・セバスチャンの元カノが一瞬出てくる
1
私は今、ピンチである。
セバスチャンと付き合っていた、というスリザリンの上級生に呼び止められ、成り行きのまま人目につきにくいトイレに連れ込まれた。
なんのご用でしょうか、と薄々分かっていることを聞くと、綺麗な黒い髪をはらい、彼女はにこりと笑った。
「最近、セバスチャン、少し元気になってきたでしょう?」
「はあ」
「ほら、アンにあんなことがあって彼も落ち込んでたし、忙しそうにしてたから邪魔かしらと思って別れたのだけど」
「はあ」
「私、やっぱり彼が好きなのよね」
はあ、と生返事を繰り返すと、彼女の美しい笑みが濃くなり圧を帯びる。
じりじりと後ろに下がるが、彼女はその一歩の距離を簡単につめた。
「貴女、協力してね」
私は今ピンチである。
だって、このお願いへの返事はNOだ。
一発ぐらい叩かれてあげるか、諦めて優秀そうなこの女子生徒と魔法の殴りあいをするか。うーん、と悩んで私は杖を握った。
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2
やあ、オミニス。というお決まりの挨拶もそこそこに、セバスチャンが以前付き合っていた女性について彼女が尋ねてきて驚いた。
「君、頬が腫れてると聞いたが、もしかして」
「うん。復縁の間を取り持つ気はないって断って、一発だけ叩かせてあげた」
二発目はプロテゴで防いだけど、とため息をついて彼女は俺の隣に座った。
セバスチャン、モテるね。呟いた彼女にどう返すか迷ったが、共に過ごしていれば分かる事実に嘘をつく意味はない。
彼女の言うとおり。勉強ができ、決闘も強くて、明るく優しく、少年らしい冒険心を覗かせ、それでいて手が届きそうな親近感を抱かせるセバスチャンは異性に好まれる。
顔の美醜、造形は俺には分からないが、双子の妹に「別にオミニスのように凄く整っているわけでもないのに」と言われていたので、見た目だけで好意を持たれているわけではないのだろうと思っている。
独り言のような 問いかけのような呟きに、肯定の意をこめて頷いた俺の隣で、彼女がうなだれた気配がした。
「俺が知っている限り、付き合ったのは一人のはずだけどな」
「そうなんだ。とっかえひっかえとかじゃなくて良かったよ」
「そんなことしないだろ、セバスチャンは」
「知ってる。そっか、大切にされたのは彼女だけかあ」
俺も当然面識がある一つ上の女子生徒は、確かに付き合っている間、彼に大切にされていたように思う。
――妹と友人と、同列なのが気にくわない
そうセバスチャンに訴えて困らせていたのも何度か聞いた。
双子の妹と同列なんて、むしろ良い方だろう。セバスチャンの両親のことを知っていれば、なおのことそう思うのでは、と俺はそれを耳にしたとき怒りよりも呆れが勝った。
けれどその度親友は、困ったように笑いながら優しい言葉をささやいて、彼女が満足するまで付き合っていた。
「僕は、恋愛には向いてないかもしれない」
俺たちがまだ3年生、13歳の頃だ。
純情な少年の心は疲れ果て、年に見合わずえらく悟ったような声を出したセバスチャンに俺は吹き出した。
「彼女が嫌なら別れたら良いじゃないか」
「嫌なもんか。ちゃんと好きさ。ただ」
「ただ?」
「今はオミニスとアンと、もっとたくさん遊んでいたいんだ」
そうはいっても、結局向こうがアンに起きた事態に及び腰になって「別れよう」と告げるまで、セバスチャンから彼女を振ることはなかった。
彼は、愛情深いやつなのだ。
そんなことを思い出しながら、隣の元気のない友人を励ますように軽く背を叩いた。
「彼は身内に甘いからな。ほら、君の世話もかいがいしく焼くだろう?」
「そうだね。オミニスのことも何だかんだいつも気にかけてるね」
今、セバスチャンに甘やかされている自覚のある二人で言い合って、ようやく彼女は少し笑ったようだった。
まだあの人も彼の身内なのかな?と上を仰いだ彼女に、違うだろうな、と思いつつも、それは俺に計れることじゃないと肩をすくめた。
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3
今日、久しぶりに罰則を素直に受けた。
本日は小雨が降っていた。そもそもこれがついてなかった。
