38
ビクトール・ルックウッドと、古代魔術抜きで対決する。
それは、言うほど簡単じゃない。
「オリバンダーさん、お願いがあるんですが」
守護者達の指示通り、杖を作りに来た。
代金を支払うときに一枚の封筒を店主に渡す。
杖作りにかかる時間は読めないから、前もってシンガー巡査を呼び出しておくのは難しい。
今から応援を呼んでも、間に合うかどうかは分からない。
でも、もしも自分がルックウッドに敗れたとき、この特別な杖を奪われることだけは阻止しなければいけない。
これをシンガー巡査に届けて欲しいんです、そう言って渡した手紙を、オリバンダーさんは訝しみながらも受け取ってくれた。
外に出て、冷たい空気を胸一杯に吸う。
気合いを入れて相棒の杖を握りしめる。
「二人きりで、話がしたいと思っていた」
じりじりと間合いを計りながら、対面するルックウッドの杖を見た。
黒く光る持ち手に、あしらわれた銀。ランロクの鎧に色が似ていた。
手に入れる方法は一つしか無いだろう。
「最後の保管所の力は魔法族の物だ。協力しないと、馬鹿だぞ」
「協力の見返りはなんです?」
「お前にも力を。他にないだろう?」
深く、獰猛な笑みを浮かべたルックウッド。
ランロクの力を見て、狂わされていく様子を見てもなお、自分なら制御できると思い上がっている闇の魔法使い。
そんなに簡単な物じゃないよと可笑しくなった。
「こんな、"未熟な生き物"の僕に?あなたが何の力を分けてくれる?」
「なに?」
「あなたが欲しい力、僕はもう、手にしている」
ばちり、と光がほとばしる杖を構えた。
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39
ルックウッドを生け捕りにするというミッションは、やはり不可能だった。
周囲の闇の魔法使い達を倒しながら、ルックウッドの杖から放たれる閃光を避ける。
彼が呪いを得意としていることは知っている。
ちょこまかと!と舌打ちが聞こえた。
多勢に無勢。分かっていたから、持てるだけの魔法植物をばらまき、湖畔の主に助力を頼んだ。
どんどん減っていく手下達に、ルックウッドの表情は変わっていく。
使える手は、何でも使う。何が多数戦に有効か、ホグワーツ周辺でそれを試す場をたくさん用意してくれたのは、ルックウッド本人だった。
そろそろ来るな、そう思って息を吸いこむ。
「アバダ・ケダブラ!」
それは、死の光。
見入ってしまうほど透き通った、美しいエメラルド。
(ああ。セバスチャンの魔法の方が、綺麗だね)
セバスチャンの杖からそれが放たれたとき、何が起こったのか分からないまま頭に焼き付いたのは、そのあまりの光の美しさだった。
この呪文は圧倒的に強力な分、連発は出来ない。少しの隙が出来る。ただ、ルックウッドほどの使い手であれば、すぐに立て直すだろう。
だから、真っ直ぐ飛んでくるその光に向かって走り、間一髪、回転して避け間合いに飛び込んだ。
「なに!?」
まさか死の呪文に向かってくるとは思っていなかっただろうルックウッドの、驚愕した瞳と目が合う。
彼が何か呪文を唱える前に、一度だけなぞったことのある軌道で、杖を振り下ろした。
「クルーシオ!」
頼む、効いてくれ。
頼む、苦しんでくれ。
アンの苦しみを、思い知れ。
お前のせいでセバスチャンは!お前のせいで!!
(お前のせいで ”私” は!!!)
痛みにうなり声を上げるルックウッドに、理性は奪われていく。
「レダクト!」
強力な魔法に、隙が出来るのは、磔の呪文も一緒だった。
まだ残っていたルックウッドの手下に吹っ飛ばされる。今度痛みに呻いたのは、こちらだった。
反射的に魔法が放たれた方へコンフリンゴを打ち込むと、人が吹き飛んだのが見えた。
げほ、と直撃した攻撃にむせながらも立ち上がる。
(ウィゲンウェルド薬、今の衝撃で割れちゃったな)
肋骨にひびが入ったかもしれない。杖を振り上げると、ぴきり、ぴきりと、心臓の上の骨に刺すような痛みがあった。
それでも、どんなに痛くても、杖は降ろさない。
ゆらりと立ち上がったルックウッドの目は血走っていた。
何事かを唱えたあとで、もう一度、その杖は死の呪文を形作る。
(もう一度!)
