稲妻のとある社。それはかつて雷電将軍が現れるよりずっと前、鬼族が信仰していた土着信仰の成れの果てだった。その鳥居の丹は禿げ降ちてしまい素材である木が腐っていて今にも崩れてしまいそうなほど荒んでいた。鳥居ですらその有様なので、社の本殿であるあり様など想像に難くないことだろう。そんな宝盗団やヒルチャームすら住みつかないであろう荒れた社に一人に鬼族の男が拝殿にいた。その鬼は愛刀であろう一振りの太刀を手の届くほどの距離で右に置いて正座している。鬼は静かに延々と一寸も動くことなく目をつぶって瞑想していたのだ。だが、鬼にとって瞑想は心を落ち着かせるためにするものではなかった。来るべき死合に備え、勝利の快楽が来る時をひたすらに待ち続けているのだ。永遠に思える時間心を抑え、刹那の一時に抑えた欲望を吐き出すその時感じる解放感、達成感と言えば、虫相撲に勝つ時や、極上の甘味を食す時にも勝るほどの快楽であった。かつてはその修羅ともいえる己の本質を忌避していたがそれはもはや過去のこと。今はただ死会、獲物を斬り、斬った感覚を思い出しながら悦に浸るそれだけだった。故に鬼は……鬼刀斎はただ待っていた。自分自身にとって最大の獲物になる存在を・・・
今まで鬼刀斎はあらゆる森羅万象を斬ってきた。反逆者は無論、神職であろうと、樹齢何千年の大木であろうと、腕っぷしに自信がある町民であろうと挑んでくるもの斬りがいがあるものであれば一切の例外なく全て切り伏せてきた。だが、神は未だ斬ったことがないかった。神など切れるわけがないと多くの者はそう呟くであろう。だが、この鬼刀斎にそんなことは葉に着いた露ほども気にしていなかった。ただその他の有象無象よりかは幾分か斬りがいがありそうだとそう思うだけだった。雷電将軍に挑むために御前試合でもよかったがあれは異国の旅人が来たことで廃止になってしまった。もっと速く己を受け入れるべきだったと後悔したものだが、憂いていても欲は満たされはしないすぐに別の画を描くことにした。それは至極単純なものでただ己が「神罰」の下されるべき罪人になればというものだった。そのために町民を斬り、調査に来た冒険者も斬り、果てはその場に居合わせた白鷺の姫君すらも切り伏せた。つい十数刻ほど前のことである。これならば雷電将軍は必ずや全力を持ってこの鬼刀斎の首を狙いに来るであろう。そして、かの夢想の一太刀を打ち破ってみたい鬼刀斎はこの瞑想を始めてから永遠とこの考えを続けていた。将軍の斬り合いはすでに何回も脳内で想像してきた後は実現するだけ。すると苔の生えた石垣の階段を上る足音が聞こえてくる。
(来た!)
その眼を開け、視界の入ったのはかつての主君であった
「……鬼刀斎。私の家臣だったもの者よ、修羅に落ちたあなたに神罰を下します。」
淡々と言い放つ雷電将軍。まさしく統治者たる神にふさわしい物言いだった。
「神罰は下らないでしょうな。」
太刀を抜き抵抗の意を示して将軍様に切先を向ける。
「よろしい。では受けてみなさい」
いきなり夢想の一太刀………は飛んでこず。鬼刀斎に高速で肉薄し薙刀を下から切り上げる。薙刀の刃が当たる前に鬼刀斎は右手に持っていた鉄の鞘の鞘尻を薙刀に叩きつけて相殺する。すかさず三連続の突きを雷電将軍に放つ…が雷電将軍は何処からともなく太刀を取り出し三つの突きをすべて受け流してしまう。驚きべきことにそれらの攻防はニ、三度瞬きをするのと同じほどの間に行われたものだった。
「やはり、あなたには夢想の一太刀を持って倒しましょう」
今の一瞬で雷電将軍は普通の斬り合いでは鬼刀斎と互角だと判断し、早々に夢想の一太刀という手を取った。その言葉を聞いた鬼刀斎はそれはもう嬉しそうににやけた後鞘を投げ捨てた。
「稲光、すなわち永遠なり。」
紫電を纏わせながら雷電将軍は胸から刀を取り出す。そして、鬼刀斎の首を斬らんとした…そう
『無常の一太刀』
無敵の夢想の一太刀はその一撃が届く前に雷電将軍の右腕は斬られていた。雷電将軍は後ろに一歩下がろうとするが、逃がすまいと鬼刀斎は雷電将軍の襟をつかみこちらに引き寄せ、逆袈裟切りでとどめを指す。鬼刀斎が襟に手を離すと音を立てて雷電将軍が倒れる。無常にも空を切り裂く雷神がそのやんごとなき血を流しながら地に伏してしまった。その事実を理解した鬼刀斎は今までにない以上の絶頂に至っていた。そして、そのまま去っていく。鬼刀斎にとって雷電将軍はただの血液を垂れ流す肉袋でしかない。それ以下でもそれ以上の価値は鬼刀斎は感じられなかった。一度斬ってしまったものには興味が失せるのである。故に興奮冷めやらぬまま次はだれを斬ろうかと考えていた。
そうだ!あの旅人なら斬りがいがありそうだ。
当たる前に利き腕を斬っちゃえばいいじゃないかby鬼刀斎