「おいおい、緊急事態って何ごとだ!?」
ドアが勢いよく開けられる。最後にやってきたのはアカノさんだった。
「これでみなさん、集まりましたね?」
部室には、既に他のチームメイトとフジさんを集めていた。皆、机を囲み座っている。
「ああ。全員集まったね」
「この中の誰かってことですよね……誰なんだろう……」
「早くしなさいよ」
チームメイト達の反応はそれぞれだ。マイノーンさんは不安そうな表情を浮かべている。ノイジーさんは平静を装っているように見える。ドライさんの視線は鋭い。
「な、なんだなんだ? 何があったんだよ!?」
アカノさんは事態が把握できてないようね。
「キングちゃんがねー! 犯人わかったんだって!」
「あ!? 犯人がわかったのか!?」
笑顔で言うウララさんに、驚きを隠せないアカノさん。
「それで、キングは誰が犯人だと思うんだい?」
フジさんに催促される。いよいよ後には退けない。
「今回、にゃーさんを盗んだ犯人はこの中にいます」
私の声に、皆の顔つきが真剣になる。
「昨日、犯行時刻に部室棟を見ていた目撃者がいます。オペラオーさんです。彼女は、アカノさん以外、この部室付近には誰も来なかったと証言しています。カギがかかっていたかどうかに関わらず、犯行を行える人物はこの中にしかいません」
「そ、そうだったのか……」
ノイジーさんは驚いていたが、納得したようだ。
「んで、誰が犯人なんだ!?」
アカノさんが身を乗り出す。
「その前に一度、事件についておさらいしましょう」
ドトウさんが部室を出て戻るまでの間。3時から4時の間に、にゃーさんが盗まれた。その間に出入りした人はチームメイト4人しかいない。その4人のうち3人はジャージが膨らんでいないため、にゃーさんを持ち出すのは不可能。これをみんなに説明した。
「なるほどな! じゃあ、ドライ以外はにゃーさんを外へ持ち出せないわけか」
アカノさんが言う通り。唯一ジャージが膨らんでいたのはドライさんだ。
「ええ。私も、そう思っていました」
私の言葉に、みんなはざわつき始める。
「そう思っていた?」
「それじゃ、ドライさんは犯人じゃないんですか?」
「はい。ドライさんではないんです」
マイノーンさんの言葉の後、私は再び話し始める。
犯人は、部室の窓からにゃーさんを外へ出した。そう思っていた。しかし、そうではない。部室の窓が見える場所にいたオペラオーさんは、にゃーさんを目撃していない。考えられることはただ1つ。
「つまり、犯人はこの部室で、にゃーさんを破壊したのです。そして、その破片を外へ持ち出した。これが、そのことを証明しています!」
私とウララさんは、机の上に破片を並べる。
「これって、まさか!」
「にゃーさんの残骸です。廊下の窓の下から1つ、ゴミ集積所から2つ見つかりました。犯人がにゃーさんを破壊した、動かぬ証拠です!」
皆の注目が破片へと集まる。近くで見てうなずく人も、首をかしげる人もいた。
「おそらく、犯人は持ち出す破片を減らすために、いくつかの場所に分散させた。すべて持ち出そうとすれば、見つかる可能性を高めてしまうもの」
「待って。だとしたら、可能なのはドライだけじゃないか?」
ノイジーさんから指摘された。
「アカノはマイノーンが部室前にいるから音を出せないし、アタシとマイノーンは誰かとずっと一緒だった。ドライ以外はあり得ない」
この指摘は、絶対に来ると思ったわ。
「実は、他にもいるんです。犯行が可能な人物が」
「いるって、誰だよ?」
首をかしげる彼女へ、私は指を差した。
「アカノさん。にゃーさんを壊したのはあなたですね?」
「え、オ、オレ……!?」
唖然として固まるアカノさん。
「あなたも、他のチームメイトから見られていない時間があった。その間に部室でにゃーさんを壊し、バケツに入れて運んだ。そして誰もいないうちに、廊下の窓からにゃーさんの破片を捨てたのよ!」
「ま、待て! 確かにオレは1人きりの時間があった! けど、その間は外にマイノーンがいたんだぜ!? にゃーさんを叩き壊せば、音でバレるだろうが!!」
焦るアカノさん。彼女の様子を見て、私は笑っていたことでしょう。
「あら? 誰も『叩いて壊した』なんて、言ってないけれど?」
「なに……?」
