「そういえば、クリスマスとかどうすんの?」
衝撃を受けた俺は、椅子から転げ落ちてそのまま床を転がり、壁に叩きつけられた。「なにしてんの」と俺をこうさせた張本人である姉ちゃんが、壁にぶつけた俺の背中を撫でながら腕を引き、体を起こしてくれる。
一週間学校に通って土曜日を迎え、彩芽の考えていることがわかる魔法は解けた。でも今、新たに問題が沸いて出た。
クリスマス。日本において聖なる夜は、特別な人と特別な時間を過ごす日になっている。特別な人っていうのは、まぁ、恋人、みたいな? 好きな人、みたいな? そういうのだ。付き合っていなければクリスマスに遊ぼうと誘えばそれはもう好きって言ってるようなもので、付き合っていればクリスマスに会おうと誘わなければ好感度急落につながる。そういう日。
姉ちゃんから「クリスマスとかどうすんの?」って聞かれたのは当然、俺と彩芽が付き合ってると思ってるから。ここで俺が「あー、どうせ廻と拓斗となんかすんじゃねぇのかな」なんて言えば、目から光を消して「そんな風に育てた覚えはないけど?」って言って踏み殺されることだろう。拓斗が喜びそうだ。
「……どうやって誘えばいいと思う?」
「よし、お姉ちゃんに任せな」
その代わり、私多分クリスマスの日帰んないから、お父さんにバレそうだったらよろしく。とてつもなく無理を言ってきた姉ちゃんに、「死ねってか?」と文句をぶつければ、普通に頷かれた。お姉ちゃんは普通弟の死をよしとしねぇんだよ。
「というわけで、結菜にきてもらいました」
「……!」
「なんで結菜にきてもらったのかはわかんねぇけど、とりあえず『つ、ついにこの時がきたのね……』みたいな顔すんのやめろ。告白するわけじゃねぇから」
「か、考えさせて」
「告白じゃなかったらプロポーズってわけでもねぇよ」
こいつが一番必要なんじゃねぇか? 人の考えてることがわかる魔法。そうすりゃ勘違いもしにくい……いや、勝手に思考読む分勝手に勘違いして、こっちの知らねぇところで結菜の認識がぐちゃぐちゃになりそうだな。やっぱり結菜に一番持たせちゃだめな魔法だ。
姉ちゃんが任せなさいって言ってすぐに電話をかけ、やってきたのは結菜。このとんでもない勘違い女、言い方が悪かった。勘違いしやすくて妄想癖激しいやつが、彩芽を誘う時の参考になるとは思えない。
「結菜を呼んだのは、練習相手やってもらおうと思って」
「練習相手?」
「そ。ぶっつけ本番で誘うなんて、緊張するでしょ? それだったら結菜に練習相手になってもらおうって思って」
「……ってことはなんだ。今から結菜に『クリスマス、デートしねぇか?』みてぇなことを言うってことか?」
「うん」
結菜と一緒に全力で首を横に振る。オイ、髪当たってイテェんだよ!!
