【本編完結】ぎゅってしないと好きになる魔法   作:酉柄レイム

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第44話 いい子にあげるご褒美

 普通に悪化した。

 

 昨日、姉ちゃんが迎えに来てくれてそのまま病院に。幸いインフルエンザとかそういうのじゃなくてただの風邪で、薬をもらって帰宅。一日安静にして、まぁ明日になりゃ治るだろと楽観的だった俺は、見積もりが甘かったことを思い知らされた。

 

「修也ー。なんか食べられそう?」

「彩芽の唇……」

「うつすの可哀そうだからやめてあげな」

 

 言いながら、姉ちゃんはベッドの側に移動させたテーブルの上におかゆを置いた。

 

 大学サボる口実できてちょうどよかった、というのは姉ちゃん談。そんなことを言いつつ、俺を心配して休んでくれたんだろうっていうのは、今までまともに育ててくれた経験から察することができた。まぁ、大学サボる口実っていうのも嘘じゃないんだろうけど、なんだかんだで俺に甘くて優しいっていうのは知ってるつもりだ。

 

「ふーふーしてあーんってしてあげるから、腕貸して」

「いや、自分で食えるから」

「いいから」

 

 姉ちゃんは俺の腕を取って、手錠をかけて「これでよし」と一言。待て、手錠?

 

「お父さんとお母さんの寝室にあった」

「これが病人にすることか?」

「こうでもしないと抵抗すんじゃん。おとなしく甘やかされてなー?」

 

 支えられて体を起こされる。じゃら、という日常生活では聞きなれない手錠の音とともに体を起こされて、「えらいえらい」と頭をぽんぽん撫でられる。こいつ、俺が風邪で動くのがだるいからって楽しんでやがる……!

 やられっぱなしも気に食わねぇから、「やっぱ父さんと似てるな」と言おうとして開いた口に、ふーふーしたおかゆがぶち込まれた。チッ、うめぇなチクショウ。

 

「どう?」

「うまい」

「そ。よかった」

 

 ふわりとほほ笑む姉ちゃんに恥ずかしくなって顔を背ければ、「こら、あーんできないからこっち向け」と言って顔を掴まれて無理やり方向を変えられる。優しいのか優しくねぇのかどっちかにしてくんねぇかな。

 そのまま動けない俺におかゆを食べさせる遊びに付き合って、完食。また「えらいえらい」と頭をぽんぽん撫でて、水をコップに注ぎ、粉薬を取り出した。

 

「ふーふーしてあげよっか?」

「飛び散るだろうが。普通に飲ませてくれ」

「へー。自分で飲むって言わないんだ」

「手錠されてるからあぶねぇだろうが」

 

 あ、と口を開ければ、姉ちゃんが粉薬をぶち込んで、水を手渡される。流石に水をぶち込むのは危ないってことか。受け取った水を片手で運ぼうとして、そういえば手錠されてたんだなと思い出し、両手でコップを持って水を飲む。クソ、なんで俺がこんなあざとい飲み方しねぇといけねぇんだ……!!

 

「……何、そのスマホ」

「いや、彩芽ちゃんに送ってあげよーって思って」

「手錠かけてる説明ができんならいいぞ」

「看病恥ずかしがって暴れたからって言えば納得してくれるっしょ」

 

 普通の人間は仕方ないからって自分で飯食わせたりするんだよ。誰が手錠かけて無理やり看病すんだよ。

 つっても、彩芽は姉ちゃんの性格を知ってるから、俺をおもちゃにするために手錠をかけたってわかってくれるはずだ。手錠がなんであるかっていうのは、まぁ、好きに想像してもらうようにしよう。

 

 ほら、歯磨いてぐちゅぐちゅぺっしな。と言って渡された歯ブラシと新しいコップ。手錠かけられながらするのめちゃくちゃやり辛い。つかいつ手錠外してくれんの?

