「柏田先生! あなたが真犯人よ!!」
皆は「ええっ」と口に出し、一斉に柏田先生の方へ向く。視線を集めた先生は、キョロキョロしている。戸惑っているようだ。
「あ、アタシが犯人? キングさん、冗談よね?」
「冗談ではありません。あなた以外に考えられないんですよ」
笑みを浮かべながら言う私に、エアグルーヴ先輩は厳しい表情を向ける。
「貴様、先生を犯人呼ばわりするか。外れていた場合は相当の処罰が下るぞ」
「大丈夫です。多くの根拠がある上での主張です。それはそうと、頼んでいた物はどうなっていますか?」
「む?」
先輩は少し考え込む。
「時間を考えれば、そろそろ来てもいい頃合いだが……」
そう言った時、ガラッと教室のドアが開いた。
「副会長! 頼まれていた書類です!」
「ああ、そのままキングへ渡してくれ」
生徒会の子から書類を手渡される。目を通すと、1か月分の経費と使用用途が記されていた。しかし、今回の事件と関わる物は一切載っていない。けれど、これでいい。むしろ、こうなることを望んでいた。私はそのまま説明を始めた。
「では、犯行の流れから説明しましょう」
事件よりかなり前。柏田先生はあの壁が一度壊されていたことを知っていた。というより、自分で壊していた。その壁を壊した罪を誰かになすりつける気でいた。
2日前。先生はシャインさんが壁を壊したことを確認した。自分が壊した壁にベニヤ板が置かれているんだから、何かあったと考えるでしょう。見てみると、穴がいくつかあけられていて、それを埋めてあった。しかし、ベニヤ板も破片の支えになっていたでしょうから、その時に破片が崩れてきたことでしょう。先生は再び戻そうとしたけど、同時にある考えが浮かんだ。この穴を誰かのシルエットに寄せてしまえばいい、と。
それからは2日前と昨日とで、穴を加工してバクシンオーさんのシルエットを完成させた。だけど穴を広げた上、細かく作ってしまったせいで、破片で穴を埋めつくせなくなった。そこで、美術室の割れた胸像の破片を使った。小さい隙間を埋めていき、崩れないようにしたの。そして、破片のうち1つに伸ばしたリールを巻き付けて埋める。廊下側に壁紙を貼って完成。
そして今日。1時から3時までは書類作成をしていたけど、3時以降はトリックを準備していた。リールを窓の中にたぐり寄せ、テープで固定。バクシンオーさんの机の中に、いかがわしい本を仕込んだ。
準備が完了した先生は3階トイレへ向かい、壁が崩れるまで待機する。崩れたのを確認したと同時に釣り竿のリールを巻き上げ、破片を回収。これが、ライスさんの言っていた「跳んだ破片」の正体ね。そしてそれを、美術室のゴミ袋へと入れて隠す。その後、1階の現場へ駆けつけた。だから、大林先生よりも後に着いた。
バクシンオーさんが出てくる時間を知っていたのは、事前に大林先生から補習のことを聞いていたからでしょう。再々テストなんてやるのなら、2時間はかかると見積もるはず。それより前に補習が終わったなら、後日に回せばいいだけの話。
唯一誤算だったのは、現場の目撃者マリンストライドさんの存在ね。彼女も同じくらいまで残っているとは思わなかったんでしょう。彼女のせいで、バクシンオーさんが穴をあけたという線はなくなり、真犯人探しが始まってしまったのだから。
「柏田先生は、ここ1週間毎日夜まで残業していたと言っていました。今回の下準備を夜の間に行えば、誰にも見られずに犯行の用意できるんですよ!!」
皆、私の説明を黙って聞いていた。説明を終えると、大体の人がうなずいていた。
「柏田先生! あなた人は、生徒に自分の失敗を押し付けたのですか!?」
大林先生が彼女に向かって大声を上げる。
「違います! アタシじゃない! 大体、アタシがやったっていう証拠もないでしょう!?」
柏田先生も必死に反論している。
「ありますよ、証拠は。それもいくつも」
私の発言で、先生の顔が引きつる。正直、証拠としては弱い物が多いんだけど、ここは勢いで押し切るべきね!
