27
冬の朝、梟便が届いた。
差出人の名前は無い。とても綺麗な文字で書かれた宛名は、自動羽ペンあたりで書かれたものだろうと思われた。
くんくんと封筒を嗅いでみるがインクと紙の匂いしかしない。
中身を開け読んでみると、本日の夕方に船着き場で待っているという要件のみが書かれていた。
「それで君は、律儀にも、その待ち合わせに行こうとしてるのか?」
「愛の告白だったら悪いかなって」
夕方、大広間とは反対の方向へ歩いていると、すれ違ったオミニスに呼び止められた。
今日はセバスチャンと一緒じゃないんだねと聞くと、図書館にでも行っているんじゃないかと彼は肩をすくめた。
まあ、授業には出ていたから、セバスチャンも城内にはいるだろう。
「愛の告白って、心当たりでもあるのか?」
「うーん。さすがに冗談だけど、女生徒からの手紙ではなさそうなんだよね」
手紙の匂いからの判断だった。
上級生の女子からの手紙だったら、何だかんだいって少し香水のような匂いがするものだ。
自動羽ペンで書かれてるってことは、その魔法が使えるか、その代金を払えるかだ。下級生って可能性は低そうだし。
そう言うと、オミニスは少し顔をしかめた。
「こんな時間に女子生徒を呼び出す男なんて、ろくでもないぞ」
「ロマンティックな黄昏時には、少し遅いよね」
「行くのはやめたらどうだ?」
とはいえ、城内だ。まさかリンチってこともあるまい。
心配してくれるオミニスに、大丈夫、と笑って手を振った。
夜の船着き場は暗い。そして、思ったより風が強い。
約束の時間よりは少し早めに付いたが、もう月が昇り始め星がちらほらと瞬いている。空を眺めながら、水辺に腰掛け足をぶらぶらと遊ばせた。晴れているのに、パラパラと粉雪が舞っている。
実は都会っ子なので、こんなに大きな湖はこちらに来て初めて見た。
人魚って、海にいるんじゃないんだなあなんて、お伽噺とリアルの違いは少し不思議だった。
「……やあ。こんばんは」
「セバスチャン?」
現れたのは正直意外な人物で、私は首を傾げた。
セバスチャンだったら普通の手紙で呼び出してくれれば良かったのに、それに何でこんな寒い場所に、と思う。
私の横に腰掛けた彼は、ほら、と魔法で出したマグカップをよこした。
ありがとう?と言って受け取る。それは湯気の立つ温かなミルクティだった。
「それで?君はこんなところでマーピープルの観察でもしてるのか?」
「え?」
どうやら、やはり手紙の主はセバスチャンではないようだ。
ほうっとミルクティを飲んで息をついた私を見て少し呆れたように苦笑しながら、セバスチャンは自分が巻いていたマフラー取って私に手渡した。
私もマフラーを巻いているから流石に悪い、と遠慮したが、寒いんだろ?と彼は引かない。
ほんの少しの時間待っていただけなのに、言うとおり体は大分冷えていて、じゃあ、と私はありがたくそのマフラーを自分が巻いていたマフラーの上に重ねた。
ほんのりセバスチャンのぬくもりが残っているような気がして、二枚巻きなんて贅沢だね、と照れ隠しに笑うと、僕が冷える前に帰ろうな、と彼も笑った。
オミニスに聞いてきたんだろうか?
それとも、たまたま見かけて、声をかけてくれたんだろうか?
