あと、前話投稿後に、一時的にですが日間ランキング46位にまでなってて凄く驚きました。それもこれも皆さんに読んで頂いているお陰です。本当にありがとうございます。
それでは本編をどうぞ。
時間は少し戻り、真依達とヒュースが戦闘を始める直前。既に、直樹とヴィザは激しい戦いを繰り広げていた。
戦闘が行われている周辺は、すでにお世辞にも住宅街と呼べない状態となっている。
並び立っていた建築物は、その悉くがバラバラに断ち切られるか粉砕されていた。そして、それを支えていた道路もまた無事では済んでいない。一部は切り取られ、一部は蜘蛛の巣状に亀裂を走らせている状態で、無事な道路の方が少ないぐらいである。
住宅街だった場所がそんな有様になるほど激しい戦闘になっているが、戦況は拮抗状態に陥っていた。
呪力と全集中の呼吸により超人的な身体能力を発揮した直樹は、瓦礫塗れとなって随分と見晴らしが良くなった町を縦横無尽に駆け抜ける。
その一歩一歩が並みのトリオン兵を破壊するほどの力で地を踏み締めており、瓦礫を踏めば砕いて粉塵を撒き散らし、道路を踏めば亀裂を走らせる。
そうやって超高速で動く直樹とは対照的にヴィザはその場から動いていなかったが、代わりに『星の杖』で生み出された複数の刃が直樹以上に動き回っていた。
超高速で動く直樹を前後から挟む様に刃が動き、それは躱される前提で回避先を潰す様に刃が通り、それら全てを囮にした様に上空からギロチンの如く刃が振り下ろされる。
前後左右上下から囲い込み執拗に襲い掛かる刃の群れ。既に、この世界の中で相当な実力者でも受け切れない程の猛攻を受ける直樹だったが、その全てを超人的な身体能力と、刃がレールの上を動くという規則性から回避する直樹。
超高速で動きながらも、その動きから精細さが欠ける事は無かった。
更に直樹は、動き回って刃を躱しているだけでは無く反撃も試みる。
走り、動き回りながらも、道路に落ちていたバスケットボール程度のサイズに切り分けられた電柱の破片を、その両手に一つづつ手に取って一回転しながらヴィザに向けて連続で投げつける。
当然の如く呪力を纏い、弾丸の如き速さで投げつけられた二つの瓦礫。しかし、迎撃の為に動かされた刃が空中で八つ裂きにした。
かすり傷一つつける事なく空中で切り裂かれたが、そうなる事は直樹も分かっていた。
切り裂かれた瓦礫の陰から直樹が飛び出す。
初めから瓦礫は切り裂かれる前提で、それを囮にした突撃を試みていた。
「ほっほ…元気な人だ」
1秒にも満たない刹那の時間。常人の反射神経では気づいた時にはトリオン体を破壊されているだろう速度の突撃だったが、それすらも読んでいたヴィザには通用しない。
突如としてヴィザと直樹の間に『星の杖』の刃が生み出される。隙間なく密集して剣山の様に並べられた刃に直樹が飛び込む形になった。
そのままでは串刺しにされる所だが、そんな簡単に死ぬ直樹ではない。
直樹が剣山の手前スレスレの所で直角に折れ曲がった。
一瞬の出来事故に、ヴィザの目に残像が焼き付く。
このレベルの戦いでは、一瞬だけ相手の姿を見失う事が即座に死に直結する。
「『星の杖』」
「チッ」
それを良く理解しているヴィザは、まるでハリネズミの様に、全身を覆う様に刃の群れを生み出した。
死角から攻撃を仕掛けようとして直樹がそれを見て攻撃を止め、ヴィザの隙のなさに辟易して舌打ちをした。
防御を固めたヴィザを相手に攻め手が無くなり動きを止める直樹。
状況が膠着した事で、少しだが会話をする余裕が生まれた。
「怖い怖い。まるで猛獣ですな」
ヴィザから見た直樹は正しく猛獣であった。
ただし、獣は獣でもただの獣ではない。神話や御伽噺に登場する怪物の様であった。
