見たくないものを、見てしまった。
試験が午前中で終わって、適当に街をぶらぶらしていた時。姉ちゃんと、俺の知らない男が仲睦まじげに歩いている光景を。
ここで整理しよう。父さんの魔力の回復には、父さんのテンションが最高潮である必要がある。そして、姉ちゃんは父さんに死ぬほど可愛がられていて、姉ちゃんに彼氏ができようもんなら最高潮なんて夢のまた夢。
『緊急事態だ』と俺が信頼している友だちと、当事者である彩芽に送れば、全員から力強い返事がきた。
翌日、試験が終わって俺たちは空き教室に集まっていた。教室にいるのは、俺、廻、拓斗、彩芽。そして彩芽についてきた中条。全員が机を囲って座り、中条以外は神妙な面持ちだ。
「それで、話は本当なのかい」
いつになく真面目な声で聞いてきた拓斗に頷いで返す。
「あぁ。姉ちゃんが、男と歩いていた」
「クソ……!」
「なんてことや……」
「信じられない……」
「ねぇ、私既についていけてないんだけど」
俺が告げた事実に、全員が頭を抱える。一人困惑しているように見えるが、きっと志は同じなはずだ。
「しかも、聞いてくれ。姉ちゃんは帰ってきてから、『プールに行くから水着買いに行こうよ』って母さんに言っていた」
「つまり、その男とプールに行くっていうことか……!?」
「許してええんかそんなこと!!」
「許せないよ!!」
「何? 雅さんが不幸にならないと死ぬの? みんな」
「バカ言うな! 俺は姉ちゃんの幸せを心から願ってる!」
「とりあえず話が通じないことはわかった」
姉ちゃんは嬉しそうな顔をしていた。あの男とプールに行くのを随分楽しみにしているようで、俺にもウキウキで「あんたも彩芽ちゃん誘ってどっか行きなよ」って絡んできた。そう、このセリフが俺の疑念を確信に変えたんだ。『あんたも』ってことは、姉ちゃんも異性と出かける約束があるってことで、だとすればあの男とプールに行くのは間違いない。
「それで、僕たちが屠るべきそのクソ野郎はどんなやつなんだ?」
「悪い、咄嗟に写真は撮ったけど、どこの誰かはわからねぇ」
「見せて」
姉ちゃんと並んで歩く男の写真を拓斗に見せる。すると拓斗は自分のスマホを開き、胸を張って画面を見せてきた。
そこには、文字の羅列があった。その羅列が意味するのは、明らかな個人情報。
「僕は、雅さんの周りにいる男の情報を持っている。こいつは
「お前がクソキショストーカーで助かった!」
「でかした! よっ、この性犯罪者!」
「よかった、倉敷くんが人類最底辺で……!」
「もしかして私、この場にいたら犯罪の片棒担がされる?」
拓斗のファインプレーにより、男の個人情報を把握できた。
高宮優。年齢は姉ちゃんと同じ20歳で、大学二回生。家族構成は両親と高宮の三人家族。彼女は現在いないが、高身長頭脳明晰容姿端麗。かなりモテるらしく、しかし女の子から遊びに誘われても、必ず男女の関係になることはない。これらから、心に決めた人がいると考えられる。
「その心に決めた人が姉ちゃんってか!?」
「修也。気持ちはわかるけど、落ち着こう。今は高宮を地獄に落とす方法を考えるのが先決だ」
「そうや。怒りをぶつけんのはあとにせぇ」
「二人の言うとおりだね。修也。雅さんがプールに行く日はわかってるの?」
「くっ!」
彩芽に聞かれ、姉ちゃんの予定を聞いた時のことを思い出して思わず頭を抱えると、中条以外の三人が立ち上がって俺のもとへ駆け寄ってくれた。「落ち着いて」と声をかけられ、彩芽が背中を撫でてくれたことでようやく落ち着いて、「ありがとう」と頼もしい三人に感謝を告げる。
「それがあいつ、夜姉ちゃんと電話してやがったみたいで、姉ちゃんが『7月の28日だね、おっけー』って言ってるのが聞こえてきたんだ……!」
「むごい……!」
「悪魔やな……」
「大丈夫? 修也、今日は私の家にくる?」
「終わったら言ってね」
その時の俺の気持ちがわかるか? 夜、そう、夜だ。父さんは下にいて、俺と姉ちゃんは二階にいたから父さんには聞こえないだろうけど、もし、万が一のことがあったら。姉ちゃんが嬉しそうに男と電話しているのを父さんが聞いてしまう可能性があった。そうすれば、俺と彩芽にかけられた魔法は父さんが死ぬまで一生解けないことになる。
そんなことはあってはならない。姉ちゃんには、俺と彩芽にかけられた魔法が解けるまで独り身でいてもらわないといけない。
「7月28日か。僕と廻は当たり前のように補習だったけど、土曜で助かった」
「これで心置きなく高宮をぶち殺せるっちゅーわけやな」
「二人とも。俺は高宮を殺すつもりはない」
「なんだって!?」
「正気か!?」
「落ち着いて二人とも。殺人は犯罪なの」
「日本は腐りきったな……」
「腐ってんのはあんたらの脳でしょ」
