―――
遅れて保健室に着くと、すでにトパーズさん達がベッドを取り囲んでいた。
「大丈夫か、ベリル!?」
トパーズさんの声が聞こえる。私とウララさんは、彼女達の後ろへと向かう。
「う、うん。大丈夫。もう痛くないし、ケガもないって、先生言ってたから」
ベッドに横たわっているのは、他の人より小柄なウマ娘。
「よかった……来週のレースにも出走できそうですか?」
「あ……うん。大丈夫そう。たぶん」
ジルコンさんの問いかけに、そのウマ娘はあいまいな返事をした。
彼女がグランドベリル。黒髪のおさげで、黄緑色のメッシュが入っている。態度は弱々しい感じね。他の子達よりも背が低い。
「あの、ハヤヒデさんとマンデーさんが運んでくれたみたいで……ありがとうございます」
ベリルさんは、ハヤヒデさんに頭を下げる。
「大事にならなくて何よりだ。しかし、倒れているのを見かけた時は驚いたぞ。どうすべきか焦ったよ」
笑顔で話すハヤヒデさんの顔を、マンデーさんが覗き込む。
「ハヤヒデさんでも、焦ることがあるんですね。意外です」
「誰だって、焦ることくらいあるだろう。そう言う君は、むしろ冷静に見えたな。ああいう事には慣れているのか?」
ハヤヒデさんもマンデーさんへ微笑み返す。
「うーん、どうでしょうね。私も内心、動揺していましたよ?」
そう言いながらも、相変わらず笑顔のままのマンデーさん。
「よし! ベリルのケガが無かった記念に、明日は焼肉に行くぞ!」
トパーズさんが意気揚々と腕を上げると、ジルコンさんが頭をはたいた。
「あなた、ただ焼肉が食べたいだけでしょう」
「じゃあジルコンは食べたくないのかよ!?」
「ベリルも私も、あなたと違って小食よ」
言い合う2人の様子を、微笑みながら見守るマンデーさん。
「なあ! マンデーは行くだろ?」
「ああ、トパーズのおごりなら」
「おいおい! そりゃあ勘弁だなぁ!」
そう言い、豪快に笑うトパーズさん。この光景を見ているだけで、4人の仲がいいのは伝わってくるわ。
「しかしよぉ、ベリルにぶつかったってのに、スズカは謝りに来やしねえ……」
「そうね。彼女には、私達から謝らせるから」
「えっ? えっ?」
トパーズさんとジルコンさんの言葉に、ベリルさんは目を丸くしている。
「とにかく、無事もわかったことですし、私達はトレーニングに戻ってもよろしいでしょうか? もちろん、現場とは別のコースを使います」
「ああ、わかった。また話がある時は応じて欲しい」
マンデーさんの提案を了承するハヤヒデさん。
「おっし! 安心したらやる気が出てきたよ! じゃあまたな! ベリル!」
「明日、一緒にトレーニングができることを楽しみにしています」
「は、はい! みんな、ありがとう!」
3人は、ベリルさんに見送られながら、保健室から去っていった。さて、ここからが私達の出番ね。
「はじめまして、グランドベリルさん。キングヘイローです」
「ハルウララだよー!」
ベッドに近づきながら、あいさつをする。
「あ、はじめまして! お2人のことは、存じ上げてます!」
丁寧な言葉使いで、会釈するベリルさん。
「けど、お2人が私に何のご用でしょうか?」
彼女の疑問に答えたのは、私の隣にいたハヤヒデさんだった。
「彼女達は、君にぶつかった犯人を探しているそうだ」
「は、犯人をですか……?」
「ああ。君からも協力して欲しい」
ハヤヒデさんの言葉に、何かを考え込むベリルさん。そして、予想外の言葉を口にした。
「あの、犯人の方は、探さなくても大丈夫です……」
探さなくていい……? まあ、大ケガにはならなかったから、かしら。
「誰にぶつかったか覚えてないですけど、私、犯人のこと恨んでないですし、私のせいで怒られちゃうんだと、その、申し訳ないというか……」
ベリルさん、相当なお人好しなのね。もし大ケガになれば、もう走れなくなることだってあり得たのに。
彼女の言葉を聞き、ハヤヒデさんが「どうする?」と言わんばかりにこちらを見てくる。
「キングちゃん、探偵やめちゃうの?」
ウララさんも不安そうに覗き込んでくる。
「そんなわけないでしょ、最後までやるわ」