もう、やつの仲間はいない。もう、邪魔する者はいない。溢れる黒い感情に身を任せ、再びその懐に飛び込むと、ルックウッドは嬉しそうに笑った。
ぞわりと、アクロマンチュラと対峙したときのような、その蜘蛛の巣に飛び込んだときのような悪寒が走る。
クルーシオ、と唱えようとした呪文を、とっさに切り替えた。
「ディフィンド!」
いくつもの蜘蛛を切り捨ててきた呪文だ。
目の前のルックウッドの胸が開かれ、顔に生暖かい血が飛び散った。
(ああ、生け捕りには、出来なかった)
一太刀で心臓を切り裂かれ崩れ落ちたルックウッドから杖を拾い見下ろして、思い浮かんだのは、ただただそんなことだった。
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40
彼が見つかった。しかし、最悪な状態で。
大怪我を負った彼が運ばれた医務室どころか、教員塔そのものが封鎖された。
おまけに、僕とオミニスは監視されていた。
ビクトール・ルックウッドを、彼が殺した。
今は意識不明の重体を負って治療を受けている。けれど、教員塔が封鎖されている理由は、彼が殺人の容疑者だからだ。
「正当防衛だ!連れ去られるところは、ホグズミードで大勢が見ていた!」
憤る僕に、オミニスは苦しそうに首を振った。
「一介の生徒が手を出すには、まずい相手だ。あれでも、この土地を収めている貴族の一員だ」
「追い回したのは、向こうだろ!?」
「そうだ、彼とルックウッドが敵対していたことを知っている者は多い。そして、捕まったルックウッドの手下が証言しているんだ」
「なにを……」
彼の状況に、オミニスはすぐにそのコネでいろいろな情報を収集してくれた。
どうしてこんなことになっているのか。明らかに正当防衛なのに、まるで彼が囚人のように扱われている理由。
「彼は、ルックウッドに磔の呪文を使ったと」
魔法界で、よっぽどの理由がないかぎり、絶対悪とされる一つ。
――三つの呪いの行使。
どくんと鈍く心臓が跳ねた。
必要があれば、使うべきだ。
以前の僕ならそう言っていただろう。そうして、ルックウッドに追い込まれる状況というのは、使うべき場面だったとも言えるだろう。
けれど、どんなことがあっても使うべきではないと僕に言って聞かせたのは、目の前の親友と、身を削ることで僕に納得させた彼だったではないか。
(……いや、違う)
僕は、彼がその呪文を使った場面を一度見ている。
他でもない、僕がかけられた、サラザール・スリザリンでの書斎でのことだ。どうしても、あそこから出るのに必要だったから。
そうだ。オミニスとは違い、彼は必要であれば磔の呪文をかけられる人間なんだ。
「ルックウッドは、ディフィンドで一太刀だったそうだ。磔の呪文を使う隙があったのなら、その前にディフィンドを放てただろう」
「は?」
「つまり彼は、追い込まれたから磔の呪文を使ったんじゃない。使おうと思って、使ったんだ」
何のために。
僕は、その問いの答えも知っている。
(嘘だ)
知っているが、どうしてそこまでしてくれるのか。
いつだって彼の行動は理解出来ない。
黙り込んだ僕に、セバスチャン?と気遣わしげにオミニスが声をかけた。
嫌でもピースは繋がっていく。
「……彼は、ルックウッドを生け捕りにしようとしたのか?――僕のために」
「どういうことだ?」
あの夜、アンが聞いた声。
『子供は、単なる、未熟な生き物だ』
意味が分からなかった、呪いの言葉。ただ、卑下され、下等に扱われていることだけは伝わった。
理解できなかったから、てっきりゴブリンの台詞だと思っていた。
けれど違う。名家の生まれの親友が、以前言っていた言葉がずっと頭にひっかかっていた。
あの時からもしかしてと思っていたが、ゴブリンの知り合いがいない自分には確証はなかった。
「オミニス。アンに呪いをかけたのは、ビクトール・ルックウッドだ」
今ようやく、彼の行動で、全てが確証に変わった。
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41
酷い地響きがして、ホグワーツは騒然となった。
生徒は全員、寮の部屋に戻るように!そう指示を出して、多くの教師が何処かへ消えた。
今がチャンスだとセバスチャンと共に訪れた医務室は、しかし、空っぽだった。
強い施錠の呪文がかかっていたはずの扉。外側からならまだしも、内からは絶対に開けられないようになっていたはずなのに、そこに彼はいなかった。
誰かが連れ出した。
そう考えたとき、今の異変と合わせて思いつくのは、彼と数多の古代魔術を巡る冒険をした老教師だけだった。
「守護者の部屋に行けないのか、君は行ったことがあるんだろう?」
「場所が思い出せないんだ」
オブリビエイトか!
