放課後の食堂、その一角。あまり他の人からは見られないような場所に俺と彩芽はいた。別にぎゅってするためにきたわけじゃなくて、そりゃあぎゅってしたっちゃしたけど目的はそういうのじゃなくて。
「舞坂先輩! 彩芽先輩!」
凪咲ちゃんが走ってやってきて、「お待たせしました!」と頭を下げる。
俺と彩芽は、凪咲ちゃんから『ご相談があります』と言われ、いつも使っていた空き教室は監獄になってるからと食堂で話を聞くことになった。
凪咲ちゃんが俺たちの前に座って、深呼吸をして息を整える。腕を開いて胸を張って息を吸い、それとは逆の動作で息を吐く深呼吸にあざとい動きしてんなぁ、とにこにこしていたら、テーブルの下で彩芽に太ももを抓られた。いや、胸見てたわけじゃねぇって!
「えっと、その、早速なんですけど。相談なんですが」
「なになに?」
両手を膝の上に置いて、もじもじしながら視線をあっちへこっちへと。あまりにも庇護欲が沸きすぎて俺の妹かと勘違いし、あ、拓斗の義妹だったか、と可哀そうな立場であることを思い出す。どうやら彩芽も同じことを思ったらしく、凪咲ちゃんに優しい視線を送っていた。
しばらくもじもじしていた凪咲ちゃんは、意を決したように俺たちを見る。頬が少し赤くなっているのも相まって、相手が相手なら告白なんじゃないかと勘違いしちまいそうだなとぼんやり考えていたら、相談内容はそれに近しいものだった。
「こ、告白、されちゃいまして」
「詳しく聞かせて!」
「俺押しのける必要ねぇだろうが!」
ほんとに!? って俺が身を乗り出したわけでもねぇのに彩芽に押しのけられて、その勢いのまま彩芽が身を乗り出した。可愛がってる後輩の恋バナならテンション上がるのも仕方ねぇけど、ちょっとは落ち着きってもんを……いや、なんでもいいから俺に触れたいってことは考えられないか? そうだとしたら可愛すぎてすべて許せてしまう。そうだ、そういうことにしよう。それならポジティブに受け入れられる。
「相手は!? 性別は!?」
「彩芽、落ち着け。あんまり他の人に知られたくないことだろうから声抑えろ」
「あ、ごめんね? ちょっと、テンション上がっちゃって……」
「いえ、でも舞坂先輩の言う通り、ちょっと抑えめでお願いします……」
「わかった」
凪咲ちゃんのお願いを真正面から聞いて、小声で話し始めた彩芽が可愛い。なんて今は彩芽の可愛さを確認してる場合じゃなくて、凪咲ちゃんの相談に集中しよう。
告白されたって言われても特に驚きはないくらいには、凪咲ちゃんは可愛い。それに文化祭が控えてるから、一緒に回りたいとかそういう気持ちがあって告白してきたんだろうなってのもなんとなく予想できる。いいな、めっちゃ青春してんじゃねぇか。俺の1年生のときの文化祭なんかバカのお守りやってた記憶しかねぇぞ。
「相手は、その、同じクラスの男の子で」
「どんな子?」
「んーと、優しくて子どもっぽい? って言うんですかね。あんまりお話したことがなくて、どういう人かはあんまり……」
「アリかナシかで言うと?」
「それが、そういう経験がなくて判断がつかず……」
「どうすればいいかっていう相談ってことか」
聞けば、恥ずかしそうに頷いた。
そういう経験がないっていうのがまず意外だった。凪咲ちゃんくらい可愛いなら何回か告白されてるもんだと思ってたけど、この様子だと初っぽい。最近の若者は草食系になっていってるっていうから、それが原因だったりすんのか?
でも、少なくともはっきりナシってわけじゃなさそうだ。生理的に無理ならその場で断ってるだろうし、その場で断ってなくてもナシなら相談内容は『どうやって断ればいいか』になるはず。よかったなぁ告白した男の子。ちょっと勝ち目ありそうじゃん。
「参考に、お二人が付き合うようになったきっかけを聞いてもいいですか!」
「……」
「……」
「どうかしたんですか?」
凪咲ちゃんからの質問に、二人して固まった。厳密にいえば付き合ってるわけじゃなくて、付き合ってるにしてもきっかけは『ぎゅってしないと好きになる魔法』になる。それを凪咲ちゃんにいうわけにもいかねぇし、言ったところで礼儀正しい凪咲ちゃんが「は?」って言う可能性がある。俺そんな凪咲ちゃん見たくねぇよ。
でも、頼ってくれる後輩を突き放すようなことはしたくない。彩芽と顔を見合わせて頷き一つ。ここは、付き合ったきっかけをこの場で捏造するしかねぇ。仲が悪い期間が長かったけど、俺たちが幼馴染だってところ見せてやろうじゃねぇか。
「えっとね、私と修也が付き合い始めたのは……」
「付き合い始めたのは?」
「……」
何を考えたのかは知らないが、めちゃくちゃ顔を真っ赤にして助けを求めるように俺を見てきた。おい、目うるうるさせてんじゃねぇよ。なんだ? 色々想像して恥ずかしくなったのか? にしたって凪咲ちゃんの目の前でその反応はねぇだろ。見ろよ、彩芽がそんな反応するから凪咲ちゃんが目ぇキラキラさせてものすごいラブロマンスがあったんじゃないかって勘違いしてんだろうが。
「凪咲ちゃん。詳しく話すのはちょっと恥ずかしいから、ふわっとでいいか?」
「あ、はい! もちろんです。お二人だけの秘密ってことですね!」
きゃー! と凪咲ちゃんは大盛り上がり。まぁ確かに、俺たちが付き合ってなくて話をでっちあげようとしてるから、そういう意味では二人だけの秘密ではある。
さて、どうするか。彩芽はもう使いもんにならねぇし、「あの話はやめてね……?」と想像しすぎて脳が回らなくなったのか、もう俺たちが付き合ってるってことが真実で、彩芽の中でとんでもないラブストーリーが出来上がってて、なおかつそれを俺に話さないよう注意してきてやがる。ちょっと結菜の影響受けてんじゃねぇか?