 

「次からは抵抗しないように。そしたらかけないから」

「次までには治しとくわ」

 

 歯磨きを終えれば、やっと手錠を外してくれた。その後に、スマホを俺に見せてくる。案の定さっきの俺の動画を彩芽に送っていて、彩芽から『修也、大丈夫そうですか?』と返ってきていた。

 

「かわいいーとか返ってこないってことは、本気で心配してくれてるね。よかったじゃん」

「そんな子が心配してる俺をおもちゃにする気分はどうだ?」

「楽しいよ。弟って感じがして」

 

 そんじゃ、安静にしてなー。そう言って姉ちゃんは諸々を持って部屋から出て行った。

 

 ……クソ暇だ。スマホは「いじって寝ずに悪化したらダメだから」って言って取り上げられたし、なんでそうまともなことできんのに手錠とかかけてくんだよ。多重人格か?

 

 あー。彩芽とぎゅってしたい。でもぎゅってしたらキスしなきゃいけない。風邪をうつしたくない。地獄だ。風邪ひいてなんにもできねぇし。

 ……姉ちゃん、眠るまでいてくんねぇかな。暇すぎて死ぬ。ずっと寝てるからすぐには寝られねぇし。

 

「修也ー。寂しいと思ってお姉ちゃんがきてやったぞー」

「変なもん持ってきてねぇだろうな」

「持ってくるわけないじゃん。信用ないなぁ」

「手錠かけてきたからだろ」

 

 いてくんねぇかなって思ったタイミングできてんじゃねぇよ。俺のことわかってくれてるみたいでめちゃくちゃハズいだろうが。

 いや、別に寂しいとか思ったわけじゃねぇけどな? 暇だって思っただけで、姉ちゃんも暇だっただろうからwin-winってやつだ。……まぁ、姉ちゃんは普通に元気だから、風邪の俺と違ってやることあるだろうけど。

 

 ベッドに姉ちゃんが座って、少し沈む。俺を見て微笑む姉ちゃんにやっぱりめちゃくちゃ恥ずかしくなってそっぽを向けば、「なーに? かわいいことして」と余計にやにやして俺の顔を覗き込んできた。

 

「クソ、やっぱどっか行け」

「やっぱって? もしかしてお姉ちゃんにきてほしいって思ってた?」

「ちげぇよ」

「めっちゃ思春期じゃん。風邪ひいて若くなった?」

 

 頭撫でんな、クソが!

 

 こうなったら、早めに寝るしかない。寝れば姉ちゃんもどっか行ってくれるだろうし、このなんとも言えない恥ずかしさから解放される。なんだよ大学休んで俺につきっきりって。俺のことそんなに大事なの? 高宮さんに申し訳ねぇわ。いや、高宮さんに申し訳ねぇって思うのはキモいな。

 

「最近彩芽ちゃんとはどうなの?」

「言わねぇ」

「ふーん。私はねぇ、この前のクリスマス」

「待て、マジで聞きたくねぇ」

 

 耳を塞ぐ俺を見て、姉ちゃんはけらけら笑った。実の弟になんてこと聞かせようとしてんだよ。姉のそういう話なんて全世界の弟が聞きたくねぇに決まってるだろ。それがわかってるから話そうとしたんだろうけどな!! しかも大体クリスマスってワードで察したけどな!!

 いや、姉ちゃんのことだから何もなかったけど俺をからかうために言っただけって可能性もある。高宮さんは良識常識ある人だし……その前に男でもあるけど。つか結構独占欲強そうだったし、姉ちゃんにべた惚れだった気がするけど。

 

「そういえばねぇ、大学出たら優と一緒に暮らそーって話してるの」

「付き合い始めなのに随分ラブラブだな」

「そういう話して頑張る原動力にしたら、いいとこ就職してくれそうだし」

「嫌な女……」

「じゃあもし大学生になって、卒業したら一緒に暮らそって言われたら?」

「いいとこ就職して、何一つ不自由のない生活を送らせてやりたい」

「そういうこと」

 

