名探偵ウララと一流助手キングヘイローの事件簿   作:菜目ルナ

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番外編 オペラオーの世紀末推理劇 タイシン水没事件前編

―――

 

 

 

「ねえ、タイシンさん。私、どうして勝てないんだろう」

 日が暮れたコースのベンチに、2人のウマ娘が座っていた。そのうちの1人、ナリタタイシンは、誰もいなくなったコースを見つめながら、話を聞いていた。

「タイシンさんに負けてから、私、心を入れ替えてがんばってきたのに」

 もう1人は膝に手を突き、肩を震わせている。

「1着じゃなくても満足だった。入着続きでも、自分が強いってわかるから。でも、あの頃よりがんばってるのに、入着すらできないなんて、私、なんのために走ってるかわからない……!」

 タイシンは眉をひそめ、ふと立ち上がる。

「アンタさ、がんばれば勝てるって思ってない?」

 その言葉に、もう1人は目を丸くして固まった。

「何も考えずにがんばって勝てるほど、レースは甘くないよ。それに、最近のアンタは無茶しすぎ。そんなに追い詰めたら勝てないし、それに……」

 それを聞いて、もう1人は再びうなだれる。

「そっか。タイシンさんも、そういう風に思うんだ……」

「あ、ちが……」

 タイシンの訂正も虚しく、もう1人は貼り付けたような笑顔を向けた。

「いいよ。よくわかった。ありがとう、タイシンさん」

 そのまま立ち上がり、コース外へとすたすた歩いていった。その後ろ姿を、タイシンはただ見送るしかなかった。

 

 

―――

 

 

 

「うわっ!?」

 驚く声が食堂に響く。メガネをかけたウマ娘、マイノーンの足元に、消毒液の容器が落ちていた。容器からは、大量のエタノールがこぼれていく。

 近くを通りかかったナリタタイシンは、容器を拾い上げた。そして濡れた床を、ポケットから取り出したハンカチで拭き始めた。

「あ、あの! 雑巾持ってきます!」

 マイノーンはトイレの方へと走り出す。それも気にせず、タイシンは床を拭き続けた。

 あわててマイノーンが戻ってきた頃には、既に床は乾ききっていた。

「ごめんなさい! 私のせいで……」

「別に」

 容器を拾い上げて机に乗せた後、タイシンは奥の自分がいた席へと歩いていった。

 

「あれ、タイシンさん?」

 目指していた机にいたウマ娘から声をかけられた。

「だ、大丈夫? フラフラしてるよ?」

 近寄る彼女に向かって、タイシンは追い払う仕草をする。

「大丈夫。へいき、だから」

 前に進もうとした時、またしても体が傾き、壁に手をついた。

「やっぱり変だよ。一応、保健室に行こう?」

「いや、大丈夫、だから……」

 そう言いながらも、千鳥足で前のめりになってしまうタイシン。そんな彼女が倒れないように、その娘はタイシンを抱えた後、肩を組んで歩き始めた。タイシンも、そのまま一緒に歩いていく。

 

「ねえ」

 食堂を出たところでタイシンが話しかけた。

「何?」

「この後、時間、ある?」

 その言葉を聞き、足を止める2人。

「……うん。実は私からも、話したいことがあるんだ。タイシンさん、今日トレーニングは?」

「無い」

「じゃあ、景色のいいところまで行こう?」

 淡々と答えながら、2人は校門へと歩みを進めた。

 

 

 

―――

 

 

「人はなぜ、罪を犯すのか?」

 

「それは、この世に陰があるからさ」

 

「人には見えない陰。それこそが、人の隠れた欲望をさらけ出してしまう。それが罪なんだ。誰かが見ているとわかっていれば、そんなことはしないのに。誰も見ていないからこそ、胸の内にある黒い影が、表に出てきてしまう」

 

「だが逆に言えば、全ての人間を常に誰かが見続けているのなら、この世の悪事はなくなるのだろう」

 

「だからこそ、ボクという光がこの学園、いや、この地球ごと照らし続ける太陽とならなくてはいけないのさ」

 

「そうは思わないかい? ドトウ」

 

 青空の下。風が草原を撫でていく中、テイエムオペラオーは自身の額に置いた指を動かし、話し相手の方へ向ける。

「そ、そう言われても……私にはよくわからないというか……」

 向けられた先では、メイショウドトウが縮こまっていた。

「もっと胸を張りたまえ! 君は探偵助手なんだよ? この世紀末探偵、オペラオーのね!」

 そう言い、彼女の肩に手を置く。

「は、はい! がが、がんばりますぅ~!」

 ドトウの方も、その一言で背筋を伸ばした。

 

