・題材はアンティーク
1.Quill Knife
君、ペンのつきが悪くないか?
図書館で教科書と参考書を広げ宿題のレポートを片付けていると、向かいに座っていたセバスチャンがふと顔を上げた。
かけられた声に自分の羽ペンを見る。少し気になってはいたが、まだ字に影響が出るほどではない。
大丈夫だよ、と答える前にセバスチャンが手を差し出したので、思わず握っていた羽ペンを渡した。
小型のナイフを取り出してペン先を削ってくれる彼の手元をほうっと眺める。
レポートに追われるホグワーツの中でも、学業に強い興味を抱く彼は、沢山の文字を書き、沢山のペン先を削ってきたのだろう。広げたハンカチの上の削り屑は杖を一振りで跡形もなくなった。
どうぞ、と微笑んで整え終わった羽ペンを返してくれたセバスチャンは、パチンとナイフの刃を折り畳みしまう。
「綺麗なペンナイフだね」
「母のものさ」
白蝶貝の持ち手に釣鐘型の花の装飾があしらわれている。
ペンナイフといえば男性が持つイメージも強いが、それは少し小さく、とても繊細な印象を抱いた。
触ってみるか?と差し出されたペンナイフを受けとる。なるほど、お母様の形見か、と大事に手入れされているそれを指でなぞった。
「……そうだ。君がそのまま持っててもいいぜ」
目線をセバスチャンに移すと、今度は彼が私の手元をじっと見ていた。
少し鈍い瞳の色に、ああと合点がいき、どうして?と尋ねることはしなかった。
「分かった。大切に"預かっておく"ね」
美しい、母の形見。
本当はセバスチャンが誰にこれを渡したかったのか、私の手元を見て何を想像し、慰められたのか。
このナイフに似合う美しい羽ペンを今度一緒に買いに行こうと、努めて明るく笑い、私達はレポートに戻った。
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2.Horse Shoe
イメルダとの箒レースに勝利した彼女に、主役とセバスチャンと俺で祝杯を上げることにした。
久々に三人揃って訪れた地下聖堂に、食べ物と、どこから持ってきたのか彼女が持参したスコッチウィスキーと、セバスチャンの用意したいくつかのティーを広げる。
「どうしたんだ、その酒は」
「だって、せっかくスコットランドのハイランドなんて遠いとこに来たんだもの」
はい、と水で割ったウィスキーのグラスを手渡す彼女に笑う。
水まで用意したのか、とセバスチャンが驚いていたので首をかしげると、自慢げに彼女が説明した。
「この茶色の水が、スコッチ割るには最適だって言われたよ」
「都会っ子の君がよく飲めたな、と思ったけど、そうだ君、なんでも口にするんだったな」
魔法で出していないスコットランドの恵みの水はピートを含んで茶色いんだ、とセバスチャンは俺に言った。
色が分からない俺にも、遠慮することなく、分からなくてもいいや、と昔からなんでも話を振ってくれた親友。
箒レースの勝者に、と三人でグラスを掲げた。
「ところで、そのブローチはどうしたんだ?」
「ああ、お守りだよ」
宴会が始まって少しした頃。
セバスチャンの問いに、コトンと彼女が机にグラスを置いた。
そして少しの服が擦れる音がする。
お守り?と言葉を繰り返したセバスチャンに、彼女は小さく笑った。
「こっちに来る前に、自分で買ったんだ。幸運のお守り」
「ホースシューか。なるほど、箒レースにはぴったりだ」
うん、と頷いた彼女はほんの少しの間の後、オミニス、と俺を呼んだ。
魔法族にも七って数字は縁起がいいよねと問うた声に肯定を返すと、ぐいとローブを引っ張られる。
「真鍮の安物だけど、オミニスにあげる」
今度は、自分の服が擦れる音と、ふわりとアルコールと彼女の匂いがした。
彼女が離れたところで、右胸元に手を当てると、ポツポツと七つ穴の空いた小さなU字型の金属に触れる。
「君に、幸多からんことを」
「……いいのか、セバスチャン」
「勿論。じゃあ、僕からは」
ふい、とセバスチャンが杖を振り、小さな魔法を俺の胸元に放つ。
動かずそれを受け入れると、はは、と呆れたように彼は笑った。
「君から、危険が遠ざかりますように」
「うわあ、ターコイズ?」
「ああ、小さいけどな。穴一つ分だし」
蹄鉄のブローチに空いた穴のうちの一つが埋まっていた。
(ターコイズ)
いつか、今は行方知れずの彼の片割れの少女が、言った言葉が蘇る。
「オミニスの色だね」
記憶の少女の声と友人の声が重なって聞こえて、酒のせいもあり、泣き出したくなるほど胸が熱くなった。
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3.Pocket Watch
