6
転入生って、不思議だよね。
曲がる予定の角の先からそんな女の子の声が聞こえて、次の授業に向かうために一緒に歩いていた私とオミニスは思わず足を止めた。
ちらっとお互いを見たあとで、そっと角から様子をうかがう。
ただの噂話なら、やあ、と声をかけても良かったのだけど、なんとなく棘を感じる声だった。
「君にも敵がいたんだな」
「心当たりがないな」
覗き見する先にいたのは、青いローブの女の子と、私の友人でオミニスの親友の男の子だった。
セバスチャンとレイブンクロー生がいる、と伝えると、オミニスは「”心当たり”じゃないか」と鼻をならした。
「まあ、不思議なやつだよな。なんたって入学初日からドラゴンに襲われながらホグワーツにやってきたんだから」
「五年生で転入してきたのに、勉強も出来て、杖捌きも、箒の扱いも上手いんだもん。すごすぎるよ」
ありがとう?と何故か褒めちぎってくれる相手に、聞こえない位置でお礼を言う。
嫉妬って怖いな、と呆れたように呟いたオミニスに、困ったね、と他人事のように返した。
セバスチャンはその言葉に、君だって十分優秀じゃないか、と笑って、ほらここ教えてくれよ、と本を指さしている。
その彼の反応に気をよくしたのか、嬉しそうにレイブンクロー生は本をのぞき込み、これはね、なんて説明を少し加えた。
ああいうところ、上手いよね、見習いたい。と、私とオミニスは感心する。
「ねえ。セバスチャンなら、彼女の怖い物とか聞けたりしないの?」
レイブンクロー生が、本から少し目を上げて、いわゆる上目遣いでセバスチャンに尋ねた。
それを聞いてどうするの?と正直思う。うわ、とオミニスが嫌そうな声をだした。
授業に遅れるのは困るから、そろそろ飛び出していくか、回り道をするか決めないといけないのだが、ぐいぐいいく女子に私もオミニスも興味津々である。
「聞かれたら嫌なことは聞かないさ」
「そうなの?セバスチャンだったら、どんなこと言っても許されるんじゃない?」
それはセバスチャンを褒めてるのだろうか。
まあ、許すかな、と自分でも納得するので、彼女の言っていることは正しい。
それで、聞いたら教えて?と持って行く気なのだ。好きな男の子と少し悪い秘密を共有して、いけ好かない私の弱点も知れて、一石二鳥だ。流石知性派、流石レイブンクロー。
スリザリン女子の搦め手とは違って、最初に私を褒めたことでまるで好奇心かのように悪意を隠すところが結構怖い。
「それは、違うだろ」
本から顔を上げて、セバスチャンは相手の女の子を真っ直ぐ見た。
あの視線、本当に真っ直ぐで心臓に来るよねと独り言ちると、見えてないはずのオミニスが、そうだなと頷いたので少し驚いた。
「許されても、言っちゃいけないことはある」
おっと、こんな時間だ。そろそろ行こうぜ。と本を閉じたセバスチャンは、声をかけたわりにレイブンクロー生を待つこともなくスタスタと歩いて行った。
一瞬呆然としたレイブンクロー生は慌ててその後ろを追いかけるが、先ほど明確に否定されたせいか、もうセバスチャンに声をかけることはなかった。
全てを聞いてしまった私とオミニスは顔を見合わせる。
「オミニス、にやにやしてるよ」
「安心しろ。きっと君もにやにやしてるから」
勝手に口角が上がる頬を少しつねりながら、私たちは教室へと向かうため、ようやく角を曲がった。
-------------------
7 セバ+転+オミ+アン
「アンとセバスチャンって、似てないようで似てるよね」
「やめて。絶対似てないわよ」
「やめろよ。絶対似てないだろ」
「アンはお転婆だったって聞いたけど、セバスチャンも行動力に溢れるしさ」
「ほお。行動力の塊の君が言うのか」
「そうね、あなたとお兄ちゃんの方が似てるように見えるわよ」
「え!?私こんなに理屈っぽくないよ」
「へえ。それを言うなら、僕も君ほど負けず嫌いではないだろ」