 オペラオーがこうなってしまった原因は、1ヶ月前、そして1週間前にさかのぼる。学園内で起きた2つの事件。そのどちらも、学園のウマ娘が解決していた。その2つ目の事件では、オペラオーも犯人を推理していたが、惜しくも外れ。真犯人を当てた彼女に世紀末推理覇王の座を渡したのだ。しかし。

 

「今度こそ、ボクが世紀末推理覇王となるため! 次の事件を探して、ボク達で解決してみせる! はーっはっは!」

 笑い声を上げ、歩みを進めるオペラオーに対し、ドトウの歩幅は小さい。

「でも、事件を探すと言っても……もう1時間くらい歩いてませんか……?」

「弱気になってはいけないよ、ドトウ。フクキタルさんは『高く昇った日の下、川で災いが起こる』と言ってたじゃないか!」

 

 この日、2人はトレーニングの休みが被っていた。学食へ向かう途中、偶然フクキタルと出会い、占ってもらったのだ。結果、オペラオーは彼女を無理やり連れ出した挙句、昼食もとらず川沿いの道をずっと歩き続けていた。

「まだまだ道は残っている! さあ、日が暮れるまで歩いていこう!」

 ドトウの言葉に意を介さず、再び胸を張りながら進む。

「ま、待ってくださいぃ~! あっ!」

 早足でオペラオーについていこうとし、勢いよく転んでしまったドトウ。

「いたいですぅ……あれ?」

 額を抑えながら頭を上げた時、彼女は気付いた。

 

「オペラオーさん! あそこ、川の中に、ウマ娘がぁ!」

 彼女が指差す方向には、制服姿のウマ娘が浮いていた。仰向けで上半身は水面から出ているものの、動く素振りがない。

 それを見たオペラオーはすぐさま坂を駆け下り、手を伸ばす。幸い、そのウマ娘は川岸に近いところまで運ばれていたため、簡単に引き寄せられた。ドトウも後に続いて坂を下りる。

「ドトウ! そっちの腕を!」

「は、はい!」

 2人で腕を引っ張り、体を引き上げた。その顔には見覚えがあった。

「タイシンさん! 大丈夫かい!?」

 オペラオーが肩を揺らすも、目を覚ます気配はない。

「ど、どうしてタイシンさんが……?」

 動揺するドトウを尻目に、オペラオーは彼女の首元に手を当てる。

「脈はあるね。けど意識は無いか。ドトウ! ボクはこのまま彼女を保健室まで運ぶ! 君は近くにいる人をできる限り集めてくれ!」

「え、ええ!?」

「見かけた人全員だ! たのむよ!」

 急な提案に身を引くドトウだったが、オペラオーはずぶ濡れのタイシンを背負って走り去ってしまった。

 

―――

 

 

 

「うん。外傷も無いし、呼吸もできてるし、体温も問題なし。しばらくしたら目が覚めると思うわ」

 ベッドで横になる彼女の横で、白衣の先生が伝える。オペラオーはと言うと……

「そうか! まあ、ボクが助けたのだから当然か」

 先生の前で胸を張っていた。

 

 あれから10分ほど走った後、オペラオーはトレセン学園の保健室に着いた。保健室の先生の判断でナリタタイシンを着替えさせ、ベッドで寝かせていた。

 

「ところで先生。タイシンさんはなぜ気を失ったんだい? 外傷は無いんだろう?」

 真剣な顔で聞く彼女に、先生は「うーん」と唸り声を上げた。

「普通に考えれば、地面に頭打ったりとか、坂を転がる時の衝撃でって思うけど、外傷が全然無いのよね……たんこぶも無いし」

 そう言って、しばらく考え込む先生。やがて「もしかして」と口を開いた。

「貧血で気を失った、とかかな。タイシンさんって、体が丈夫な方じゃないでしょう? 川沿いで貧血が起きたのかも。もしくは、転んで川に入った時に水が冷たかったからとか。この時期は結構冷えるから」

