ゴールデンウィーク。久しぶりに俺と彩芽の家族で旅行に行こうとなって向かった先は、北海道。
飛行機から降りてまず驚いたのは、湿度の違い。北海道は夏でも暑くないっていうのは知識として知ってたけど、実際に体験してみると都会とは偉い違いだった。なんていうか、ジメジメ感が一切ない。これで冬にめちゃくちゃ雪が降って大変とかなきゃ、北海道に住みたいなって思うくらいには感動した。
「さて、移動しましょうか!!
「はは、いいですよ。相変わらずお元気ですね」
「ごめんなさいねぇ。うちの人が」
「いえいえ。
北海道に到着した瞬間、父さんがハイテンションでお義父さんに勝負を仕掛けた。その勝負、俺たち子どもが繊細だったら最後に選ばれたらめちゃくちゃ気にするだろ。俺たちが気にしないってわかってるから、旅行を盛り上げるためにやってくれてるんだろうけど。
「あれ、懐かしいね」
「そういや毎回やってたんだっけか」
「結局、家族で分かれて乗ることになるんだけどね」
父さんたちのやり取りを楽しそうに見る彩芽と、スマホを見ながらくだらなさそうにしている姉ちゃん。行動一つで心根がここまで表れるんだな……。
そう、この車グループ分けじゃんけんは、旅行に行く度やっていて、結局それぞれの家族で分かれることになる。言い出しっぺの父さんが毎回絶対最初に勝って母さんを選ぶから、お義父さんもお義母さんを選ばざるを得なくて、なんとしてでも娘を渡したくない父さんが姉ちゃんを選んで、なんとしてでも彩芽を渡したくないお義父さんが彩芽を選んで、最後に俺が選ばれる。もうやる意味もないのに、やらんきゃ気が済まないらしいというのは母さん談。
「な、ナニィィイイイイイイ!!!??」
「ふふ、今回は俺の勝ちみたいですね」
しかし、今回は違った。初めてお義父さんがじゃんけんで勝ったところを見た気がする。興味なさそうにしていた姉ちゃんも流石に気になったのか、目だけで膝から崩れ落ちる父さんを見て「うわ……」とドン引きした。可哀そう。
「ここで敦也さんを選んだらどうなるんですかね?」
「お、俺たち家族に旅行させない気か!?」
「それも面白そうですが、敦也さん以外が可哀そうだ」
「俺も可哀そうだろうが!!」
……なんか、俺の未来を見てる気がする。いや、大丈夫だ。あいつらが結婚することなんてないだろうし、俺はあぁはならない。彩芽も何か思うところがあるのか不安そうに俺を見てるけど、絶対気のせいだ。
「それじゃあ……彩芽、おいで」
「はーい」
「つ、妻を選ばないだと……? 大混乱だ、ちょっと待ってください」
「随分低性能な脳ですね」
「それにはNoと言わせてください」
よかった。父さんに彩芽が選ばれるなんてことがなくて。あんなクソくだらねぇダジャレを言うようなやつが運転する車に乗ったら頭がおかしくなる。それはつまり俺たち家族の頭がおかしいってことになるけど、それはもう諦めてるからそういうことでいい。口ではなんて言ってても親の影響を受けないなんてのは無理な話だしな。
「そ、それでも俺は妻を選ぶ!」
「あら、嬉しい」
「じゃあおいで、雅ちゃん」
「お、はーい」
「野郎!!!!!」
父さんが怒りのあまりお義父さんに掴みかかり、それを見た姉ちゃんが「やめなよ、みっともない」とあまりにもその通りな言葉の刃を突き立てて、父さんは涙を流した。
これで、選ばれていないのは俺とお義母さんだけ。やっぱり俺残るんじゃねぇか。
「残っちゃったねぇ」
「俺、いっつも最後なんですけど」
「可哀そう。私がじゃんけんしてたら一番にほしいのに。息子がほしかったから」
「はは、ありがとうございます」
遠回しに「彩芽と結婚するんだよね?」と言われている気がして、曖昧に笑って誤魔化しておいた。するけど、なんか怖い圧を感じる。彩芽、俺と中条のこととか、俺と結菜のこととか包み隠さず全部話してたりしないよな? じゃねぇとこの圧の説明つかねぇって。早くしてくれ父さん。どうせ俺選ぶんだろ。
「ふ、ふふふ。隆也さんがそのつもりなら、俺は
「狙い通りです。子どもは子どもだけの方が楽しいでしょうから。おいで、修也くん」
あーあ……どうすんだ父さん。あれ肩身狭くなるだけだぞ。絶対後部座席に女性陣乗せて、ただのドライバーになるって。料金が発生しないタクシーじゃん。
「よろしくお願いします。おじさん」
「お願いしまーす。修也と彩芽ちゃんは後ろに乗りなよ」
「やった! あ……えっと、運転お願いね。お父さん」
「ふふ。うん、任せなさい」
和やかな空気が流れる中、父さんを見ると早速気まずくなっているのか、俺に助けを求めて目を潤ませて俺を見てきた。テメェが選んだんだからテメェで責任持てよ。
「それにしても、修也くんは敦也さんと違ってちゃんとしてるね」
運転席にお義父さん、助手席に姉ちゃん、運転席の後ろに彩芽、助手席の後ろに俺が乗って、出発した瞬間の第一声がこれ。お義父さんからの父さんの評価がまるわかりな一言だ。彩芽も流石に失礼だと思ったのか、「お父さん! 失礼……失礼だよ!」と一瞬の迷いを見せながら注意している。その一瞬の迷いがもう答えだろ。
