黒閃を放った呪術師は一時的にスポーツなどでいうゾーンに入った状態になる。
普段意識的に使っていた呪力を無意識に、呼吸をするように自然に行える様になり、その結果、圧倒的な全能感を得る。
この感覚を味わった者とそれ以外の者で、呪力操作のレベルが格段に違うほど圧倒的な感覚である。
直樹が黒閃を出すのが初めてでは無いが、この時直樹は
それは直樹以外にはあり得ない感覚だったのかも知れない。
全集中の呼吸による、全身の細胞に酸素を送り込む感覚。
複数回の死と蘇生の経験により培われた、圧倒的な呪力操作精度。
その呪力操作から行われた、全身を覆う『落下の情』。
その結果起きた
丹田で練られた呪力が、血と共に巡り、髪の毛の先から足の爪先まで全身を駆け巡る。
今までとは比較にならない呪力操作の精度。
それは、あるいは現代最強の呪術師、五条悟に届きうるかも知れない。
それほどの境地に直樹は立っていた。
高揚感に身を浸しながら『躰倶留隊』による
禪院家の戦闘集団において『躰倶留隊』の扱いは余り良くない。
『躰倶留隊』とは術式を持たない呪術師の集団だからだ。
度々話に出る禪院家の傲慢さを体現した言葉「禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず」。
であるならば禪院家における『躰倶留隊』とは一体何か。
はっきり言うと任務時の雑用である。
術式を持たないので血を残す意義が薄く、放逐するには呪術師が不足している
だから体良く雑用として使われる。
帳を下ろさせる。二級以下の呪霊討伐任務をやらせる。
これらはまだマシな方である。
最悪の場合は、準一級以上の呪霊討伐時の偵察役や肉壁として使われる。
しかし、だからと言って『躰倶留隊』に入らないと言う選択肢は無い。
入らないならば呪術師としては認められない、そして、呪術師で無いなら人として扱われない。
そんな『躰倶留隊』が直樹に突撃する。
全員で息を合わせての突撃。
そして、
禪院扇を中心とした、接近して効果を発揮するタイプの術式を持つ者は、左右に分かれ『躰倶留隊』を避ける様に動き、直樹を包囲しようとしている。
禪院甚壱を中心とした、遠距離から攻撃できる術式を持つ者は『躰倶留隊』を囮に、それごと直樹を攻撃しようとしている。
「馬鹿どもが」
そこまでを確認して、優先順位を付けた俺は動いた。
今までしてこなかった夜の炎の使い方をする。
俺の左右に三個づつ直径15cm程のワームホールを作る。
そのワームホールを殴り、腕を潜らせる。
右と左を交互に連続で殴り続ける。
殴ったワームホールを消して、他のワームホールを殴りながら新たにワームホールを作る。
作った端から殴っていく。
ドゴッ「ぐっ」バキッ「がっ」ドゴォ「なにがっ」バコン「うぎっ」ゴン「げほっ」
連打に合わせて鈍い音と短い悲鳴が上がる。
包囲しようと近づいていたはずの呪術師達が思わず振り返り足を止める。
その先にあったのは異様な光景だった。
遠距離攻撃をしようとしていた呪術師の身近に一瞬だけ黒い渦が出来る。
出来た瞬間には腕が伸び出て呪術師を殴る。
突然の攻撃になす術なく殴り飛ばされていく呪術師達。
拳を振りかぶっていた甚壱には顎と鳩尾を殴った。拳を振りかぶった体勢のまま地面にうつ伏せに倒れる。
その横で両手を前に出して構えていた小柄な呪術師は、右のこめかみを殴る。気が遠くなり膝を突くのに合わせて左から顎を殴って完全に失神させる。
近くにいて地面に両手を着いていたモヒカンの老呪術師は顎にアッパー放つ。仰向けに浮かした所に腹を掌で押し込んで地面に叩きつける。
その様子を近くで見ていた呪術師達が、咄嗟に顔と腹を守る様に腕を出しよるけど、腕と胴の間のスペースにワームホールを発生させて殴る。
距離を取ろうと後ずさった呪術師の背後にワームホールを出して、後頭部をぶん殴る。
そうやって遠距離術式持ちの『炳』と『灯」を全員倒した。
「次はお前らや」
突撃してくる『躰倶留隊』のメンバーに対処する。
こいつらは背後の状況に気付いとらんかった。
そらこんだけ吠えてたそうやろうな。
『躰倶留隊』は突撃し始めてから今まで叫ぶのを止めていなかった。
直樹が異様な事をしているのを見て怖気付きそうになったが、その恐怖を押し殺して前に進んでいた。
最初に切り掛かってきた刀を持ったリーゼントの隊長やった。
刀が振り下ろされる前に懐に入り鳩尾を殴る。
それに続いて次々と攻撃を仕掛けてくる。
しかしそれ以降も攻撃はさせへんかった。
動作に入った時に全てを潰した。
刀は振りかぶった瞬間に接近して殴った。
槍は突く前に背後に回って蹴り飛ばした。
短刀を構えて突撃してくる相手は、間合いに入った瞬間に二、三回振り回して失神した後に投げ飛ばした。
瞬く間に気絶していく呪術師達。
そう、わざと
今の状態で攻撃しては全員殺してしまう。
だから、わざと力を抜いて重さのない速さだけのジャブみたいな打撃を、急所に入れて気絶させる程度に抑えとった。
まぁ手加減し過ぎで何人か意識あるみたいやけど。
死屍累々の惨状が広がる。
今や立っている者の方が少なかった。
直樹と直毘人を除いて十人しか立っていない。
「次はお前らがこうなる番や」
その宣言すると九人が降参を宣言しよった。
そして残ったのは禪院扇ただ一人となっていた。
「貴様らっ!!」
扇が降参した者に激怒する。
激怒した扇から近くにいた人間が距離をとる。
「何を勝手に降参しておるのだっ!全員斬り殺すぞっ!」
激情と共に、扇が腰に差した刀を抜いた。
その刀で切り掛かる前に声を掛ける。
「その位にしときや。別にええやろ降参しても」
俺の声に反応してこちらを睨んできよる。
「それとも
他の人間に切り掛からない様に挑発した。
「何だとっ!この若造が!」
「その若造から逃げてるんは誰や?」
さらに挑発を重ねる。
扇の頭からブチっと血管が切れる様な音がした。
「良いだろう!その安い挑発に乗ってやるっ!」
両手で握る刀を右肩に乗せる様に構えた。所謂八相の構えだ。
「我が渾身の一太刀によりあの世に送ってやるわ!」
呪力を全身に纏うのが見て分かる。
「術式解放!