イメルダに勝つまで何度も何度も勝負を挑んでいたことを知っているセバスチャンは、呆れたように私を見た。
「でも、一番我が道を行くのは、たぶんオミニスよね」
「頑固だよな」
「この双子、本当に危ないことしかしないからな」
「そうなんだ?」
「そうかしら」
「アン、レヴィオーソをかければ高いところから落ちても大丈夫だなんて普通1年生は考えつかないし挑戦しないからな」
箒なしで飛んでみたい!という夢を叶えるため、2階のテラスからダイブしたアン。中庭でよしきた!と杖を持ち、待ち構えていたのはセバスチャンである。
「セバスチャンがレヴィオーソのタイミングがやたら上手いのって、その成果なの!?」
「1回目はまさに僕の上に落下してきて、僕の骨が折れたからな。あんな痛い思いは二度とごめんだろ」
「いや、2回目はないよ、それ」
「俺は、アンは女の子なんだから駄目だって何度も言ったんだぞ」
「いや、そこでもないよ!」
お転婆ってすごいね。と言うと、崖から落下しながら箒に飛び乗る君に比べれば……と何故か矛先が私に向いた。
「まあ、にぎやかな輪の中心にはこの双子のどっちかがいたのは、よく似ていたな」
「私は基本的に個人行動だから、ちょっと羨ましい」
「アンは人と人の間を取り持つのが上手いんだよな」
「いつも仲の悪い叔父と兄の間を取り持ってるからね」
「セバスチャン、反省しなよ」
「さっきの仕返しか?ほらな、君、負けず嫌いだろ」
-------------------
8
子供が生まれたら、私の古代魔術の力は遺伝するのだろうか。
ふと、そんなことを考えて、私は図書館へ向かった。
パーシバル・ラッカム。イシドーラ・モーガナーク。彼らのペンシーブを見たが、二人に子供がいるのかどうかは解らなかった。
(イシドーラはいなさそうだったけど)
父親の世話をしながら古代魔術探求の旅やホグワーツの教師をこなしていた彼女は、とても忙しそうだったしそんな素振りもなかった。
イシドーラ・モーガナークに関する本は一般書架にはないだろうと思ったが、パーシバル・ラッカムの家系図ぐらいならあるのではないかと思った。
教師名鑑を探して、偉人、あるいはホグワーツの歴史、と棚で背表紙を眺める。
「見つからないな。マダムに聞いた方が早いかな」
首が痛くなってきた。
ずっと見上げていた顔の向きを元に戻して司書の方に向うため書架から離れようとしたとき、ちょうどこちらにやってきたセバスチャンと目が合った。
「やあ。何か探しているのか?」
「うん、ちょっとね。でも、見つからないし、今からマダムに聞いてくるよ」
この書架にはないみたい、とホグワーツの歴史が集まった周囲の本棚をぐるりと見渡す。
手伝おうか?と言ってくれたセバスチャンは、悪いからと断った私に「いいって。ちょっと待ってろよ」と笑い、杖を振ってお目当ての本をすぐに本棚から抜き出した。
「それを読みに来たんじゃないの?」
「いや、今日は本を返しに来ただけさ。”これ”もお手伝い」
お手伝い?と首をかしげてセバスチャンが顎でしゃくった先を見ると、なんだか見覚えのあるレイブンクロー生が射貫かんばかりの目で私を見ていた。
ひえ。という声をかみ殺す。
彼女の探し物さ、と本をレイブンクロー生のもとへ渡しにいったセバスチャンを、私は大人しくその場で待った。彼に着いて行く勇気は無い。
セバスチャンと女の子は、何か二言、三言話している。揉めているようではないが、女の子がセバスチャンのローブを掴んだ。
これは時間かかりそうだ。
『一緒に、勉強したかったのに』
『悪いな。また是非誘ってくれよ』
『せっかくセバスチャンが好きそうな本、見つけたのになあ』
『ありがとう。また今度な』
――なーんてね。
二人の動作に合わせて声を当てていると、まさにそのような感じだな、と奥の肖像画の紳士が唸った。
勝手に私が想像した会話だが、なんだか女の子に悪い気がしてきたので、こちらをちらりと見たセバスチャンに手を振って大丈夫だと伝える。