「体温は問題ないんじゃなかったのかい?」

「着水した時に温度差でショックを受けて気を失う、ってこともあり得るでしょう?」

 それを聞くと、オペラオーはそっと胸をなでおろした。

「じゃあ、ボクの輝きが眩しすぎたわけじゃなかったんだね! いやはや、安心したよ! はっはっは!」

「え? あ、ああ……」

 先生が反応に困っていた時、笑い声を上げる彼女のポケットから、ピロンと通知音が鳴る。スマホを取り出し画面を見た後、彼女は先生へ背を向けた。

 

「ボクはこれで失礼するよ! 事件という名の北風が、ボクという太陽を呼んでいるからね!」

 

 

―――

 

 

 

「やあやあみんな! 待たせたね!」

 

 先程、タイシンが浮いていた辺りに戻ってきたオペラオー。意気揚々と辺りを見回すと、ドトウとオグリキャップ、そして壮年の男性がいた。その後ろに、赤い暖簾のラーメン屋の屋台がある。

「本当にこれだけしかいないのかい? エキストラとしては少ないな……」

「す、すみません……けど、他には誰もいなくて……」

 肩を縮こませるドトウ。

「君は、オペラオーだったか? 一体何があったんだ?」

「タイシンさんが川に流されていたんだ。20分ほど前かな。何か知らないかい?」

 それを聞き、オグリは目を丸くした。

「流されていた? 川にか?」

「は、はいぃ……何か知りませんかぁ……?」

「うむ……すまないが、全く気が付かなかった」

 

「おいおい! ウマ娘の嬢ちゃんが溺れてたってことかい!?」

 後ろで聞いていた壮年の男性が出てくる。

「溺れていたというよりは、気を失って浮いていたと言うべきですね。何か知りませんか?」

「わかんねえな。今日はオグリちゃんとアンタらしか……いや、メガネの嬢ちゃんも来たな」

「ほう? メガネをかけたウマ娘が?」

「ああ。一時期話題だった、なんて言ったかな……その子も時々来てくれるんだが……」

 オペラオーは顎に指を当てて川をうつむく。

「あ、あのぉ……」

 ドトウは姿勢を低くしながら男性を見上げる。

「今更ですが、あなたは誰なんでしょうか……?」

「あ、オレ? この屋台の店主だよ。最近はこの辺でラーメン売ってんだ」

 そう言いながら、男性は背後の屋台に親指を向ける。

「な、なるほど……疑うようなこと言って、すみません……」

「いやいや。嬢ちゃん達から見りゃ、オレは怪しいおっさんだろうしよ」

 頭を下げるドトウの横で、オペラオーはオグリに視線を向けた。

「オグリキャップさん、あなたも他の人を見かけてませんか? この近辺で」

「うむ……今日は誰ともすれ違ってないな。力になれそうにない」

 再び考え込むオペラオー。やがて、真剣な表情を崩さぬまま、顔を上げる。

「では、2人の今日1日の行動を聞かせてください。まずはオグリさんから」

 オグリはうなずき、話し始めた。

 

「午前中は授業で学園にいた。昼からは走り込みをしていて、通りを通ってから川沿いの道に入った。毎週、途中でこの屋台に寄って、ラーメンを食べてるんだ。その後また走った。それくらいだ」

「ふむふむ……今日走ったルートも教えてもらえますか? おおまかな時間もね」

「ああ」

 オグリから移動経路を聞き、メモを取るオペラオー。

「オグリちゃんはウチの常連なのさ。ウチもオグリちゃんのために、毎回味噌ラーメン大盛10人分を取り置いてあるんだぜ」

 オグリの話に、店主が付け加える。

「味噌ラーメンを10人分も? わざわざ取り置いているんですか?」

 店主をにらむオペラオー。

「ああ。ウチは醤油が1番人気でな。次いで人気なのが塩で、味噌は余りがちだったんだ。だが、オグリちゃんが平らげてくれてな。それ以来、味噌も多めに用意しておいてるのさ」

「ふぅん……?」

 オペラオーは瞳を閉じて、何かをじっと考え込む。やがて目を見開き、顔をドトウの方へ向ける。

「ドトウ。今、犯人がわかったよ」

「え、ええ!? ホントですかぁ!?」

「ああ。ボクの頭脳をもってすれば、容易い事件だったね」

 後ろで手を組み、ゆっくりと歩き出すオペラオー。そして、ある人物の前でピタッと止まり、指を伸ばした。

「犯人はオグリさん、あなただ!」

 

