君はセバスチャンを買い被りすぎだ、と近ごろ色んな人から言われる。
レポートの資料を探しに図書館に行くと、なんだか大変なことになっていた。
以前確保をお願いされた五冊よりももっとたくさん。数十冊が、まるで互いに喧嘩するように飛び交っている。
鼻先をかすめた古い本は、独特の粉っぽい埃を振りまく。
けほ、と軽く咳をすると、まるでターゲットを見つけたかのように、本がこちらに軌道を変えた。
もしかして、また?と思いながら、向かってきた本に即座にアレスト・モメンタムをかける。
「君、いいところに来たな」
「セバスチャン!」
2階から軽やかに飛び降りて私の隣に立った彼は、やあ、と廊下ですれ違った程度の軽さで声をかけてきた。
「なんでこんなことに?」
「さあな。僕も分からない。でも、とりあえず事態は好転した」
本が傷付く前に捕まえたい。
言うやいなや、セバスチャンは少し真剣な顔で笑い、周辺の本に一気にレヴィオーソを唱えた。
風を切るように飛んでいた本が、ガタガタと揺れながらたくさん浮かんでいる。
(おーけー。動きが鈍った端から停止魔法をかけろってことだね)
術の効きにくい遠いものから順番に、できるだけ素早く魔法をかける。
「アレスト・モメンタム!」
見えていた最後の本に停止魔法をかけた瞬間、思い切り隣からローブを引っ張られた。
私の頭を庇うようにセバスチャンの腕が視界を覆った直後、鋭い風切り音と鈍い衝突音がして体が跳ねる。
「…大丈夫か?」
頭上から降ってくる声に大丈夫だと返す前に、また飛んでいこうとする本にアレスト・モメンタムを唱えると、本は羽を広げて墜落するようにその場に落ちた。
「百発百中なんて、やるじゃないか」
「セバスチャンこそ。10冊ぐらいあったよ。数も、留めてくれていた時間も流石だね」
今飛んできた本で最後だった。
少し警戒して二人でレベリオを使い周囲を探ったが、もう特に飛び回っている本はないようだ。
力を抜いて、息を吐く。杖を振り、今度は散らばった本を呼び寄せながら机に積んでいく。
パタパタなんて可愛いもんじゃなくビュンビュンと飛んでいたので、本が傷ついていないか心配だったが、そう言うと、後は司書が何とかしてくれる、とセバスチャンは笑った。
「魔法の本にはレパロは効かないんでしょ?」
「紙にもインクにも綴じ紐にも内容にも、作者のこだわりの魔力がこもっているからな。そのために司書がいるんじゃないか」
「へえ」
本の整理や、案内、貸し出しが司書の主な仕事だけれど、一番大事な仕事は本を守護することだ、と言う。
当然、それには一冊一冊に適した方法での修復も含まれる。
「何冊有るのか数え切れないほどの図書館の本を、把握するのも大変そうなのにね」
「来年は多分、そう言ってないだろうなあ、君は」
ここにある本を把握するだけで司書になれるのなら、僕も、来年の君も、司書になれるから。
片方の眉を少し上げて、ふっと笑ったセバスチャンと目が会う。
(……つまり、ここの本、ほとんど目を通したんだ?)