「確かに、ハンマーなどで叩き壊せば衝突した時の音は出ます。ジャージを間に挟んだとしても、崩れて破片が重なり合う音が出てしまう。そこで、アカノさんは他の方法でにゃーさんを壊したの!」
「お前! 勝手なことを!!」
アカノさん、動揺しているのは丸わかりね。
「フジさん、準備していた物をお願いします」
私の言葉を聞き、フジさんが用意したのはガラスのコップと水を張ったバケツ、そしてガスバーナーだった。
「おい、なんだこれ?」
アカノさんは戸惑っている。
「もしかして、昨日この部屋にあった物かい?」
ノイジーさんは気づいたようね。
「その通り。ここにある物が、にゃーさんを割ったのよ」
そう言い、私はコップをバケツの中に置いた。フジさんがバーナーの火を点け、コップへと近づける。火が当たり10秒ほど経った後コップから、パキッ、という小さな音が聞こえた。
「今、割れたんですか……!?」
驚くマイノーンさんを前に、私はコップを持ち上げる。底の部分はバケツ内に残り、上半分だけが持ち上がる。それを机の上に置き、コンコンと何度か叩いてみる。すると、コップはさらにヒビが入り、2つに割れた。
「熱割れだよ」
フジさんが説明し始めた。
「ガラスは熱によって膨張するけど、熱が伝わりづらい性質がある。熱された表面だけ膨張するから、熱されてない部分とのバランスが保てなくなって割れるんだ。急にお湯を入れた時にコップが割れるのも、これが原因だね」
「バーナーだけでも可能らしいけれど、より温度差を生み出せるよう、水入りのバケツも用意したんです。これを5分近く行えば、音を出さずににゃーさんをバラバラにできる。よって、アカノさんでも可能なんです!」
「なっ!?」
トリックを突きつけられ、アカノさんは驚き、のけぞる。
「その上、アカノさんはバケツの中身を隠すように抱えていた! マイノーンさんも、その中身までは見えていません! これは、バケツの中ににゃーさんを入れていたからじゃないですか!? そして、廊下の窓から破片を外へ出し、玄関を出た後に回収した! 違いますか!?」
「くっくっく……」
アカノさんの方から聞こえたのは笑い声だった。
「残念だったな、ドトウのダチ。オレは回収なんか行ってねえぜ」
反論されたその時、誰かがドアを開ける。
「ヘイヘイヘーイ! お前らノッてるか~!?」
現れたのは、葦毛で長身のウマ娘だった。
「ゴールドシップさん!?」
驚きのあまり、声を上げてしまった。彼女は、サングラスにアロハシャツを着て、ウクレレを抱えていた。こんな場面でも破天荒ぶりは健在ね。いや、そもそもなんでここに来たのよ!?
「このゴールドシップさんが、オレのアリバイを証明してくれるぜ」
「おう! 昨日は天の川魚釣り大会目指せベスト8杯の特訓で忍耐力を鍛えてたからな!」
今回の事件と絶対に関係ないであろう文字列が聞こえた。
「天の……なんて?」
「天の川だよ! 釣りに必要なのは忍耐だろ!? だから昨日の午後は、ずーーーっと部室棟の裏に立ってたんだよ!!」
……要するに、昨日、廊下の窓の外を見張ってたってことね。
「だが、なんてこった! なんかの破片は1個降ってきたが、誰も通りやしねえ!! だけどこのゴルシちゃん。今回の大会だけは優勝しなきゃならねえんだ! だから諦めなかった! 誰も通らなくても! 誰にも会えなくても! 雨の日も雪の日も台風の日も大干ばつの日も! アタシは彦星と織姫に会いに行くその日まではゼッタイに諦めねえって誓った! それがウマ娘魂ってもんだろ!?」
よくわからないことばかり言っているけれど……つまり破片は1個だけ落ちてきたけど、誰も通っていないってことね。認めたくはないけど、アカノさんは廊下の窓から捨てたわけじゃない。
「これでいいか? そんじゃあな」
話し終わると、すぐにゴールドシップさんは部屋を出ていった。
「どうだ!? オレに犯行はできねえ!! オレじゃねえんだ!!」
懸命に言い張るアカノさん。
「ごめんなさい。信じたくないけれど、私の推理は間違っていたわ」
「ほらな!? オレは犯人じゃないだろ? だいたい、オレはにゃーさんなんて興味ねえし! もう1回考え直しな?」