私が返事すると、ウララさんの顔が明るくなった。
「ベリルさん。それでも私達は犯人を探そうと思います。わざとかどうかに関わらず、真実は明らかにすべきです。そうじゃないと、何もしていないスズカさんがやったという雰囲気も残る……それを、私が許せないんです」
この調査は、私自身が犯人を許せないからやっているの。誰が何を言おうと、やめるつもりはないわ。それに、そもそもの話あの3人は、他人が走ってるコースで模擬レースを始めてるのよ。その時点で、犯人がどうかに関わらず怒られるべきなのよね。後で生徒会に突き出してやるわ。
「それにね、ベリルさん」
今度は、ウララさんが口を開いた。
「ここでやめちゃったら、犯人はウソをついたままになっちゃうでしょ? そしたら、本当のその人のこと、誰も知らないままになっちゃうよ?」
ウララさんの言うことに、ハッとさせられる。たしかに、犯人がやったことを隠し続ければ、誰もその人のことを、本当の意味で理解できなくなってしまう。それって犯人自身にとって、良くないことよ。
そして、ベリルさんも思うところがあったのか、目を丸くして固まっている。
「だから、ベリルさんのお話も聞かせてください。犯人のやったことを、明らかにするために」
「どんなことでもいいよ! なにがしょうこになるか、わかんないからね!」
「……はい! わかりました」
ベリルさんは強くうなずいた。
「私は、3人と一緒にあのコースに来たんですが、足の調子が悪くて軽めに走ってました。でも、同じコースで3人がレースを始めちゃって、私の横をすり抜ける人もいました。たしか、1人が通り過ぎた後、急に視界が回って、そこからは記憶が……すみません」
なるほど。横をすり抜けた1人は、きっとマンデーさんね。その後、誰かがぶつかったんだわ。やはり犯人はトパーズさんかジルコンさんになりそうね。
「それと、あの私にぶつかった人についてなんですけど……」
「え!? な、なんですか!?」
なになに!? 本当は覚えてたパターンなの!?
「あ、いえ! 覚えてるわけじゃないんですが、その……私、スズカさんがぶつかったとは思えません」
あ、そういうこと。ベリルさんはそう考えているのね。
「なぜですか?」
「あの時、スズカさんもゆっくり走ってたと思います。あのスピードでぶつかられても、ここまでのことにはならないと思うんです。だから……」
なるほど。的外れなことは言ってない。けど、スズカさんを疑わないということは、つまり……。
「ベリルさんは、あの3人の誰かが、ぶつかったと?」
「はい。友達ですけど、間違ってぶつかっちゃうことは、あると思いますし……」
友達が犯人でも、おかしくないと思ってるわけね。ウィッグがあった以上、間違ってぶつかったとは考えづらいけど……そこまで話す必要はないわね。
他にも、聞いておけることは聞いちゃいましょうか。
「ベリルさん。コース内では、どのレーンを走っていたんですか?」
「え? えっと、たしか、内側の方を走ってたような気がします……」
なるほど。マンデーさんの話も踏まえると、ウソじゃなさそうね。これで事件当時、レース中の3人が走ってた位置もわかったわ。ベリルさんに聞けるのはこんなところかしら。
「お話、ありがとうございました。進展があれば、お話しに来ます」
「ゼッタイ、犯人見つけるからねー!」
「あ、はい! がんばってください」
私達も保健室を後にした。
―――
校舎を出て、事件現場のコースに戻ってきた。マンデーさん達は違うコースに行ったようで、誰もいなかった。ウララさんは真っ先に、あの柵の近くを確認した。さて、ウィッグはどうなってるかしら……?
「キングちゃん! 見て!」
指差す先を見て、私も驚いた。
「ウソ!? どうして!?」
思わず駆け寄ってみたけど、ウィッグは、たしかに残っていた。保健室に行く前の状態、そのままで。
「キングちゃん、これってトラップ成功?」
「……いえ、失敗ね」
おかしい。犯人は何を考えているの? ウィッグがバレてもいいの? それとも、置きっぱなしで隠し通すつもり?