ラービットの装甲を素手で容易く破壊する膂力。その膂力により生み出される爆発的な加速力。そして、その速さに振り回される訳でも無い。動きながらも確実に攻撃を躱す繊細さと、突撃中に直角に折れ曲がる俊敏さも備えている。
「そういうあんたは猛獣使いってか?」
自分を獣に喩えたヴィザに対して皮肉気に言い返した直樹。
『星の杖』の刃は、その名前とヴィザを中心に回る性質上、側から見ると太陽の周りを回る星といった印象が強いが、直樹が感じる印象は猟犬の群れであった。
直樹の動きに逐一反応し、追いかけ、追い込み、急所を抉ろうと迫る猟犬の様な刃達。そしてそれを完璧に使い熟し、直樹という暴れ回る猛獣に対して、確実に対処するヴィザ。
その姿は直樹の言う通り猛獣使いの様であった。
「あなたの様な怪物を飼い慣らせるとは思っていませんよ」
(「生け捕りにしろ、出来ないなら殺せ」と言うのがハイレイン殿の命令ですが…生け捕りにするならば、最低でも四肢を捥ぐ程度は必要になりますな)
自らの上司であるハイレインからの命令を思い出し、具体的に捕える方法を練り始める。
今の五体満足の状態の直樹を生け捕りにするのは至難の業だが、しかし、ヴィザは不可能だとは思っていなかった。
(類稀な身体能力、大人数を飛ばすワームホール、腕を繋げる回復能力。その全てが強力で厄介ですが、その全てに対処法はあります)
超高速で動かれるが、『星の杖』の刃はそれに劣らない速さと数がある。
ワームホールは同僚が同じ様な能力を使うが故に、その行動はある程度予測できる。
回復能力はまだまだ詳細が不明であるが、無制限に使える力などあり得ず、流石に何らかの制限があると考えられた。
そこまで考えた上で、ヴィザが考え出した結論は単純明快である。
(結局…私のやる事は変わりません。ただ切るだけです)
ヴィザが『星の杖』を構える。その姿は正しく歴戦の強者であり、醸し出される威圧感から、直樹の背筋にゾクゾクッと冷たいものが走った。
「バケモン爺さんが…」
冷や汗をかきながら悪態を吐く直樹。
怪物と形容された直樹だが、その直樹から見てもヴィザという戦士は化け物じみていた。
(刃の動き自体は単調で見切りやすいけど…速度・数・切れ味全部を加味するなら確実に特級呪具レベルの武器やし、それを使い熟す爺さんの技量が高すぎる。さっきから、こっちの動きに全部対応されてるな)
心の中で冷静に相手の戦力を分析する。
直樹が最も警戒していたのは『星の杖』の性能では無く使い手の技量と経験であった。
(直線の軌道は絶対にあかん。かと言って撹乱しようにも引っかからんし、ワームホールにもすぐ対応される)
攻め手が無くなり、八方塞がりの様に思えるこの状況。
この状況を打破する為に、直樹が考え出した結論もまた、単純明快だった。
(物量と勢いで押し込むしか無いな)
それは一見、破れかぶれに思えるかも知れないが、それほど悪い作戦ではなかった。
今の拮抗した状況は、圧倒的に身体能力で優れている直樹に対して、神がかった技量と膨大な経験を持つヴィザが対応しきれているから生み出されている。
ならば、直樹の攻撃をヴィザが対処出来なくなれば、状況は好転する。その為に手っ取り早く用意できるのが物量と勢いであった。
「行くで…」
「ええ、受けて立ちましょう」
直樹の馬鹿正直な宣言から、これまで以上の激しい猛攻が来る事を察したヴィザが、それを真っ向から受け止めるべく『星の杖』を多重展開させた。
ヴィザの周囲を夥しい数の刃が高速回転する。
その刃の結界の外側、刃が届かない場所を直樹が高速で周る。
重機に匹敵する力で踏みつけられ、爆破された様に瓦礫や道路が砕け、粉塵と共に舞い上がる。