かけたのが誰かすら分からないと言う。きっと彼じゃないが、セバスチャンは守護者達に認められたわけではない。
一度地下聖堂に戻り、うろうろと歩き回るがいい案は思いつかない。
また彼が、危険に巻き込まれている。それは分かっているのに。
(彼は、セバスチャンを、救ってくれた)
それは、分かっているのに。
「くそっ。力があれば」
初めて、そう思った。
俺の声に、ばっと、セバスチャンが肩を掴む。
目が見えない俺に、そんな乱暴なことをするのは珍しい。
思わず跳ねた俺を、けれど構っていられないといったようにセバスチャンは揺さぶった。
「力があるんだ」
「は?」
「ペンシーブだ、オミニス。イシドーラは、抜き取った”感情”が、力だと言っていた。強大な力だって。彼女はそれを保管していた」
「フェルドクロフトにか?それとも、三枚絵のあった研究場所の何処かにか?」
だとしたら、ゴブリンに奪われている。
絶望的じゃないか、と言った俺に、違う、と彼は零した。
「オミニス、フェルドクロフトからも、おそらく三枚絵の研究場所からも、辿り着くのは”ここ”だ」
また、足下から地響きがする。
「じゃあ、ここにある?」
「いや、彼女は力を保管するのに両手で持つよりももっと大きいものがいる、と言っていた。だから、"それ"はここにない。けど…」
「――そうか。つまり、この場所には、保管所への入り口がある……」
二人で足下に目をやる。
時々大きく揺れる地面。
(きっと、保管所は、地下にある!)
今起こっているのは、その力の争奪戦だ。
「どこから行ける、セバスチャン」
「……まだ、分からない。一緒に考えてくれ、オミニス。イシドーラだったら、どうするだろう」
思い起こす、イシドーラ・モーガナークの手記。
叔母に教えてもらい初めてここに訪れたとき、密やかな闇と冷ややかな空気、けれども微かに、願うような囁き声が聞こえた気がして「地下聖堂」と名付けた。
人を救いたい。世界を救いたい。そう考えたイシドーラ・モーガナーク。それはまさに、祈りだった。
そうして、”人を救える力”を手にした彼女は、おそらく祈られる対象でもあった。
彼女に救いを求める者もまた、イシドーラに祈ったのだろう。
イシドーラ・モーガナークは、崇められたかったのか?
