9月1日。始業式を終えた俺たちは、今日も今日とて空き教室に集まっていた。
ただ何か、廻の様子がおかしい。らしくもなく神妙な面持ちで両肘を机につき、指を組んでいる。
「おい拓斗、どう思う」
「あのバカがそうそう悩むことなんてないだろうから、相当重い事態だね」
ったく、俺は一刻も早く帰って彩芽といちゃいちゃ……じゃなくて、ぎゅってして好きをリセットしたいってのに。「大事な話があるんや」って言われたら聞くしかなくなるじゃねぇか。これでくだらねぇことだったらぶっ飛ばしてやろう。
「ちょっと言いたいことあんねん」
「聞くだけ聞いてやるよ」
「仕方ない。不本意ながら友だちだからね」
「一番不本意なのは俺だけどな」
お前らが俺の感性で面白いから一緒にいるだけだからな? あと手綱握っておかないと先生に絶大な負担がかかってあまりにも可哀そうだから。暴走しなくて普通にしてりゃただ面白いだけなんだけどなぁ、こいつら。父さんに魔法かけてもらって真人間にしてもらうか?
……いや、貴重な魔力をこいつらに使うのは癪だし、もしそれを彩芽が知ったら何をされるかわからない。「修也、ずっと好きでもいいんだ」って言って可愛い顔をされるかもしれない。あれ? いいことしかなくね?
「俺らって誰かに女の子の影見えたらボコボコにしてるやろ?」
「お前らに女の子の影見えたことなんてないから、俺が一方的にボコボコにされてるな」
「あれ、雅さんからうちの親に苦情きたらしくて、めちゃくちゃ怒られてん」
姉ちゃんが? そういやあの日姉ちゃんが帰ってきて「どうしたの?」って聞かれたから「いつも通り廻と拓斗にボコボコにされた」って答えたら、「ふーん」って言ってたな。もしかして、姉ちゃんは俺と彩芽が付き合ってるって勘違いしてるから、その障害になると判断して苦情入れたのか? あの日俺の写真を撮っていたのは、証拠写真か。
でも廻と拓斗がやったっていう証拠はないはず。にも拘わらず怒られたってことは、親からもそういうことするやつだって認識されてんのか。マジで親に頭下げろよ。
「確かに、雅さんが快く思っていないならやめるべきだ」
「せやから、今までごめんな? やりすぎたわ」
「僕もやりすぎたよ。ごめん、修也」
「別にいいぞ。お前らなりのじゃれ合いだって理解してるし」
少しどころかかなり過剰だけど。姉ちゃんが苦情入れてなかったら特に咎めることもなかっただろうしな。もし俺が彩芽と付き合いたいってなった時は、それが本気だってわかったら応援してくれるやつらだって信じてる。確かにイカレてるやつらだけど、誰かが悩んでたらめんどくさがらず相談に乗るやつらだから、人の本気は邪魔しないはずだ。
俺があっさり許せば、廻の表情が明るくなった。明るくなっても怖いのは可哀そうに思うべきか、面白いと笑ってやるべきか。
「ありがとう! そんで俺好きな人できたんやけど、応援してくれへん?」
「ざけんなテメェ!!」
身を乗り出して廻をぶん殴り、倒れこんだ廻に跨って胸倉を掴んだ。
「テメェクズがこの野郎!! 謝っておけば今までのことがチャラになると思ってんのか! アァ!?」
「ちゃう、本気で反省したんや! ほんで本気で恋したんや!」
「やかましいわ!! テメェはバカだから知らねぇだろうが、世の中には因果応報って言葉があんだよ!!」
「落ち着け修也! 流石の僕もうわぁって思ったけど、廻はバカだ!! 本当に悪気がないんだ!!」
……確かに、普通なやつなら『自分がボコボコにされたくないから、先に謝っておいた』って捉えられるけど、廻にそんな打算ができるとは思えない。廻の言葉通り、ただ本当に反省して、好きな人ができたから応援してほしいっていうだけなんだろう。
廻だから許すっていうのも釈然としねぇけど、まぁいいかとため息を吐いた。「悪いな」と謝って廻を起こし、元の位置に座る。
「で、相手はどんなメスなんだ?」
「出会いは動物園?」
「なんか勘違いしとるけど、相手は人間やで」
「まさかお前がそんなに相手の気持ちを考えられないようなやつだったとは……」
「修也、僕らが止めるしかないみたいだ」
廻に言い寄られるなんて、女の子からすれば恐怖でしかない。ある程度耐性ができているクラスメイトならともかく、そうじゃないなら通報されてもおかしくない。廻からすれば好意を持って話しかけたとしても、廻の見た目なら怯えて借りた覚えのないお金を渡して、廻はバカだからそのまま貸した覚えのないお金を受け取って、意図しない恐喝が成立する。
「まぁ、そんなに出会いが聞きたいんやったら教えたるけど」
「一言でもそんなこと言ったか?」
「あれは、太陽が照り付ける晴天で晴れの日のことや」
「全部同じこと言ってるよ」
聞いてもないのに回想に入り始めた廻に、俺と拓斗は仕方がないなとスマホを取り出して適当に聞くことにした。あ、彩芽からVEIN。なになに? 『今日お父さんとお母さん、帰ってくるの遅いみたい』、だって?
