【本編完結】ぎゅってしないと好きになる魔法   作:酉柄レイム

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第62話 ゴールデンウィーク (3)

 ついに、この時がきた。

 

 俺と彩芽はお互い浴衣を着て、座布団に正座して向かい合っている。既に晩飯は食べ終わっていて、後は明日に備えて寝るだけだ。

 そう、明日に備えて寝るだけ。その寝るところで少し揉めている。結菜とももめたのに、また似たようなことでもめるとは思ってなかった。

 

「ベッド!」

「座布団!」

 

 彩芽の主張。せっかくの旅行なんだから、ちゃんとベッドで寝ないと体痛めるかもしれないし、一緒にベッドで寝よう!

 俺の主張。流石に一緒のベッドで寝るのはマズい! 前は結菜と一緒に俺のベッドに入ってきてたけど、あれは俺の意識がなかったからまだよかっただけで、今回は話が違う!

 

 普通にさ、マズいだろ。ただでさえ好きな子相手なら『一緒に寝る』っていう行為はそういうこと考えちゃうのに、旅行先で二人きり、しかも浴衣で色っぽい。これで変なこと考えるなって方が無理な話だ。

 

「いいか、彩芽。俺と彩芽は男と女だ。正直俺も一緒に寝たい。でも、万が一があって彩芽に変なことしちゃいそうなのが嫌なんだ」

「私は嬉しいよ」

「これは、男の責任の話なんだよ。彩芽が嬉しいって言ってくれるのはマジで嬉しいけど、これは譲れない」

 

 考え方が固いって言われても仕方ない。そういうことしなきゃいいじゃんって言われるのもわかる。でも、そういうことをしない自信があったとしても、そういうことをしないようにするのが男としての責任っていうか、役目っていうか、信頼だと思う。

 

 もしかして俺の考えは古いのか? 新しいのか? 普通、男なら好きな子から一緒のベッドで寝たいって言われたらオッケーするもんなのか? わかんねぇ。こんなことになるくらいなら高宮さんにそういう時のことを聞いておけば……聞いたら姉ちゃんとそういうことしてるってわかっちまうから聞かなくてよかったか。

 

「……修也が私を大事にしてくれてるっていうのは、わかる。それは嬉しいけど、ムカつく」

「うおっ」

 

 彩芽に押し倒され、全身で密着される。彩芽の柔らかさがダイレクトに伝わってくる。なんでこう、女の子ってのはいい匂いするんだ。確かフェロモンか何かって聞いたことがあるようなないような気がする。つか彩芽の顔が近い。顔のすぐ側にある。彩芽の息遣いが、鼓動がはっきり感じられる。

 

「お、おい、彩芽」

「そもそも、私が修也の好きを保留にさせといて、一緒のベッドで寝たいなんてめちゃくちゃわがままだっていうのもわかってる」

「……」

「でも、一緒に寝たい。ほんとはそういうことだってしてほしいし、したい」

 

 両足の間に、彩芽の脚が差し込まれる。なんだ、この流れ。どういう状況? なんで彩芽が俺とくっついて、彩芽の息が荒くなってるんだ? 俺はどこを見て何をするのが正解なんだ? こんなこと学校じゃ教えてくんなかったぞ。なんで学校は好きな子に押し倒されてそういう雰囲気になった時の対応を教えてくれねぇんだ。そのせいで何したらいいかまったくわかんねぇ!

 

「したいけど、修也が私を大事にしてくれようとしてるなら、私もちゃんとダメって言う。すぐお姉ちゃんに連絡できるようにする。だから、修也。……一緒に、寝てほしいの」

 

 ……なっさけねぇなぁ俺。また彩芽を不安にさせてんじゃねぇか。震えておねだりしてくれてる彩芽を前にして、頭ん中でピンクなことばっか考えて、何が責任で何が信頼だよ。

 でも、彩芽も悪いと思う。男に乗っかって、そういうことしてほしいとかしたいとか言うって……俺を信頼してくれてんだろうけどさ。ズリィよマジで。それされたら絶対手を出すわけにはいかない。多分、俺がそういう性格だってわかってくれてるから、こういうことしてくれたんだろうな。

 

 震える彩芽をぎゅっと抱きしめる。彩芽の体が少し跳ねて、ぎゅっと目を閉じた。

 

「わかった。ごめんな? そんなこと言わせて」

「いいの?」

「ここで断ったら本物の悪魔だろ」

「露天風呂も一緒に入ってくれる?」

「調子乗んな」

「けち」

 

 くすくす笑う彩芽に苦笑して、頭を撫でると、もっとと言いたげに頭を押し付けてきた。犬とか猫とか、小動物みたいだなって失礼なことを考えながら「ほら、行こうぜ」と声をかけると、またびくっと体を震わせる。

 

「彩芽?」

「……」

「おーい」

「っ……」

 

 また体を震わせて、弾かれるように彩芽が体を起こした。顔は赤く、左耳を抑えて俺を睨みつけている。

 ……あー、そういうこと?