流石にいとこ相手にそれは気まずいっていうか、練習にならない。彩芽は彩芽だし、結菜は結菜。それぞれに抱いている感情が違って当たり前で、言葉に込める熱も違ってくる。まったく練習にならないとは言わねぇけど、それでも役に立つとは思えない。
なんて色々理由を並べてみたものの、一番はやっぱり気まずくて仕方ないからだ。いとこ相手に練習とはいえクリスマスデートに誘う? どんな拷問だよ。思春期には厳しいって。
「雅さん。言いにくいけど、練習でも修也からクリスマスデートに誘われるの、死ぬほど気持ち悪くて考えられないから遠慮させて」
「罵倒のチョイスが言いにくいって思ってるやつのそれじゃねぇだろ」
「確かに、修也は死ぬほど気持ち悪いかもしんないけど、頑張って。彩芽ちゃんのためでもあるから」
「なんで俺個人への罵倒になってんだよ」
仕方ないわね……と渋々俺の方に向き直った結菜。しかし俺と目を合わせて数秒で目を逸らし、心なしか頬が赤くなっているように見える。
「おい」
「しっ、仕方ないでしょ! いとことはいえ、あんた雅さんの弟で顔がいいし、優しくていい男だって知ってるんだから!」
「死ぬほど気持ち悪い割には高評価じゃねぇか。ありがとな」
「勘違いしないで! 顔がいいとも優しくていい男とも言ってないんだから!」
「じゃあさっき何言ってたんだよお前は」
何? 俺のこと好きなの? んなわけねぇってわかってるけど、いとこに対する反応じゃねぇだろ。……いやでもあれか。こいつ、自分の学校で俺が初恋だったって言ってたみたいだから、友だちにからかわれてそれを思い出して恥ずかしくなった、みたいなこともありえるのか。それで「もしかして私、修也のこと好きなのかも……?」みたいな勘違いするっていうのもありえるから恐ろしい。
「まったく、あんた私のこと好きなの?」
「こっちのセリフだろ」
「えっ……考えさせて」
「待て、今の告白じゃねぇからな?」
「おもろいね、あんたら」
今わかった。姉ちゃんが結菜を呼んだ理由。おもしれぇからだろ? 今日やることないなぁ。そういえばクリスマス近づいてきたし、それを理由に遊ぶかぁ。みたいなノリで俺に話振って、結菜を呼んだんだろ。俺たちを暇つぶしの道具にしてんじゃねぇぞ。高宮さんに遊んでもらえよ。
「このままじゃ話進まないから勝手に進ませてもらうけど、まず修也と彩芽ちゃんは付き合ってる。それなら、誘わない方が不自然ってのはわかる?」
「まぁ」
「だったら普通に誘ってもオッケーもらえるだろうけど、せっかくなら喜んでもらいたいでしょ?」
彩芽なら普通に誘っても大喜びしてくれそうだけど……。
「要は、クリスマスデートに前向きだってことをアピールしながら誘えれば、向こうもそんなに楽しみにしてくれてるんだって嬉しくなるの。ね? 結菜」
「確かに、イベントごととかでこっちだけ盛り上がってるみたいな不満、結構聞くわね」
「別に、男の子も盛り上がってないわけないとは思うけど、女の子の前ではカッコつけたいって意地張って、平然としてるフリするでしょ? それはNGだから、覚えときなね」
ま、相手によるけど。と言葉を切った姉ちゃんに、この人普通のこと言えるんだなと感動した。いや、俺をまともに育ててくれたのは姉ちゃんだから普通のこと言えるってのは知ってたけど、あまりにも人をおもちゃにする印象が強すぎて。
相手によるって姉ちゃんは言ったけど、彩芽相手なら姉ちゃんが言った通りだと思う。彩芽は自分だけ盛り上がってるんじゃないかって不安になるタイプだし、こっちも楽しみにしてるって見せた方が喜んでくれる。きっと姉ちゃんもそれがわかってるからそういうアドバイスしてくれてるんだろうしな。
「じゃあ、デートコース決めた上で誘うとか?」
「ナンセンス! 彩芽ちゃんのことちゃんと考えた?」
「彩芽なら、一緒に行きたいところ考えたいでしょうね。だから修也がクリスマスに行きたいところを一つくらい伝えて、一緒に行かないかっていうくらいがベストじゃない?」
「どんなデートできるんだろっていうドキドキ感もナシじゃないけどね。彩芽ちゃんなら二人で行先考えて、当日までのわくわくを共有したいんじゃない? 修也が考えるべきなのは、もし二人で決めたプランが何かしらの事態でうまくいかなかったときのためのサブプランを用意すること」
「そういうことなんですね」
