名探偵ウララと一流助手キングヘイローの事件簿   作:菜目ルナ

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番外編 オペラオーの世紀末推理劇 タイシン水没事件後編

―――

 

 日が傾き始めた頃。保健室には2人のウマ娘しかいなかった。

「タイシンさん……なんで……」

 ベッドで眠っているタイシンの横で、アーチは彼女の手を握る。体温は伝わっても、タイシンは目覚めない。それでもアーチはそこに座り、彼女のことをじっと見つめていた。

 

「役者は揃っているね。では始めようか」

 

 突然の声に、アーチの背筋が伸びる。しかし、オペラオーの姿を見るや、すぐに怪訝そうな顔になった。

「……あなた、何しに来たの?」

「決まっているだろう? 推理だよ。ボクの頭脳は、この難解な事件の真相に気付いてしまったんだ。君も聞きたいだろうと思ってね。タイシンさんと仲のいい、君なら」

 不機嫌なアーチに、笑顔を見せるオペラオー。その横で申し訳なさそうに縮こまるドトウ。

「ドトウちゃん。その人をどこかへ連れてって。気分が悪いわ」

「で、でもぉ……オペラオーさん、犯人がわかったみたいで……」

「いいよ。そんな人の推理、当たってるとは思えないし」

 刺々しいアーチの話し方に、身を引いてしまうドトウ。

「まあそう言わず、特等席で聞いてくれたまえ。いずれこの学園一の探偵になるボクの推理だ。聞かないのは人生の損失というものさ」

「こんな茶番に付き合ってる方が損よ。いいからこの部屋から出てって」

 だんだん声が大きくなるアーチ。

 

「迷える羊は、ある時から人生が上手くいかなくなった」

 彼女の様子に構わず、オペラオーは語り始める。

「目指すべき夢が見つかったのに、そこに向かって進んだはずなのに、全く手に入らない。それまでの自分では幸せを感じられず、さらに上の幸せを求めてしまったのさ。そして、彼女は他人に救いの手を求めた。誰かになぐさめてほしくて、自分が正しいと認めて欲しくて。だが、彼女が手を伸ばした先にいたのは、全てを見通してしまう賢者(サージュ)だった。見透かされた彼女は、賢者(サージュ)を敵だと見なし、暗殺する計画を企てた。彼女の不幸は、その企ての前に、全てを救い出せるこのボクと出会えなかったことだね」

「……わけがわからないわ。何が言いたいの?」

「ボクなりに考えた過去の話さ。次は、今の話をしようか」

 オペラオーの瞳が、鋭くアーチをにらむ。

 

「アーチさん。なぜ、タイシンさんは気を失ったんだと思う?」

「なぜって……水の温度が低くて体温が下がったから、とか」

 そう言う彼女の眼前で、オペラオーは人差し指を左右に揺らす。

「違うね。今日はよく晴れた日だ。水温はそれほど低くないのさ。水に腕を思い切り突っ込んだドトウも、気を失ってないしね」

「それじゃあ、息ができなかったから……」

「それも無いね。タイシンさんは仰向けで川に浮いてたんだ。引き上げた後も問題なく呼吸はできていた」

「じゃあ何? 川に落ちて気を失う理由って。まさか、水面や地面にぶつかった衝撃でなんて言わないでよ? あんな低い場所で」

 ぶっきらぼうに言う彼女に対し、人差し指をビシッと突きつけられる。

「そう、そこさ! 川に落ちて気を失う。そこが違うんだよ」

 口角を上げながら、オペラオーは説明を続ける。

「逆なのさ。川に入ってから気を失ったんじゃない。川に入る前に気を失ったんだ。気絶した彼女を川の近くに連れていけば、すんなりと川へ落とせるだろう?」

「そんな、どうやって気絶させるのよ……」

 呆れた顔をするアーチに、オペラオーの顔が真顔になる。

 

