「かおりって綺麗で優しいよね。好き! ……!?」
どうやら、素直になる魔法は何も俺に対してだけじゃないらしい。素直になったことで「かおりとイチャイチャさせない!」と息巻いた彩芽が中条に対して言ったセリフで、その効力が証明された。
それを言われた側の中条は、「なるほど」と言って彩芽が魔法にかけられたことを察しつつ、それはそれとして好きと言われて我慢できなかったのか、彩芽を自分の膝の上に乗せて抱きしめて、俺に勝ち誇った表情を向けてきた。
「お、なんやなんや。とうとう捨てられたん? 修也」
「わかってるよ修也。僕が君の膝の上に座って、寂しさを埋めてあげよう」
「何もわかってねぇよ」
座られないように腕でガードすれば、「きゃっ! 痴漢!」と殺意の沸くセリフを吐き、「フラれたからって親友に手ぇ出したらあかんやろ」となぜか廻に怒られた。冤罪ってこういうことなのか……。
魔法に塗り替えられていく日常に存在するいつも通りのこいつらに安心した俺は、ふと気づく。素直になる魔法にかけられた彩芽を、こいつらの前にいさせていいのか……?
彩芽は、こいつらに対して元々遠慮がない。それはそういう風に扱っていいからってわかっているからで、俺の友だちだからってのもあると思う。ただ、本当によく思っていなかったとしたら? 素直になる魔法のせいで、とんでもないことを言ってしまったとしたら?
「ふふ。仲良くてかわいい」
「やっぱ俺童顔で売ってくか」
「押し売りも大概にしなよ、ドブス」
「今の『かわいい』はあんたらと仲良くしてる舞坂に対して言ったんだと思うけど」
杞憂だった。やっぱり彩芽は心まで可愛くて綺麗だった。せっかくの彩芽の可愛い言葉が拓斗の口から吐かれたとんでもない罵倒で台無しになった気もするけど、気のせいだろう。廻も「俺がドブスに見えるって、目と頭と顔と性格悪いんちゃうか?」って言ってるから気にして……めちゃくちゃブチギレてるな。
でもほっといても大丈夫だ。こいつらにとって罵倒は日常茶飯事だし、ちょっとほっとけば、今みたいになんやかんやあって俺の座る位置をずらして、俺の椅子に廻が座ってその膝の上に拓斗が座るっていう、一触即発から微笑ましい光景に早変わりするし。唯一悪いところがあるとすれば、バカ二人が壁になって彩芽が見えなくなったことと、むさくるしくてやってられねぇってことくらいだ。唯一じゃなかったわ。
「ねぇ修也。ゴールデンウィーク予定ある?」
「あー、ごめんな真咲さん。俺らゴールデンウィークは修也と遊ぶ予定あんねん」
「そんな予定ねぇから、びっくりするくらい暇だぞ」
「そんな! 僕たちとは遊びだったんだね!」
「どう考えても遊びだろうが。友だちだろ?」
三人で固い握手を交わす。彩芽はくすくす笑って、中条は呆れ顔。人の友情に呆れるとは、失礼なやつだぜ。
彩芽がゴールデンウィークの予定聞いてくれたってことは、期待していいのか? 勉強するなんて強がったけど、彩芽がデートしてくれるなら別の日に死ぬほど勉強すりゃいいし、今からゴールデンウィークが楽しみだ。なんなら毎日デートしてイチャイチャしたい。
「えっとね……久しぶりに私と修也の家族で旅行でもどうかって、お父さんとお母さんが」
「なんや悪いなぁ」
「ちょっと緊張するね」
「テメェらは俺たちの家族じゃねぇだろ」
「私は?」
「かおりもきていいよ! 絶対楽しいもん!」
なんで俺の近くにいるのが彩芽じゃなくて、自分たちが俺たちの家族だと勘違いした化け物なんだ……! 中条と仲良ししてる彩芽絶対可愛いのに、ソフトモヒカンが邪魔で見えやしねぇ! しかも自分を見られてるって勘違いしたのか、「熱い視線やな。あつっ、アツゥ!!」って騒ぎ始めたし。お前が暴れると拓斗が振り回されるからやめてやれよ。
「うーん、いや、流石に遠慮しとくよ。久しぶりの家族ぐるみならお邪魔するわけにもいかないし」
「えー……」
「えー、じゃない。帰ってきたらいっぱい話聞かせてよ」
「わかった」
家族ぐるみでの旅行は、かなり久しぶりだ。もう記憶が薄れて消えかかっているくらいの頃のことだから、むしろ初めてって言ってもいいかもしれない。
……なんか、彩芽のことが好きになってからおじさんとおばさんに会うの初めてだから、ちょっと緊張するな。なんか俺と彩芽がそういう仲っぽいことはバレてる気がするし、どういう顔して会えばいいんだ?