……あれ、なんだ? 俺と結菜で遊ぼうとしてたんじゃなかったのか? 真面目に教えてくれてるし、結菜も混ざって教えてくれてるし、誰だよ役に立たねぇって言ったやつ。こんな頼りになるなんて思ってなかった。思ってなさ過ぎて敬語出ちゃったし。この二人、全国の高校回ってデートの誘い方と考え方の授業してくんねぇかな。彩芽だからほぼ正解を叩き出せてるんだろうけど、多分誰が相手でもその人のことを考えて、その人にとっての最適解を叩きだすような気がする。
「ってなわけで、今からシミュレーション。結菜を彩芽ちゃんだと思って誘ってみな」
「わかった」
「仕方ないわね。下手な誘い方したら承知しないわよ」
結菜と向かい合って、目を合わせる。……彩芽と結菜は違うって言ったけど、なんか緊張するな。あんだけ教えてもらっといてちゃんとできなかったらどうしようっていう不安もある。それ以上に、なぜか結菜が緊張してるからそれに引っ張られてる。
でも、あんだけ教えてもらったんだ。成果を見せないと申し訳ない。
「結菜。クリスマス、一緒に過ごしてくれないか」
「は、はい……!」
「集合」
姉ちゃんの号令で集まれば、二人そろってチョップをくらった。
「なにもかも違う。結菜って言ってたし、楽しみ感の演出もなかったし、結菜は結菜でほっぺピンクにして頷いてたし、何してんの?」
「目の前の女の子を別の女の子に見立てるのって、失礼な気がして……」
「なんか、修也とクリスマス過ごすのも悪くないなって思って……」
「死刑」
「落第とかではなく?」
ちょっとのミスに対する罪が重すぎるだろ。
でも、これは彩芽を誘う練習だ。結菜を誘ってそれに成功しても仕方がない。っていうかなんで成功してんだよ。家族愛的な意味で成功しても仕方ねぇんだよ。
仕切り直し、と姉ちゃんが手を鳴らし、それを合図に結菜と向かい合う。結菜は深呼吸して目を閉じ、ゆっくり開いた。
そして俺の手を握り、こてんと首を傾げて微笑んだ。俺はそれに同じように微笑みで返し、「行くか」というと、「うん」と結菜が頷く。
「集合」
姉ちゃんの号令で集まれば、二人そろってビンタをくらった。ちょっ、強い!
「何してんの?」
「さっき誘ってもらったから、デート当日だと思って……」
「結菜が手ぇ握ってきたから、とりあえずそういうことかと思って……」
「何? 付き合ってんの? 修也二股?」
「何言ってんの? 雅さん。そんなわけないじゃない」
「姉ちゃん、真面目にやってくれ」
「怒るよ」
ちょっとふざけただけじゃん。そうよねー? 俺たちが続けたその言葉に、姉ちゃんは結菜を俺の方に押した。咄嗟に受け止めれば、カシャッという音とともにフラッシュ。
姉ちゃんを見れば、スマホのレンズを俺たちに向けていた。
「これ、彩芽ちゃんに送ってもいいんだけど」
「結菜。今からお前は彩芽だ」
「ほんとに死刑は勘弁したいものね」
腕の中の結菜と目を合わせ、二人そろって力強く頷いた、その時。俺のスマホから着信音が鳴り、結菜がそれを手に取った。何勝手にとってんだテメェ。
「彩芽からよ」
「おう、出てくれ」
結菜はそのまま電話に出て、俺の耳元にスマホをあてる。いや、手渡せや。何俺の腕の中で俺の補助してんだよ。
『も、もしもし!』
「どうした? 彩芽」
電話の向こうからは、緊張している様子の彩芽の声。なんかめちゃくちゃ気まずい。なんで俺は結菜を抱きながら彩芽と電話してんだ? 早く離れてくんねぇか? スマホ受け取ろうとしても全然手ぇ離さねぇから手が重なっちゃってんじゃねぇか。
『え、えっと、ですね。スイーツキングダムの無料券、あるじゃないですか』
「ありますね」
『ちょっと先の話なんですけど、クリスマスにキャンペーンをやってるらしくて』
「クリスマスに?」
『そ、そう!! 偶然!! 偶然ね! クリスマスに!』
腕の中の結菜と目を合わせる。あれ、これもしかしてもしかしてするんじゃねぇの?
『そ、それでね』
「じゃあクリスマス一緒に行こうぜ」
『!!!!! うん!!!!!』
結菜と姉ちゃんが親指を立てた。向こうからお誘いが来た時どうするか教わってなかったけど、どうやら正解だったらしい。でも結菜を抱きながらは不正解だと思うんだよ、俺。
「スマホ置きだから問題ないんじゃない?」
「まぁそうか」
「? なんの話してんのよ」
あとなんで俺の考えてることわかったんだ姉ちゃん。まぁわかるか。俺めちゃくちゃ気まずそうな顔してただろうし。