「まず、美術室のゴミ袋から出てきた破片です。それも『柏田』という名前の書かれた物。これが美術室にあるのは不自然でしょう」
私はスマホで皆に写真を見せた。
「それは、犯人がアタシに疑いをかけさせるために、捨てたかもしれないじゃない!」
「その可能性もありますが、ならばなぜ、割れた胸像の破片と一緒に捨ててあったのでしょう?」
「あっ……!」
先生の顔が青ざめる。
「あなたに罪を着せたいなら、なぜわざわざバレにくいところに捨てたんでしょうか? もっと目立つところに置かないと、あなたを疑う人はいない。普段なら私も気づかなかったと思いますよ?」
「そ、そんなの犯人が考えてることよ? わかりっこないでしょう!」
まだ怒るだけの元気はあるようね。でも、こちらの話の方が筋が通っているはず。
「次に、メルトさんのなくなったセロテープです」
この言葉を聞き、ほぼ全員が首をかしげた。
「なぜなくなったセロテープが証拠になる?」
エアグルーヴ先輩からの質問に、私はニヤニヤしていたことでしょう。
「美術室にはセロハンテープがないんです。そしてメルトさんが最初に探しに行った時には、セロテープは美術室から出てこなかった」
説明の途中で、メルトさんがハッとしていた。
「しかし、2回目に探した時、私はすぐに見つけられました。机の下に落ちていただけでしたから。なぜ、1回で見つけられなかったのでしょう?」
私の問いかけに皆しばらく考え込んでいたが、エアグルーヴ先輩が最初に口を開いた。
「……先生が、メルトのセロテープを犯行に使って、ずっと持っていたからか」
「その通りです」
それを聞き、さらに顔を引きつらせる柏田先生。いよいよトドメね。
「最後に、先程のシャインさんの発言です。シャインさんは壁紙を、美術室から持ち出したと言っていた。なぜ、美術室なんかに壁紙があるんでしょう?」
「それは、美術室の壁紙を貼り替えようとしてたから……!」
「美術室の壁? 特に問題ないようでしたけど?」
「君にはわからないかもしれないけど、結構ガタが来てたんだよ!」
イライラしているみたいね。語気が強くなってきている。けど、まんまと引っかかってくれたわ。
「では、貼り替えのために購入したんですよね?」
「そうだと言ってるじゃないか。証拠にはならない!」
「それはおかしいですね。先程生徒会からもらったこの書類ですが、今月の経費と使用用途について書かれているんです」
それを聞いても、柏田先生は態度を変えない。構わず続ける。
「しかし『壁紙』が購入されたなんて、どこにも書いてありません。学校の壁を貼り替えるために自腹で買うなんて、先生太っ腹ですね!」
「ああっ……!」
今更気づいたようね。でももう遅いわ!
「これはつまり、先生は壁紙を私的に使おうとしていた! そう! 今回の穴を隠すために使ったのです!」
「うぅっ!」
先生は胸に手を当て、こちらをにらんでいる。
「これら3つの証拠が、先生の犯行を裏付けています! 柏田先生が犯人で間違いないわ!!」
もう一度、先生へ人差し指を突き出した。柏田先生はその場でうつむき、動かない。
「見事な推理だ、キング。よくぞここまで推理したな」
エアグルーヴ先輩が褒めてくれたが、その表情は笑顔ではなかった。
「しかし、今の話で納得いかないことがある。それは、先生が過去に壁を壊していたことだ。廊下の壁など、どうやったら先生が壊せる? 柏田先生は人間だ。ウマ娘じゃない」
確かに先輩の言う通り。人間の力なら、壁が壊れることはない。
「それだけじゃないよ、キング君」
今度は、教壇の方から声がした。オペラオーさんが、机の上に這い上がっていた。
「今の君の推理における致命的な穴……それは、動機さ!」
彼女は笑顔で告げる。そうね。そこには全く触れてないもの。
「自分が壁を壊した罪を誰かになすりつけたいなら、バクシンオーさんのシルエットにする必要はない! 罪を着せる相手を絞っている以上、動機が無ければ成立し得ない!」
鬼気迫る表情で論じてくるオペラオーさん。
「オペラオーさんの言う通りです! キングさん、柏田先生が犯人なんてあり得ません!」
とうとうバクシンオーさんまで反論し始めた。
「先生はとてもいい人です! 生徒のどんな相談にも乗ってくれる、頼りになる担任の先生です! 犯人であるはずがありません!!」
「そうだよ! バクちゃんの言う通り!」
今度はストライドさんが話し始める。
「キングさん、私を犯人じゃないって言ってくれてありがたいけど、でも先生なわけがないよ! だって柏田先生は誰より優しいから!!」
「あなたたち……」
2人にかばわれ、柏田先生も彼女らをじっと見つめている。そして、表情を引き締めた後、こちらへ向き直った。
「みんなが言ってくれた通りよ。アタシにはバクちゃんをはめる動機がない。犯人じゃないの」
認める気はないのね。なら、言うしかないわ。この事件の真実を。
「エアグルーヴ先輩が質問した『先生が過去に壁を壊したこと』と、オペラオーさんの指摘『犯行の動機』。これらを答えるために、聞いていただきたい話があります」
私はゆっくりと息を吸い、話を始める。
「今から8年前までこの学園に在籍していたウマ娘、『ヤマノシオン』の話です」
その名前に、大半の人が首をかしげる。
「ヤマノシオン? 彼女とこの事件に、なんの関係が?」