 

「なんで今更……」

「さ、さっきまでは緊張してたから、気にする暇なくて……」

 

 まぁ、俺も彩芽の方向いてたから、俺の声が響いたんだろう。でもそういう反応やめてくれねぇか? やらしいんだよお前。すぐ俺の上からどいてくれ。色々マズいから。何がマズいって言うと意識して余計マズくなるくらいにはマズいから。

 いや、もう無理やりどけちまおう。俺も体を起こして彩芽をぎゅってして、少し持ち上げて彩芽の下から自分の体を引き抜き、優しく彩芽を下ろす。そうしてから体を離せば、彩芽は目を丸くして更に顔を赤くしていた。

 

「彩芽?」

「び、びっくりした……。だっこしてベッドまで連れてってくれるのかと」

 

 大胆すぎるだろ。そんなのもういただくつもりのやつじゃねぇか。

 

「……えっと、だっこ」

「自分で行け」

「けち」

 

 言ってみただけだったのか、すんなりと立ち上がって小走りでベッドまで行き、飛び乗った。反射的に目を逸らした俺は男の中の男だと思う。むしろ男の中の男だったら見るべきだったか? だったら紳士の中の紳士ってことにしよう。ジェントルマンオブジェントルマンだ。

 

「修也。きて?」

「どこで覚えてくんだ、そういうの」

「?」

「天然かよ」

 

 末恐ろしいな、彩芽……。もちろん腕を広げておねだりしてきた彩芽には応えず、その隣に寝転んだ。彩芽から不満そうな空気を感じる。おねだりに応えてたら、なし崩しでものすごいことしちゃいそうだから勘弁してくれ。

 

「修也修也。どこまでならセーフ?」

「いやらしいのはナシ」

「えっと、それじゃあ……ぎゅってしながら寝たい」

 

 それもいやらしいだろうが。

 

 まぁでも、うん。それくらいは、聞いてあげないとなぁとは思う。せっかく一緒のベッドで寝るなら、そういう恋人っぽいことしたいだろうし。一緒のベッドで寝ていて、背中を向けて寝るのは味気ないし、最初に譲歩しておかないと、寝ている間に彩芽がくっついてきてたなんてことになったらまた朝起きてめちゃくちゃ動揺しちゃうからな。

 

 ころん、と俺の隣に寝た彩芽を見ると、恥ずかしそうに目を逸らす。自分で言っておいて恥ずかしそうにしている彩芽を可愛く思いながら、頭を枕に乗せていることでできた隙間に腕を通し、もう片方の腕を彩芽の腰に回してぐっと抱き寄せた。

 

「わ……」

「苦しかったら勝手に抜け出してくれ」

「苦しくても我慢しちゃうかも……あと、腰は……その」

「ごめん」

 

 腰から背中に変えると、「どこでも変わんないかも」と言って、彩芽が誤魔化すように笑った。落ち着け俺。マジで落ち着け俺。今の彩芽は純粋にイチャイチャを楽しんでるだけで、そういう気持ちはないんだ。無意識に俺を誘惑してるだけなんだ。

 

「修也」

「ん?」

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

「……優しい口調やめて」

「ごめん」

「いえ、ありがとうございます……」

 

 なんだそれ、と笑えば、彩芽も釣られて笑ってくれた。

 

 

 

 

 

「お疲れ、修也」

「マジで耐えた、耐えたぞ俺……!」

 

 あれから毎日、彩芽と一緒の部屋で過ごした俺は、もちろん毎日同じベッドで寝た。

 

 楽しかった北海道旅行を終えて東京に帰ってきて、家に着いた途端体の力が抜けた俺を姉ちゃんが支えてくれて、そのまま部屋まで連れて行ってくれた。

 

 姉ちゃんは本当に俺と彩芽に何かあった時のために、プライバシーを侵害しない範囲で俺たちのことを見ていてくれたらしく、少し寝不足気味になっていた。本当に遊び癖がなかったらいい姉ちゃんだなって感動したところを、勝手に心を読んで「でしょ?」と笑ってきたのは流石姉ちゃんだなって思った。

 

「ありがとな、姉ちゃん」

「いいよ。かわいい弟と妹のためだし」

 

 俺をベッドに寝かせて頭を撫でてくる。いつもなら払いのけるそれを甘んじて受け入れる俺に、姉ちゃんは「かわいいじゃん」といってにやにや笑ってきた。こいつ……!!

 

「そんじゃ、私寝るわ」

「ほんとにありがとう。ゆっくり休んで」

「うぃー」

 

 手をひらひら振って姉ちゃんが部屋から出て行くのを見送ってから、スマホを取り出す。見れば案の定彩芽から『今度は二人で行こうね』とという一言とともに、大量の写真が送られてきていた。

 

 そして、中条からもVEINがきていることに気づく。何の気なしにトーク画面を開けば、そこにあった文字を見てベッドから転げ落ちた。

 

『ごめん、舞坂』

『マジで好きになっちゃったかもしんない』

 

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