「むむむ? 『にゃーさん』が無くなったの~?」
「はいぃ……私がドジなばっかりに……」
グラウンドの脇で落ち込むドトウさんと、いつも通りのウララさん。
「ロッカーの奥にしまったはずなので、勝手に落ちることはないと思うんですぅ……」
「え、それじゃあ……!」
「はい……だ、誰かが盗んだのかもしれないって……」
その言葉を聞いた瞬間、ウララさんの目は輝いた。
「キングちゃん! 事件だよ、事件!」
張り切る彼女の前で、私はため息をついた。
―――
事の始まりは、今朝のこと。
「キングちゃん! わたしね、名店タイ? をやりたい!」
その言葉で私は目覚め、ベッドからむくりと起き上がった。目覚めたばかりに大きな声を出されたものだから、私も寝覚めが悪かった。
「いきなりなに? それを言うなら、『名探偵』でしょう」
「そうそう! それだよ! ウララもやってみたーい!」
元気なウララさんの様子に、低血圧の私はげんなりした。
「なろうとしてなれるものじゃないわ。さっさと支度しなさいね」
「えー? でも、漫画みたいにビシっと犯人を当てたいよー!」
「わかったわ。今度の人狼ゲームは誘ってあげるから、早く行きましょう」
ウララさんの言葉をあしらいながら、準備をし食堂へと向かった。授業が終われば、飽きっぽいウララさんのことだから、忘れてしまうと思っていた。
しかし今朝だけで話は終わらず、放課後も同じ調子だった。
「やろうよキングちゃん! 事件が起こってないか、学園中をパトロールしよう!」
「パトロールは警察でしょう。そもそも、事件が起きなきゃ名探偵は必要ないのよ」
「えー? 事件がない時って、名探偵は何するのー?」
「普通に生活するだけよ。さ、用が無いなら部屋に戻りましょう」
「それじゃあつまんないよー! 名探偵やりたいなー! 事件起こらないかな~?」
そんな教室でのやり取りを聞き、近づいてきた人がいた。
「す、すみません……も、もしかしたら私、事件にあってるかもしれないんですぅ……」
―――
そうして、メイショウドトウさんの話を聞くことになり、今に至る。
「そ、その……迷惑だったら、大丈夫ですので……」
「えー! そんなことないよ! むしろやらせてよ! いいよね、キングちゃん!」
私の気分を他所に、やる気マンマンのウララさん。こうなった時のウララさんは、飽きるまで止まらないのよね……。けど一日も経てば大抵飽きるから、今だけガマンしましょう。
「はあ……まあいいわ。話だけでも聞かせてちょうだい」
「は、はいぃ! 話しましゅ、話しますぅ~!」
ドトウさんは焦りつつも、事件について話し始めた。
「私、先月からチームに入ったんです。そのチームの部屋にロッカーがあるんです。フクキタルさんからいただいた『初代にゃーさん』を、ロッカーの奥にしまってたんですが……そのにゃーさんが、昨日なくなってたんですぅぅぅぅ!!」
ドトウさんは両手で顔を覆った。
無くなったにゃーさん……フクキタルさんの勝負服の一部で、背中に担いでいる招き猫のこと。初代ということは、今の勝負服のにゃーさんは二代目ということなのかしら。
「大変だね! にゃーさんはどこに行っちゃったんだろう?」
話を聞き終わり、首をかしげるウララさん。むむむ……と唸りながら止まってしまった。このままだと話が続きそうにない。私からも質問することにした。
「今の話だけだとわからないところが多いわ。まずロッカーって言ってたけど、カギはしてなかったのかしら?」
「最初はしてたんですけど、チームのみなさんはカギをしてなかったので、3日前から外しましたぁ……そのせいでこんなことに……」
「もう1ついい? それなら、泥棒が入って盗んでいったんじゃないかしら? ウマ娘の勝負服って、他所で売ったら高く売れそうだもの。警察に頼るべきじゃない?」
「あの、それが……その……」
ドトウさんはうつむき、言い淀む。
「? どうかしたの?」
「その、私のチームの部室棟、出入口は1か所なのはご存知ですよね……?」
「ええ。そうね」
ドトウさんのチームの部屋が割り当てられた部室棟は、大まかに言えば長方形に広がっていて、その真ん中に玄関があるT字型の建物。スペシャルウィークさん達の部室とは打って変わって、トレーナー寮とグラウンドを挟むような位置にある。見取り図はこんな感じね。
「玄関のところで私、お話してたんです。タイキさんとフクキタルさんと一緒に。だから、部室棟を出入りした人がわかるんですぅ」
「なら、ドトウさんは犯人を見てるんじゃないの?」
「それが……」
再び言い淀むドトウさん。一呼吸置いて、彼女は大声で言った。