シャインさんのトレーナーが尋ねてくる。
「事件現場に、こんな物がありました。ウララさん、見せてあげて」
「わかった!」
私の指示を聞き、彼女はスマホで相合傘の画像を開いた。
「相合傘? それと、シオンの名前? あの壁に落書きされていたのか?」
「ええ。これはヤマノシオンが、現役時代に書いたものです。おそらく、負け始める前に」
その言葉に、トレーナーは息をのんでいた。
「シャインさんのトレーナーによると、ヤマノシオンはトレーナーととても仲がよかったそうです。休みの日には、一緒に釣りに行っていたほどね。そして、彼女のトレーナーの名前は『柏田哲平』。そう、相合傘のもう片方に入る名前は、美術室のゴミ袋にあった『柏田』なんです!」
私の話に、柏田先生の顔がさらに険しくなる。
「しかし、その恋は叶うことはなかった。ヤマノシオンは彼と釣りに行った時、指輪をつけていることに気づいたんです。柏田トレーナーは既婚者だと知ったシオンは、あの壁を壊した。落書きした相合傘を、3つに割るためにね」
「それじゃ、彼女は柏田先輩を恨んで!?」
トレーナーが目を丸くしていた。私はうなずいてから、話を続ける。
「彼女はある時期から負け続けていたようです。そんな時に、好きだったトレーナーが既婚者だと知ったら、さぞショックだったでしょう。もしくは、既婚者だと知ったから調子が落ち、負け続けたのかもしれません」
「負け始めてから6か月、翌年3月にヤマノシオンは引退しました。シニア級に上がって間もない頃に。トレーナーと結ばれないと知ったことで、彼女の気力は戻らなくなってしまった」
「さらに翌年、彼女はトレセン学園を卒業。その後大学へ進学したのですが、行方不明となっています。いきなり音信不通になったそうです」
長々とした私の説明を聞いても、みんなは首をかしげたり、眉をひそめたりしている。
「ヤマノシオンのことはわかったが、事件との関係性が見えない。柏田先生が、その柏田トレーナーと血縁関係だったということか?」
エアグルーヴ先輩も、まだ真相に気づいていないようね。
「なぜ、ヤマノシオンは行方をくらましたのでしょう?」
私の問いかけに、聞いていた人達はさらに首をかしげた。それはそうでしょうね。
「質問を変えましょう。ヤマノシオンは、柏田トレーナーのことを恨んでいた。彼女は学園を卒業した後、何をしようと考えたのか?」
それを聞き、エアグルーヴ先輩は「ううむ」と唸った後、答える。
「柏田トレーナーへの復讐か?」
「そうです。しかし、ヤマノシオンのままトレーナーに近づけば、彼に逃げられてしまうと考えた。だから、行方不明となることで『名前』を変えたんです」
「おいおい、じゃあヤマノシオンって、まさか……!」
シャインさんのトレーナーは目を見開いた。
「ウララさん、あなたの推理は正しかったわ」
「え?」
ウララさんは頭を捻っていた。彼女へ微笑んだ後、私は前を向いて指を差す。
「柏田先生。あなたの正体は、『ヤマノシオン』だったのよ!!」
私の声が教室に響く。その場にいた全員が息をのんでいた。
「アタシがヤマノシオン? 何を根拠にそんなことを……」
柏田先生は露骨に不機嫌になった。
「では先生。帽子を取っていただけますか?」
「っ!!!」
わかりやすくたじろいだ。図星ね。
「今まで違和感があったのよ。お若いのに、妙に耳が遠いんだもの。それもそのはず。耳を帽子の中に隠し続けていたんですから。ご自身がウマ娘じゃないというなら、取っても問題ないでしょう?」
「く……!」
私は先生へ詰め寄る。しばらく沈黙が続いた後、先生は肩を落とした。そして、被っていたペレー帽を手に取り、机の上に置いた。その頭には、ウマ娘の耳が生えていた。
「ちょわっ!? では先生は、本当に、ヤマノシオンさん、なのですか……!?」
それを見たバクシンオーさんの口元が震えていた。
「そ、それは違う! 違うのよ!」
「柏田先生! あなた、どこまで嘘を重ねるのですか!?」
大林先生までもが、彼女に対し圧をかける。
「ウマ娘であることを隠し、名前を偽っていた。これはキングの推理が合っていることを裏付けている。柏田先生。事件の犯人として、責任を取っていただきます」
エアグルーヴ先輩も、先生を鋭く見つめていた。ようやく、事件の犯人が彼女だと決定した。後のことは生徒会の人が……。
「待った!!!」
不意に、教室内に響いた。教壇にはやはり、オペラオーさんが立ち上がっていた。
「確かに柏田先生はウマ娘だった。犯行は可能だ。だが、彼女がヤマノシオンであるとは限らない! 他のウマ娘が自身を偽っていた可能性が残っている!! それに! ヤマノシオンだとしても、動機の説明にはなっていない!」
彼女は必死に訴えている。
「フッフッフ……はっはっはっは!」
それを聞き、柏田先生は大声で笑った。
「そう! シオンはアタシの友人なんだ! 確かにアタシはウソをついていたけど、それは間違いない! それともなんだい? アタシがヤマノシオンであるという証拠でもあるのかなぁ!? ないね、そんなもの! 過去の人物と一致するかどうかなんて、証明しようがないだろう!!」
威圧的にまくし立ててくる柏田先生。その様子に、周囲の人達は驚いて引いていた。だけど、動機の点から攻めてこないということは、動機があると認めているようなもの。当たっているわ、私の推理!