数秒も経たない内に、直樹が刃の結界の外側を何度も周り、その度に粉塵の密度が上がり、視界が効かなくなっていく。
視界が完全に無くなる前に、粉塵を断ち切る様に複数の刃を動かすヴィザ。あわよくば煙の中に隠れた直樹ごと切ろうとしていたが、直樹は更に外側を走る事によって躱した。
徐々に広がる刃の結界と、それに合わせて広がり続ける粉塵の結界。際限なく広がり続けるかと思われたが、先に根を上げたのはヴィザだった。
舞い上がる粉塵を断ち切る為には複数本の刃を動かすしか無い。しかし、それを広範囲に維持し続けると、逆に身を守る刃の数が減りすぎると判断したヴィザが刃の結界を広げるのを止めた。
それでも、半径50メートル程にまで広がった刃の結界だったが、遂に刃の結界は粉塵の結界に覆われて、刃の通らない場所が何も見えなくなってしまった。
全方位を警戒するヴィザ。
粉塵によりこれ以上視界が悪くならない様に、数本の刃だけを半径50メートル程の所で周回させ、奇襲を警戒して、数十本の刃を密集させて己の付近を周回させていた。
広く薄い外円と狭く濃密な内円。その二重の結界に守られるヴィザ。
警戒から数秒が経ち、状況が動く。
野球ボール程度のコンクリート片が複数、粉塵を突き破りヴィザの周囲へと飛んできた。
しかし、ヴィザの周囲を覆う内円の結界に阻まれ、バラバラに切り落とされた。
更に続けて同じ様な投擲が続く。
コンクリート片だけでは無く、標識だった物や、塀に使われていたレンガ、屋根の瓦、様々な家具の残骸、テレビなどの電化製品まで、投げれそうな物全てヴィザに向けて投擲された。
しかし、その悉くが内円を突破出来ない。
それでもなお投擲が続く。
今度はワームホールをふんだんに使って、ヴィザを囲う様に全方位から投擲物が飛んでくる。
右からバスケットボールが飛んで来た直後に反対から野球のボールが飛来し、その後には真上からベットが落ちてくる。
最早ヴィザからは何処から何が飛んでくるのか一切分からない状態であったが、それでも『星の杖』による刃の結界を突破する事は出来ない。
それでもやはり、一見無意味とも思える投擲は続く。
投擲開始から1分と経っていないが、既に投擲された物の数は百を優に超えていた。
(この程度ですか…こんな当てずっぽうな攻撃で突破出来るほど『星の杖』は甘く無いですぞ)
若干の落胆を感じるヴィザだが、その警戒が鈍ることはない。
(それとも持久戦を望んでいる?しかし、先程は攻める気に見えましたが…)
直樹が何を考えているか、その長年培ってきた深い洞察力で見抜こうとする。
しかし、そのタイミングで嫌な気配を感じ取り、背筋に冷たいものが走った。
「ッ!?今のは…!?」
急に何かの気配を感じ取ったヴィザが、驚きから思わず声を漏らした。
ヴィザが感じ取ったのは、真依がヒュースを撃破する為に大量の呪力を込めた銃弾、それが発する異様な気配であった。
直樹の攻撃を警戒する余り、気配に敏感になっていたが故に起きた出来事だった。
実はこの時、直樹もまたヴィザの位置を大雑把にしか把握出来ていなかった。それは当然のことだった。何せ、ヴィザから直樹が見えない様にしているのだ、その逆も然りである。
先程から瓦礫を投げていたのは、瓦礫が破壊される音を聞くことでヴィザの大まかな位置を特定する意味もあったのだ。
しかし、ヴィザは
その声を、強化され、研ぎ澄まされた直樹の聴力は聞き逃さないし、その一瞬の隙を直樹は見逃さ無かった。
用意していた
発射されたのは車のボンネットである。
ただし、発射というだけあって、直樹が投げたわけでは無い。
夜の炎で生み出されるワームホールには物体が通過する度に加速させる性質がある。その性質を直樹は存分に活用していた。