「わ、私なのか!? どうして!?」

 オグリも、目を丸くして戸惑っている。

「川沿いの道を走っていながら、誰ともすれ違ってないのは変だ! さっき店主さんが言ってたメガネのウマ娘ともすれ違ってない! 君は、本当にこの道を走っていたのかい?」

「そう言われても、私は走っていたんだが……」

「いいや! 走っていなかった! ボクの審美眼は誤魔化せないよ!」

「う、うーむ……」

 困っているオグリを見かねてか、ドトウがオペラオーに近づく。

「あのぅ、オペラオーさん」

「どうしたんだいドトウ? あと少しでオグリさんも自分の罪を……」

「メガネをかけたウマ娘とは、私達もすれ違っていませんよね……?」

 指摘され、真顔に戻るオペラオー。

「む? そう言えばそうだな」

「それに、オグリさんがここに来る様子を、店主さんが見てるはずですよね?」

 ドトウが視線を送ると、店主はうなずく。

「ああ。オグリちゃんは確かにこの道を走ってたよ。ってか、オレの話も聞いてくんねえかな?」

「おっと、そうだったね。ボクとしたことがウッカリしていたよ。では、店主さんは今日1日何を?」

 さっきまでの勢いはどこへやら、オペラオーは店主の方を向いた。

 

「今朝は仕込みをして、12時半にはいつもの場所で構えてたよ。橋の近くの十字のとこだ。しっかし、今日はなぜだか客がいねえ。そんな時にも、あのメガネの嬢ちゃんとオグリちゃんは来てくれんだな。オグリちゃんは来る時も食べ終わった後も走ってたよ。メガネの嬢ちゃんは、学園とは反対方向に向かってったな。その後は客無しだ」

「ふむ……店主さんの移動経路も教えてください」

 こちらも移動経路を聞き、メモを取るオペラオー。一方、話を横で聞いていたオグリが不思議そうな顔をしている。

「あれだけ美味しいのに、なぜ客が少ないんだろうか?」

「場所が悪いんだろうさ。けど、ウチのような弱小じゃ他の場所に出せねえからなぁ……」

 ため息をつく店主を横目に、オペラオーはスマホを開き、彼に見せた。

「この写真の顔に見覚えは?」

 画面には、ナリタタイシンの写真が表示されていた。店主は眉にしわを寄せた後、ああっと声を漏らした。

「ウチに来たことはあるよ、この子。先月だったか、ラーメンを食いきらずに出てっちまったな。別にいいんだけどよ」

「では、今日は来てないんですね?」

「ああ、来てねえな」

 オペラオーは再び瞳を閉じる。今度はすぐに目を開いた。

 

「そうか……わかったぞドトウ! 犯人はこの店主だ!」

「ああ!?」

 店主は目を丸くした後、オペラオーをにらむ。

「タイシンさんがラーメンを食べきらなかった腹いせに川へ落としたのさ! なんてことだ! だが安心して欲しい。最も罪深いのはこのボクの存在そのもの……」

「でもオペラオーさん……店主さんが犯人という証拠はあるのでしょうか?」

 ドトウの言葉を聞き、瞳を閉じながらうつむくオペラオー。

「うむ、それは……無いな。すまない店主さん、ボクの早とちりだったようだ」

「なら最初から言うなよ……」

 一切動じないオペラオーに対し、店主は呆れ果てていた。

「ひとまず、お2人に聞きたいことはもう無い。何かあればまた連絡するよ! 世紀末探偵にご協力いただきありがとう! はーっはっはっはっは!」

 高笑いしながら、オペラオーはその場から離れていった。ドトウもその後を追った。

 

 

 

「あの、オペラオーさん……」

 歩いて数十秒後、まだオグリや屋台が見えるところで、ドトウが声をかけた。

「その、これからどこに行くんですか……?」

「ふっふっふ……はーっはっはっはっは!」

 オペラオーは笑い声を上げたかと思えば、下を指した。

「ここさ!」

「へ? こ、ここぉ……?」

 困惑するドトウを前に、オペラオーは指を川の方へと向ける。

「タイシンさんが流れ着いていた場所さ。手がかりが無いか、現場の調査といこう!」

 張り切って坂を下り、川を眺めるオペラオー。流れは穏やかで、特に何かが浮いていることもない。水は澄んでいて底が見えた。川の深さは、人が真っ直ぐ立てそうなくらいであった。

 