 論破された。病人相手にすることじゃねぇ。何が悲しくて風邪ひきながらおもちゃにされて論破されなきゃなんねぇんだ。

 にしても、そうか。大学出たらこの家を出るっていうのは想像してたけど、高宮さんと同棲……。父さん、大丈夫かなぁ。今は俺と彩芽で自分のテンションをどうにか保ってるけど、同棲するってなったら直で結婚を想像して、めちゃくちゃ暴れそうだ。

 

「父さんにはなんて説明するんだ?」

「流石に直球で言うしかないっしょ。そん時は味方してね」

「やだよ。死にたくねぇし」

「もしかしてお姉ちゃん取られたくないから、お父さんの味方するつもり?」

「俺に任せろ」

 

 にやにやすぎる姉ちゃんがウザすぎて協力を約束すれば、「よろしい」と満足気。

 

「それじゃあ、そんないい子な修也にご褒美をあげよう」

「彩芽以外だったらぶっ飛ばすからな」

「それでぶっ飛ばされる私可哀そうだろ。ま、その心配はないんだけど」

 

 へ? と間抜けな声を漏らす俺と、鳴り響くインターホン。「激しい運動は控えるようにねー」と手をひらひらさせながら部屋を出る姉ちゃん。下からかすかに聞こえてくる彩芽の声。

 

 そして、ノックの後にひょっこり顔を出した彩芽。

 

「……や、やっほ」

「……学校は?」

「抜けてきちゃった。不良の仲間入り」

「廻と拓斗レベルになって出直して来い」

「アレは不良とは違うと思うけど……」

 

 ナチュラルにあいつらを『アレ』と言った彩芽はベッドの側までやってきて、その場にしゃがんだ。ちょ、近い。近い! ふざけんな! 俺の風邪を悪化させる気か!? 熱出すぎて俺が蒸発して消えてなくなったらどうするつもりだ!!

 

「大丈夫そ?」

「姉ちゃんがおもちゃにしてくること以外は」

「やっぱそうなんだ……手錠されてたもんね」

「あーんするために手錠してくる姉ヤバすぎるだろ」

「ふふ。修也が可愛いからいっぱい構いたくなるんだと思うよ」

 

 周りに誰もいない俺の部屋だからか、いつもより声が小さい上に、俺が天井を見てるから囁きボイスが直で鼓膜に届いて非情によくない。いや、いい!!

 めちゃくちゃぎゅってしたくなってきたんですけど……。彩芽、わかってんのか? ぎゅってしたくなる魔法が発動してしばらくぎゅってしてなくて、そんな時に部屋にきてるんだぞ? しかもキスしなきゃいけないって言った後なんだぞ? 男なら暴走してもおかしくねぇシチュエーションだって理解してんのか?

 

 ……よし、ちょっと脅してやるか。

 

「で、わざわざ学校抜け出してまで俺のとこにきたってことは、ぎゅってしていいってことだよな?」

「うん。そのつもり」

 

 うん。そのつもり??????????????????????

 

 もし俺の首の可動域が人間レベルじゃなかったら、傾げすぎて10回転くらいしていた。何言ってんのこの子。男の部屋にきて「ぎゅってしていいってことだよな?」って聞かれて「そのつもり」って答えるって、は? 姉ちゃんに言って貞操観念教育してもらうか?

 

「えっと、それじゃ、失礼します」

「!!!?????????」

 

 彩芽は制服のままベッドに潜り込んできた。おい待て! 制服が皺になっちゃう……じゃなくて、それはマズい! 風邪がうつるとかそういう次元を超えて、もう色々マズい! 何やってんだこいつ!! いきなり大胆すぎ……。

 

 もしかして、ずっとぎゅってしてなかったからか?