「アルコールだよ」

 冷たく告げる彼女に、アーチはフッと笑った。

「まさか! じゃあ犯人はお酒を飲ませたの? どこで? 少なくとも、お昼ご飯の時は酔っ払ってなかったよ」

「おや? あなただって見ているはずだよ? タイシンさんがフラついているところを。保健室にも連れて行こうとしたって言ってたじゃないか」

「でも、学園内にお酒なんてあるわけ……」

「あるだろう? 消毒液が」

 それを聞いたアーチの顔が引きつる。

「タイシンさんは、マイノーン君がこぼした消毒液を拭いたんだろう? その時、気化するエタノール、もといアルコールを吸っている。気化したものを吸った場合、肺から直で血液にアルコールが入るんだ。飲んで摂取した時よりも、酔いが回るのは速いそうだよ。タイシンさんの体質次第だけど、酔っ払う可能性は充分ある」

 彼女の説明を聞き、アーチは鼻で笑う。

「たかが消毒液で酔っ払うわけ……」

「消毒液に含まれるアルコール濃度は、お酒なんかの比じゃない。そのことも、あなたはよくわかっているはずだ。普段からポケットに消毒スプレーを入れているくらいだからね」

 オペラオーはアーチの左ポケットを指差す。

「マイノーン君は消毒液にぶつかり落としただけだ。消毒液の容器のフタが、それだけで外れるとも思えない。誰かがあらかじめフタを緩め、ぶつかりやすいところに置いたと考える方が自然だね」

 鼻を高くして歩くオペラオー。

「何が言いたいわけ?」

 

「あなただろう? スミレアーチさん。タイシンさんを落とした犯人は」

 

「えぇぇぇぇ!? そ、そうなんですかぁぁぁぁ!?」

 オペラオーの横で目を丸め、大袈裟に叫ぶドトウ。

「どうして君が驚いてるのさ。役者は揃ったって言っただろう?」

 オペラオーが両手をだらんと広げていると、アーチが立ち上がった。

「ふざけるのもいい加減にしてよ!」

「ひいっ!?」

 ドトウの体が震え上がったが、オペラオーは動じない。

「消毒液の容器を緩めるのなんて、誰でもできるでしょう!? なんで私がやったことに!」

「あなたは今日、タイシンさんと一緒に昼食を食べたと言っていた。とすれば、彼女の座席を決めることができたわけだ。お盆の返却口と、席の間のところに消毒液を置けば、タイシンさんが消毒液と接触しやすくできるし、その後の彼女の動向も追いやすい。君はタイシンさんと川沿いまで一緒に行き、彼女の意識があやふやなのを確認してから、彼女を落としたのさ」

「言いがかりよそんなの! 証拠が無いでしょう! 証拠も無しに犯人呼ばわりなんて……」

 

「あるよ」

 その一言で、アーチの顔が固まる。そう思ったのも束の間、すぐに鬼のような形相へと変化した。

「あるですって!? どこに!?」

「見せられるものじゃないよ」

「見せられないなら、無いのと同じよ!」

「なぜなら、アーチさん。証拠はあなたの証言だからさ。あなたが犯人じゃないのなら、おかしな発言が2つあるんだ」

 彼女に怯まず、2本の指を立て笑顔のまま、オペラオーは説明を続ける。

 

「1つ目は、タイシンさんが外周しなきゃと言っていたことさ。川に浮かんでいた彼女は制服姿だった。外周しに行くのなら、ジャージ姿の方がいいだろうに、なぜ彼女は制服だったのかな?」

「そ、それは、外周っていうのは覚え違いで、本当は散歩だって言ってたかも……」

 不安気に言う彼女に、オペラオーはいやらしく笑顔で覗き込む。

「おや? 歯切れが悪いね。ボクが間違っているのなら、違うと主張していいんだよ?」

「でも、こんなものだけで証拠にはならないわ! あなたの言うことは……」

 

「もう1つは、割と決定的だよ」

 アーチの眼前に指を突き立て、彼女の言葉を遮るオペラオー。

「ボクがあなたを疑っていた時の言葉だ。オグリさんが味噌ラーメンを食べてから突き落とした可能性や、メガネのウマ娘やボクらが犯人である可能性を指摘していたね?」

「それの何がおかしいの?」

「いわば、この事件の容疑者をまとめていたわけだ。だが、あなたが挙げた以外にもう1人、容疑者に入ってないとおかしい人物がいるのさ」

「もう1人? いないわ、全員挙げてるもの」

 