「水温を確かめたいが、ボクの繊細な肌では難しいな。ドトウ、川の中に手を突っ込んでみてくれ」

「わ、わかりましたぁ……あっ」

 手を伸ばしたドトウだったが、同時に足が滑り、前のめりになる。そして、辺りにバッチャーンと音が響いた。だが、ドトウの体は宙を浮き、着水を免れていた。ただ、腕だけはしっかりと浸かっていた。

「ひ、ひえぇぇぇぇー!?」

「そのまま上半身を維持したまえ! 君といると、時々こうなるね……!」

 地に伏せるような形で、オペラオーは彼女の足を抱え込んでいた。そして、ゆっくりと地上へ引っ張っていく。

 

「いやぁ、危ないところだった。ボクがいなければ君も気絶して……ん?」

 なんとかドトウを引き上げてから、オペラオーは片眉を上げる。

「ドトウ、意識はあるかい?」

「は、はいぃ……すみません、すみませんぅぅ……!!」

 何度も頭を下げるドトウ。突然、オペラオーは彼女の両手に触る。

「ひぃっ?!」

 驚いて震え上がったドトウを気にせず、オペラオーは彼女の手をあちこち触れていく。

「水温はどうだった?」

「へ? つ、つめたかったですけど……」

 それを聞いたオペラオーは頬に手を当て、やがてうなずいた。

「他に手がかりも無さそうだ。ドトウ、草原の方を調べよう」

 

 続いて2人は、坂を見ていった。草だらけではあるが草丈が低いため、地面に落ちている物も見つけやすい。よほど小さい物でなければ、パッと見て気付きそうだ。辺りを探し終わったら、上流の方へと歩みを進め、橋を渡った。

 

「あ、オペラオーさん!」

 ドトウが指差した先の川岸に、バナナの皮があった。

「バナナの皮? なんでこんなところに……ん?」

 2人が近づき、持ち上げてみようとすると、近くにハンカチが見えた。

「こ、これ……誰のでしょう?」

 拾い上げ、オペラオーへと差し出すドトウ。オペラオーはそのハンカチを広げ、名前が書かれている場所を探す。

「……あった! 『クリーク』と書いてあるね。クリークと言えばスーパークリーク……そうか!」

 何かをひらめき、笑顔になるオペラオー。

「クリークさんの同室はタイシンさん。そう、このハンカチはタイシンさんが持っていてもおかしくない! つまり、タイシンさんはここから川へ落ちたのさ!」

 盛り上がる彼女に対し、ドトウは皮を見つめていた。

「も、もしかしてタイシンさんは、バナナの皮を踏んで転んで川に落ちたんじゃ……」

 彼女の言葉に、オペラオーはプッと吹き出す。

「それはあり得ないよ、ドトウ!」

「ふぇ?」

 固まったドトウの前で皮をつまみ、ゆらゆらと揺らす。

「見たまえ。これを踏んだのなら、踏み跡や汚れがあったり、へこみがあるはずだろう。しかし、この皮の状態はキレイだ。そう、光り輝くボクの素肌のようにね!」

「な、なるほど……!」

「しかしこんなキレイなバナナの皮が、この川岸にあるのは不自然。では、なぜここにあったのか。わかるかい? ドトウ」

 問いかけに首を振るドトウ。咳払いをしてから、オペラオーは再び口を開く。

 

「これは事件だ! 誰かがタイシンさんを落とし、その捜査をかく乱するためにこの皮を置いたんだ!」

 

「で、でもオペラオーさん。犯人は誰なんでしょう?」

「犯人が誰かだって? ふっふっふ……はーっはっはっはっはっはっはっは!!」

 恐る恐る聞くドトウに対し、オペラオーは高らかに笑い、答える。

 

「さっぱりわからない!!!」

 

「えぇ~!?」

 彼女の宣言に、驚き身を引くドトウ。

「今ボクらが持っている情報だけでは、犯人は特定できない。けれど!」

 オペラオーは額に当てた人差し指を、ドトウの方に向ける。

「ドトウ。犯人を見つけるために最も大切なのは証拠じゃない、動機さ。犯人と被害者の裏側で、どのようなドラマが繰り広げられているのか。そこに思いを馳せ、たどり着いた答えをもとに調査を進めるのさ。証拠は後からでも手に入る」