「俺のことを神聖化してくれてるお前らを幻滅させて申し訳ないんやけど、駅で迷ってもうて」
「もはや見損なうところがないくらい下に見てるから、無駄な罪悪感だな」
「で、俺って見た目かっこええやん? せやから近寄りがたくて、誰も助けてくれへんかったんやけど」
「話しかけたら殺されるって思ってるんじゃないかな」
今化け物の相手してるから、終わったらそっち行くわと送れば、すぐに『あ、ごめん。かおりと結菜と凪咲ちゃんと遊ぶから……』と返ってきた。え、もう仲良くなってんの? ってかそれならなんで両親の帰りが遅くなるって言ってきたんだよ。あれか? 俺を惑わせて楽しんでんのか? 今日あんま喋ってなくて好きが蓄積されてないからって余裕ぶっこきやがって……。
「『随分見苦しい無様を晒しているようですが、大丈夫ですか?』って優しい言葉かけてくれた人がおってな。道教えてくれた後、お礼したいって言う暇もなく消えてもうてん」
「ちょっと待て」
スマホをポケットにしまって、廻の話に集中する。何? 『随分見苦しい無様を晒しているようですが、大丈夫ですか?』だって? 聞き間違いじゃなきゃとんでもない罵倒されてるのに『優しい言葉』って言ったか? 罵倒が効かないと思ってたけどまさかここまで効かないなんて。
しかも、その人もその人だ。いくら廻が強面でバカだからって、初対面の相手にそれはないだろ。廻だからよかったものの、他の人にもそうなら廻がイカレてるからとかじゃなくて、その人はやめた方がいい。まともな人じゃない。
「せめてお名前だけでも! って言うたら、
「そのセリフ現実で言う人初めて見たよ」
「それより、お前めちゃくちゃ罵倒されたんだろ? どこが優しい言葉なんだよ」
「え? せっかく男らしい顔してるんやから、おろおろせんとシャキッとしてた方がかっこええで、ってことちゃうん?」
「まったく違う」
「妄言吐くのもいい加減にしなよ」
どんな脳してんだこいつ。とんでもない暴言なのに自己肯定感が高すぎて勝手にプラスな言葉に変換されてやがる。だから俺たちが強面だって言っても、ずっと自分はカッコいいって言ってたのか。一年かけても解けなかった謎が今解けた。
「そんで、なんと! さっき始業式で、雪野さん見つけてん! 三年生やった!」
「三年生か。で、どうアプローチするつもりなんだ?」
「いや待て修也。三年生ならこの時期受験だろう? そんな大事な時期にこんなのに付き合わせるのはかなり申し訳ない」
「あ、そうか。そういうことだ廻、諦めろ」
「くっ……確かに、受験って大変って聞くわ。せやったら、ちゃんとお礼言うて俺のこと認知してもらうだけにするわ」
廻にしては正常な判断。てっきり「受験ってなんや?」って言って構わず突撃しにいくと思ってたのに。どうやら結構本気らしい。どの面下げて本気になってんだっていう文句は飲み込んで、「じゃあ頑張れよ」と言って帰ろうとしたら、廻が身を乗り出して俺の腕を掴んできた。
「なんだよ」
「……めちゃくちゃ不安やから、明日ついてきてもらってもええ? もちろん拓斗はこんでええけど」
「なぜ僕はだめなんだ!」
相手が三年生だからに決まってるだろ。廻の好きな人……雪野さんを口説かないにしても、何か問題を起こしそうで不安だ。
「今までボコボコにしといて厚かましい言うんはわかってる! でもめっちゃ心配やねん! 俺みたいなカッコいい男が三年生の教室行ったら、女の先輩から言い寄られて雪野さんが幻滅するんちゃうかって!」
「クソほどいらねぇ心配だから気にすんな」
「それに、俺こう見えてドジっ子やから、なんかやらかしてまうかもせんし」
「バカなだけだろ。いい風に言ってんじゃねぇぞ」
「ついていってあげたら? 何かやらかすかもしれないっていうのは間違いじゃないし」
……それはまぁ、確かに。流石に教室まではたどり着けるだろうけど、何も考えもせず「雪野さんおります!!?」って言いながら教室に入って、取り立てにきたと勘違いした先輩たちが阿鼻叫喚になる光景が目に浮かんだ。
ったく、自分の恋愛に手いっぱいで人の恋愛気にしてる場合じゃねぇのに。あ、いや、恋愛って言ってもほら、俺と彩芽は魔法にかけられて好きになってるから。そういう意味での恋愛だけどな?
「わかった。今度何か奢れよ?」
「ありがとう! 今度ガム奢るわ!」
「人件費舐めてんじゃねぇぞ」
明日一緒にお礼を言いに行くことを約束して家に帰る。リビングに行けば姉ちゃんがいて、そういや姉ちゃんも今日は午前で終わりなんだっけか、と思い出しながら、苦情を入れてくれたことのお礼のつもりで「姉ちゃん、ありがとな。正直助かった」と言えば、「赤谷くんの恋愛の応援なんて大変だねぇ」と返された。待って、なんで知ってんの?