「ラーメン屋の店主だよ」

 アーチの顔は、再び引きつった。

「彼が犯人なら犯行が目撃されていないことにも筋が通る。屋台は置いておけばアリバイ偽装もできる。状況的には最も犯行しやすい人物だ。なぜ、彼を容疑者に入れなかった?」

「そ、それは……」

 アーチは見るからに焦っている。

「答えは簡単。ウマ娘を恨んで犯行に及ぶのは、ウマ娘しかいないと考えていたから。もしくは、他のウマ娘に罪を着せられるようにしたかったからかな? だから、正体のわからないメガネのウマ娘でさえ犯人扱いしたんだよ。だが、このことが逆に、あなたが犯人だと物語ってしまうのさ! ああ、なんと皮肉なことか!」

「くっ……」

 

 酔いしれるオペラオーに反論できずにいたアーチが、急に二ヤリと笑う。

「そう、そうよ。私が犯人だと成り立たないじゃない……」

「何がだい?」

「ハンカチのあった場所から落としたのなら、私のことをラーメン屋が見てるはずでしょ!? 私は何もやってないし、他の人がやったか、タイシンさんが勝手に落ちたかだよ!」

 勢いよくまくし立てたのも虚しく、オペラオーは笑みを崩さない。

「アーチさん。あなたが川沿いでボク達に会った時、学園に向かおうとしたボク達の後ろから声をかけたよね?どこに行ってたんだい?」

「そ、それは外周だって言ったでしょう? 何もおかしくないじゃない!」

 声を荒げる彼女に向かって、チッチッチ、と指を振るオペラオー。

「クリークさんのハンカチは、君が後から置いたんだ。ボクらが聞き込みをしている間にね。実際にタイシンさんを落とした場所はあそこじゃない。もっと上流の方だったのさ。それなら、オグリさんやラーメン屋に見られずに行うことも可能だろう?」

「え、あ……」

 アーチは戸惑っていたものの、すぐに敵意剥き出しの顔に戻った。

「いや、まだ! あなたの推理は、タイシンさんが酔っ払ってたことが根拠でしょ? そんなの確かめようがないじゃない!」

「あるよ。アルコールチェッカーがね」

「へっ?」

 またしてもアーチの顔が固まる。

「吐いた息に、どれだけアルコールが含まれているかわかる代物さ。保健室にならあるだろうって、ハヤヒデさんも言っていたよ。先生が戻ってくれば、確かめられるだろうね。最後に付け加えるなら、川沿いで会った時にあなたから消毒液の話が出なかったことも、君が犯人であることを裏付けているね。違うかい?」

 彼女の話を最後まで聞くと、アーチは失意の表情を浮かべ、がっくりとうなだれた。

「す、すごいですぅ、オペラオーさん! 本当に、犯人がわかってたんですね!」

「はーっはっはっはっは! また1人、迷える羊を救ってしまった! ああ、なんて罪深いんだ! やはり、この世で最も罪深いのはこのボク! ボクの罪は、誰にも裁けないというのか……!?」

 ドトウの言葉で、すっかりいつもの様子に戻るオペラオー。

「それで……どうするの?」

 上機嫌な2人の横で、アーチがゆっくりと顔を上げる。2人のことを、強く、にらみつけて。

「私のやったことを知ってどうするの? 先生に報告すんの? それとも警察にでも通報する?」

 それを聞き、オペラオーはやれやれと言いたげな仕草をする。

「どうもしないさ。ボクはただ、事件の真相を明らかにしたかっただけだからね。答え合わせができたのなら、それ以上することも無い」

「え……?」

 毒気抜かれ、目を丸くするアーチ。

「だから、どうするのかは君が選びまえ。自分がやったことをタイシンさんに話すのか。それとも、自分のやったことを誰にも明かさず、陰に生き続けるのか」

「あ、うっ……」

 彼女の言葉に、アーチは曇った表情でうつむいた。

 