左右で挟む様にワームホールを発生させ、その間にボンネットを入れる。入れられたボンネットは左のワームホールに入り、右のワームホールから出てきて、更に左のワームホールに入る。それを直樹が止めるまで永遠に繰り返した。
そして、ヴィザが声を漏らした瞬間に狙いを定め、一方のワームホールを消した。
その結果、極超音速*1にまで加速させられたボンネットが、ヴィザに向けて発射された。
発射された瞬間、ボンネットが勢い良く空気を押しのけ、切り裂き、スナックブームが発生する。バァンッという強烈な破裂音が轟き、粉塵が弾け飛んだ。
破裂音にヴィザが驚くよりも、空気との摩擦による熱でボンネットが溶けるよりも先に、ヴィザの周囲を守る刃の結界へとボンネットが到達した。
刃に触れてバラバラに切断されるが、先程までの投擲の様に勢いを完全に殺す事は出来ない。
「ぐぅっ!?」
空気との摩擦で小さくなった上で、バラバラになった金属片が勢い良くヴィザへと突き刺さる。
しかし、それによりヴィザの体に傷が出来ることは無かった。
(死んでいないっ!?何故っ!?)
細かな金属片が勢い良く上半身にぶつかり、体勢を大きく崩され、受けた衝撃から死んで無い事に驚愕しながらも思考は途切れない。
発射されたボンネットは呪力を纏っていなかった。
それは、手を離した物体に呪力を纏わせ続ける事が、直樹には不可能だった為に起きた事だったが、そんな事よりも考えるべき事があった。
煙が一部晴れたことによりお互いの姿が見える。
上半身が大きく仰け反り、体勢を崩したヴィザを狙い、新たなワームホールを生み出す。
ヴィザの胸元に生み出されたワームホールから、直樹の左手が飛び出し、心臓のある場所を抉ろうとする。
「ぬうっ!!」
しかし、いくら体勢を崩されても、ヴィザが対応出来ない一撃では無かった。
滅多に上げない呻き声をあげながらも、『星の杖』を直樹の左手に向けて振り抜く。
『星の杖』はただ刃を生み出すだけにあらず。『星の杖』自身もまた鋭い刃を隠し持った仕込み杖であった。
その鋭い刃が直樹の左手を切り落とす。
「惜しかったですな…」
安堵からか煽る様な台詞が口にしたヴィザだったが、
「…ああ…お前がな」
「なっ…!?」
痛みに耐えながらも言葉を返した直樹の右手は、ヴィザの背後から胸を貫いていた。
どれほど体勢を崩されようとも一撃だけならヴィザは対応すると、直樹は確信していた。だからこそ、体勢を崩した直後に分かりやすく致命傷になりそうな心臓をわざわざ前から狙う事で対処させ、一瞬の間を開けた上で背後から二撃目を放っていた。
「フッ」
鋭い息を吐き、確実に仕留める為に、ヴィザの胸を貫いたままの右手を薙ぎ払い、ヴィザのトリオン体が大きく抉る。
誰がどう見ても致命傷となる傷を受け、ヴィザの体からトリオンが大きく漏れる。傷から急速に亀裂が入り、一瞬の後に限界を迎えた。
バフンッという音と共に白い煙が出て、ヴィザの生身がその場に現れた。
「何や…お前には脱出機能無いんかい」
その光景を見ながら、ゆっくりと、フラフラと歩いてヴィザに近づく直樹。
直樹の耳からは血が流れていた。極超音速ボンネット弾を発射した際の破裂音により、直樹の鼓膜は破れていた。鼓膜が破れて、三半規管が揺さぶられた事により足元がふらついていたのだ。
しかし、傷ついていた直樹だが、反転術式により5秒も経たずに治療が完了され、ふらついていた足取りも通常の様子を取り戻した。
『申し訳ない負けてしまいました』
ヴィザが腕に嵌められた黒い輪型の通信機に向けて報告した。
その声を聞いた直樹はしかし、その言葉の意味を理解出来なかった。