「柏田先生。先生は先程、教室でボールペンを落としました。それも『YAMANO SHION』と書かれた物をね」
「だから、あれはプレゼントされた物だと言っただろう!!」
言い訳してくる先生に、私はニッコリ笑いながら反論していく。
「個人名が印字されていることから、おそらくあのペンはトレセン学園の卒業記念品だったのでしょう。それを友人にプレゼントする、というのは少し変じゃないかしら?」
「変だと言われようが、プレゼントされたんだ。そういう好意を向けられていたんだから、それくらいはするだろう」
今度は、余裕そうに笑みを浮かべながら言い返された。そう言い逃れするのね……でも、先生への疑いは深められたでしょうし、このまま追撃しましょう。
「先生の言い分は認めます。確かに、これだけでヤマノシオンだと証明はできない。けれど、もう1つ証拠があるのよ」
「はん! どんな証拠だろうが、証明できるわけがないさ!」
先生は高をくくっている。
「もう1つの証拠は、3階女子トイレの釣り竿です」
「あっ!!」
柏田先生ではなく、違う人物が声を上げた。
「シャインさんのトレーナーさん。この釣り竿は柏田哲平さんの物、ですよね?」
「ああ。あれは、柏田先輩の持ってた釣り竿だ。2万はするやつだって、先輩は言っていた」
柏田先生もハッとして、青ざめていく。
「それがなぜ、この学園の女子トイレにあるのか? 答えは1つ。柏田トレーナーは、ヤマノシオンに釣り竿をプレゼントしたんです。一緒に釣りをするためにね! 彼女は今もそれを持っていて、今回の犯行に使用したのです!!」
柏田先生は、顔を引きつらせたまま黙っていた。もう、反論のしようがないってところかしら。
「最後に動機ですが、その説明をする前に……」
目を閉じ、深呼吸をする。ここからは、慎重に事を運ばなくてはいけない。
「バクシンオーさん。一度、この部屋から出ていただいてもいいですか?」
急に告げられた彼女は、目を丸くする。
「な、なぜですか!?」
「後で私からお伝えします。だから今だけは、席を外していただきたいんです」
私の言葉に、何やら真剣な表情をするバクシンオーさん。しかし、その顔にはすぐに笑みが浮かんだ。
「心配ありません!」
胸を張りながら、彼女は言う。
「先生が本当に犯人だとしても、受け入れます。どんな話であろうと聞きます。いかに不条理な真実が待っていても受け入れる。それが、学級委員長です!」
言いたくなかったのだけど、本人がこう言っている以上、仕方がない。できるだけ、彼女が傷つかないよう配慮しつつ、話していくしかないわ。
「なぜ柏田先生、もといヤマノシオンは、バクシンオーさんを恨んでいたのか? それは、自分と似た境遇でありながら、幸せな道を走り続けていたからでしょう。バクシンオーさんのトレーナーは、彼女が長距離でも頂点に立てると言っているようです。同僚のトレーナーに言い張るくらいにはね。だけど、バクシンオーさんの戦績を見ればわかる通り、彼女の適性は短距離。普通のトレーナーなら長距離で頂点を取らせようとはしないはず」
「そうでしょうとも! 私のトレーナーは素晴らしい人ですから!」
バクシンオーさんも笑顔でうなずいている。
「それを聞いた柏田先生は、彼女のトレーナーを『嘘つき』だと思ったんです。そして、ヤマノシオンもトレーナーのことを嘘つきだと思っていたんです。学園では指輪をつけていなかったのに、既婚者だったわけですから。しかし、バクシンオーさんは負け続けることもなかった。嘘をつかれているのに、一度も負けることがない。自分はトレーナーに嘘をつかれ、競技人生が台無しになったのに。同じ状況で、何もかも持っているバクシンオーさんを許せなかったんです」
私の話を聞いて、柏田先生はがっくりとうなだれた。
「だから、これだけ手の込んだことをしてでも、彼女に罪をなすりつけたかった。しかし、思わぬことが連続し、それも叶わなかった。これが、今回の事件の真相です」
ストライドさんが現場に立ち会った、私達が調査に参加した、シャインさんのトレーナーが柏田トレーナーのことを知っていた。どれかが欠けていれば、柏田先生が犯人だとわからなかったでしょう。
「…………ここまで当てられちゃ、もう言い返す言葉もないね」
柏田先生はうつむいたまま口角を上げた。
「そう。アタシはヤマノシオン。これが本当のアタシの名前」
先生は顔を上げ、メガネも外した。
「そ、その顔……! 思い出した!」
シャインさんのトレーナーが声を上げる。先生の顔に見覚えがあったのは、現役時代のヤマノシオンを知っていたからだったのでしょう。先生は、うっすらと笑みを浮かべたまま、話し続ける。
「バクちゃんはね、本当にいい子だった。だから、余計憎かった。あんな詐欺師に騙され続けてなお、光り続けているから。理解できなかった」
それを聞いたバクシンオーさんは動揺していたが、黙って聞き続ける。
「バクちゃんの形の穴をあけておけば、自分が壁を崩したって思い込むし、周りも彼女がやったと認めるはずだと思った。けど、周りにあれだけ目撃されちゃ、そうはならなかったね」
目を閉じ、少し黙り込む先生。やがて、片手で机をドンと叩く。
「柏田哲平……その名前を聞くだけで、体中が震え出すよ。あの男のせいで、アタシの競技人生は闇に染まった!」
「違う!!」
シャインさんのトレーナーが立ち上がり、叫ぶ。
「柏田先輩は、君のことに責任を感じていたからこそ、中央から下りたんだ! それを君が、君が勝手に勘違いしただけで、全部あの人のせいにするのか!?」
相当怒って叫ぶ彼に、先生は一切動じない。
「だからなに? そんな事情なんて知らないし、アタシを捨てたのはアイツの方なのよ」
先生は冷めた目でトレーナーを見つめ返していた。
「だから違うって!」
「やめろ、トレーナー」
まくし立てようとした彼を止めたのは、シャインさんだった。
「こんな事件のために自分を偽ったヤツだ。言葉が通じる相手じゃねえよ」
拳を握りしめながら、トレーナーは席に座った。先生はため息をこぼし、そして、ニヤッと笑いながら顔を上げた。
「ホント、やられたわ。子どもだからって甘く見てたよ。まあでも、暇つぶしにはなったかな」
暇つぶし……? 生徒を巻き込んでおいて、悪びれもせずに暇つぶしですって……?