 呆れからか困惑からか、ドトウは肩をすくめる。

「でもこれから、どうするんですかぁ?」

「ふむ。どうしたものか。とりあえず、メガネのウマ娘を探すためにも、タイシンさんの関係者に当たってみようか」

 そう言い、オペラオー達は学園へと足を進めたその時。

 

「タイシンさんがどうかしたの?」

 2人は、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには長髪長身のウマ娘が立っていた。

「おや? あなたは……」

 オペラオーが首を傾げる。

「あ、私はスミレアーチです。タイシンさんとはクラスメイトで……」

 やわらかく自己紹介する彼女の手を、オペラオーはすかさず握った。

「わっ!? ちょ、ちょっと!?」

 咄嗟に手を引くアーチ。

「ああ、すまない! 親交を深めるためと思ったが、ボクの手が眩しすぎたようだね! 失敬、失敬!」

「え、はあ……」

「おっと、自己紹介がまだだったね。ボクはテイエムオペラオー。いずれこの学園に君臨する世紀末覇王にして、今はどんな謎をも解き明かせる世紀……」

 呆気に取られているアーチだったが、その間にポケットからスプレーの容器を取り出し、シュッと手にかけた。

「おや? 何をしているんです?」

 急に自己紹介をやめ、尋ねるオペラオー。

「あ、いや、なんでもないよ!」

 アーチは咄嗟にスプレーをしまった。

「で、えっと、タイシンさんがどうかした?」

 アーチが聞き直すと、ドトウが青ざめる。

「その、タイシンさんが川に流されてたんですぅ!!」

 彼女の言葉に、アーチは目を丸くした。

「本当に!? タイシンさん、どうなったの!?」

「ボク達で引き上げて保健室に連れて行ったよ。あなたにも詳細に話しておきましょう」

 小刻みにうなずくアーチの周りを歩き、オペラオーは事件について説明した。

 

 

 

 説明を終わると、アーチも怪訝そうな顔をした。

「誰かがタイシンさんを落としたってこと?」

「ああ。犯人の心当たりは無いかい?」

 アーチは首を振る。

「わからないなあ。ただ、タイシンさんはちょっと言い方が厳しい時があるから、恨みは買ってたかもしれないよね。あまり人間関係も広くないけど、同時期にデビューした先輩から恨まれてる、とかならあり得るかも」

「なるほど。あり得ない話ではないね」

 彼女の言葉に、オペラオーもうなずいていた。ナリタタイシンとはあまり面識は無いが、オペラオーもルームメイトからタイシンの話を聞いていた。

 

「ところでアーチさん。あなたは今日、この時間まで何を?」

「午前中は授業で、昼は学食にいたよ。その後はトレーニングをしてたんだけど、今日は早く上がることになって。自主トレとして、外周してたところなんだ」

 話を聞きながら、オペラオーは真剣な眼差しを向け続けている。

「今日、タイシンさんとは出会ったかい? 昼以降に」

「出会ったというか、昼食を一緒に食べたよ。ただ、タイシンさん、今日はちょっと体調が悪そうで。でも本人は外周しなきゃって言ってて……不安だったから途中まではついていったけど、その後は学園に戻ったんだ」

「ついていった? どこまで?」

「川の近くまでだよ。川沿いの道は車が通らないから、1人でも大丈夫だと思って。私は午後すぐからトレーニングだったから」

 彼女の話を聞いても、オペラオーの表情は朗らかにならない。

「アーチさん、タイシンさんは体調が悪そうだと言ってたね? なぜ彼女を保健室に連れて行かなかったんだい?」

「え? 連れて行こうとしたよ。でも、ちょっとフラフラしてただけだったし、本人が走りたいって言ってたから……」

 アーチの返答に、オペラオーはフッと笑った。

「フラフラしていたのに走る? なぜ無理にでも止めなかったんだい? それではまるで、体調不良の原因を知っているみたいじゃないか」 

「もしかして、私を疑っているの?」

 アーチの表情が変わる。柔和な笑顔が消え、眉間にはしわが寄っている。

「いいや? 疑ってなどいないさ。ボクという光に触れれば、犯人の姿は浮き彫りになってしまうからね。疑うことなく犯人がわかるのだよ! なぜならこのボク、テイエムオペラオーは、世紀末探偵なのだから!」