……違うわ。犯人は気付いていた。私が張ったトラップに。自分がウィッグを持ってるところを見つかったら、犯人確定だもの。そのリスクを負うよりも、ウィッグが見つからない方に賭けたのね。けど、これなら犯人は絞れるわ。
「どんな感じなんだろ~?」
ウララさんがウィッグに手を伸ばす。
「待ってウララさん! ウィッグはまだ触っちゃ……」
「おお~!? ふわふわだー! 本物の髪の毛みた~い!」
すでに持ち上げてしまっていた。まあいいわ。スマホで写真撮ったから、どこにあったかはわかるし、持っていたからと言って、事件当時にいなかった私達は犯人と疑われることもない。
私も触って確認してみる。よくできてるわ。スズカさんの髪色そっくり。それに、長さもかなり長い。スズカさんと誤認するのも無理ないわ。さすがに触り心地は、普通の髪とは違うけど。
これを被れる人は、容疑者の中に1人しかいない。
「ウララさん、犯人がわかったわ」
「ほんと!? だれだれー!?」
目を輝かせ、こちらを見つめてくるウララさん。
「トパーズさんよ」
「え? ダガーちゃんなのー?」
あの3人の中で、ウィッグを被れるのは短髪の彼女しかいないわ。マンデーさんは髪が長いし、ジルコンさんは髪のボリュームがありすぎて被れない。だから、犯人はトパーズさんしかあり得ない。
「でも、ダガーちゃん、どうやってベリルちゃんにぶつかったんだろう?」
「え?」
「だって、ダガーちゃん、1番はしっこを走ってたんでしょー? ベリルちゃんから離れてるよ?」
……あれ? そういえばそうだったわ。
ベリルさんは最も内側、つまり1番左のレーンを走っていた。対して、トパーズさんが走っていた位置は最も外側、1番右。かなり遠いわ。この位置を走りながらベリルさんにぶつかるには、トパーズさんかベリルさんが、横か斜めの移動をしないといけない。
もう一度、コース内の足跡を見てみる。斜めや横を向いている足跡が、ほとんどない。しかも最も外側のレーンは、縦向きの足跡だけ。つまり、トパーズさんとベリルさんがぶつかった線は消える。
「ごめんなさい、ウララさん。さっきのは間違いよ。うっかりしてたわ」
「あ、そうだったんだ!」
気を取り直して、考え直す。そうなると、犯人はマンデーさんかジルコンさんになる。けど、その2人はウィッグを被ることができないから、スズカさんに変装できない。
いや、もしかしたら、マンデーさんなら可能かしら? 髪型はほぼ一緒だから、上から被ることもできる気がするわね。でも、そうしたら後ろを走っていたジルコンさんが見ているはず……いえ、ジルコンさんは証言していないんだったわ。でも、だとしたら、彼女が黙っていたのはマンデーさんをかばうため?
「わー! やっぱり、ふわっふわだね!」
ウララさんが、再びウィッグを触って遊んでいる。ふわふわ、ね……。
え? ふわふわ? ウィッグが?
「ウララさん、ちょっといい?」
「うん! はい、どうぞ!」
ウララさんからウィッグを受け取り、触ってみる。ふわふわ? まあ、毛量は多いからふわふわと感じなくはない。けど、普通ストレートのウィッグを触ったら、ツルツルとか、サラサラって言わない? なんでウララさん、ふわふわって言ったのかしら?
…………あっ!? もしかして、そういうこと!? だから犯人はウィッグを……なるほど、これなら全て辻褄が合うわ。
わかった。ウララさんがふわふわって言った理由。そして、この事件の犯人も! 確たる証拠をつかんでいるわけじゃないけど、それは犯人発表の時に確かめることもできるわ!
「でも、どうして犯人はベリルちゃんにぶつかったんだろー?」
突然、ウララさんが首をかしげる。何よ、犯人がわかったって時に。
「それは、スズカさんがぶつかったように見せるためよ」
「えー? どうしてそんなことするのー?」
あら? 急に察しが悪くなったわね、ウララさん。
「スズカさんが嫌いだからよ。犯人は、スズカさんが悪い人だと思わせたいのよ」
「嫌いだったら、スズカさんにぶつからないの?」
「犯人はスズカさんにもぶつかってるのよ。だから……」
ちょっと待って。たしかにそうね。動機については、スズカさんを恨んでるから、となんとなく決めつけていたわ。けれどスズカさんを恨んでいるなら、なんでわざわざベリルさんにまでぶつかったのかしら?
スズカになりすましてぶつかることで、彼女のせいにしたい、というのはおかしくない。けど、ベリルさん達4人は、みんな仲が良さそうだった。あれだけ仲が良い人をケガさせてまで、スズカさんを悪人にしたいかしら? ベリルさんが走れなくなるリスクを冒してまで?
