【本編完結】ぎゅってしないと好きになる魔法   作:酉柄レイム

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第6話 いとも容易く繰り広げられる地獄

 あの後拓斗が復活し、姉ちゃんに求婚してあえなく玉砕した後。

 俺たちはリビングに集まってテーブルを囲んでいた。彩芽が無意識に好きを発揮して俺の隣を陣取り、廻と拓斗は俺たちの対面。中条と何か面白そうだからと居座った姉ちゃんが隣り合って座っている。

 

「べ、勉強やて!!?」

 

 そんな中で、テーブルに広げられた勉強道具を見て、廻が目をひん剥いた。拓斗も姉ちゃんに見とれていた視線をテーブルに落とせば、「べ、勉強だって!!?」と似たような反応を披露する。仲いいな、お前ら。

 

「勉強がそんなに不思議?」

「やる意味ないやん」

「試験はいかに効率よくカンニングをするかだからね」

「お前らバレたことしかねぇだろうが。反省しろよ」

「せやからよりバレへん方法考えてるとこやねん」

「反省する方向が違うと思う」

 

 呆れながら言う彩芽に、廻と拓斗は首を傾げた。こいつらとぼけてるわけじゃなくて本当に言われた意味をわかってないからタチ悪いんだよな。試験の攻略方法を真面目にカンニングだって思ってるし、既に手遅れだこいつら。しかもバカが考えたカンニング方法だからすぐにバレるし。中間試験の時は呪いみたいに英単語書いたカンニングTシャツを着てきて、試験開始前につまみだされていた。

 

「勉強の邪魔するなら帰れよ。アホに使う時間ねぇんだ」

「しゃあないなぁ。ほな行こか、真咲さん」

「僕たちも行きましょう。雅さん」

「当り前のように俺の幼馴染と姉ちゃん連れてこうとすんじゃねぇよ」

「俺の?」

 

 性欲に夢中な廻と拓斗とは違い、俺の言葉をしっかり拾った中条から目を逸らして、「いや、幼馴染は事実だからおかしなことじゃないだろ?」と言い訳。マズい。金曜日ぎゅってしてないだけでここまで好きが溢れるのか……!? 彩芽も廻を無視して俺を見てるし、姉ちゃんも拓斗を無視して俺と彩芽を見て「やっぱり」みたいな顔で頷いてるし。っていうかちょっとは気にしてやれよ可哀そうだろ。

 

「美少女から無視されんのって気持ちええな」

「That’s Right」

 

 もうこいつらに気を遣うのはやめとこう。どんなにひどい目に遭っても前を向ける強さを持ってるから。無神経とも言う。

 

 中条と姉ちゃんの視線から逃れるように、「ほら、早く勉強始めるぞ」と早口で言ってペンを持った。廻に奪われた。

 

「おい」

「勉強疲れたやろし、ちょっとゲームでもせえへん?」

「一つもやってねぇだろうが」

「何言ってるんだ? 勉強道具を見たじゃないか。それだけでとてつもない疲労だろう」

「お前が何言ってるんだ?」

 

 あと身を乗り出してまでペン取ってくんなよ。お前ガタイよくて顔いかついから急に近づかれたらビックリすんだろうが。彩芽も怖がって俺の服の裾きゅって握ってきてるし。可愛すぎだろこいつうっかり好きが溢れ出してぎゅってして結果リセットされたらどうすんだ。そんな最悪の形で怪我の功名を再現したくねぇんだよ。

 廻は俺から奪い取ったペンを無意味に破壊し、懐から割り箸を取り出した。割り箸の先に番号が刻まれたものが五本、赤い印が刻まれたものが一本。あれはまさか、あれか。合コンとかでやるって聞く、伝統のゲーム。

 

「男と女が集まったらやることは一つ! 王様ゲームやろ!」

「なんかもう止めても無駄そうだから止めないけど、やらしいことはなしだかんね」

「何を言うんだい中条。紳士と言えば僕。僕と言えば紳士。王様ゲームにかこつけて、雅さんといやらしい粘膜接触を図ろうとなんてしてないさ」

「そんな言葉は図ろうとしてるやつからしか出ねぇだろ」

 

 万が一のことがあったら俺が体張って二人を止めよう。彩芽にも中条にも指一本触れさせるわけにはいかない。姉ちゃんはまぁ、自分で何とかするだろ。弟の友だちだろうと平気で警察に突き出すだろうし。

 なぜかやる流れになっているが、やるしかない。こうなったこいつらは止めても止まらない。適当にやれば満足して終わってくれる。マジで手を付けられない化け物じゃねぇか。なんで俺はこんなやつらと毎日一緒にいるんだ?

