ギャレス・ウィーズリーの作った惚れ薬をあの転入生が飲んだらしい。
昼イチの退屈な占い学が終わって、まだ続く欠伸を噛み殺しながら歩いていると、そんな話が聞こえた。
(相変わらず、何でも口にするんだな。君は)
彼女の授業は魔法薬学だったのかと、ぼんやり歩きながら考える。
いつも噂の的となっている彼女。見に行こうぜ、という野次馬の声を聞きながら、僕の足は喧騒と反対側へ向かっていた。
今日の授業はおしまいだ。呪文の練習をするか、新しい本でも読むか、授業のレポートでも片付けるか。どれも麗らかな陽気と眠気が邪魔をする。
人通りの少ない廊下を選び、日当たりのいい窓辺の張り出し部分に腰掛け、窓の右縁を背に足を投げ出した。
近ごろ夢ばかりみる。
悪い夢、懐かしい夢、幸せな夢、普段と変わらないような夢、とにかく色んな夢を見る。
占い学はつまらない。毎日毎日、全く違う夢を見るのに、この夢に意味などあるものか。
占い学の教師は友人の母親だ。ただ、それでも、何か尋ねてみようとは思えなかった。
(もしくは僕に才能がないか)
どちらにせよ、夢を見る日々に僕は疲れていたのだろう。ああ、眠いな、と思った時には目蓋はゆっくりと落ちていた。
コン、となにか固いものが落ちる音で僕の意識は少し浮上する。
ずいぶん深いところへ落ちていたようで、まだ気持ちのいいまどろみの中だ。
短い時間だが久しぶりに良く眠れた。今日は、無遠慮に安らぎの時間に入り込む夢は現れなかったな、とほっと息を吐いたとき、胸に不思議な重みがあるのを感じた。
「……どうして君がここで寝てるんだ?」
視線を下にやると僕の左半身に寄りかかり眠る見知った少女がいた。惚れ薬を飲んだのなんだと、今日も噂になっていた人気者の「転入生」。視線をさらに斜め下に下げると床に転がる杖。
僕のではない。先程の音は、すやすやと眠る彼女のローブから落ちた音だったのだろう。
全く魔女の風上にもおけないな、と小さく笑いながら、ラッキーなことに自由であった右手で浮遊呪文をかけて繰り寄せる。
杖を回収するためにごそごそ動いてたせいか、彼女が小さく身じろぎをしてぼんやりと僕を見上げた。
「やあ、おはよう」
「おはよう」
ぼんやり、ぼんやり。囁くと、僕と同じようにまどろみの延長にいる彼女が淡く微笑み返した。
「どうしてここに?」
「ナティとポピーと、君を探してて」
僕を?と覗き込むように尋ねると、彼女は小さく頷く。
「見つけたら、なんだか気持ち良さそうに眠っていたから」
「うん」
「いいなあって」
「うん」
「そしたら二人が、私も疲れてるんだよって」
「そうか」
じゃあしょうがないな。そう納得して不安定な体勢になっている彼女の体を抱え直す。
変な薬を飲んだせいか彼女の体は暖かい。
(ウィーズリーが作ったのは睡眠薬だったのか?)