「柏田先生……あなたは、一体なんなんですか!?」
気づくと私は、机を思い切り叩いていた。
「罪のない生徒を巻き込んで、自分の失敗を他人にせいにして押し付けて、それでも教師ですか!? 恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしい? そんな感情、あるわけないだろ?」
先生は鋭くにらんでくる。冷酷な目。低い声。すでにこの人は、柏田先生ではなくなっているのかもしれない。
「こっちは怒りと憎しみと、殺してやるって執念と、殺すことも叶わないと知った絶望だけで、8年生きてきた。人並の感情なんてもう微塵もないわ」
淡々と言う彼女。その言葉を聞いているうちに、怒りが哀れみに変わっていった。彼女の声に、どこか、悲しみを感じたから。
「ほらエアグルーヴさん。さっさとやっちゃって」
そう言いながら急に、柏田先生はスマホを放り投げた。先輩はキャッチしたが、戸惑っている。
「やる、というのは?」
「警察だよ、ケーサツ。一応アタシが壁の破壊者だし、名前とか偽ってたんだから文書偽造で犯罪なんだよ。知ってるよね番号? 生徒会なんだしさ。ほらはやく」
自暴自棄になっているのか、やけに早口で強い口調を使う先生。
「いえ、一度先生方に報告し、対応を決めていただきます」
エアグルーヴ先輩は毅然と返答をした。
「ね、ねえ、バクちゃん。これって夢、なのかな?」
体を震わせながら、ストライドさんが尋ねる。一方、口を閉ざしているバクシンオーさん。何かを考え込むように目を閉じていたが、やがてその口を開いた。
「現実ですよ、ストライドさん。柏田先生は事件の犯人だった。それだけのことです。たった、それだけのこと」
言葉とは裏腹に、バクシンオーさんの口元が揺らいでいる。瞳や眉も震えていた。
―――
その後は職員室に向かい、私達は先生方に事情を説明した。先生方の間でも少し話し合われたが、結果柏田先生を通報することになった。警察が学園に到着してからは、一通り事情を説明した。先生は罪を認め、事情聴取は警察署にて行われることとなった。ある程度の刑罰は受けるだろうと、警官から伝えられた。
柏田先生が、2人の警官に連れていかれようとしたその時。
「待ってください、柏田先生!」
校門前にて、バクシンオーさんが先生のことを呼び止める。
「何? バクちゃん」
表情を変えず、柏田先生は振り向いた。
「先生は犯人だった。悪いことをしたんです。その罪は償ってください」
「そう」
真剣な目で見つめるバクシンオーさんに動じず、再び歩き出そうとする柏田先生。
「だけど! 先生は、いい先生でした!」
バクシンオーさんの言葉に、先生は足を止める。
「はっ、なに言ってるの。アタシは犯罪者だよ」
「いいえ! 犯罪者であろうと、先生の言葉、先生と過ごした時間は嘘ではありません! 私、絶対に忘れませんから!!」
彼女の叫びを聞き、先生はしばらく立ち止まっていた。しかし振り返ることなく、パトカーへと乗り込んだ。バクシンオーさんの方を見ると、目元を腕でぬぐっていた。私は、その様子を見守っていた。パトカーが出発した頃には、すっかり日が暮れていた。
「キングちゃん。みのり先生って悪い人だったんだね。ウララ、びっくりしちゃった」
荷物を取りに皆で教室へ戻る途中、隣から話しかけられた。
「私も驚いたわ。本当にヤマノシオンが犯人だなんて。ウララさんの言った通りになったわね」
「え? わたし、そんなこと言ったっけ?」