「う……保健室……?」

 突然、ベッドから声がする。

「あれ、アーチじゃん……それと、オペラオーと、ドトウだっけ?」

 タイシンは目をパチクリさせている。

「やあタイシンさん。あなたは川に落ちて気を失っていたんだ。それをボクがここまで運んできたのさ。君の友人も、心配して来てくれたようだよ?」

「そうなの?」

「あっ……」

 アーチはバツの悪そうな顔をした。タイシンは宙を見つめて何かを考えた後、ああ、と漏らした。

「アタシ、お昼食べて、消毒液を拭いたらフラフラになって、アーチが景色のいいところまで行こうって、それから2人で川を見ながら座って……そっか。だからアタシ……」

 タイシンは、穏やかな笑みを浮かべる。

「ありがと、アーチ」

「へ……!?」

「あの時、結構ヤバくて、しんどかったから。隣座った時も、枕にしちゃって。でも、あの時のアンタの肩、あったかくて……」

 幸せそうに言う彼女を見て、アーチの口元が震えていた。

「違うの!」

 突然アーチがベッドに手を突き、前のめりになる。

「私がやったの! 私が、タイシンさんのこと、川に、突き落として……!」

 告白した彼女の顔はぐちゃぐちゃだった。突然のことで驚いていたタイシンだったが、やがて彼女を見て、目を細めた。

「ああ、そっか。やっぱそうなんだ」

 うなずく彼女の顔に、憎悪は一切無い。ただ、穏やかに話し続ける。

「そうかもしれないって思ってたけど、なんか、それでもいいかなって思えてさ。優しいアンタを、それだけ怒らせちゃったのかもしれないって、思ったから」

 儚げに微笑む彼女に向かって、アーチは首を震わせている。そんな彼女の様子を見て、タイシンは宙を見つめ始めた。

 

「アタシもさ、あったんだ。強いヤツが憎かった時が」

 彼女の言葉に、驚き固まるアーチ。

「アタシが必死になってるのに、何の不自由も無く、幸せそうにしてる。そんなヤツらが、憎くて仕方ない時があった。自分が弱くて、嫌いで、どうしようもなくて……」

 ふと、タイシンは窓の方を向く。オレンジ色に傾いた夕日を見つめている。

「けど、そんな時にも、信じてくれるヤツがいたんだ。そんなヤツがいっぱいいてさ。まだ、やり続けてもいいかもって思えて。アタシのことを不幸せにしてたのは、他でもない、アタシ自身だったって気付いて。だから、アンタの気持ちも、わかってたはずなのにね。どうしてだろ」

 口元は微笑んだままだが、タイシンは苦い顔をする。

「やっぱ、弱いね。アンタも、アタシもさ」

 そう言って、タイシンはアーチにはにかんだ。

 

「違った……」

 アーチはベッドを見つめたまま呟いた。

「あの時、結局タイシンさんは強い人の味方なんだって思った。弱い私達のことなんか、理解できる人じゃないんだって。でも違ったんだ。本当は、世界は誰も悪くなくて、私が私を許せないだけだって。それなのに、こんなことしちゃいけないって、わかってたはずなのに……! ごめんなさい……!」

 声を震わせながら、アーチはベッドに頭を着ける。やがて頭を上げると、彼女の口角は上がっていた。

「でも、もうおしまいだね。私、こんなひどいことしちゃって、普通に生きていけない」

 そう言って、自嘲気味に笑うアーチ。涙ぐむ彼女に、タイシンはクスッと笑った。

「終わらないでしょ。死んだわけじゃないし」

「え……?」

 キョトンとするアーチの顔を見て、タイシンはまたクスっと笑う。

「また走りなよ。アタシ、アンタのこと、信じてるから」

「なんで!? なんでよ!? 私のことなんて、許しちゃ、ダメだよ……!」

 見開いた瞳を震わせ、声を荒げるアーチ。今度はタイシンはキョトンとしていた。

「なんでって、アンタ、気付いたじゃん。世界は悪くないって。なら、もう同じこと、しないでしょ?」

「あ、え、ああ……」

 涙が溢れ、タイシンへと落ちていく。

「ごめんなさい、タイシンさん! 本当に、本当に、ごめんなさい……!」

 泣き崩れるアーチを、タイシンは笑顔で見守っていた。

 