先程の推理は、私がそうであって欲しいと願ったもの。本命じゃない。やはり、今回の事件は綿密に計画されていた。ドトウさんのことを思うと、本当に残念よ。
「いえ、アカノさん。にゃーさんを壊したのはあなたです」
「は……?」
「私は、推理が間違っていたと言ったのよ。あなたが犯行をしたことに変わりはないわ」
「な、何をバカな!?」
目に見えて慌てるアカノさん。
「今のゴールドシップさんの証言で、廊下から破片を出してないとわかった。けどね、アカノさんが破片を持ち出すことは可能なのよ!」
「ま、待ってください!」
突然、マイノーンさんが立ち上がる。
「言い忘れてましたが、アカノさんは部屋を出る時、ジャージを腕に提げていたんです! バケツを抱えてましたから! だから、ジャージに隠して持ち出すことはできません!」
「ええ、わかっています。彼女は部屋を出る時には、破片を持ち出していないの」
「それはおかしいな。キング、アカノが部室にいたのは一度だけだ。それなのに、どうやって持ち出すんだい?」
ノイジーさんが尋ねてくる。
「あら、あったじゃない。アカノさんが部屋から破片を出すチャンスが。ノイジーさん、あなたならわかるはずよ」
「アタシならわかる……?」
「アカノさんは3時30分頃に、部室の窓まで来ているでしょう? その時、ノイジーさんは2日分のジャージを手渡したんですよね?」
「ああ、そうだね……まさか?」
「そう、そのまさかよ」
私はアカノさんを睨み付ける。
「ひっ!?」
アカノさんはイスから転げ落ちた。
「その2日分のジャージの中に、にゃーさんの破片を半分ずつ隠したんです!」
「ああっ!?」
直後、ガシャンと音がする。後ずさりをしたアカノさんがロッカーにぶつかったのね。
「でも待ってよ、キング」
今度はフジさんが尋ねる。
「もし彼女がその手段で破片を持ち出したなら、それをどこに隠したんだい? 寮と学校以外を行き来していないはずなのに、彼女の部屋には破片は無かった」
「ええ。1人では無理でしょうね。だから、私は信じたくなかった」
言いたくなかったけれど、言うしかないわ。それが真実なら。
「そう、アカノさんには共犯者がいたんです!」
私の声が部屋中に響き、皆は静まり返る。やがて、皆の視線はとある1人へと集まっていく。
「まさか、あんた!?」
それまで黙っていたメリードライさんが声を荒げ、立ち上がる。
「皆さんがお気づきの通りです。アカノさんが破片を隠したジャージを手渡した本人……」
「共犯者はエレニカノイジーさん、あなたよ!」
思い切り指を差す。彼女はハッとした表情を浮かべた。
「アタシが……なぜ、そうなるのかな?」
「2日分のジャージの中に破片があれば、触った時に気づくはずです。固い何かが入っていることに。しかし、そう言った証言は出てこないし、アカノさんへも指摘していない。共犯者じゃないとしたら不自然です」
「何か変だなとは思ったけど、水筒が包んであると思ったんだよ」
「百歩譲ってそれは認めましょう。けど、ノイジーさんが共犯者であれば、にゃーさんの破片を処分できるんです」
「どうしてそうなるのかな?」
ノイジーさんは不機嫌そうな表情でこちらを見る。
「今日の昼、ノイジーさんは寮の戻りませんでしたね? フジさんが見ています。校門を出てどこかへ行ったと。その時、どこへ行ったのでしょう?」
「ああ、あれはお菓子を買いに行っただけさ。もう食べてしまったけど」
「ええ、そうかもしれないですね。ですが、それだけではありません。この間ににゃーさんを処分したんです」
皆、静かに彼女を見つめる。
「おそらく授業の休み時間に、アカノさんが持ってた分の破片を受け取った。その際、誰にも破片を見られないように、ジャージごとバッグに詰めたの。離れた河川敷まで行き、人目のつかないところで川に捨てたか、路地裏にバラまいたってところね。その後この部室に来たのよ。妙だと思っていたの。今日ノイジーさんだけ、部室にバッグを持って来ていたのは」
ドトウさんの話によれば、普段チームメイトは寮にバッグを置いてから部室へ来るとのことだった。そうしていないのは、にゃーさんを運んだ後にそのまま来たからに他ならない。
「寮に戻らずバッグをここに持ってきた理由! それは! 休み時間に受け取ったアカノさんジャージを返すためだったのよ!」
