9
彼らは品が良い。ホグワーツに通うようになって、まず思ったことだった。
特に、いくらかの生徒は、その立ち振舞いも美しい。
上から寮のカラーのローブをまとっているが、中の制服はきちんとアイロンがかけられているし、着崩すことなくきっちり着こなしている。
「オミニスはもちろんだけど、アミットも品が良いよね」
「そうかな?ありがとう」
ホグワーツの近くの星見台で、アミットと一緒に星を観察するのもすっかり慣れてきた。
君も見てみなよ、と望遠鏡を覗くアミットは子供のように楽しそうだが、その所作は丁寧だ。
「古い人に育てられたからかもね」
天体観測の多くの時間は、基本的にひたすら記録をつけることに当てられる。
さらさらと羽ペンを動かしながら、アミットははにかむ。彼は文字もきれいだ。
「素敵なことだよ」
「僕から見ても、オミニスは品があると思うよ。他にちゃんとしてるのは、リアンダーとかセバスチャンかな」
「女子は?」
「女の子の服装に口出す勇気なんていないよ」
僕はグリフィンドールじゃないからね、と首を振るアミットに、ふふっと笑う。
ああ、ほら。今日の惑い星はこの間より赤いよ、と言ったアミットに誘われ、私は望遠鏡を覗き込んだ。
本日の天体観測を終え、箒を返しに行くというアミットとホグワーツの入り口で別れる。
アミットと出掛けるときは、もちろんシャー先生に許可をもらっている。いつも通り帰還報告はアミットがしてくれると言ったので、私は寮へ向かって歩き出そうとした。
「やあ。こんな時間に女性が一人で出歩くなんて良くないな」
「こんばんは、セバスチャン」
ぽん、と背を叩かれ振り向くと、珍しくローブを脱いで手に引っ掻けた出で立ちで友人が立っていた。
ローブどうしたの?と尋ねると、汚れたから、と彼は肩をすくめる。
「私はアミットと天体観測だよ。君こそどこに行ってたの?」
「僕は罰則消化さ。禁じられた森での植物採集」
「え、禁じられた森って罰則でいくような所なの?」
「いつか教えようと思ってたんだけど、ホグワーツの庭だと思っているのは、実は君だけなんだぜ」
軽口を叩きながら隣を歩きはじめたセバスチャンは、クモの巣に引っ掻けちゃってさ、と不満そうに手に持ったローブを掲げた。
ローブを脱いだ姿は見慣れなくて、思わずまじまじと見てしまう。
確かにアミットの言うとおり、セバスチャンもきちんとベストのボタンまで止めてちゃんと制服を着こなしていた。
「思ったより、しっかりしてるんだね」
それは、服への感想だった。
「僕が男だって知らなかったのか?」
君より体はしっかりしてるさ、と呆れたように笑いながら私の手首を掴んだセバスチャンの手は、私の手より大きくて骨ばっていた。
(ああ、セバスチャンは男の子なんだな)
そうじゃないよ、とも、本当だね、とも返せないまま、私はその掴んだ手から目が離せなくなった。
-------------------
10 転+オミ+セバ
「ホグワーツの食事って美味しいよね」
「そうか?」
「まあ、オミニスみたいに良い生まれの人間も毎日食べるんだから、それなりに美味しいよな」
「それなり、か。私はすごく美味しくて感動したんだけどな」
「マグルってどんなもの食べてるんだ?」
「私の家では、あんなに手の込んだ料理は出ないよ」
「君、魔法薬学得意じゃないか。料理もできそうだけど」
「教わるところがないよね」
「なるほどな。だけど、そのわりには昼食を抜きがちじゃないか?」
「というよりも、朝すごい量食べてるよな。僕より食べてる」
「ああ、それね。この間まで食堂に昼食があるって知らなかったんだよ」
「は?」
「マグルって昼食食べないのか?」
「階級によるかな。家はサンドイッチとかの軽食しかなかったよ」
「へえ」
「魔法族は違うみたいだね」
「そうだな。僕の家でも昼食は一般的だぜ」
「そういえば、アンって料理できるのか?」
「できる。母がレシピをたくさん残してて、片っ端から作ってたから」
「あ、そうなんだ!じゃあ、アンに料理習おうかな」
「いいんじゃないか」
「体調によるだろうけど、アンに手紙を送っておくよ」
「ありがとう!美味しいご飯の作り方教わってくるね!」
「ああ。楽しみにしてる」
(当然彼女の料理を食べられるって思ってるところが、セバスチャンの凄いところだよな)
-------------------
11
恋におちたのは、本当に一瞬の出来事だった!