「…??言葉通じひんのか?さっきまで普通に喋れてたのに」
突如として言葉が通じなくなった事には、勿論理由があった。
端的に言えばトリオンには言語を介する力がある。この二人がやり取りを正常に出来ていたのはヴィザがトリオン体であり、ヴィザのトリオンが感情エネルギーである呪力に干渉していたからだった。
そして、ヴィザのトリオン体が破壊された段階でその力は失われていた。
疑問を感じながらもヴィザの近くに落ちていた左手を拾い、切断面についていた汚れを拭った後に、反転術式で一気にくっつけた。
「さて、あんたの身柄はどうした方がええんやろな?」
『ミラ殿、私の回収は不可能です。見捨ててください』
噛み合わない二人の元へ、複数の人影がやってきた。
「直樹も無事に勝てたみたいね」
「まさか…本当にヴィザ翁が負けるとは…」
「お疲れ様」
「しかし…酷い有様だな…」
上から順に真依、ヒュース、迅、木崎である。
彼等がここに来たのには理由が二つあった。
一つ目は、単身で敵と相対している筈の直樹の安否を確かめる為。そしてもう一つは、ヒュースがヴィザに対してある事を問う為であった。
迅が、その二つの目的がこの場に来る事で達成出来ると言った事により、四人がこの場に現れたのだった。
そして、その目的を果たす為、ヒュースがヴィザに問いかける。
「ヴィザ翁…私を
『ええ、そういった計画もありました。…しかし、この状況では私も本国に帰れそうにもありませんがな』
悔し気に顔を歪ませて何かをじっと考えるヒュースとは対照的に、最早観念したのかサッパリとした顔をしているヴィザ。
しかし、その会話に口を挟む者が現れた。
「その件なんだけど…直樹君。そっちのお爺さんの身柄をこっちで預からせてもらって良いかな?勿論、君が頑張って倒してくれたお陰だから、その分、君のお姉さんの立場は確実に保証させて貰うよ」
「貴方にそこまでの決定権があるんですか?」
迅の言葉をいまいち信用しきれず、怪しむ直樹。
「俺の命を懸けて保証するよ」
命を懸けるという重い発言と、迅を良く知る木崎ですら滅多に見せない真剣な表情を見て、直樹もまた信用する事に決めた。
「じゃあ、この人の処遇は任せます」
「ありがとう」
そうやって至極あっさりとヴィザの処遇が決まった。
こんなにあっさりと決まったのは、迅が未来を見た上で、どうやって交渉すればスムーズに進むかを把握した上で交渉に臨んだからである。
「さてと…じゃあ、その手に付けた通信機渡してくれるかな?」
「ええ…どうぞ」
特に抵抗も無く迅の元へヴィザの持つ通信機が渡された。
「聞こえてるかな………」
そのまま少し離れた場所でゴニョゴニョと何やら交渉をし始める迅。
そんな迅を置いて、残りのメンバーが会話を始める。
「無事で良かったわ真依姉さん」
「貴方もね」
お互いの無事を祝う真依と直樹。
そして、右腕をうしなっている木崎に対しても心配の声を掛けた。
「木崎さんの腕は大丈夫なんですよね?」
「ああ、大丈夫だ。問題無い」
そんな、至極真面目なやり取りをしている間に迅の交渉は終わった様だった。
「はいお爺さん、これ返すよ」
軽い言葉共に通信機がヴィザに投げ返された。
その直後、集団から少し離れた位置にワームホールが作られた。直樹のものでは無いそれに、警戒心が高まる。
ワームホールから現れたのは黒い角を生やした男女の二人組だった。
「ハイレイン隊長っ…ミラもかっ…!」
「何故こちらに来たのですか…!?この状況では…!」
ヒュースが苛立ち、低くドスの効いた声で名を呼び、ヴィザが圧倒的に不利な状況のこの場に現れた事を非難した。
「此処に来たって事は交渉成立って事で良いのかな?」