ホグズミード近くの村に来ていた行商人から買ったほんの少し怪しい本。何かあったら嫌だから大抵は外で読むのだけれど、雨だったので比較的人の少ない温室へ行った。この判断もよろしくなかった。
『悪しきものを消化する本』
まさか僕の手から飛び出して、薬草学の教室で育てられていた噛み噛み白菜をばくばく食べ始めるなんて思いもしなかった。
唖然とした僕より早く、女性の怒りを含んだ悲鳴の声で呪文が唱えられ、火柱に包まれたその本は悪魔のような叫びを上げた。
「ミスターサロウ!あなたってまったく!」
「すみません」
罰則は心しておきなさい、といつもの朗らかさを捨て去って怒るガーリック先生に、僕――実は、ここで問題を起こすのは初めてではない――は、まあまあな惨状の温室を見やり、言い逃れを諦め素直に謝った。
夕方、梟によって部屋に届けられた罰則の知らせには、見知った名前の生徒の手助けをするよう書かれていた。
(夕食抜きかあ)
正門での待ち合わせにぎりぎり間に合うようについた梟便の地味に辛い仕打ちに、ガーリック先生の怒りを見た気がした。
「やあ。セバスチャン、今日はよろしくね」
(僕の罰則と彼女の課題がイコールなことに、疑問を抱く教師はいないのだろうか)
外に出ると、雨はすっかり上がっていた。
正門で手をぶらぶらさせながら僕を待っていた彼女は、こちらの姿を見て嬉しそうに駆け寄った。
「今回の課題、流石に大変だなと思ってたけど、まさかお手伝いが君なんて。嬉しいな」
「蜘蛛と魔犬とダグボッグとおまけにトロールに、マンドレイクの泣き声が効くか試せって?罰則でもなかなかお目にかかれないお題だな」
「倒さないといけないわけじゃないから、試して逃げて良いんだけどね」
そう言った彼女に、なるほど、と納得した。つまり僕の罰則は、彼女の課題のための囮といったところだ。
確かに、一人では少々手間なこの課題も、二人でやれば難易度はぐっと下がる。
「セバスチャンがいるなら倒せるね!」
「ああ、君ならそうなるよな」
穏やかな人柄と裏腹に好戦的な彼女は、その危険性を知っているはずなのに、わくわくした瞳で笑いかけた。
彼女のこういうところが、一緒にいてやっぱり楽しい。
アン以外の女の子で、オミニスやアンのように、一緒に何かをしたいと思った相手は初めてだった。
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4
セバスチャンは強い。
そんなことは知っていたのだけれど、後ろから彼の戦い方をじっくり眺めることも少なかったので、その周囲を把握する能力の高さに改めて感心した。
危険な魔法生物相手にマンドレイクが効くか確認するという課題。
マンドレイクを用意して、出して、効いたか確認して、しまって、逃げるまたは倒す。一人でやるのは流石に大変だな、と困ったように課題を出した薬草学の先生を見つめたところ、罰則としてミスターサロウに手伝わせるから大丈夫、と冷たい瞳を何も植えられていない鉢植えに向けて彼女は微笑んだ。
いったい果たしてセバスチャンは何をやらかしたのだろうか。もちろん疑問に思ったが、私はそれを先生に尋ねることなく沈黙を選んだ。
そうして、待ち合わせにぴったり現れた彼は、自分は罰則だからと危険な囮を引き受けてくれた。
適度に魔法生物に攻撃を当てながら、私が身を潜ませる場所へ誘導する。それは言うほど簡単ではないはずだ。
地面に攻撃を当てて土埃をあげたり、デパルソで木の葉を散らせインセンディオで燃やして火の雨を降らせたりと、彼は周囲の地形を上手く使った。
ダメージを与え過ぎないように加減をしながら、自分が注意を引き、ルーモスで杖を光らせこちらへ合図を送る。
私がマンドレイクを出して、しまって、としている間も注意深く敵を見ていた。
マンドレイクが効かない場合は、セバスチャンがすぐにグレイシアスをかけ、マンドレイクを戻した私がディフィンドを放つ。
まずは蜘蛛からいく?と尋ねた私に、体力があるうちにトロールだろ、とトロール相手に色々試してあっという間に彼が編み出した本日の必勝パターンであった。
「耳栓してても鼓膜がびりびりするね」
「真っ正面から聞いた方が、実は隣で聞くよりも圧があるって初めて知ったな」
はさみ打つように最後の獲物の魔犬を倒し終わって、お互い顔を見合わせる。杖を持ってない方の手で自然とハイタッチ!