寮のカラーのとおり熱く語るグリフィンドール生の後輩に、私はほうほうと梟のような生返事を返しながら、恋ってすごいな、とその話を聞いていた
「きっと運命よ!」
廊下を歩いていたら、相談がある、と声をかけられた。声をかけられること事態はすっかり慣れたものであるが、手助けしてほしいではなく、「相談」は珍しい。
(私、相談相手には向いてないよ)
非魔法族の友人達にも何度も言われた。それってこうすればいいんじゃない?私やろうか?と提案しても大体スルーされる。「うんうんって聞いてるだけでいいのよ」と偉大な助言をくれた友人に倣い、うんうんと話を聞いてるが、これって終わりはどこなんだろう。
「彼って笑顔も最高なのよ」
「それで、どうして私に声をかけたの?」
「私の話聞いてた?」
「うーん。15分は聞いてるかな」
君が、声を聴くだけで昇天して、見つめられたら溶け出して、思い出すとドキドキする心臓が飛び出していってしまう凄い状態にいることが分かった程度には、私は話を聞いている。
「ギャレスだったら、魔法薬の話で永遠に会話できるんじゃないかな」
「もちろん挑戦したわ。専門的すぎて、付いていくのが無理だったけど」
そうかな?聞いてくれるだけでいいよ!とか言ってずっと話していそうなもんだけど。と伝えるが、私は会話がしたいの!とグリフィンドール生は唸った。
さっきは、声が聞けるだけでうんぬん言ってたじゃないか……と思うが、そう思ってしまうところが相談に向いてないところなんだろう。
「だから、あなたとギャレスの会話に混ぜてほしいの!」
「私、ギャレスにあんまり用事ないよ」
「え?用事なくてもおしゃべりってしない?」
「うっ」
残念ながらしない。
知り合いも友人も増えたけれど、私は基本的には単独行動だ。わりとボッチである。
なかなか痛いところをズバッと切り込んできたグリフィンドール生の言葉の剣に私は負けた。
「分かったよ。ギャレスを見かけたら話しかけるようにするから、見つけたら加わっておいで」
「やったあ!」
ありがとう!と嬉しそうな笑顔でお礼を言われ、まあ仕方ないか、と苦笑した。
そんなわけで、ここ一週間、ギャレスを見かけては話しかけを繰り返しているが、学年の違うあの子とはなかなかタイミングが合わなかった。
「ステューピファイって、麻痺だけじゃなくて、基礎呪文程度でもダメージが加わるといいよな」
「基礎呪文と杖の振り方似てるし、のせれないかな」
「僕もそう思って何度か試したけど、自分だけだと杖の細かい振りの違いって分かりにくくてさ」
「やったねセバスチャン。ここには二人いるみたいだよ」
DADAの授業の後、用事もなく暇だというセバスチャンと次の杖十字会の決闘のため対多数戦の攻略について打ち合わせをしていた。
ルーカンに人形借りようか、と時計台の方へ向かおうとしたところで、遠くに今週すっかりお馴染みとなったギャレスを見かける。
「あ、ギャレスだ」
「そうだな。なあ、君、最近……」
そして、なんとそのギャレスの向こうに嬉しそうに私に手を降るレッドカラーの後輩が見えた。
(ようやくタイミングがあった…!)
この機を逃す手はない。
セバスチャン、ごめん、やっぱりその件はまた今度!と私はギャレスに向かって駆け出した。
「やあ、ギャレス」
「やあ。ねえ、ところで君、今サロウといなかった?」
「うん?授業で一緒だったからね。ところで、この間言っていた美味しいウィゲンウェルド薬についてだけど」
「ねえ、彼、すごくこっち見てるよ」
「いや、ギャレスは私を見てよ」
「ねえ、それはやばい誤解を招くよ!」
やんやんギャレスと話しながら、さも今見つけた!と言ったようにこちらを伺うグリフィンドール生に手を振った。
――やあ。この間、魔法薬学難しいって話したよね。良かったら一緒に話さない?知っての通りギャレスは魔法薬学の神童だよ!
我ながらかなり無理矢理だけどもういいや、と呼び込んだ女の子に、ああ君この間の!とギャレスが嬉しそうに笑った。
そういえば、魔法薬学での会話は挑戦したと言っていたし、ギャレスの彼女への印象はまずまずのようである。
私としても、常備薬であるウィゲンウェルド薬の味覚向上は是非神童ギャレスに頑張ってほしい。魔法薬は全体的に不味すぎる。
お菓子作りが得意だと言う少女の意見も取り入れつつ、何だかんだと熱が入った「おしゃべり」は中々有意義で楽しかった。
「おっと、私、そろそろ杖十字会にいかなくちゃ」
「え!?」
「はっ!そうだよ、早く行ってくれ!」
場も温まったし、彼女とギャレスだけでも十分会話が成り立ちそうだ。
そう判断した私は、驚く彼女にパチッとウィンクした。
(頑張ってね!)
(……ありがとう!)