どうしてここに?と聞いたセバスチャンの質問に答えない代わりに、私も彼にそれを尋ねることは無かった。
黒い湖をどんなに眺めてもマーピープルは現れない。
約束の時間を過ぎたけれど、私の待ち人も現れない。
ゆっくりとミルクティを飲み干すまでの十分間と少し、セバスチャンとのんびり話をしながら、黒い水面と冬の夜空を眺めた。
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28 転+オミ+セバ
「魔法薬ってさ、本当に素材があり得ないよね」
「どうしたんだ突然」
「君、いつもウィゲンウェルド薬飲んでるじゃないか」
「ウィゲンウェルド薬はいいよ。まだいいよ。絶対飲んじゃ駄目だよねっていう色してるけど、まだ材料は許せるもの」
「じゃあ、どの薬が許せないんだよ。君が普段飲んでるのなんて、ウィゲンウェルド薬か雷調合薬ぐらいだろ」
「まあ、雷調合薬の材料はちょっとあれか」
「うん。亡者が残すあの臭い骨の欠片も確かに嫌だよね。でもさ、強力な攻撃薬なんだもん。もうピンチになったら背に腹は替えられないっていうか」
「ああ、蜘蛛に囲まれたら僕も諦めるな。どうせ、何のせいで背筋がゾワゾワしてるかわからなくなるし」
「二人とも、そんな危険なところに行かなければ良いだけの話だけどな。それで?雷調合薬は我慢できるというなら、君は一体どれが嫌なんだ」
「透明薬だよ。なんでトロールの鼻糞とか入ってるの?最初に入れちゃおうと思った人チャレンジャー過ぎやしない?」
「はあ?透明薬?君、僕が教えた目くらまし術、すっかり使いこなしてるんだから今更いらないだろ」
「いらないよ!二度と飲まないよ!」
「ああ、課題で飲んだのか」
「……ううん。お使いで届けた先で、品質保証に飲んで見せろって言われて飲んだ。いやあ、ちょっと嫌ですって言える空気でもなくて」
「ははは!まったく、何でも請け負うからだろ」
「そして思い出してしまったけど、課題のやつ、まだ飲んでなかったよ……」
「何やってるんだ君は」
「まあ、これからもっと引くような材料も出てくるんだから、慣れるしかないけどな」
「とんでもないな、魔法薬!」
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29
テストなんて、何故あるのだろう。それは、学生のほぼ全員が、一度は逃避し問いかけたことがある言葉だと思う。
わざわざフェルドクロフトまで来て羊皮紙と教科書を広げ、書き込んだり読み込んだりしている兄と友人を見ながら、私はそれでもその学生生活が羨ましかった。
「アン、ここが分からないんだけど」
「ああ、その薬に最も適したハナハッカの状態と保存方法はね……」
オミニスと私とセバスチャンで一番成績がいいのは、やっぱりセバスチャンだ。というか、お兄ちゃんに総合成績で私たちが勝ったことはない。
ただ、誰しも得手不得手というものはあって、魔法薬学に関しては一年前まで私が一番得意だった。
いつも彼女は分からないところをセバスチャンに教わっているらしいけれど、今日はアンが君の教師だ、と私をその隣に座らせ、セバスチャンは向かいの席で勉強道具を広げた。
五年生からの転入生であっても、いざ調合などの実技になるとめっぽう才能を発揮するという彼女。
魔法薬学そのものは嫌いではないらしく、化学実験だね!とマグルの似た学問と比較しながらすぐにコツを覚えていった。
だけど、やっぱり五年生からの転入生。
私たちが数年間かけて、実際に触ったり、保存したりしながら覚えたことを、全て座学で覚えなければいけないのには苦労しているようだった。
それでも彼女は優秀だと思う。私たちとは違う学問を学んできているからか、その広い視野と面白い視点を活かし、ホグワーツの授業をどんどん吸収しているそうだ。
彼女の向かいで、嫌そうな顔をしながらも薬学の教科書と参考書を広げ要点をまとめていたはずのセバスチャンが、どうやら飽きたのか、羽ペンで目の前の羊皮紙をつつきながら「そういえば」と口を開いた。
「オミニスはどこ行ったんだ」
「とっくの前に出て行ったよ」
顔も上げずに、ガリガリと教科書に教えたことを書き込みながら彼女は返す。
しばらくはオミニスも教科書をのんびり眺めていたのだけれど、一周さらっと読んだところで、伸びをして席を立ち家から出て行っていた。
いいよね、見てるだけで必要なことは覚えれちゃうって、と彼女は口にしたが、私とセバスチャンは思わず顔を合わせ、ふっと吹き出した。
「おいおい、君、オミニスがもう勉強を終わらせて出て行ったと思ってるのか?」
「違うの?」
「違うわよ。飽きただけ。落第しない程度は理解したから魔法薬学はもういいやって、彼、絶対思ってるわよ」
オミニスは、特に得意不得意がはっきりしている。そして魔法薬学は彼の鬼門だ。