 

「ほな、みんな割り箸持って! 王様だーれだで一斉に引くんやで」

「おい待て。お前が持ってたら何か細工してるかもしんねぇだろ」

「修也。なんて残酷なことを言うんだ。廻にそんな脳があるわけないだろ」

「こればかりは俺が悪かった。許してくれ」

「ペン壊したことチャラにしてくれたらええよ」

 

 それで命が助かるなら……。

 

 廻の持つ割り箸を全員が持つ。彩芽は恐る恐る、中条は適当に、姉ちゃんはなぜかうきうきして、拓斗は興奮して。一人性犯罪者が紛れ込んでいるのは日常にあるまじき光景だが、いちいち気にしていると埒が明かないから無視することにした。

 

「王様誰やねん!」

 

 独特な廻の掛け声で一斉に引き抜く。せめて俺か女性陣が王様だったら平和に収まる。そんな希望を持って自分の割り箸を見れば、『3』と刻まれていた。横目で見れば彩芽も中条も姉ちゃんも王様じゃない。

 

「ふっ、やはり僕が王の器ということか。待っててくださいね雅さん」

「姉ちゃん。通報の準備をしておいてくれ」

「最初からしてるから大丈夫」

 

 流石姉ちゃんだぜ。悲しいのは拓斗からすればそれも照れ隠しだと捉えられてしまうこと。無敵だろこいつ。一回死ぬほど痛い目見てくんねぇかな。

 

「僕の命令はもちろん! 王様と2番が10秒間キスだ!」

「ちょっと、やらしいことはなしだって」

「キスは何もやらしいことじゃない! ただの挨拶さ! そう、僕は挨拶をしようって言ってるだけで、何も性的な欲望はない!」

「なぁ廻」

「フフ、知ってるかい? 王様の言うことは絶対なんだ! 僕は王様なんだ! 王様の命令には絶対服従! さぁ、僕とキスをしよう!」

「俺が2番なんやけど」

 

 立ち上がって腕を広げてべらべら喋っていた拓斗の口が一瞬で閉じる。そして廻が持っている割り箸を見た。一度目を逸らし、もう一度見た。目をこすってもう一度見た。

 そうしてから両手を床に付き、激しく額を床に付け綺麗な土下座を披露する。

 

「さっき言ったこと、なしにしていただけませんか」

「無理」

 

 拓斗が絞り出した懇願は、中条の無慈悲な一言により却下された。これから繰り広げられるであろう地獄に備え彩芽に後ろを向かせ、そっと彩芽の耳を塞ぐ。「ひゃっ」という可愛らしい声が聞こえて、中条と姉ちゃんがものすごい勢いでこっちを見てきたことに気づかないフリをして、ついでに彩芽の耳がどんどん熱くなっているのも気づかないフリをする。やめろお前熱で好きを伝えてくんな俺も意識しちまうだろうが。

 

 ──そんな俺の動揺は、背後から聞こえてきたリップ音により跡形もなく吹き飛んだ。断続的に続くそれを聞くだけで、想像したくもない光景がやたらと鮮明に目に浮かぶ。

 10秒間。普通に考えれば短いはずのそれが、いやに長く思えた。クソ気色悪い吐息も聞こえてくる。シンプルに気分が悪い。というかなんで姉ちゃん爆笑してるんだ。まさか俺の背後で行われているおぞましい行為を見てるっていうのか?