いや違う。
彼女は、自分の後を継ぎ、世界を治癒する者を求めていた。
彼女は、彼女を越える存在を求めていた。
「三枚絵?何故、三枚なんだ」
肖像画なら、一枚で十分だ。
ああ、分かった、と思った。
ここで感じたのは、密やかな闇と冷ややかな空気。
純粋な彼女は、力を誇示するのではなく、自分を越える者が現れればここで眠りにつくつもりだった。
――その、遺産を残して。
「三枚絵を閉じろ、セバスチャン」
閉じたその姿は、おそらく扉に似ているから。
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42
地下へ下る階段を駆ける。
イシドーラが残した入り口。
古代魔術の術者しか入れないかもしれないと思ったが、すんなりと僕を受け入れた。
(そうかイシドーラは、“治癒すべき患者”を保管所に連れて行って、痛みを抜いていたのか)
保管する物にゴブリンの銀が必要なら、たくさん小さい物を造って運ぶより、確かにその方が効率的だ。
だから、僕でも入れた。
「オミニス、頼みがあるんだ」
「分かっている。俺は、俺にしか出来ないことをやる」
奈落へ続く地下への入り口を見ながら切り出した僕に、オミニスは頷いた。
彼を救いに行く。
僕なら力になれる。
でも、無事に帰ってきた彼が、アズカバンに投獄されるなんて冗談じゃない。
僕がとれる手は、一緒に逃げることしかないが、オミニスは違う。
「絶対に彼を無事で連れて帰ってこい」
「絶対にアズカバンなんて阻止してくれよ」
信じているからな。と言ったのは、どちらの言葉だっただろう。
長い長い階段を下り終えて目にしたのは、彼とは少し離れたところにいるフィグ先生に、大きな岩が降りかかろうとするところだった。
僕は瞬時に杖を構え、最も簡単な呪文を唱える。
「レヴィオーソ!」
とっさの時に何度も命を救ったと、尊敬する闇の魔術に対する防衛術の教師が教えてくれた呪文だった。
「サロウ!?」
「フィグ先生、早く!」
眼前では見たこともないドラゴンと、彼が対峙している。何発か彼が呪文を撃つのが見えたが、強大な力の前に明らかに苦戦しているようだった。
歯を食い縛るような、孤独な、あんな顔を初めて見た。
どうやってここに。いや、何故ここに。呟いたフィグ先生に、僕は静かに息を吐き、急く心を落ち着ける。
「僕は、彼の友達です」
「――そうか」
ならば行け、と先生は僕の背を押した。
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43
だから、古代魔術抜きは、辛いって!
ドラゴンになったランロクの猛攻を何とか凌ぎ、いくつかの呪文を撃ち込むが、さっぱり効いている気がしない
フィグ先生に巨石が堕ちてきたときには思わず身構えたが、どうやらフィグ先生はその岩を魔法で持ち上げたようだった。
離れていたためよくは見えなかったが、無事だと信じたい。
(大丈夫、まだ先生は死なない)
前回は、瀕死の重傷だったのに、全ての魔法の力を保管所の崩壊を止めるために使ったから亡くなってしまったのだ。
今回は、そんなことはさせない。
溜まり、練り上げ、出来るだけ使わずに、内に留め続けた力。
今回は、一人で、止めてみせるんだ。
だから。
ランロクを、この力抜きで、倒さなければならない。
――古代魔術の使えない自分なんて、ただのホグワーツ生だとしても。
(怖がるな。恐れるな。出来る。やるしかないんだから)
ランロクの練る魔法を破壊しながら、コンフリンゴを打ち込む。
目に当たったのか一度距離を取ったランロクは、旋回してさらに下へ、決闘の場へと誘い込む。
いいよ。行こうか。
ウィゲンウェルド薬を飲み、駆けだそうとしたとき。
「――君は、ちょっと目を離すと、無茶ばかりする」
ぐんっと腕を捕まれ、引き留められた。
(セバス、チャン?)
こんなところにいるはずがないスリザリン生が、場違いに優しい微笑みを浮かべていた。
「なんでここに」
「言わなかったか?僕は、友達に貸しを作るのが好きだって」
なによりまずは、君から借りているたくさんのもの、返さないといけないんだけどね。そう言って、彼らしい斜に構えたような顔で笑った。
「ゴブリンって、ドラゴンに変身できたんだな。知らなかったぜ」
「勉強不足なんじゃない?」
「へえ。どこの教科書に載ってるんだよ。今度教えてくれ」
軽口を叩きながらも、セバスチャンの瞳に宿るのは闘志だ。
(ああ。もうきっと、負けない)
それは、何度も覚えた確信。
行こう、と歩き出した彼は、最高のパートナーだった。