オミニスはよく懐中時計を見ている。
彼は目は見えないが、本だったり絵画だったり、杖のお陰なのか特別な魔法を使っているのか、仔細まで把握できた。
だから、懐中時計を見ていても不思議はないのだけど。
「なあオミニス。その時計、止まってないか?」
「……いいんだ」
階段の段差の都合でオミニスの手元が目に入る。
癖のようにパチンと開いた懐中時計の針は見当違いのところを差し、気になって眺めてみるとすっかり止まっているようだった。
「これは、ノクチュア叔母さんの物なんだ」
魔法で直すことは、時間を巻き戻すことに近いから。と言ったオミニスに、ふうんと笑った。
その気持ちは少し分かる。
でも、せっかくの時計だ。道具として使えるということにも意味はある。
借りてもいいか?と尋ねた僕の掌に、オミニスが時計をのせた。
「結構古いものだな。うーん」
「直せそうか?」
「中の部品を洗浄して組み立て直すくらいなら。それ以上は、僕よりアミットに頼んだ方がいいな」
「セバスチャンが出来るところまででいいよ」
じゃあ数日預かるな、と言った僕に、オミニスは小さく微笑んだ。
作業のために机を清掃し、ホコリが入ったりしないように周囲一体に浄化呪文をかける。
オミニスから預かった懐中時計はケースに溝があり、蓋を回すと、かたりと本体から蓋が外れた。
「……あ」
中には部品を覆うもう一枚の蓋がある。細やかなアカンシアの模様と中心にはめられた赤い小さな宝石。
美しいな、と思いながら、その蓋も傷つけないようにそっと外した。
急に動いたりしないように要所要所を抑え、ゆっくりと慎重に分解する。
懐中時計の部品はあまり小さくないし、素人が扱っていい部品は限られる。心臓部はそのままに、いくつかの部品のみ取り出し、どこに何がどうあったか、じっくり観察し頭に刻み込んだ。
後は、買ってきた洗浄液にさっと浸すだけである。
やはり少し汚れていたなと思いつつ、覚えたとおり完璧に元に戻すが、残念ながら時計は動き出さなかった。
「オミニス、悪いな。直らなかったよ」
「いや。ありがとう、セバスチャン」
翌日、オミニスに懐中時計を返すと、中はどんな風だったかと尋ねられた。
見たところ数十年或いは百年ほど前のものだと思ったこと、中の細工まで美しかったことを伝えると、僕に預けて良かったと彼は嬉しそうに笑った。
「その時計、ノクチュアさんからオミニスへのプレゼントだったんだな」
ノクチュア叔母さんの物なんだ、とオミニスが言っていたから、彼が叔母の物を譲り受けたのだとばかり思っていた。
え?と返したオミニスに、蓋の裏に、と彼が手にのせたままの懐中時計をひっくり返す。
「"keep him safe"ってメッセージがあった」
――どうか、彼を守って。
ノクチュア・ゴーントにとっても、オミニスは大切な存在だったのだ。
そうか、とオミニスは祈るように胸元で時計を数秒握りしめ、ゆっくりと瞳を開いた。
「やっぱり、君が直してくれないか?」
「でもオミニス、それ以上分解は……」
「ああ。だけど、直るまで持っててほしいんだ」
君たちは、卒業したら旅立ってしまうのだろう?そう言いながら、握りこんだ時計を僕に差し出し、それに、とオミニスは続けた。
「俺も、君を守ってほしいと、言われたんだ」
誰から、とは告げぬまま。
「I need to keep him safe」と言祝ぎ、親友はそれをもう一度僕の手に戻した。
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4.Thimble
アンは素敵な女性になってね。
母は私達のローブのサイズを調整するとき、魔法ではなく手縫いで行った。
分厚いローブを縫う指には、象牙の乳白色の指ぬき。
一針一針、どうか怪我をしませんように、楽しいことを沢山見つけられますように、と願いをこめて縫うのだと言った。
お転婆で、兄と違ってすぐにローブを破いてしまう私。
呆れる兄は、私が叱られながらも嬉しそうなのを知っていた。
白い象牙の指ぬき。
指にはめたそれには、象牙色のままアザミの花が刻まれている。
「お母さん、お父さん、叔父さん」
会いたい。
会いたい。
本当は私が悪かったんだと、何度も思った。
一針一針、願いをこめて、私は私のローブを縫う。
一人で生きていけますように。
もう私のせいで誰も傷つきませんように。
「会いたいよ」
お兄ちゃん、という言葉は叶わぬように飲み込んだ。
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懐中時計の裏のメッセージは実物の時計から
(うろ覚えなので英語間違ってる)