覚えてないのも無理はないわね。けど今回の事件は、ウララさんがいたからこそ解決した。私1人なら、ヤマノシオンが犯人とは考えなかったから。
「でも、バクシンオーさん、悲しそうだね」
ウララさんは不安そうに彼女を見る。
「無理もないわ。バクシンオーさんは、先生を本気で慕っていたのよ。先生が悪いだけの人じゃないって、信じたいの」
「たしかに先生はやさしかったよね! なんでこんなことしたんだろう? ふしぎ~」
ウララさん、今回は暗い雰囲気に飲まれておらず、明るく振る舞っている。対して、バクシンオーさんは先程からうつむいたまま、ずっと黙っていた。相当ショックだったようだ。こんな彼女の姿、今まで見たことがなかった。なんとか励まそうと、私は彼女に近づく。
「バクシンオーさん、大丈夫ですか?」
「え? ええ! 問題ありません! 学級委員長ですから!」
すぐに笑顔に戻り、大声で言うバクシンオーさん。しかし、数秒経つと再びうつむいてしまった。
「先生のこと、つらいですよね」
「いえいえ! お気になさらず! 柏田先生は悪い人だった! それだけの、ことで……」
今度は言っている途中に表情が暗くなる。それどころか、とうとう足が止まってしまった。皆もそれに気づき、歩みを止める。それからしばらくして、バクシンオーさんは口を開いた。
「わからなくなって、しまったのです……」
彼女の口元は震えていた。
「先生は、とてもいい人でした。でも、今回の犯人で、悪い人なので、それはつまり、私達とのことは、全部嘘だったのかもしれないと……」
再び、彼女の瞳から涙がこぼれそうになる。先程は、連行される先生へ嘘じゃなかったと言っていたけど、本当はそうだと言い切れる自信がなかったのね。
「バクシンオーさん。確かに柏田先生は犯人でしたが、バクシンオーさん達のことも好きだったと思います」
「そ、そうなのですか……?」
不安そうに聞き返される。彼女はきっと、最後の最後でバクシンオーさんを恨んでしまっただけで、事件前までは生徒達のことを好きだったはず。絶対に。
「先生は、柏田トレーナーに復讐することを目的としてここへ来たと言っていました。しかし、彼はここにはいなかった。けれど、その後もこの学園に居続けたんです」
「それは、そうでしょう。先生になったのですから」
まだ彼女の表情は晴れない。
「ヤマノシオンの名を捨てた時みたいに、また行方をくらますことも可能だったはず。けれど、それをしなかった。それはなぜでしょう?」
「し、しかし……」
「それに、最後の最後まで、バクシンオーさんのことを『バクちゃん』って呼んでたでしょう?」
「あっ……!」
バクシンオーさんは目を見開く。バクシンオーさんやストライドさんに、あれだけ信頼されてるんだもの。ここで過ごすうちに、彼女の心にもやすらぎがあったはず。教師として、生徒を好きになっていたはずよ。
「先、せいぃ……!! うわああああああ!!」
バクシンオーさんは、せきを切ったように泣き始めた。隣にいたストライドさんも、彼女を抱きながら一緒に泣き声を上げた。暗くなった学園内に、2人の声がこだましていた。
―――
「はーっはっはっはっは! 完敗だ! ウララ君、キング君! 見事な推理だったよ!」
「お、お見事でしゅ、でした~!!」
教室に着き、皆が一息ついていた時。ドトウさんとオペラオーさんが近づいてきた。
「あら、ありがとう。でも、あなた達の推理もなかなかだったわ」
実際、ヤマノシオン関連の話が無ければ、私も彼女を犯人にしてしまったと思う。ウララさんが一緒にいてくれて、本当に助かったわ。けど!