そう、殺しちゃだめだ。なぜなら、姉ちゃんが高宮とのデートを楽しみにしてるってことは、高宮に何かあったら姉ちゃんが沈んでしまう。姉ちゃんが沈んでしまえば、父さんの気持ちも沈んでしまう。だから、姉ちゃんと高宮を円満に付き合わせないように仕向けなければいけない。もしくは、
「高宮の醜悪な部分を探って、姉ちゃんに幻滅してもらう」
「私は賛成。高宮さんには悪いけど、仕方ないことだから」
「……生ぬるいけど、雅さんの想い人ならひどい目に遭わせるわけにはいかないか」
ただ、問題がある。拓斗が集めてくれた情報によれば、高宮は非の打ち所がない青年だ。俺も自分にかけられた魔法のことがなければ、手放しで応援したくなるような。そんな相手の醜悪な部分なんて、どれだけ叩いても出てきそうにない。だからといってでっちあげるのはナンセンスだ。それが勘違いだってわかった瞬間、姉ちゃんと高宮の結束がより強くなる可能性がある。
「姉ちゃんと高宮のデートの日。俺たちはそこを狙い撃ちする」
「狙撃するってことやな」
「廻、さっき真咲さんに殺人は犯罪だって言われたばかりだろう」
「修也は、デートの日高宮さんのダサいところを雅さんに見てもらって、幻滅してもらおうって言ってるの」
「ねぇ、それってひどい目に遭わせるってことになんない?」
「中条、今俺たちは真面目な話をしてるんだ」
「なんで私が怒られてんだよ」
中条はまだ俺たちが話していることの重大性がわかっていないらしい。まぁ、それは仕方ない。廻みたいに女好きでも、拓斗みたいに年上好きでも、俺と彩芽みたいに姉ちゃんと男が付き合ったらめちゃくちゃ困るわけでもない。中条の反応が普通だ。でも、この場においては少数派で、まともだけどまともじゃない。郷に入っては郷に従えっていうことだ。
「当日は姉ちゃんが家から出たら俺からみんなに連絡する」
「僕は決定的瞬間を収めるために、望遠カメラを持っていくよ」
「なら俺は割り箸持ってくわ」
「割り箸は絶対に持ってこないでくれ」
「しゅ、修也。私、お弁当作っていこっか?」
なんでこのタイミングで好き溢れさせてんだよ。楽しみにしてるー!!
7月28日。姉ちゃんと高宮がプールデートをする忌々しい日。姉ちゃんは早起きしてるんるんでデートの準備をしていた。俺はそれを父さんに勘づかれないように、部屋に閉じこもっている。魔法をかけられたあの日、父さんに心を読まれたからな。今心を読まれたら、父さんのテンションが終わる可能性がある。
やがて、姉ちゃんの「いってきまーす」という声が聞こえた。窓から覗けば、姉ちゃんが見える。しかし、姉ちゃんは駅とは逆の方向に歩いて行った。
……! まさか、車!?
すぐさまVEINを開き、あの日作ったグループに『姉ちゃんが車でプールに行こうとしてるぞ!』と送る。まさかの事態に焦った俺を救ったのは、拓斗の頼もしい返信だった。
『こんなこともあろうかと、僕と廻は昨日の夜中からプールの前で待機している』。まったく、普段は異常行動ばっかとるけど、今回ばかりはありがたいぜ。まさかあいつらの頭のおかしい行動に感謝する日がくるとは思わなかった。
あいつらの頼もしさに笑い、だからといってゆっくりしていいわけもなく俺も急いで家を出ようと階段を駆け下りた。そして靴を履いている間に通知音。これ以上俺を喜ばせるつもりかと、次はどんなファインプレーをしたんだという期待を込めてスマホを見れば、『ほんで補導されて俺と拓斗は親に外出禁止令出されてもうた』『おかしいんだよ、警察。ただ雅さんと男の仲を引き裂こうとしてるだけだって言ってるのに、そんなことはしちゃだめだってわけのわからないことばかり』。
どうやらあいつらはいつも通りバカだったらしい。そりゃそうか。俺たちまだ未成年だから、夜通しプールの前にいたら通報されるに決まってる。そうじゃなくても犯罪者だし。
……いや、待てよ。あいつらがいないってことは、もしかして。
ドアを開けると、彩芽がいた。その目を見れば、考えていることが手に取るようにわかる。
「……今日かおりいないよね」
「あぁ。ついていけないって言って」
「赤谷くんと倉敷くんも、これなさそうだよね」
「あぁ。想像通りのバカだった」
「……」
「……」
俺と彩芽の二人で、プールに行くってこと?
「……とりあえず、行こう」
「う、うん、そうだね!」
マズい、これは予想してなかった。なんで俺が彩芽とデートするみたいになってるんだ!? いや、違う。俺たちはあくまで姉ちゃんと高宮のデートを邪魔しにいくだけで、デートしに行くわけじゃない。なんか彩芽が弁当持ってきてくれてそうだけど、決してそんな邪な気持ちはない。
……プール入る前にぎゅってしておかねぇと、水着姿耐えられねぇかもしれねぇな。