 誇らしげに言う彼女の様子を見て、アーチはドトウの方を見る。

「ドトウちゃん、オペラオーちゃんっていつもこんな感じなの?」

「は、はいぃ……」

「はあ……なんか、大変だね」

 肩をすくめるドトウの横で、アーチはため息を漏らす。そして、再びオペラオーへ視線を突き刺した。

「さっき言った通り、私は川沿いまでは行ってない。タイシンさんを落とせないよ。それに、タイシンさんがオグリさんの反感を買ってないって言い切れないでしょう?」

 オペラオーはニヒルな笑みを浮かべた。

「では、君はオグリさんが犯人だと?」

「この道を通ったんでしょ? 味噌ラーメンを食べてから、後を追って突き落とした可能性はあると思うけど。オグリさんじゃないにしても、メガネのウマ娘だって、タイシンさんの知り合いかもしれないし。そもそも、君達だって怪しいじゃない。第一発見者が犯人ってのも、推理ドラマじゃよくある話だよ」

 立て続けにしゃべるアーチに対し、オペラオーは恍惚とした表情をしている。

「なるほど! ボク達が犯人か! 確かに、ドトウもボクも彼女の関係者かつ現場にいた人物だ。そして何よりボクの溢れ出る魅力が、君の考えすらも惑わしてしまうとはね! いやはやそうか! ボクは既にそこまで……」

 相変わらずの彼女に対し、はあぁ、とアーチは大きなため息を漏らした。

「ドトウちゃんも、よくこんな人の友達やってられるね」

 それだけ言い残し、アーチは駆け足で去っていってしまった。

 

「あわわわ……ア、アーチさんが怒ってしまいましたぁ……」

 あわてるドトウに対し、オペラオーは平静なままだった。

「いいや、これでいいのさドトウ。ボクらは調査を続けよう。ひとまず、タイシン君を見た人が学園にいないか、探してみようか」

 そう言い、学園へと足を進めた。

 

 

―――

 

 

「結局、手がかりは無しか」

「ですねぇ……」

 ドトウは肩を縮こませ、オペラオーは頭を抱えていた。

 

 2人は30分ほど歩き続け、学園内の食堂へと来ていた。タイシンの動向を知る者がいるかもしれないと思ったからだ。しかし、この時間帯の食堂はガラガラで、何人かの生徒と調理師しかいなかった。タイシンを見かけた人はいても、その動向や様子を詳細にわかる人はいなかったのだ。

 

「こうなったら、電話して聞いてみようか。一度食堂を出よう。今はトレーニング中かもしれないが……」

 そう言い、2人が食堂から出た、その時。

 

「あれ? ドトウさんにオペラオーさんじゃないですか」

 正面にいたのは、メガネをかけたウマ娘だった。その顔は、2人にとって見覚えのあるものだった。

「マ、マイノーンさん! 奇遇ですぅ」

「おや? 今日はトレーニングじゃないのかい?」

「はい、今日は休みなんです。チーム全員で休みの日を合わせようってなって」

 そう言いながら肩を丸め、猫背になるマイノーン。

 

 彼女達に面識があるのは、マイノーンがドトウと同じチームに所属しているからであり、1ヶ月前に起きた事件の当事者であったからだ。事件以降、チーム内に団結力が生まれ、チームメイトがオペラオーやドトウと関わる機会も増えていた。

 

「ところでマイノーン君、今日学食を使ったかい?」

「え? はい、使いましたけど」

 事態が飲み込めないままうなずくマイノーン。

「その時、ナリタタイシンさんは見たかな?」

「あ、見ました! というか、タイシンさんに助けてもらっちゃいましたね」

 オペラオーの眉が反応する。

「ふむ? 助けてもらった?」

「はい」

 マイノーンはうなずくと、バツの悪そうな顔になった。

「お昼の時、私が消毒液にぶつかって、うっかり床に落としちゃって。フタが緩んでたからか、中身が全部こぼれちゃったんです」

「な、なんだか私みたいな話ですねぇ……」

「本当ですね、あはは!」

 ほぐれた表情のまま、マイノーンは話を続けた。

「それで、近くにいたタイシンさんがハンカチで床を拭いてくれたんです。私が雑巾を持ってきた時にはもう拭き終わってて……迷惑かけちゃいました」

 縮こまるマイノーンに向かって、オペラオーは指を向ける。

「その後、タイシンさんの様子が変じゃなかったかい?」

「え? うーん……」

 マイノーンは腕を組み、首を捻った。

「特には感じませんでした。すぐに席の方に行ってしまいましたし、私も自分のご飯を食べなきゃなので、その後の様子はわかりません……」

 答えを聞き、考え込むオペラオー。

 