「これで推理キングの称号は、私達の物ね!」
「ああ! その世紀末推理覇王の栄誉を称えて、キング君にもオペラオー像を贈ろう!」
「ちょっと! そんなものいらないわ!!」
聞いてないわよそんなこと! というか勝手に世紀末推理覇王にしないでちょうだい!
「オペラオー像っておもしろそう! キングちゃん、もらおうよ!」
ニコニコでこちらを見てくる。ウララさんまで欲しがらないで!!
「そうだ! ストライドさん用のバラ1か月分とオペラオー像を準備しないと! 先に失礼するよ!」
「ま、待ってください~!」
そう言い、オペラオーさんとドトウさんは外へと走り出したストライドさんも大変になりそうね……。
「今回は世話になったな、キング」
今度は、エアグルーヴ先輩が話しかけてきた。
「事件解決をしてくれた礼に、生徒会から何か贈呈したいのだが……」
「それなら、お礼はウララさんにお願いします。ウララさんがいなければ、今回の事件は解決しませんでしたから」
それを聞き、ウララさんが目を輝かせて見つめてくる。
「じゃあウララ、にんじんプリンが欲しいな!」
「にんじんプリンか。わかった、考えておこう」
先輩は微笑みながら、教室を後にした。ウララさんは「わーい!」と、しばらくはしゃいでいた。
「すごかったね、ウララちゃん!」
「2人とも、お見事でした。オペレーション:名探偵、任務完了ですね」
次は、ライスさんとブルボンさんが近寄ってきた。
「えへへ! そうでしょそうでしょ! キングちゃんがね、わたしがいなかったら解決しなかったって言ってたんだよー!」
「ええ。だって、その通りだもの」
ヤマノシオンを調べたがったのはウララさん。それが無ければ、真相にはたどり着けなかった。
「でも、バクシンオーさん、大丈夫かな?」
ライスさんが不安そうに視線を向ける。その先には、席に座ったきり動かなくなったバクシンオーさんがいた。そのそばにいたストライドさんも、暗い表情でうつむいている。
「ステータス:疲労困憊かと思われます。ともあれ、事件が解決したことは何よりです」
ブルボンさんは無表情だったが、声色はどこか柔らかく聞こえた。
「キングちゃん! バクシンオーさん、どうしよう?」
ウララさんも彼女を心配しているようね。けど、柏田先生のことは既に伝えた。後のことは、私達がやるべきではないわ。
「見守りましょう、ウララさん」
「なにそんなにしょげてんだよ?」
ふと、2人に近づく人がいた。シャインさんだ。
「らしくねえぞ、ストライド。バクシンオーも、いつもの感じに戻れよ」
彼女の言葉を聞いても、ぼーっとしている2人。
「じゃねえと、怒られ甲斐がねえじゃねえか」
なんと、シャインさんの声が弱々しくなった。2人の雰囲気に飲まれてか、さびしそうな顔でうつむいている。
「納得いかないこともあるけどよ、納得いくこともあるんだよ。だから、これからも説教してくれよ。じゃねえと、問題起こしまくるぞ」
彼女の震える声を聞いて、2人も目を丸くした。
「え? それって励ましてるの……?」
「う、うるせえ! そんなんじゃねえ!」
ストライドさんの問いかけに、大声を上げるシャインさん。彼女の激励を聞いたバクシンオーさんの目に、輝きが戻ってきた。
「でも、クラスのみんなも、いつものバクシンオーさんがいると安心するんじゃないかな?」
いつの間にか、ライスさんが2人の近くにいた。
「きっと、先生が警察に捕まっちゃって、みんな不安だと思うんだ。でも、バクシンオーさんが元気いっぱいなら、みんなも元気になるんじゃないかな?」
「ライスさん……」
「彼女の言う通りです」
今度は、ブルボンさんも話し始めた。
「担任の先生がいなくなった以上、代わりが必要になります。その場合、立場、人望ともに、このクラスの学級委員長であるバクシンオーさんが適任であると思います」
「私が、柏田先生の代わり……?」