 

 

「これにて、世紀末推理劇は閉幕だね」

 雰囲気を壊さないためか、2人を横目にオペラオー達は保健室を静かに出た。

「でも、これで本当に良かったんでしょうか……? アーチさん、また誰かにひどいことをするんじゃ……」

 不安そうなドトウの前で止まり、オペラオーは彼女の顔を覗く。

「ドトウ。悪人は、自分の行いが悪だと気付かない。自らの行いを正義だと思い込むから、ためらいなく悪行へ走る。けど涙を流した彼女なら、その心配は無いだろう。自分の犯したことが罪だと、向き合えたのだからね」

「な、なるほど……」

 うなずく彼女の前で、オペラオーは自身の胸に手を当てる。

「そして! それもボクという圧倒的な光があったからこそ!」

 そう高らかに言った時、廊下に、ぐぅ~、という音が響いた。

「す、すみません……事件が解決したら、お、お腹が……」

 ドトウがお腹を抑えるものの、その横でオペラオーも顔をしかめる。意識したことで、昼食を抜いていた空腹感が2人を襲う。しかし、すぐに笑みに戻った。

「それじゃあ、もう少しこの喜劇を続けようか」

 そう言って、玄関へと駆け出すオペラオー。

「へ? 続けるって、どこに行くんですかぁ?」

「まだ降りていないはずさ。幕も、暖簾もね」

 

 

 

―――

 

 

 

「おや、オペラオー君。先に戻っていたか」

「ああ。おかえり、ハヤヒデさん」

 湿気が残る髪を触りながら、ハヤヒデが部屋に入ってくる。

「先週はご苦労だった。タイシンが世話になったね」

「ボクにかかれば造作もないことさ。だが、まさかメガネのウマ娘の正体がハヤヒデさんだったとはね! 驚いたよ!」

「ああ。タイシンから誘われて以来、ラーメンに興味が出てね。不定期だが食べに行くんだ」

 

 タイシンが川に落ちた事件の経緯は、オペラオーもハヤヒデに話していた。あの後、スミレアーチは自身のやったことを先生やトレーナーにも自白。ただ、被害者であるタイシンが追及を望まなかったこともあり、事件は公にはならず、このことを知る者も限られた。しかし、謹慎処分の代わりとして、また彼女自身の精神状態も鑑みて、アーチは1ヶ月間レース活動を休止することとなった。

 

「で、話ってなんだい? 事件についてと言っていたが……まさか、さらなる謎が現れ、ボクの手が必要になったのかな?」

 ハヤヒデは、オペラオーの胸に手を置く仕草を黙って見つめ、やがて口火を切った。

 

「スミレアーチ君が今日、生徒会室に来た。厳密には、生徒会から呼び出したそうだが、彼女からも話したいことがあったらしい」

「話したいこと? レース休止が不服だったのかい?」

「いや、そうではない」

 ハヤヒデは、人差し指と中指でメガネの位置を直した。

 

「妙だと思わなかったか? 彼女の偽装が」

 首をかしげるオペラオー。

「偽装? なんのことだい?」

「犯行の曜日とバナナの皮、そしてクリークさんのハンカチのことだ」

 それを聞いてもオペラオーはピンと来ていないようで、指を顎に当てて考えている。

「アーチ君はオグリさんと面識が無い。だがオグリさんが毎週、あの曜日にラーメン屋に通うことを知っていた。それだけじゃない。私があそこに行くことも知っていたんだ。だからバナナの皮を道端に置き、そのせいでタイシンが川に落ちたように見せかけた」

 説明を聞いてうなずくも、どこか納得していないオペラオー。

「彼女は生徒会なんだろう? 学生の情報は集まりやすいんじゃないのかい?」

「そう言われればそれまでだ。だが」

 一呼吸置いて、ハヤヒデは説明を続ける。

「彼女が恨んでいたのはタイシンだけだったはずだ。目撃されるリスクを冒してハンカチを置き、他の生徒へ疑いを向けることまで頭が回るのなら、こんな手の込んだことはしないだろう。冷静に練られた犯行だと言える」