 

「……ぎゅってしたらキスしなきゃいけないっての、嘘じゃねぇからな」

「……ん」

 

 ぎゅってすれば、キスしなきゃいけない魔法の効果か、彩芽を絶対に離したくない衝動に襲われる。

 

彩芽が俺を見て、目を閉じた。そんなことされたら口にしちゃうだろうが!!

 

 よかった。今かかってるのが『不定期にぎゅってしないと好きになる魔法』だったら彩芽のことが好きになりすぎて、暴走して口にするところだった。……なんて思ってても、どっちにしろ唇で彩芽に触れるのはめちゃくちゃハードルが高い。どれくらいハードルが高いかって言うと、もう地上にいたらハードルとして認識できないくらい高い。歩いてハードルを潜り抜けて、「え、あれハードルだったの!?」ってなるくらい高い。

 

「ま、まだですか」

「もう少々お待ちください……」

 

 なぜだかお互い敬語になって、お互いの鼓動がお互いに伝わる。熱はないはずなのに彩芽の顔が赤い。俺は熱があるから顔が赤い。きっとそれ以外の要因もある。

 

 俺も、男だ。日本男児だ。こんな風に待ってくれている好きな女の子に応えないで、ご先祖様に、子孫に顔向けできるか?

 

 そっと顔を彩芽に寄せる。俺の動きを感じ取ったのか、彩芽がぴくっと震えた。余裕がなくなっていた俺は逃がすまいと強く抱き寄せると、少し固まってから彩芽が足を絡めてくる。アハハ!! 俺壊れちゃうかもしんねぇや!!

 

 この状況からの脱却と少しの欲望を込めて、彩芽のおでこにキスをする。リップ音を鳴らすのは恥ずかしいから、そっと押し当てるように。

 少し間を置いて唇を離せば、「……へ?」という間抜けな声とともに彩芽が目を開ける。

 

「……?」

「……?」

「じ、焦らしてる、とか?」

「え、なにが」

「……?」

「……?」

「……く、くちびる、ではなく」

「え、うん」

「……もしかして、キスって、どこでも、よかったりする?」

「え、うん」

 

 彩芽が俺の胸に顔を埋めて、ぎゅってする力を強めてきた。痛い痛い痛い痛い!! 俺病人!! 俺病人!!

 

「ややこしいこと言うな!!!」

「……そういや言ってなかったっけ」

「言われてない」

「……ごめん」

「ほんとに。私だって、その、色々……覚悟とか、してきたんだけど」

 

 俺の胸に顔を埋めたままの言葉に、俺は菩薩のような笑みを浮かべた。俺は菩薩だ。何もやましいことは考えるな。風邪を引いたまま人の家の娘さんに粗相をするわけにはいかない。

 

「……修也」

「ん?」

 

 呼ばれて、顔を彩芽の方へ向ければ、頬に柔らかい感触。

 

「ややこしいこと言った罰」

「……一生ややこしいこと言おうかな」

「バカじゃん」

 

 彩芽は、また俺の胸に顔を埋めた。どうやら、まだぎゅってする貯金が残っているらしい。

 

 ……あれ、そういえば俺、まったく彩芽を離したくねぇんだけど。キスしたよな? 離していいんだよな? まさかぎゅってする時間とキスの回数が比例するとかじゃねぇよな?

 

《一回でいいぞ》

 

 あぁ違ったわ。俺がただ彩芽を離したくないだけだった。風邪ひかせる気満々じゃん。

 

 ……あとで、彩芽の両親に頭下げねぇとな。

 

彩芽の背中を撫でれば、「ひゃっ」という可愛い声を漏らし、真っ赤な顔を向けてくる彩芽に、「そういうつもりじゃないそういうつもりじゃない!!」と必死で首を振る。もう今から謝りに行った方がいいだろこれ!!!!

 

このままじゃ俺がダメになる!! 姉ちゃーん!!!! 早く来てくれー!!!

 

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