「つっても、俺と彩芽は幼馴染だから、凪咲ちゃんと相手の子とは関係性が違う。参考になるかもわかんねぇけど」
「構いません。というか普通にただただ聞きたいです」
「そういや俺たちが仲良くしてたら栄養補給できるんだったな」
「はい!」
ってことは相談のついでに飯食いに来たってことか。いい体してんな。あ、いや、今のはセクハラ的な意味じゃなくて便利な体だなって意味で!
誰に弁解してんだ俺は。彩芽が心を読めるわけでもあるまいし。ただ、念のため父さんに彩芽には魔法を教えないよう言っておこうと思う。俺の立場が弱くなる。
「元々、俺たちは結構長い間嫌い合ってたんだよ。くだらねぇ理由でな」
「嘘!? こんなにラブラブなのに……」
「え、そ、そう見える……?」
「? はい」
「そ、そっかー。えへへ、ラブラブに見えるんだってー」
「……」
「修也? なんで真上向いてるの?」
「気にすんな」
彩芽が可愛すぎて天井のシミ数えて心を落ち着かせてるだけだから。クソ、シミ少ないからもう数え終わっちまった。掃除行き届いてんじゃねぇよ。そのせいで彩芽が可愛すぎて脳が働かなくなるだろうが!
ったく、こいつ返事はいいって言っておきながら無自覚の好きアピールがエグすぎる。そういうのって普通遠慮するもんなんじゃねぇの? 返事もらうまでは今まで通りにしようとかそういうのじゃねぇのかよ。
……よく考えたら結構今まで通りだったわ。じゃあ俺が悪い。
「お互いのことを異性だって意識してなくてな。でも、ある日をきっかけにちゃんと異性なんだなって思うようになった。そっからは、まぁ、凪咲ちゃんも見てわかる通りこいつ死ぬほど可愛いから、いつの間にかこうなってた」
「!!!!!!」
「確かに、この可愛いのが隣にいたら秒で付き合いますよね」
俺に「死ぬほど可愛い」って言われたからか、彩芽が顔を真っ赤にして俯いて、それを見た凪咲ちゃんが納得いったように深く頷いた。こんな可愛いのが隣にいて好きにならねぇやつがいたらそれはもう人類じゃねぇよ。だから、前までの俺は人類じゃなかった。あの父さんの息子だしな。
「だから、関係性なんて案外あっさり変わるもんだ。すぐに返事できねぇなら、友だちから初めて、そいつのいいとこ悪いとこ全部見た上で考えてもいいんじゃねぇか?」
「ですね。ありがとうございます! まずはお友だちからって返事します!」
「過度な期待持たすようなことはしてやるなよ。勘違いさせると悪いからな」
「男は勘違いしやすい生き物、ですもんね!」
「……私、役に立ってない」
「彩芽先輩は可愛いからいいんですよー」
身を乗り出して彩芽をよしよしする凪咲ちゃん、それを受け入れる彩芽。これじゃどっちが先輩だかわかんねぇな。
凪咲ちゃんの相談から二日後。
実行委員になったからか、クラスメイトと話す機会が増えてきた。やれこんなメニューはどうだのこの制服可愛くない? だの、意見聞きにきてくれるのは嬉しいけど女子は適切な距離感を保ってほしい。彩芽のご機嫌が斜めになるから。
今日もいつも通りみんなと話しながら朝の時間を過ごしていると、そいつは唐突に現れた。大きな足音を立てて教室へ入ってきて、「舞坂修也、先輩!!」と俺を指名したのは、見覚えのない男子生徒。質の堅そうな黒い短髪、ちょっと釣り目気味で、どっちかって言うと可愛い感じの顔をしている。
「俺は1-A
「なんで?」
純粋な疑問を返せば、天ケ瀬はぷるぷる震えて俺を睨みつけた。いや、君のこと見たことないし話したこともないから、恨みを買おうにも買えねぇと思うんだけど、もしかして父さんが何かやったとか? 魔法学校の生徒とかか?
「八つ当たりだってわかってる。でも、倉敷に仲のいい男いるのかって聞いたら、『舞坂先輩!』って即答したんだ!」
「僕!?」
「それを聞いて引き下がるのは男じゃねぇ!! 決闘だ!!」
ざわざわと、教室中にとんでもない勘違いが広がっていく。「え? 舞坂って彩芽と付き合ってるんだよね?」「おい倉敷、お前舞坂を愛してるのか?」「違う! 僕は修也を愛してはいない!」っていう会話が聞こえ、おい拓斗テメェ愛して『は』いないって、まるでその前段階ではあるみたいな言い方してんじゃねぇよ。
「……とりあえず移動しよう。とにかく早く移動しよう」
「やる気んなったみたいっスね。負けねぇっスよ俺は!」
「修也! もしかして僕たちには忘れられない夜があったのか!?」
「ねぇよややこしくなるからすっこんでろテメェ!!」
これ以上ここにいたら勘違いがとんでもないことになる。席から立ち上がって天ケ瀬のところへ行き、背中を押して教室の外へ押し出した。そのまま教室を出ようとしたところで、彩芽に向かって手を合わせて「悪い、説明しといてくれ」と頼めば、ぱっと表情が明るくなって「任せて!」と胸を張る。
……頼られて嬉しいとか? 今日の可愛いノルマ達成してんじゃねぇよ。