そして、私もきっとそうするだろうと。どこか嬉しそうに、重たい期待を乗せて、自慢げにその目は輝いていた。
「そういえば、司書や他の生徒がいないのは?」
「そりゃあ、凶暴にも突然本が襲ってきたら、下級生を逃がさなきゃいけないだろ」
「セバスチャンは何をしていたの?」
2階で。
まさか混乱に乗じて…と少し疑いの目を向けると、真っ直ぐ不思議そうに返された。
「なにって……2階から避難路を作ってた。下級生が傷つくのは可哀想だし、本が痛めつけられるのも嫌だから」
「まっとうな理由だった!」
「そして君の発想はまっとうじゃないって証明されたわけだ」
セバスチャンは呆れたように肩をすくめた。
だけど、一冊ずつ捕まえて留めて、とやるのは面倒だと思ってたから、ちょうど良く君が来て助かったぜ。と冒頭の展開に繋がるらしい。
「外で、中に入るなって言われなかったのか?」
「時間が無くて煙突飛行粉で来ちゃったんだよ」
たくさんのレポートに、課題にと追われている私は、煙突飛行粉を大量に持ち歩いている。
こんなに便利な煙突飛行粉だが、実は粉事態がわりとかさばるので普通の生徒はあまり持ち歩いていない。そもそも、基本的には城の中を端から端までばたばたと過ごすことはない。
だから、案外城の中の移動で煙突飛行粉を使いまくるのは少数派だ。しかも図書館は訪れる人間が限られるため、なおのこと煙突飛行粉を使用して誰かが来るようなことは少ない。
ゆえに、今回の騒動も、図書館の外では「図書館に入らないように」と止められていたが、煙突飛行地点の解除までは行き届いていなかった。
「セバスチャン、腕、大丈夫?」
話している間も本の整理をしているが、彼は左手を全然動かしていない。
「利き腕じゃないんだから、気にするな」
尋ねた私に、セバスチャンは、今日の笑顔の中でも一番優しく微笑んだ。
君はセバスチャンを買い被りすぎだ、と近ごろ色んな人から言われるようになった。
私は、すごく努力していると自分でも思う。たった14年の人生を振り返って、その全ての努力を合わせたときよりも、きっと今の方が努力している。
みんなが褒めてくれるように、才能があるからじゃない。
期待してもらっているからでもない。
もちろん、ただただ楽しいからでもない。キツくて眠くて、本当にしんどいときだってある。
それでも、一心不乱。それ以上に努力しているのは。
(やってもやっても、5年間の時を埋めるのは簡単じゃないから)
隣に立つ、彼との差を少しでも埋めたいから。
あと一年で、ここの本全部目を通す。
やらないといけない努力は、また一つ増えた。
買い被りだろうか?
(ホグワーツ生は、困ったら、困ったと主張する子も多い)
魔法の才能には、センスや知識や意思が必要で、同じことをやったって、たとえ100倍努力していたって出来ないことがあるからだ。
(でも、きっとそれだけじゃない)
助けて、と言えば、助けてくれる人が居るのだ。居たのだ。お節介と称される私の前にだって。
私は努力しているし、魔法の才もあるらしい。
決闘は好きだ。呪文を唱えるのが好きだ。箒に乗るのだって、授業を聞くのだって、植物を育てるのだって、薬を作るのだって、好きだ。
いいよ。何でも言ってみて。
出来ることがあるのは純粋に嬉しいのだ。それで誰かが笑ってくれるのが嬉しいのだ。
そうして、それを見て、いつか、彼も頼ってくれるかもしれない。
(君は、きっと、頼られる側の人だから)
そんなセバスチャンの信頼を得るために、私は100倍の努力をする。
(セバスチャンは、良い人だ)
杖十字会に誘ってくれた。
ホグズミードへ案内してくれた。
図書館へ一緒に忍び込んでくれた。
おまけに私の代わりに泥を被ってくれた。
今日だって、みんなを避難させて、私のことも庇ってくれた。
何度も手を差しのべてくれる彼のお願いは、――妹に会って欲しい、だった。
なにか難しいことを頼むのではなく。
転入生として、友人として、私という新しい出会いを与えて欲しいと。それが、私が出来る一番のことなんだと伝えてくれた。
図書室に戻ってきたスクリブナーは、まず本に目をやって、ほっとした顔をした。
そして私を見て、セバスチャンを見て、あっと言う顔をした。
「本が無事で、良かったんですよ」
そうセバスチャンが苦笑したら、またほっとした顔をして、早く医務室に行くように伝え煙突飛行粉をセバスチャンと私に渡し、最後にお礼を言った。
「ありがとう、セバスチャン・サロウ」
それを聞いた私は、とてもとても誇らしい気持ちだった。