「その間に出入りしたのは、お、同じチームの方だけなんですぅぅぅ!!」
「!? それって……」
思わず息をのむ。絶対にそうとは限らないけれど、彼女の話が意味するのはつまり、チームメイトの誰かが犯人であるということ。
「? どうしたのキングちゃん?」
ウララさんはピンと来てない様子。
「ドトウさん。あなたが玄関で話していた時間は?」
「えっと、昨日の3時頃からですぅ。トレーニングを早めに終えて、着替えた後にタイキさん達と会ったんです。それから長話になってしまって、1時間ほど……」
「じゃあ3時まで、にゃーさんはあったのね?」
「はい。ロッカーにありました。話を終えた後に、忘れ物を取ろうとしてロッカーを開けたら、奥のにゃーさんが無くなっていて……」
ようやく状況が見えてきたわ。
昨日の3時。トレーニング後、ドトウさんは部室を出て玄関へ行く。そこでタイキさん達と1時間おしゃべりする。その間、部室棟を出入りしていたのはチームメイトだけ。4時、部室にもう一度戻ると、にゃーさんは無くなっていた。
「えっと、つまり……」
ウララさんは首をかしげたまま。まだよくわかってないみたい。
「ウララさん。これは窃盗事件、泥棒よ。ドトウさんのチームメイトがやったの」
「おおーっ!」
私の言葉を聞いて、ウララさんの目が輝く。
「そういうの『よーぎしゃ』って言うんだよね? よーし、犯人をがんばって探すぞー!!」
すっかり事件を解決するつもりでいるらしい。
しかし、それは私も同じだった。
「ドトウさん、犯人は必ず探し出すわ。一流の名に懸けて、絶対に捕まえてやるんだから!」
「おや、ドトウさんにウララさん! 何を話しているんです?」
ふと、聞き覚えのある声がする。フクキタルさんだ。
「あっ! フクちゃん! 今ね、うらら達は名探偵なんだよ!」
「ほほう? 何か事件が起こったのですか? それなら、神社で神のお告げを……」
2人が話している間、私は嫌なことに気づいた。
「ドトウさん。にゃーさんが無くなったこと、フクキタルさんは知ってるの?」
私はドトウさんに近づき、耳打ちする。
「あっ! ま、まだにゃーさんのことは伝えてなくて……」
「なっ!? にゃーさんがどうされたんですか!?」
「ひぇぇぇぇっ!?」
ドトウさんが普段の音量で話したため、フクキタルさんにバレてしまった。
「ちちち、違います! にゃーさんが無くなったわけじゃなくて、えっと……!」
「むむ!? 私が差し上げた、あの『にゃーさん』が無くなったのですか!?!?」
「ひ、ひえええええ!? なんでそれを!?」
震えあがるドトウさん。こうなったら、全部話すしかないわ。
「フクキタルさん、実はですね……」
「なんと! にゃーさんが盗まれたのですか!?」
「は、はいぃぃぃ! わた、私がカギをかけないせいで、すみませぇぇぇぇん!」
事情を話し終わり、平謝りするドトウさん。
「謝ることはないですよ、ドトウさん。悪いのは盗んだ人ですから。ドトウさんは悪くありません!」
一方、フクキタルさんは真剣な表情で聞いていたけど、落ち込んではいなかった。気になっていること、聞いても問題なさそうね。
「フクキタルさんは、どうして初代にゃーさんをプレゼントしたんですか?」
思い切って聞いてみると、フクキタルさんは話し始める。
「先月、ドトウさんは落ち込み気味だったのです。毎日、どこかで泣いているように見えまして。それで、励みになればと思って、私が最初使っていた初代にゃーさんをプレゼントしたのです。汚れてはいますが、割れたりはしていなかったので」
「はいぃ……その、にゃーさんをフクキタルさんだと思って、大事にロッカーにしまってましたぁ。そうすれば、フクキタルさんが一緒にいる気がして、部室にいるのがつらくなくなったんですぅぅ……!」
ドトウさんが笑顔になる。彼女がチームに馴染むためには、大切な物だったのね。
「それに、トレーナーさんに部屋の開運グッズとかを処分しろと言われていたので、一石二鳥でした!」
……今の発言で台無しよ、フクキタルさん。
「そんなにゃーさんを盗むなんて、シラオキ様も許しませんよ!必ず犯人は見つけてみせます! このこっくりさんが!!」
フクキタルさんは5円玉と紙を取り出した。先輩相手だけれど、ため息が出てしまった。
「ただ犯人を見つけるだけじゃダメです。平然と他人の物を盗むような相手ですから、決定的な証拠がないと、にゃーさんは帰ってきません」
そう。相手は犯罪者。それも同じチームメイトの物を盗むような人。そんな人が、あっさりと自分の罪を認めるわけがない。やるなら徹底的にやる。絶対、追い込んでみせる!