「ああ…こんな所でヴィザを失う訳にはいかない」
ハイレインと呼ばれた男が、迅に対して言葉を返した。
そう、先程まで迅が交渉していた相手こそがハイレインだった。
ハイレインはヒュースから隊長と呼ばれている事からも分かる通り、今回の侵攻の指揮官をやっており、交渉も彼が行っていた。
迅は捕虜交換を持ちかけていた。迅側が返すは勿論ヴィザで、ハイレイン側が返すのは今回の侵攻で拉致されようとしていた人々だった。
「ミラ」
「はい」
ハイレインが自身と共に現れた女の名を呼び、それに応じたミラが自らの能力であるワームホールを開いた。
直径2メートル程の大穴が開けられ、そこから光るキューブがゴロゴロと落ちてくる。更に、キューブが落ちなくなった後には、人間まで落ちてきた。殆どの人間は目立った傷が無く気絶しているだけの様だった。
最終的には、キューブと人の数が合わせて20ほどになった。
「これで
ハイレインがそう断言した。
「…オッケー
迅が未来を見て拉致されて行方不明になった存在がいない事を確認し、ヴィザをハイレインへと受け渡す。
ヴィザの安否を確認した後、ミラがすぐさま新たなワームホールを開いた。
その中へハイレイン、ヴィザ、ミラの順で入る。
そして、ヒュースに一言も告げる事なくワームホールは閉じた。
「迅…これで良かったのか?」
未来視を持つ迅の判断を信じて、交渉を任せていた木崎が、そう迅に問い掛けた。
「うん、これが今選べる最善の未来だったよ」
迅のその言葉通り、その日、ハイレイン達からそれ以上の侵攻は起きなかった。
ハイレイン達が引いた事を知り、町に放たれたままだったトリオン兵達も、瞬く間に破壊された。
これにより、この大規模な侵攻の防衛は、その規模の割には被害少なく幕を閉じた。
いかがだったでしょうか。今話も楽しんで頂けていれば幸いです。
今回も後書きは長いので読み流してもらって大丈夫です。
さて、今回は直樹とヴィザの戦闘がメインの回でしたが、前書きにも書いた通り、非常に難産でした。没にした戦闘シーンでは、もっと傷だらけになりながら肉を切らせて骨を断つ様なシーンがあったり、互角のまま持久戦になり、ハイレイン達が撤退に入る様なシーンもありました。
そうやって書き直した大きな理由が、作中でも使いましたが、ヴィザが身を守る為に『星の杖』で結界を作った場合、直樹が突破する方法が殆ど無い事に気づいたからです。
そして、何度か書き直した結果、最終的に今回の様にゴリ押しというか、ヴィザが反応出来ないレベルの攻撃を当てて、体勢を崩してから確実に仕留めるというパターンになりました。
その直樹が行った極超音速投擲ですが、一応手加減しています。それこそ加減無しの場合では光速にまで達して、町ごと全部を吹き飛ばす事になりかねませんからね。
これで気づいたかも知れませんが、この攻撃方法の全力を呪術界上層部が知った場合、特級認定もあり得ます。まぁそんな事態にはなかなかならないとは思いますけどね(渋谷事変から眼を背けつつ)。
そして、迅とハイレインが行った交渉のシーンを大分カットしました。これは直樹に直接関係無かったからです。
大雑把に纏めると、迅側はヴィザという捕虜を取り続けると、ハイレインが全力で取り返しに来る可能性が高く、自分達の被害も大きくなり過ぎると判断して、捕虜交換を持ちかけました。ハイレイン側は現状、侵攻の目的を達成する事が出来ていない。その上で、ヴィザという極大戦力まで失ったら、本国での自分の立場が無くなるので捕虜交換に応じた。という形になります。
この辺の話は次話の冒頭部分にでも盛り込もうかなとか考えています。
それでは長くなりましたが、ここまで読んで頂きありがとうございました。