「だとしたら、どうなるんだい?」

 

「この犯行は彼女が計画したわけではないんだ」

 それを聞き、オペラオーの顔は一気に険しくなる。

「別の誰かが計画を考え、メールで彼女へと伝えていた」

「黒幕がいる、というわけだ。けど、メールなら相手のアドレスを特定できるじゃないか」

「メールはすぐに削除するよう指示されていたそうだ。ゴミ箱の中にすら残っていない。だが、手がかりはある」

 

 ハヤヒデはスマホをせわしなくタップし、そしてオペラオーへと渡した。その画面に写っていたものは、背景が黒く、赤枠で囲われたページだった。

「『トレセン学園の闇』……? ハヤヒデさん、これは?」

「いわゆる学校裏サイトというものだ。2000年代に流行っていた匿名掲示板で、その学校の生徒が誹謗中傷を行う。現代では珍しいが、この学園にもひっそりと存在していたらしい」

「学園は、そのことを知っているのかい?」

「認知したのは最近のことだそうだ。検索エンジンで普通に検索するだけでは、サイトが表示されないようになっている。このサイトの利用者の1人が密告して判明したという話だ」

 顔をしかめるオペラオー。その表情には、怒りとも、悲しみとも取れるものがあった。

「こんなものが存在していようとは……人が抱える業の深さはわかっていたつもりだったが、こう、目の前で相対すると、なかなかくるものがあるね」

「不幸中の幸いか、掲示板の利用者数はさほど多くない。この手の輩は一定数存在するものさ」

 オペラオーからスマホを受け取り、再び操作するハヤヒデ。

「中でも見て欲しいのは、このページだ」

 

 見せられたページには、『報復の間』と白文字で大きく書かれていた。手に取ったオペラオーは、下にスクロールしていく。

「『憎いあの人に天罰を。方法をお教えします』だって? なんなんだ、これは……」

「この欄に憎い相手と自身のメールアドレスを書き込めば、その人物を陥れる計画を考え、メールを送ってくれるそうだ。スミレアーチ君も、ここに書き込んでから1週間ほどでメールが届いたらしい」

 ハヤヒデが画面の一部を指差す。オペラオーは絶句していたが、やがて真剣な顔つきに戻る。

「では、このサイトを作った者が黒幕なんだね?」

「そうとは言い切れない」

「どうして?」

「密告者によると『報復の間』というページが作られたのは、ここ1ヶ月のことらしい。裏サイト自体は、その前から存在していた」

 彼女の言葉に、オペラオーの脳裏に1つの考えが過る。

「1ヶ月ということは、ドトウのチームメイトの事件も……」

「ああ。同じ者が計画した可能性はある。ヤマノシオンの事件も、何かしらの形で関わっていたかもしれない」

 オペラオーの眉間にしわが寄る。

 

「ハヤヒデさん。黒幕は誰なんだ? 一刻も早く捕らえるべきだろう」

 眉を吊り上げるオペラオーに対し、ハヤヒデは首を振った。

「残念だが、今はまだわからない。手がかりもほとんど無い。が、わかっていることもある」

 再び、ハヤヒデはメガネの位置を直す。

「1つは、学園の中にいる可能性が高いということだ。今回の事件でも、黒幕はオグリさんや私があのラーメン屋に通うことを知っていた。過去の事件にも関与しているのなら、ドトウ君が先代にゃーさんを譲り受けたことも知っていたことになる。生徒の情報を細かく把握できるのは、学園内の人物だからという他ないだろう」

 オペラオーはうなずきつつ、ハヤヒデに目線を送る。

「『1つは』ということは、まだあるのかい?」

「ああ、もう1つある。これだ」

 

 ハヤヒデがページを1番下までスクロールすると、『報復提案者』という肩書が表示された。そして、その下に大きく書かれた文言は。

 

「『Mt.Shadow(マウントシャドウ)』 ……山の、影?」」

「そう。それが、黒幕の名(ハンドルネーム)だ」

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