「うんうん! 犯人をズバーッと当てて、にゃーさんを取り返すぞー!」
ウララさんも張り切っている。ここからは、事件解決に向けて聞きたいことを聞いていくわ。
「ドトウさん、チームメイトについて知りたいわ。何人いるのかしら?」
「わ、私の他に4人いますぅ……エレニカノイジーさん、アカノステップさん、マイノーンさん、メリードライさんですぅ」
チームメイトに関しては色んな話を聞けたので、要約してメモを取った。
「その4人が容疑者ね。それぞれ何時頃に出入りしていたのかしら?」
「えっと、アカノさんとマイノーンさんが最初に通りました。それから次にノイジーさんが入ってます。それから……」
これも要約してメモに残した。
「わかったわ。あと、そのチームメイトは何か持って出ていったりしてないかしら?」
「えっと、バッグとかは誰も持ってませんでした」
「え!? 誰もバッグを持ってないの?」
「はい。普段から、皆さん授業後すぐに寮に戻って置いてくるんですぅ。ですが、着替えたジャージは持っていってました。にゃーさんは、誰も持っていなかったと思いますぅ。ただ……」
ドトウさんが急に言い淀む。
「ドライさんのジャージは膨らんでいたように見えました。違うとは思うんですけど……にゃーさんくらいの大きさにも見えて、その……でもぉ……」
「大丈夫よ。それだけで犯人とは決めつけないわ」
とは言ったものの、今のところ一番あやしい。ジャージの中身については、本人に聞く必要がありそうね。
「あと、フクキタルさん。初代にゃーさんの写真ありますか? どんなものか確認しておきたいので」
「ハイ、ありますよ! ……これです!」
フクキタルさんがスマホの画面を見せてくる。見た目は今のにゃーさんと変わりない、普通の招き猫に見える。
「実は初代にゃーさんはガラスでできてるんですよ!」
「え、そうなんですか? てっきり陶器なのかと……」
「二代目にゃーさんはそうなのですが、最初は安上がりな方にしていたんです。しかし、レースの苛烈さを考えて、陶器で作り直すことになったんです」
確かに、ガラスより陶器の方が頑丈そうよね。意外な情報だったけど、あまり事件には関わってこないでしょうね。
ひとまず、ここまで聞けていればいいかしら。
「お、お役に立つでしょうか……?」
「ええ。色々と話してくれてありがとうございます。また聞きたいことがあれば来ますけど、後は私達に任せてください」
「上手くいくよう祈ってますよ! このマチカネ流、幸運の舞で!」
なにやら踊り始めたフクキタルさんを横目に、私達は部室棟へと向かった。
「キングちゃん、やる気満々だね!」
「ええ。そうね」
上機嫌なウララさんだったけど、私は笑う気分にはなれなかった。
「どうしてキングちゃんも名探偵やろうと思ったの? さっきまでやらなかったのに」
笑顔で聞く彼女に対し、答えた私はしかめっ面をしていたでしょう。
「この犯人は、勝負服の何たるかをまるでわかってない無礼者よ」
私が許せないのは、一部とはいえ勝負服を勝手に持ち去るその心。
ウマ娘の勝負服が、どれだけの思いで作られた物か。私は痛いほど知っている。それを知っていれば、盗もうなんて思わない。ましてや、フクキタルさんの励ましが込められた、ドトウさんの心の拠り所だったのよ。勝負服を作った人、勝負服を着た人、贈られた人。どの人の思いもバカにする、最悪の所業。それを目の当たりにしておいて……。
「許すことなんてできないわ! 必ず犯人を見つけて、にゃーさんを取り返すのよ!!」
「おぉー!? 今日のキングちゃん、すっごく燃えてるね! 漫画の人みたい!」
私の言葉を聞いてはしゃぐウララさん。このキングの怒り、彼女にも伝わったのかしら?
「じゃあ、キングちゃんは助手をお願いするね!」
「はぁ!? なんで私が助手なのよ! ウララさんの方が……」
「だって、わたしは探偵やりたいんだもん! いこーいこー!」
そう言って、勝手に進んでいってしまう。思わずため息が出る。
「待ちなさい! 行くのはそっちじゃないわよ、ウララさん!」
キングが取ったメモ
<チームメイト>
・エレニカノイジー
長髪で灰色、長身 落ち着いていて優しい リーダー格
ドトウさんが心を開きやすいようにと、パーティーを企画した
・アカノステップ
赤のショートヘア 元気で活発 声が大きい 風紀委員
・マイノーン
ウェーブのかかった髪 メガネをかけてる 気弱で優しい
ドトウさんのことを心配していたらしい
・メリードライ
左耳に花飾りをつけている 背丈が低くかわいらしい
しかし、性格は怒りっぽく、他人に冷たい
<部屋にいた時間>
3:10~3:20 アカノステップ
3:10~3:35 マイノーン
3:20~3:40 エレニカノイジー
3:35~3:45 メリードライ