 

「もういいぞ」

 

 彩芽に「俺がいいって言うまで振り返るなよ」と伝え、恐る恐る振り向くと、その顔に『無』を貼り付けた廻と拓斗がいた。二人の唇が少し潤っているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 

「さぁ、回収や。もう一回やるで」

「……え、えっと、もうやめた方が」

「俺は地獄見るために割り箸持ち歩いてたわけやないねん」

「僕もこのままじゃ納得がいかない。恥を忍んで頼む」

「もっと他に忍ぶ恥あっただろお前」

 

 彩芽の言葉にやはり『無』の表情で返し、流石に可哀そうに思って全員が割り箸を廻の手に戻す。そして廻が受け取った割り箸をごちゃまぜにして、再び全員が取れる位置へ差し出した。

 

「全員持ったな? そんじゃあ、王様誰やねん!」

 

 お前最初「王様だーれだ! で一斉に引くんやで」って言ってただろと内心でツッコミを入れながら引き抜いた。また王様じゃない。

 

「ふっ、やっぱり俺が王の器ってことやな」

「流石だ廻! 思う存分性を解放するんだ!」

「俺の命令はもちろん! 王様と2番が20秒間キスや! さっきは地獄見てもうたから、さっきより長い時間キスして上書きせなな!」

「またぁ? こりなよあんた」

「その反応やと中条は2番やないな。さぁどっちや? 真咲さんか雅さんか、どっちが俺と濃厚なキスを交わすんや?」

「僕だ」

 

 後ろを向く前に見た、廻の絶望の表情と、拓斗のすべてを諦めた表情がいやに脳裏に焼き付いた。

 

 俺と中条が顔を青くして、また俺が耳を塞いでいたからか彩芽が顔を赤くし、爆笑しすぎて姉ちゃんが顔を赤くしてもなお、何でとは言わないが潤った口を開いて「まだや!!!!」と叫ぶ廻は、確かに男だった。

 

「ちゃっちゃ割り箸戻せ! 俺がしたかったのは上書きやねん! なんで更に追加されなあかんねん! こうなったら次は30秒や!」

「やめとけよもう。合計1分になるぞ」

「止めるな修也! 僕と廻はもう引き下がれないんだ! 君はあの地獄を味わったことがないからわからないだろうけどね!」

「オラ! はよ引けコラ! 王様だーれだ!」

 

 勢いに乗せられ、気づけば割り箸を引いていた。ここで俺が王様だったら何も起きず平和に終わったのに、また王様じゃない。まさかと思い唇が潤った二人を見れば、その片割れである廻がゆらりと立ち上がった。

 

「俺が、王や」

「王がこんな可哀そうに見えたのは初めてだぜ……」

 

 さっきまでのことを思い出しているのか、赤い印のついた割り箸を持つ手がぷるぷる震えている。しかし、その目は死んでいなかった。その目からは、なんとしてでも女の子とキスをするという強い意志が感じられる。そんな目なら死んだほうがいいだろ。

 

「気づいたんや、俺は。俺はバカやけど、一つ。自分が助かる方法がある」

「廻、まさか!」

「そう、俺以外の誰かに命令するんや。そうすれば外れ引いても俺は助かる」

 

 今まで自分がいい思いをしたいからと、『王様と2番』と言い続けていた。だから自分がひどい目に遭っていた。それなら、『○番と○番』と言えば、自分は助かると廻は言いたいんだろう。目に宿した性欲を押し殺してまでそうしようとするってことは、よっぽどさっきの地獄が堪えたらしい。

 

「廻!」

「なんやねん、拓斗」

「自分に嘘はつくな。男なら、最初に決めた道を突き進むんだ。大丈夫、君ならちゃんと幸せを掴めるさ」

「……俺が間違ってたわ、拓斗。ありがとうな」

「いいさ。友だちだろう?」

 

 廻と拓斗がフッと笑い合う。彩芽が「何あれ?」と首を傾げて俺を見てきた。あいつら、信じたくないけど俺の友だちなんだよ。

 そして、友だちである俺にはわかる。彩芽の肩を掴んで後ろを向かせ、さっきまでと同じように耳を塞いだ直後、廻が口を開いた。

 

「王様と3番が30秒間キス!!」

「僕と絶交してくれないか」

 

 拓斗の恨みがこもった声の後、再び地獄が訪れた。

 

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