ここで、もう一度、なんとなく足跡を見た。そして、気付いてしまった。この事件の真相に。考えてみればすぐわかることだった。だけどそうだった場合、真犯人の動機って、つまり……。
「……ウララさん。今回の事件の犯人がわかったわ」
「ホント!? 今度こそ間違いない!?」
「ええ。証拠は少ないけど、これで合ってると思うわ。でもね、ウララさん」
「この事件、真相を途中まで発表するだけでも解決するわ」
「途中? どういうこと?」
ええ、そうね。これだけじゃ、どういうことかわからないわよね。私は、推理した事件の真相を全て、ウララさんに話した。ウララさんもちゃんと聞いていたみたいで、時折リアクションを取っていた。全てを話し終わった後、1つ質問してみた。
「ウララさんがどう思うか、聞かせて欲しいの。真実を途中まで話すか、全部話すか。私達は、2人で探偵をやってきたでしょ?」
でも、この質問はしなくてもよかった。きっと、答えは決まっている。わかりきっている。でも、してみたくなった。
「キングちゃん……」
ウララさんはうつむいた顔を上げ、笑った。
「絶対、最後まで話そう!! そうじゃないと、あの人がウソつきになっちゃうもん!」
「……やっぱり、そう言うと思ってたわ」
じゃあ、今からやるべきことはただ1つ。
「みんなを呼ぶわよ、ウララさん!」
「うん!」
犯人には悪いけど、私達は全て暴くわ。それが、あなたのためになると信じて。
<事件の謎>
・スズカにぶつかった人は、彼女の左と右、どっちを走ってた人?
・犯人はどうやって、スズカに変装した?
・なぜ、犯人はウィッグを回収しなかった?
・なぜ、ウララはウィッグを触り「ふわふわ」と言った?
・なぜ、犯人はスズカだけでなく、ベリルにまでぶつかった?
<事件概要>
約10分前、スズカがコースで走っていた時、4人のウマ娘がやってきた。
グランドベリル、ホワイトマンデー、トパーズダガー、ジルコンフラッグ。
この4人はコースに入り、ベリル以外は模擬レースを始めた。
その途中、誰かにぶつかりスズカは倒れ、その後ベリルが倒れる。
ビワハヤヒデとマンデーが駆けつけ、2人でベリルさんを保健室へ運んだ。
その後、残った2人がスズカを犯人扱いする。
ゴールドシップがその光景を目撃。
遠くのコースで腕立てしていた時、スズカがベリルにぶつかるところを見た。
スズカだと判断した理由は、髪型と髪色。
<手がかり>
・ウィッグ
コースの柵近くで見つかる。犯人はこれを被って変装した?
元の位置で放置したものの、犯人は回収せず。
<登場人物>
・サイレンススズカ
トパーズ、ジルコンから犯人だと言われているが、容疑を否認。
右から2番目のレーンを走っていた。
・グランドベリル
被害者。黒髪のおさげで、黄緑色のメッシュが入っている。
1番小柄で、何かというと自分が悪いと思ってる節がある。
戦績は良く、G1で1着を取ったことも。
夏頃から今日までは、入着できていない。
先月の秋の天皇賞でスズカと走った。他にも何度か一緒に走っている。
来週も出走予定のレースがある。
事件当時、1人に追い抜かれた後、何者かにぶつかったらしく、気を失い倒れていた。
ハヤヒデとマンデーがそれを見つけ、保健室に運ばれる。
スズカが犯人だと思っていない。
1番内側を走っていた。
・ホワイトマンデー
模擬レースをしていた1人。
楕円形メガネ、白い前髪に、黒いストレートヘア。
スズカさんを責め立てていない。
トパーズいわく、ミステリアスで速い。
倒れたベリルを、ハヤヒデと保健室に運ぶ。
模擬レース中、ずっと先頭だった。
左から2番目のレーンを走っていた。
・トパーズダガー
模擬レースをしていた1人。
身長も髪色もスズカそっくりだが、前髪ぱっつんのショートヘア。
正義感は強い。
スズカさんを犯人呼ばわりしている。
レースの戦績は良くないが、負けた相手に対して恨むことはない。
模擬レースでは、途中までジルコンと拮抗し、最後は2着。
1番外側を走っていた。
・ジルコンフラッグ
模擬レースをしていた1人。
茶色の髪は長く、ボリュームはハヤヒデほど。少しボサボサしている。
トパーズいわく、前は髪がふわふわじゃなかった。
丁寧な言葉使いだが、高飛車なところがあり、高圧的な態度。
自分にも他人にも厳しい。負けたことは引きずる性格。
スズカさんを犯人呼ばわりしている。
髪を触られそうになり、ウララの手をはたいた。
模擬レースでは、トパーズと拮抗していたらしい。
・ビワハヤヒデ
たまたま現場に居合わせ、ベリルを保健室まで運ぶ。
彼女が事件関係者を現場に留まらせていた。
<図>
・現場のコース 足跡
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