「あのぅ、マイノーンさん、スミレアーチさんってご存知ですか?」

 ドトウからの質問に、ああっ、と心当たりがありそうな返事をした。

「知ってますよ! 生徒会の高等部の人ですね!」

 マイノーンも生徒会に所属しているため、アーチとも顔見知りであるようだ。

「彼女とタイシンさんはどういう関係なんだい?」

「え? ただのクラスメイト……あ、いや、そうだった」

 マイノーンは首を振り、再びオペラオーの方を向く。

「夏合宿で部屋が同じだったらしくて、そこから仲が良くなったらしいです。アーチさん、最初はタイシンさんのことを怖がってたみたいなんですけど、ちゃんと話したらとてもいい人だったって」

「ほ~う?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、興味深そうにマイノーンの顔を見るオペラオー。

「マイノーン君、アーチさんの直近のレース成績は知ってるかい?」

「ええ。春の出走レースは入着してたけど、その後は看板入りできてないって聞いてます。出走は結構多いんですけどね」

「ふむ、ふむふむふむ!」

 ますます二ヤリとするオペラオー。瞳を閉じ、しばらくじっとした後、突然大声を出す。

「ありがとうマイノーン君! ボクらはこれで失礼するよ! はっはっは~!」

 急に笑いながら、オペラオーはスキップしてその場を去っていく。

「あ、オペラオーさぁ~ん! 待ってくださいぃ~!」

 ドトウもその後を追った。

 

 

―――

 

 

「……そうか、やはりそうなんだね。ありがとう、ハヤヒデさん。トレーニング中にすまない」

 校舎の入り口にて、オペラオーはLANE通話を切った。

「ハ、ハヤヒデさんに何を聞いてたんですかぁ……?」

「それは後のお楽しみさ。さ、ドトウ。推理劇を開くとしよう!」

 そう言い、オペラオーは玄関を上がる。ドトウも恐る恐るついていく。

「でもオペラオーさん、推理劇といっても、犯人がまだ……」

 その言葉を聞き、キョトンとするオペラオー。

「なんだ、君はわかってなかったのかい? 1人、おかしなこと言ってた人がいたじゃないか」

「お、おかしなこと……?」

「ま、ボクの推理を聞けばすぐにわかるさ」

 笑顔に戻り、廊下を進み始める。

「オペラオーさん、どこへ行くんですかぁ?」

 

迷える羊(ラブルビペンデュ)のいるところさ」

 




<事件概要>
ナリタタイシンが川に仰向けで浮いていた。外傷は無し。
彼女の発見時、現場近くにいたのは、オグリキャップとラーメン屋のみ。
現場から橋を挟んだ先に、クリークのハンカチとバナナの皮を発見。この場所からタイシンは川に落ちた?
正午、ナリタタイシンは学食で昼食をとっていた。
その際、マイノーンがこぼした消毒液を拭いた。
スミレアーチいわく、タイシンの体調は悪そうだった。

<残された謎>
・なぜ、タイシンは川に落ちたのか?
・なぜ、タイシンは気を失ったのか?
水温では気を失いそうにない
・なぜ、誰もタイシンが落ちる瞬間を目撃していないのか?
クリークのハンカチの位置であれば、ラーメン屋から見えるはず

<登場人物>
・オグリキャップ
昼から学園を出て走り込む。
13:00頃、ラーメン屋の屋台へ到着
13:10、ラーメン屋出発
13:30、タイシン発見時、下流にいた

・ラーメン屋
赤い暖簾の屋台でラーメン屋を営んでいる。
不人気の味噌ラーメン10人分を、オグリのために取り置いている。
ナリタタイシン、メガネのウマ娘とも面識あり。
12:00に出発
12:30には橋の十字路近くに到着、以降は移動せず

・スミレアーチ
タイシンのクラスメイト。昼食は彼女と一緒にとっていた。
夏合宿で彼女と仲良くなったらしい。

・メガネのウマ娘
12:30頃にラーメン屋に来た。誰ともすれ違っていない。

・マイノーン
メガネをかけたウマ娘。ドトウのチームメイト。生徒会に所属している。
昼食は学食を使っており、その際、消毒液を床にこぼしている。
それをタイシンが拭いた。


<地図>
白いところが道、黒いところは川
矢印は移動経路
点は、オペラオー達が見つけた時の場所

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