彩芽の腕の感触で鎮静化された。わかったって言ったんだよな。それでぎゅってしてきたってことは、そういうことだよな。

 

 彩芽の背中に腕を回し、抱きしめる。そうすれば、いつも通り溢れ出るように沸いていた好意がどんどん収まっていった。

 

「彩芽。夏祭り、一緒に行くか」

「うん。行こ」

 

 好きが収まって、さっきまでのことを冷静に思い返して真っ赤になっている彩芽を見ないように目を逸らす。

 

 姉ちゃんが思いきりスマホを俺たちに向けていた。テメェ……!!

 

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