「……!」
ノイジーさんの額から冷や汗が流れる。
「待ちなさいよ」
急に、ドライさんが机を叩いた。
「あんたの言ってることは筋は通ってるけど、全部妄想よ。それでノイジーが犯人になるのはおかしいわ」
冷静に、淡々と話すドライさん。しかし、彼女の声は震えていた。
「ドライの言う通りだ。アタシが共犯者だと言うなら証拠が欲しいね。それが無ければ、アタシは犯行を認めない」
ノイジーさんも眉間にしわを寄せ、こちらを睨んでくる。
「そうだ! オレがやった! でも、オレだけだ! ノイジーは何もしてねえ!」
アカノさんまでノイジーさんをかばい始めた。
「あの、私からもいいですか?」
今度は、マイノーンさんが手を挙げた。
「その話が本当なら、ノイジーさんは既にジャージをアカノさんへ返したということですか?」
「え? ええ、そうね。バッグの中には入ってなかったんだから」
「でも、放課後にアカノさんとノイジーさんが会ったのは、キングさん達が聞き込みをしていたあの時間だけです。アカノさんと私、ほぼずっと一緒にいましたから」
新たな証言に、私は驚き固まった。
「もう1ついいですか? もしその方法でにゃーさんを部室から持ち出したなら、オペラオーさんの目撃証言と食い違うんじゃないでしょうか?」
立て続けに、痛いところを突かれる。
「それに関して、私からもいいかな?」
とうとうフジさんまで口を開いた。
「昨日、私もアカノが寮に戻る姿を見てたんだ。いっぱいジャージを抱えて部屋に行ったから印象的だったんだけど、破片が全部入るほどジャージは膨らんでなかったよ。2着積んであったから、山なりにはなってたけどね」
「ウソ……!?」
私の推理の穴。それは、2日分のジャージににゃーさんをほぼすべて隠したのなら、かなりジャージが膨らむという点。オペラオーさんの証言と食い違うけれど、遠くで見てたから見間違えた可能性もある。だからこの推理を推した。
しかし、フジさんの今の証言で覆ってしまった。アカノさんがすべて持ち出したはずなのに、どうしてジャージは膨らまない? ゴミ箱や廊下から出したみたいに、他の場所にも捨てて量を減らしてたの!?
さらにもう1つ、穴ができてしまった。それは、ノイジーさんがアカノさんへジャージを返す機会がないということ。それなのに、バッグの中はカラッポだった。そもそも最初からジャージをもらっていないこともあり得る。なら、なんでバッグを? 新たな謎が出てきてしまう。
けど、ノイジーさんが不自然な行動を取っている以上、犯人であることを後押しする材料になる。こうなったらもう、脅していくしかない。
「ノイジーさん。私達でここまでわかったんです。警察が捜査すれば、あなたが犯行に関わっていることは明らかになります。だから、今のうちに認めてください!」
「キング。アタシは、証拠が欲しいと言ったんだ。警察を呼ばれようが何だろうが、認めるつもりはない」
自信満々に言いきられてしまった。
けれど、アカノさんの単独犯はあり得ない。寮からにゃーさんの破片が見つからないなら、絶対にノイジーさんも共犯なはずなのに! ここまでなの!? 所詮素人の私達じゃ、事件のすべてを暴くことはできないの……!?
「はい! しつもん!!」
頭を抱えていると、ウララさんが声をかけてきた。
「ノイジーさんとアカノさんが犯人だってことは、一緒ににゃーさんを持っていったの?」
「え? ええ、そうね。一緒に持っていったのよ」
一緒に持っていった。間違った表現ではない。ノイジーさんも、一時的ににゃーさんの破片を運んだのだから。
「それじゃあ、にゃーさんは山分けするつもりだったのかなぁ?」
山分けって、破片の状態で分けても意味ないじゃ……。
待って。山分け? アカノさんと、ノイジーさんで?
…………そう、そうよ! なんで今まで気づかなかったのかしら。
ジャージの膨らみ、ノイジーさんの空のバッグ。これらはつながってて、そして今……。
「ありがとう、ウララさん」
「えっ?」
「あなたのおかげで、残った2つの謎は解けたわ!」
首をかしげるウララさんに、私は笑みを向けた。そして、皆の方へ視線を戻す。
「ノイジーさんが犯行に関わった証拠は、今もこの部屋の中にあります!!」