「私がしっかり教育しましたから」
「なるほど。確かに、雅ちゃんはいいお姉ちゃんだしね」
「まぁ、色んな所に目を瞑れば」
この前も、俺が父さんから「受験勉強はどうだ?」って聞かれた時、「そういうプレッシャーになるようなこと聞いてあげないでよ。修也ならちゃんとやるから大丈夫だって」って言ってくれたし。姉ちゃん、遊ぶ癖さえなきゃマジでいい姉ちゃんなんだよな。理想って言ってもいい。姉ちゃんって面倒見がよくて(100点)美人で(100点)優しくて(100点)遊び癖がある(-250点)だから、マジで遊び癖だけなくしてほしい。
そういう意味で「色んな所に目を瞑れば」って言った俺を、彩芽がにこにこしながら見てきている。何? 可愛いぞ。
「ほんとに仲いいよねー、修也と雅さん。私、一人っ子だから羨ましい」
「んー? 私は彩芽ちゃんのこと妹だって思ってるよ」
「えと……じゃあ、お姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「もちろん。……おじさん、どう育てたらあんなに可愛い子が育つんですか?」
「それは雅ちゃんのご両親に聞いてみたらいいんじゃないかな。雅ちゃんも彩芽に負けないくらいいい子だから」
「私は勝手に育ったんで」
いや、確実に父さんの血引いてるから、勝手に育ったってわけでも、あぁでも姉ちゃんは美人で綺麗で頭もよくてそこら中で自慢して歩きたいくらい完璧だから、自分で育ったってのも間違いじゃねぇな。
あぶねぇ……。バックミラー越しに睨んできたから、今心読まれてる。迂闊なことは考えられねぇな。なんだよ自由に思考させない姉って。どこが完璧なんだ?
「ふふ、お姉ちゃんできた」
「この際だし、もうタメ口でいいよ」
「え、それはちょっと慣れないといいますか……」
「強制じゃないし、徐々にでいいから」
「……うん、頑張るね。お姉ちゃん」
彩芽が可愛すぎて姉ちゃんがめちゃくちゃにやにやして、おじさんは「娘が増えて嬉しいよ」とにこにこしている。
……家族って感じするなぁ。なんでうちはあぁなんだろ。
なんてことを思っていても、今頃母さんとおばさんを乗せて、気まずい空気の中運転しているであろう父さんを心配に思うくらいには、家族としての情はある。多分いつもの調子が出せず慣れない愛想笑いでもしてんだろうな、なんて思ったら、意識しなくても笑ってしまった。
「いやだいいやだい! 俺は愛と二人きりになりたいんだい!」
気まずすぎる空間で元々おかしかった父さんは更におかしくなって、母さんを引っ張って我先にと飛び出していき、おじさんも「じゃあ俺たちも行こうか」と言っておばさんの手を取って、「まぁ、いつも通りか」と子ども組で行動することになった。
目の前に広がるのは、丘一面に広がるピンク色の花の絨毯。その花は芝桜で、ちょうどこの季節に見頃の花。普通の丘にピンクの絵具を塗ったんじゃないかってくらいどこもかしこもピンクで、年甲斐もなく二人でハートを作る父さんと母さんが見えなければ、最高の景色だった。
「かわいい!」
「彩芽がな」
「修也。思わず出た言葉にびっくりして私を見ないでくれる?」
飛び跳ねる勢いで喜ぶ彩芽が可愛すぎて言葉がぽろっと出た。マジで意識してなかった。幸いにも彩芽はぴゃーっと俺たちから離れてたから聞こえていなかったようで、芝桜に夢中なようだ。よかった。俺の一言が原因で素直になる魔法が発動して、せっかくの旅行に集中できないなんてなったらもったいないからな。
「しっかし、マジで可愛いね。あんな子が幼馴染だっていう幸運、自覚したことある?」
「毎日自覚してる。多分神様が父さんの下に生まれた不幸と帳尻合わせてくれたんだろ」
「だとしたら幸運が足りないでしょ」
「そこまで……?」
「修也ー! お姉ちゃん! 早く行こうよ!」
「だって、あんな自然にお姉ちゃんって呼んでくれる子、最高じゃん」
「確かに」
そういやピンク好きだしな。子どもっぽいところがまた可愛いんだ。
スマホで芝桜を撮る彩芽に、もう彩芽が満足するまでここでいいんじゃねぇかなと思い始めた。ここが気に入ったならこの近くに家建てて、そこに住むか……? もしくは庭つきの家買って、そこで芝桜育てるか。そうすれば毎年この時期に彩芽の喜ぶ姿が見られる。
「彩芽ちゃん。一緒に写真撮ろっか」
「やった! 撮る!」
「ごめん修也。修也と彩芽ちゃんのツーショットにしようと思ったけど、彩芽ちゃんが可愛すぎるから三人で撮ろ」
「むしろ姉ちゃんがいねぇと彩芽が寂しがるだろうしな」
「……でも、ツーショットもほしい」
「おい、邪魔だ」
「私は芝桜の一画を赤く染められるんだけど、興味ある?」
「その赤の染料、血だったりしねぇよな?」
わかってんじゃん、と微笑む姉ちゃんに、もちろん俺は降伏した。