今日の課題は大変だったけど、なんだか凄く楽しかった。
「今日の罰則は楽しかったな」
「奇遇だね。私も同じこと思った。セバスチャンはやっぱり強いね」
「奇遇だな。僕も同じこと思ったぜ。普通のディフィンドで、後ろの蜘蛛までばっさりいくってどうなってるんだ」
やり遂げた達成感に、あはは、と二人でしばらく笑う。
いつもならすぐにウィゲンウェルド薬を飲んで治す所々の擦り傷も、まるで子供の冒険の勲章のようだった。
笑って、笑って。ようやく、明日も授業だ、帰ろうか、と箒に乗った。
「君となら、何だって楽しいな」
飛び立つ直前、まるでもっと幼い少年のように無邪気な顔で笑ったセバスチャンが、私にはとても特別に見えた。
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5
面倒な罰則と課題から戻ってきたとは思えないほど上機嫌な友人達は、俺が取っておいた夜食にすぐに飛びついた。
オミニス最高だ。あ、それ私のだよ。早い者勝ちだろ。じゃあこのお肉はあげない。まてまて話し合おう。ごめん食べちゃった。
食べるか喋るかどっちかにしろ、と言っても、ハイな二人はケラケラ笑っていて、結局俺までつられてしまう。
どんな課題だったんだ?と尋ねた俺に、おおよその生徒には楽しくないだろう冒険譚を、二人は愉快に饒舌に語った。
「あー、楽しかった。オミニス、ご飯本当にありがとう」
「どういたしまして。セバスチャンのついでに君の分も取っておいて良かった」
「いつも悪いな。ありがとう。そろそろ戻るか」
セバスチャンの声を合図に、片付け立ち上がる。
風呂に入らなきゃな、という二人は、擦り傷が染みそうだと笑っていた。
「ウィゲンウェルド薬飲んでないのか?」
「もったいなくて」
ウィゲンウェルド薬が?
俺の不思議そうな表情を読み取ったのか、冒険の勲章みたいで、とこれまた子供のようなことを言う。
「そういえば、なあ君、頬どうしたんだ?」
「ああ。これも勲章だよ。ねえ、オミニス」
尋ねたセバスチャンに、得意げに彼女は言った。
彼女の頬、何の勲章なんだ?と風呂上がりのセバスチャンが俺に問いかけたのは、予想の範囲内だった。むしろ聞かれるだろうなと思って、俺は寝ずに彼を待っていた。
「二年前に君が付き合っていた淑女からいただいたものさ」
「……どういうことだ?」
ぴりっと、上機嫌だったセバスチャンの雰囲気が変わった。
じっと俺を見る目に、少しわざとらしく首を振る。
「どうもこうもない。君との仲を取り持って欲しいと頼まれて、彼女は嫌だと断った。結果は君なら分かるだろう?」
「彼女なら、難なく防げただろ」
「わざと打たせたのさ。だから、勲章」
俺に怒っても仕方が無い。そんなことは分かっているから、セバスチャンは当たり散らすことはなく すぐに気を静める。
はあ、と溜息をはいた彼は、底冷えする声で呟いた。
「そうか。僕のものに、手を出したのか」
セバスチャンは、身内に甘く、愛情深い。しかし残念ながら、強く、賢く、狡猾なスリザリン生だ。
(ほらな。あの人はもう身内じゃない)
良かったな、と今はぐっすり夢の中にいるだろう友人に、昼間言えなかった言葉を贈った。