だから、早々と放棄する。やっても仕方ないと思っている。少なくともここで、あれこれ言って問題を解いていた最初の数時間で十分試験対策にはなっているのだ。
どんなに苦手でも、理解できていれば落第などしない。当然、理解できなくても覚えていれば解ける問題のほうが多いが、そんなものは本当に役に立たない。だからオミニスは、こと苦手な分野については終始最低限を理解することにのみ努めるのだ。
「ええ。それでいいの?」
「うーん。そこは考え方の違いね」
「ゴーントは、先祖の遺産から得られる不労所得だけで、働かなくても生きていけるからな。本来オミニスに必要なのはせいぜい教養程度で、専門性ではないんだ」
「ああ、そっか。オミニスってミドル階級より上流に位置するお家柄だったっけ」
魔法族とマグルの階級制度は多少異なってはいるが、おおよそ彼女の認識で間違いはないと思う。
働かなくてもいい階級、というか、働いてはいけない階級、というか。本来ゴーントやブラックが就く”職業”は、それこそホグワーツの校長のように名誉職も兼ねたものがせいぜいだ。
オミニスは家を継ぐつもりはないし、むしろ卒業したら家を出るつもりなのではないかと私は思っているけれど、そうであっても、彼がゴーントで得た品位や人を動かす手腕、政治的知見は、おそらくホグワーツで学ぶ専門的な一学問より汎用性が高い。だから彼は、よほど特殊な職や専門職を希望しない限り、就職には困らない気がする。
なるほどね、と言いながら、彼女は教科書から顔を上げた。
「あ、セバスチャン。後ろの参考書とって」
「面倒がらずに自分で立てよ」
「だって。セバスチャンのほうが近いよ」
口答えする彼女に、まったくという表情のまま、セバスチャンは少し後ろにある棚から彼女ご所望の参考書をとって、投げた。
そう、投げた。辞書と見間違うほど、いやそれ以上の厚みのある参考書を。
突然の兄の暴挙に、取り損なった参考書が彼女を直撃する。
「いったあ!うわ、普通この参考書投げる!?」
「横着するなっていつも言ってるだろう?たまには面倒くさがらずに安全安心な手法をとることを覚えた方がいいぜ?」
「あーあー、絶対次のテストはセバスチャンよりいい点取ってやる」
額を押さえむすっとした彼女にけらけら笑う兄。
仲良さそうでいいなあと思って見ていると、ぎいっと少し軋んだ音を立てて家の戸が開いた。
わいわい言い合っている二人の賑やかな声に、苦笑しながらオミニスは私の横に立つ。
「相変わらず楽しそうだな」
「ね。二時間に一回はあんな感じで、次のテスト大丈夫なのかしら」
子供のような兄の顔を見るのは久しぶりだし、昔からテスト前はいつも黙々と本を読んだり勉強していたので、あんな風に楽しそうなのは少し意外だった。
勿論、教えて欲しいと言えば、私にもオミニスにも、誰にだってセバスチャンは丁寧に教えてくれたけれど。
まるで遊んでいる時みたい、と言うと、オミニスがにやっと笑った。
「アンは知らないのか。セバスチャンの成績」
「え?」
よーし、じゃあ君がどこまで覚えたか、僕が見てやるよ。なんて言いながら、いつの間にか彼女の教科書をひったくっていた兄に、全問答えてあげるよ!と負けず嫌いな彼女が返した。
カンニングできないように外に出ることにしたらしい二人を見送って、オミニスはセバスチャンが纏めていた羊皮紙を取って私に見せた。
びっしりと、けれど項目立てて書き込まれているそれに、目を丸くする。
「このままいけば、今期、五年生の首席はセバスチャンだ」
「……ああ、お兄ちゃんったら、もう」
いつもは僕が教えてるけど、と得意げに彼女に笑っていた兄の顔を思い出して、なんだかとても微笑ましい気持ちになった。
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30
闇の魔術に対する防衛術の教室近くの大きな窓の側で、オミニスが丸まって寝ていた。
ぽかぽかと確かに気持ちいいけれど凄く無防備で、初めて見たときは吃驚したなあと、私は何となくその隣に座り込んでみた。
寝返りを打つこともなく眠るその姿を見ながら思う。オミニスは、きっと寂しがり屋だ。
けれど、彼が心を開く相手はかなり狭い。私はまだ、その戸に手をかけるのすら嫌がられていると感じている。
セバスチャンには構ってほしそうに見つめてくるくせに、と思うとちょっと複雑だ。
うう、と何やら唸っているので、もしかして眩しいのかなと座っている位置を横にずれて日陰になってあげると、その表情は少しだけ和らいだ。
「……置いて、いくな…」
――セバスチャン
その寝言の先は聞こえなかったが、誰に向けた言葉かはすぐに分かってしまう。
しまったなあと私は座ったまま天井を仰いだ。
ローブのポケットに手を入れると、カサリとセバスチャンからの手紙がこすれた。
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27:ミルクティを持っていたというのはそういうこと