その叫びと共に扇の刀が炎に包まれる。
そして扇の中心とした地面に、半径2メートルほどの円を描いて炎が立ち上る。
これが扇の術式『焦眉之赳』、炎を生み出し操る単純な術式である。
それに加えて先程直樹も発動していた『落下の情』も発動していた。
扇の
それだけのシンプルな条件であるが故に、その斬撃は超高速である。
禪院直毘人の目で追えないほどの速さを斬る。
そのために扇が生み出した技であった。
扇を囲う炎のサークルは入ったもの全てを斬る処刑場となっていた。
「これならば先程の遠距離攻撃も使えまい。いや、使っても良いぞ!腕を切り落としてやるがなっ!」
はっはっはっ、と高笑いをする扇。
それを見て呆れてしまった。
「はぁ。お前ほんまにアホやろ。そんなんやから娘の価値も分からんねん」
「ふんっ、娘の価値だと?お前こそ分かっておらん」
扇が鼻息を荒くして答える。
「できそこないとして生まれたあやつらに価値などないわ!」
その言葉で調子付いたのか次々と罵倒の言葉が飛び出す。
「あやつらの存在意義は私を当主にすることだった!あやつらが優れた素質持って生まれたならば、今頃はわたしが当主だったはずなのだ!半端者として生まれ、低級呪霊しか倒せない様な奴らに価値など無いに決まっているだろう!」
その言葉に苛立ちが湧き出る。
人の価値を、俺は禪院家ではなく異世界で学んだ。
人の価値とは力の有無だけで決まるもんやない。
だから、禪院家で冷遇されとる奴らは普通の生活送ったらええねん。
そう。この戦いはその為の第一歩や。
禪院家から人として扱われへん人らを解放する為の。
「お前の考え方は俺とは合わん」
「私もお前の様なやつを当主とは認めんっ!」
その宣言と共に右拳を振りかぶって構える。
真正面から決着つけたるわ。
「宣言しといたるわ、右ストレートでぶっ飛ばすって」
「戯言をっ!ならば試してみるが良い、ただしその頃にはお前は真っ二つだがなぁ!」
扇の激情に呼応する様に炎がより強く燃え上がる。
それに呼応する様に俺の呪力が迸る。
さっきまで殺さん様に手加減してたけど、こいつ相手にそんなもんいらん。
全力で地面を蹴る。
その衝撃に耐え切れず地面が抉れて弾け飛ぶ。
弾丸の様に急接近し、炎の円に触れる。
超高速であるはずの斬撃は放たれない。
いや、刀は振られているが遅過ぎた。
直樹の呪力が炎の円に触れて、『落下の情』により刀が超高速で振るわれるより先に、直樹の右ストレートが放たれた。
直樹の右拳が刀を振り下ろそうとしていた扇の右腕に当たった。
究極の呪力操作と助走をつけて殴りつけたことにより、扇の右腕は千切れ飛んだ。
それでも拳は止まらずに、痛みを知覚するよりも速く扇の顔面に届き、扇を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた扇は地面にぶつかり、ゴロゴロと50メートルほど転がって進み、やがて止まった。
「それで?まだやるやつおるか?」
未だ降参していなかった、殴られても辛うじて意識のあった連中も次々に降参を宣言した。
「おらんよなぁ」
俺の言葉と同時に、最後の一人が降参する。
「それまで!この勝負、勝者は直樹じゃあ!」
それを確認した直毘人が勝敗を告げた。
禪院家次期当主を左右する戦いは僅か五分程で幕を閉じた。
こうして次期当主は禪院直樹に決まった。
いかがだったでしょうか。今話も楽しんでもらえてれば幸いです。
今話の直樹は黒閃ゾーン状態と言うことで無双回にしてみました。不快に思われた方がいれば申し訳ございません。
ただ、今話の直樹を原作と比較して考えるとこんな感じかなと思って、かなり強さを盛りました。
全集中・常中により虎杖に近い素の身体能力を、御三家直系の豊富な呪力と、黒閃ゾーン状態の呪力操作は五条の足元程度、と考えるとこれぐらいは出来ても良いかなと考えております。
また、今回はセリフにパロディを入れてみました。
「右ストレートでぶっ飛ばす」と「ただしその頃には〜」の部分です。こちらも不快に思われたら申し訳ありません。
ちなみに直毘人は聞いていて吹き出すのを我慢していました。
今回もお読みいただきありがとうございました。