何故か私を早く追い返そうとするギャレスに、これはもしや良い感触なのでは?とニコニコしながら、私は時計台へ向かった。
(セバスチャンはもういないかな)
あれから結構時間が経っている。人形は出しっぱなしになってるか、奥にしまってあるか。ルーカンがいなければ、勝手に拝借して後で謝ろう。
「あれって脈ありかな。やったね」
と、にっこにこで時計台の下にやってきた私の隣を、ヒュン、とかまいたちのような魔法が通りすぎた。
一瞬で、浮かれて頭に上っていた血がさっと落ちる。ちらりと魔法の発生源を覗くと、我が頼もしいパートナーが立っていた。
「ああ、手が滑った。悪いな」
「え!?いや、わざとでしょ」
コントロール抜群のくせに、そんなことを言うセバスチャン。
ちょうど私の真横を抜けていくなんて、狙ってやったに決まっていた。
(怒ってる?)
そう怒ってる。聞くまでもない。彼はご機嫌斜めだ。というかご立腹である。しかし、私は原因に心当たりがない。
さて、なんでだろう、と考え始めた私にセバスチャンはため息をついた。
「君、ギャレスが好きなのか?」
「好きだよ?」
面白くて、魔法薬に対する向上心は人一倍で、ちょっと道徳がおかしいときもあるけど、生み出そうとしているものは悪いものじゃない。いつも楽しそうに笑っている明るく素敵な友人だ。
「僕、らより?」
「セバスチャンの方が好きだよ?」
"ら"っていうのは、オミニスとアンだろうか。誰を指してるのか不明確だけど、少なくともギャレスとセバスチャンなら、セバスチャンに私の好感度の軍配は上がる。古代魔術の秘密は、まだ彼にしか打ち明けられていない。
でも、友情とは優劣を競うものでもないだろう。
どっちが好き?と聞かれれば、それは答えることができるけれど。
セバスチャンにしては、珍しいことを聞くもんだ、と思った。
「……友人としては僕の方が好きなのに、君はギャレスに恋をしてるのか?」
ぽかん。と口が開いた。
驚きすぎて、は?という声さえ出てこなかった。
「私、ギャレスに恋してたの?」
「恋もしてないのに、脈ありとか嬉しそうに言ってたのか?」
「……はー!なるほど、そういうこと」
なんだかお互いに、あれ?となって、やっとセバスチャンの誤解に気がついた。
慌ててことの次第を説明する。
とんでもない誤解だ。見方によっては、後輩の相談に乗る振りをしてギャレスをかっさらっていこうとする最低な女になってしまう。
――つまり、君にとって、ギャレスはただの友達なのか?と、尋ねられ 私は大きく頷いた。
「……良かった」
セバスチャンは、少し照れたように、そして少し嬉しそうに微笑んだ。
普段は斜に構えているのに、彼は時々本当に優しい顔をするのだ。
さっきまでの刺々しい雰囲気から一気にかわった柔らかいその笑顔に、思わず目を見張る。
(あれ?)
じっとこちらを見つめる瞳に、なんだか暖かみ以上の熱を感じて、下がったはずの血がまた顔に戻ったのが分かった。
「ああ。さっきの魔法は悪かったよ。当ててはないはずだけど、怪我してないよな?」
魔法が通りすぎていった私の右側に、ふと顔を寄せたセバスチャンの低すぎない少年の声が、凄く近くで聞こえる。
「切れてはないな」
ほとんど触れない程度に頬を撫でられ心臓がばくばくする。すぐに彼の指は離れたが、私はしばらくその感覚を忘れられないだろうと思った。
「なあ、大丈夫か?」
声を聴くだけで昇天して、見つめられたら溶け出して、思い出すとドキドキして心臓が飛び出していってしまいそうなこの状態を何て言うか、私は知っている。
恋におちたのは、本当に一瞬の出来事だった!と高らかに言っていたグリフィンドール生に、ホントだね、と熱い顔を扇ぎながら、さてこれからどうしたものか、と考えた。
-------------------
12
アンのお見舞いにフェルドクラフトを訪れると、3回に1回はセバスチャンとサロウさんが口論になる。
「うううぅ」
「アン……」
その度、怒気にあてられるのか、負の感情に誘われるのか、アンは酷い呪いの発作を起こした。
出ていけ!というソロモンさんをじっと睨み付け、こちらを伺うセバスチャンに、アンが落ち着いたら私も行くとアイコンタクトを送る。
「アン、ベッドでゆっくり休もうか」
「…あり、がとう」
はあ、と苦しげに息を吐くアンは可哀想だ。
「アン、ごめんね」
「いやだ、貴女が謝らなくてもいいの」
ベッドで横になったアンのお腹をさすりながら謝ると、アンは困ったように笑った。
「お兄ちゃんを支えてあげてね」
「アン…」
(それは、いつのこと?)
苦しげに、儚げに微笑んで、アンはすうっと眠りに落ちる。
その額にうっすら浮かんだ汗を拭いて、私は彼女のベッドと居間を仕切るカーテンを閉めた。
(アン、ごめんね)
今度は声を出さずに謝る。
私も君を諦められなくなったんだ、と胸の奥で呟き、私はセバスチャンのもとへ向かった。