体調が悪いわけではなさそうだ。僕と変わらず夜更かしな彼女にはちょうど良かったのかもしれない。
僕もウィーズリーから薬をもらおうかと呟くと、きょとんとしたあと、駄目だよと彼女は笑った。
「駄目なのか?」
「駄目だねえ」
二人で駄目駄目言っているのが無性におかしくて、ははっと笑う。
(ああ、眠いな)
彼女が温かいからか、もう一度欠伸と眠気が戻ってくる。
君はどうする?と一度腕をほどいて目を合わせると、まだ眠そうなまま、それでも少し起き上がって困ったように微笑んだ。
「大丈夫。このままでも重くない」
時々下らないことを気にする彼女に、「おいで」と誘うと、重力に従うように彼女の頭が僕の胸に再び落ちた。
おやすみを言う間もなく、彼女を抱えてその暖かさを感じた僕は、もう一度深い眠りに落ちていった。
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まあ、結果オーライかなあとナツァイは呟き、ポピーはギャレスに向けていた杖を下ろした。
「全く、君は何てものを飲ませるんだ」
「彼女、セバスチャンが好きだったのか」
別にギャレスが無理矢理、もしくはこっそり飲ませたわけではない。
彼は、ほんの少し視線の先にいる人への好意を増幅させる、引っ込み思案な誰かの背中を押せるような、そんなハッピーな薬を作っただけである。
ギャレスは、転入生がそういう"好意"を向けている相手がいるとは思っていなかった。(ただし、転入生に憧れている人間がいることは知っていた)
だから、彼女に試飲を頼んだし、そういうものを飲むよ、とちゃんと周囲に言っていた。
普段から素直に人を好きな彼女なら酷いことにはならないと思ったし、彼女を好きな人がいれば少し幸せになれるかもしれない。いい人選だと思ったのだ。
結果として、「ほんのり惚れ薬」は思った通りの効果だった。ただし、実験は成功とは言い難かった。
目の前の相手に、ほんのり惚れてしまう。
最初はニコニコ楽しそうだった彼女は、だんだんと悲しそうな顔に変わっていった。
「なんで君、そんな顔をしてるの?」
「ナティ!」
ナツァイが通りかかったのは、すっかり転入生が参ってしまったころだった。
もう誰も見たくないな、と抱きついた転入生の背を擦りながら、で?とギャレスに目を向ける。
「……ギャレスは天才だと私も思うけど、もう少し人を思いやって」
事情を聞き終わったナツァイは、呆れ怒っていた。
(可哀想に)
転入生の気持ちが誰に傾いているか、ナツァイは気付いている。
好きな人がいるのに、他の人にときめく。ほんのりとした効果しかないから、心の奥の強い気持ちまでは覆えない。
違和感と拒否感に気持ちがすり減ったのだろう。
とりあえずセバスチャンを探そう、と言うと、転入生とギャレスが二人揃って不思議そうな顔をした。
「どうしてセバスチャン?」
「……」
鈍い。と思いつつも、周囲に人がいるところで言葉にするのは憚られる。つまったナツァイに横から助け船を出したのはポピーであった。
「私たちの学年でこういう症状に詳しい人、セバスチャン・サロウ以外にいるの?」
それとも、医務室かシャープ先生のところにいく?すっごく怒られると思うよ、とも付け加える。
ただし、その場合は彼女も怒られる。ポピーはギャレスに冷たい目を向けた。
「なるほど」
その冷たい視線にたじたじするギャレスと、大変納得したらしい転入生は素直に頷き、四人でセバスチャンを探すこととなった。
「知らなかったんだよ、彼女がセバスチャンを好きだなんて」
しばらく囁きあったあとで、抱き合うようにまたすやすや眠った二人を遠くに見て、ギャレスは彼女の友人二人に謝った。
「恋愛感情かは、私たちにもわからないんだよ」
きっと彼女自信もね。とナツァイは首をふる。
とても優秀で軽く日々を過ごしているように見えて、時々隠している張りつめたような表情を覗かせる二人。転入生は何だかんだいっぱいいっぱいで、それどころじゃないのだろう。
ただ、特別視はしてる。それは間違いない。ナツァイもポピーもそんな確証があった。
これに懲りたら、人の気持ちを弄ぶような薬を、悪意がないからって軽々しく作らないでね、と女子二人に釘を刺され、ギャレスは力なく項垂れた。
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「やあ、ウィーズリー」
「げ。セバスチャン・サロウ。」
「げってなんだよ。酷いな、僕、何かしたか?」
「いやごめん。用事はなに?珍しいなって」
「君が作った睡眠薬、僕にもくれないか?」
「睡眠薬?」
(そんな面白くなさそうなもの作ってないよ)
「ああ、彼女が飲んだ"惚れ薬"だよ。あれ睡眠薬だったんだろ?失敗したって黙っててやるからさ」
「……睡眠薬」
「は?睡眠薬だろ?」
「……君達がそんなんだからあ!」
女子二人に睨まれるのは怖かったんだぞ!とギャレスは地団駄を踏んでから走り去った。