彼は、え、という顔をしたが、女の子は嬉しそうに勝ち誇って笑った。
「マダム、教師名鑑みたいな物ってありますか?」
「あら、ホグワーツの歴代の教師は偉人ばかりですものね。どの年代の物をお探し?」
パーシバル・ラッカムの名を直接伝えるのは少し憚られたのでとりあえずフィッツジェラルド校長の名を出すと、司書は、それならあちらに、と言って2階の書架へと案内してくれた。
「このあたりの本が、その年代の教師達や偉人の自伝になるわね」
「ありがとうございました」
一番端の奥まった場所である。周囲は他に誰もいなかった。
他の年代の教師の本は比較的近くにあったというのに。そう考えると、この配置はわざとかも知れない。
私はゆっくり本を探し始めた。
何冊か手にとって、ぱらぱらとページをめくっては本棚に戻すという動作を繰り返す。
どれもとても興味深いし、もしかすると古代魔術に関する記述があるかもしれないと思うとじっくり読みたかったが、それをすると日が暮れてしまって目的は達成できないだろう。
中段から下段の本に一通り目を通し、次回借りる本をチェックしつつ上段を見上げた。
「さっきセバスチャンが使ってた魔法って、アクシオみたいなもんだよね」
すっと本を取ったあれ。大変便利だ。是非使えるようになりたい。
今度教えてもらおう、とつま先立ちでぎりぎり手が届く高さにある本の背表紙を爪に引っかけようと軽くひっかく。
「もう、ちょっと」
「はい、どうぞ」
自分の手に被さるように、後ろから緑色のローブの袖が伸びた。
あれ?と声がした真横を見ると、白々した表情でこちらを眺めるセバスチャンと至近距離で目が合った。
やあ、セバスチャン。二度目の挨拶を口にするが、彼は取った本を私に渡したもののその場から動いてくれない。
私はセバスチャンと本棚に挟まれた状態である。
「ありがとう?」
「どういたしまして」
お礼を言うと、ふっと笑ってセバスチャンは離れてくれた。
「それで?どうして僕を置いていったんだよ」
彼が不機嫌な理由はこれらしい。
別に仲が悪い二人を放っていったわけでもないのだが、待っててくれ、と言った彼を置いていったのは確かだから素直に、ごめん、と謝る。
「私、あのレイブンクローの子と知り合いじゃなくて。一緒に勉強でもするのかなって」
「本を返しに来ただけって言っただろ。君、耳はついてるか?」
「実は二つもある」
「それはよかった。たんなる飾りかと思ったぜ」
「今たぶん結構暖かいよ。触ってみる?」
君が近くで喋ったから。とは言わないが、先ほどの思わぬ至近距離が気恥ずかったためか耳はぽかぽかしている。
どうぞ?と冗談で片側を差し出すと、ふうん、と言ってセバスチャンは本当に触った。
(うわ、人に触れられるって違和感すごいんだ)
その撫でられる感触に、背中がぞわっと粟立って、思わずぶんぶんと顔を振りその手から離れた。
「なんだよ突然。危ないだろ」
「ごめん。吃驚しちゃった」
ごめんね、ともう一度繰り返すと、セバスチャンは、は?ときょとんとした後で、片手で自分の口を覆って思い切り顔をそらした。
(わかる、気まずいよね。何やってんだろう私たちって思うよね)
私もすごく恥ずかしいもの、と頷いて、私は話題を変えることにした。
「ところでセバスチャン、さっき下の階で使っていた本を抜き出す魔法、教えてくれる?」
「ああ。でもあれ、アクシオだけど」
「どうやったの?」
どうって……と、力の込め方や手首の細かい振り方などを教えてくれるセバスチャンに、ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「ねえ、さっきもその呪文で取ってくれれば良かったんじゃない?」
「それもそうだな」
まあ、僕なら手も届いたし。と無意識だったらしいセバスチャンに、それもそうだね、と今度は私が返して、二人でくすくす笑った。