……一応スーツ持っていこうかな。
放課後。中条は彩芽が素直になっていて、直接「あんまり、イチャイチャしてほしくない……」って拗ねながら言われたからか、今日はイチャイチャしなかった。そのせいで「しゅう……舞坂」って何回も俺を修也って呼びそうになって、廻と拓斗が「シュウマイ坂!? ギャハハ!」ってクソみてぇな笑いのツボを刺激されていた。
俺はあんなやつらと友だちなのか……。
「修也! ちょっと家の前で待ってて!」
「うん?」
もちろん素直になった彩芽が俺と一緒に帰らないわけもなく、彩芽の家について別れようとした俺に一言残して、彩芽は走って自分の家へと入っていった。
待ってて? って言われりゃ待つけど、なんでだ……? (最近、私を悲しませてばっかで罰を受けるべきだと思うから、今日一日ずっと)家の前で待っててってことか? それなら甘んじて受け入れよう。
そんなことはあるはずもなく、数分後に彩芽が私服姿で出てきた。手にはキャリーバッグがあって、もしかして愛の逃避行……!? と舞い上がる俺の手を取った彩芽が一言。
「今日から私も修也の家に泊まる!」
「え?」
「だって、結菜だけずるい。私も修也のこと好きなのに」
「え?」
「お父さんとお母さんは、修也くんなら大丈夫って言ってくれたから!」
「え?」
怒涛の展開についていけない。嵐の守護者か?
俺の聞き間違いでも勘違いでもなければ、彩芽は今日から俺の家に泊まるって言ったか? それはなんというか、まぁ、素直になる魔法にかかってるなら納得できる。でも容認できない。だってそれは彩芽が俺の家に泊まるってことで、っていうことは彩芽が俺の家に泊まるってことで、つまり彩芽が俺の家に泊まるってことだ。
っていうことは、彩芽が俺の家に泊まるってことになる。
「おかえりー……って、あれ? 彩芽?」
「私も今日からお世話になることにしたの」
「ふーん……大変ね、修也」
俺が大混乱している間にいつの間にか家についていて、結菜が出迎えてくれた。あの頃を思い出すってだけの魔法だからか、結菜は今まで見てきた魔法の中で一番落ち着いているように見える。今だって、好きな相手であるはずの俺が別の女の子と一緒に帰ってきたのに労ってくれたし。まさか、同じ血が流れてるから魔法の耐性があるのか……?
「彩芽。荷物上持ってくぞ」
「自分で持ってくよ?」
「こういう時はカッコつけさせてくれよ。男の見せどころなんだ」
「……ふふ。じゃあカッコいいとこ見せてもらおっかな」
「出迎えていきなりイチャイチャを見せつけられた私の気持ち、考えてもらえる?」
「ごめん」
「ごめん」
よかった。素直になる魔法にかけられてるから、「悔しかったら結菜もやってみれば?」って挑発みたいなことするかと思ったけど、芯からいい子だった。素直になる魔法って悪いことばっかじゃねぇな。むしろいいことしかないんじゃないか? 俺の精神力に大変な負荷がかかることを除けば、彩芽がうちに泊まるのもいいことだし、言葉に嘘がないっていうのは彩芽がめちゃくちゃいい子だっていう証明になる。別に疑ってないけどね?
彩芽のキャリーバッグを持って二階に上がり、俺の部屋を指す彩芽を無視して姉ちゃんの部屋に入る。
姉ちゃんが宙に浮いて精神統一していた。
「何してんだ」
「あ、おかえりー。ちょっと万物と会話してた」
「ちょっとで済ませるレベルじゃねぇだろ。ただいま。今日から彩芽泊まるって」
「知ってる」
「なんか、ちゃんとおかえりとただいま言うのかわいいわね」
「仲いいよねー。私、雅さんと修也のやり取り好きなんだー」
そういわれたら姉ちゃんと話しにくくなるからやめてくれません? ほら、そんなこと言うから姉ちゃんがにやにやしてんじゃん。ぜってぇろくでもねぇこと考えてるって。ちょっと間違えたら『シスコンになる魔法』俺にかけてくるだろこれ。
「もうシスコンだからかける必要なくない?」
「適当なこと言ってると今後一生『お姉ちゃん』って呼ぶし、語尾に『もん』ってつけるぞ」
「本当にごめん。それだけはやめて」
「修也。それはキモすぎるからやめた方がいいと思う」
「素直になる魔法は嘘じゃねぇみたいだな」
「わ、私はいいと思うわよ」
「フォローしなくていいって。でもありがとな」
「えっ」
「いや、唯一フォローしてくれたから好きになったわけじゃねぇからな?」
彩芽の荷物を置き、「万物と会話するのもほどほどにしろよ」と言って姉ちゃんの部屋を出る。そもそも万物と会話ってなんだよ。もしかして父さんよりも魔法の扱いに長けてるのか? だとしたら俺にもその才能があるのか? ちょっとわくわくするじゃねぇか。
「にしても、素直になったとはいえ大胆ね」
「せっかく素直になったんだから、積極的に行こうと思って。うだうだしてたら修也がとられちゃうかもしれないし」
「取んないわよ。確かに修也のことは好きだけど、あと数日耐えたらそれまでだし」
「ドライなフリしてるけど、ずっと修也のこと見てるよ?」
「……」
……。
楽しい毎日になりそうだぜ!!