ブルボンさんの言葉に、上を見上げて考え込むバクシンオーさん。
「それでも精神状態『不安』であれば、送りたい言葉があります。『四の五の言わずに走りなさい』。マスターの受け売りです。今から走りましょう」
「そう……そうですね」
呟いたと同時に、ようやく、バクシンオーさんの顔に笑顔が戻ってきた。
「皆さんが安心して学校生活を送れるように! 私が、先生の代わりを務めましょうとも!」
胸を張る彼女を見て、ストライドさんも笑顔になる。
「そうだよ、バクちゃん! 」
「ストライドさんも、お手伝いしていただけますか?」
彼女の頼みを聞き、ストライドさんは目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだよ! バクちゃんのために、なんでもがんばる!」
うれしそうに返事をするストライドさん。みんな、かつての元気を取り戻していた。
「キングさん、ウララさん! 改めて、ありがとうございました! ブルボンさんの言葉通り、さっそくバクシンして寮に帰りたいと思います! それではまた!」
こちらに近づいたかと思えば、それだけ言い残して、バクシンオーさんはすぐさま走り出してしまった。
「あ、今回はありがとうございました! 私のことも守ってくれて! 待ってバクちゃん!」
ストライドさんも一礼してから、彼女の後を追っていった。
「ライスたちも走って帰るね! またね、ウララちゃん!」
「オペレーション:バクシンを開始。失礼します」
「うん! バイバイ、ライスちゃん! ブルボンさん!」
手を振るウララさんを尻目に、2人も走って行ってしまった。教室に残ったのは、とうとう私達だけになった。
「私達も行きましょうか、ウララさん」
「うん!」
「いや~、すごかったね。キングの推理」
「ひゃあぁぁぁっ!? お、オバケぇ!?」
ドアを出た瞬間、横から誰かに声をかけられた。暗くてよく見えなかったから、オバケかと思ってしまった。
「ひどいなあ。人のことをオバケ呼ばわりなんて」
「す、スカイさん!? どうしてここに?」
「実はね、私もずっと聞いてたんですよ。教室の外でね」
え? ずっと廊下にいて聞いてたってこと? 全然気づかなかったわ……。
「しかし、どうしてキングはそこまで推理したがるのかな? この前の件といい、今回のことといい、ノリノリで推理してるよね?」
「どうしてって……う、ウララさんが探偵をやりたがるから仕方なくよ……」
私の話を聞いても、スカイさんはニヤニヤしたままだった。
「私、見ちゃったんですよ。ウララが部屋に入る時、キングの机に置いてある物」
「えっ!?」
「キレイに並べられた探偵マンガをね」
ぐっ……よりによって、スカイさんに見られてしまうなんて。
実のところ、ウララさんの探偵ブームの火を点けてしまったのは、私かもしれなかった。私が推理マンガや推理ゲームを観賞していると、ウララさんがよく覗き込んできた。私の本は勝手に読まないようにと言っていたけど、1人で部屋にいる時に読まれている可能性は充分にある。というか、絶対にそう。
「本当は名探偵をやりたいの、キングなんじゃないの~?」
「だから、名探偵になりたいのはウララさんよ! 私はただの助手! 一流の助手よ! 行くわよ、ウララさん!」
「えー? セイちゃんと一緒に帰ろうよ?」
ウララさんには申し訳ないけど、私は彼女の手を引き早歩きで校舎から出た。
「ちょっと待ってくださいって~」
後ろからスカイさんの声が聞こえる。追いかけてくるつもりね。
「私達も寮まで走るわよ! ウララさん!」
「わかった! よーい、ドン!」
散々振り回されるし疲れるけれど、私自身、そんな日々を楽しんでいた。楽しくなければ、ここまでウララさんに付き合い続けたりしないもの。いつまで続くかはわからないけれど、ウララさんの気が済むまで付き合い続けるつもりよ。
学園の事件はすべて解決してみせるわ! 一流助手の名にかけて!